生まれてこの方、神様なんて1度も信じた事はないけれど。

もしも本当に神様なんてものがいるのなら、どうか・・・。

 

―――どうか。

 

 

イメージは、雪。

ピオニーはジェイドを、まるで雪みたいなヤツだとそう思っていた。

冷たくて、静かで、だけど時に凶暴で。

見ている分には綺麗だというのに、身近にあるとそれは生易しいものではなくて。

だからその報告を聞いた時、彼は思わず自分の耳を疑った。

「・・・ジェイドが、女の子を保護したって?」

神妙な顔で自分へそう報告をするゼーゼマンを見つめ思わず声を上げると、彼もまたなんとも言えない表情で重々しくひとつ頷く。

その表情を見ていれば、それが偽りでもなんでもないという事はよく解ったが、それでもにわかには信じられずにピオニーはグッと眉を顰めて疑いの目を向けた。

「・・・それって何の冗談だ?」

「まぁ、普通はその反応でしょうな。私も同じ気持ちですから」

ピオニーの言葉に、けれどゼーゼマンは当然とばかりにしみじみと頷く。

そこで漸くそれが本当の事なのだと信じたピオニーは、驚きに目を見張った。

「え、マジで!?」

「お立場もあるのですから、少し言葉遣いに気をつけ下され」

控えめに諌められるが、そんな事でこの驚きが消えるわけではない。

勿論ピオニーもその注意には取り合わず、思わず身を乗り出す勢いでゼーゼマンを見つめて口を開いた。

「なんでまた、そんな天変地異みたいな事になったんだ?」

天変地異とは大げさすぎる気もするが、まさにそう表現しても遜色ないのではないかと思うくらい、この出来事は予想外だった。―――ジェイドという人間を知っている者からすれば、なおさらに。

ゼーゼマンもそこを訂正するつもりはないのか、何も突っ込むこともないまま疲れたような面持ちで現状の説明をすべく口を開く。

「ジェイド坊やが遠征先から帰る途中、巨大な音素反応が起こったそうです。その直後に辺りを照らすほどの閃光。確認に向かった先に、まだ幼い少女がいたと・・・」

説明をしつつ、ゼーゼマンは小さくため息をひとつ。

この忙しい時期に厄介事を、と思う気持ちも多少はあった。

けれどその状況で無視する事など出来ないことも事実だった。

それが何か解らない以上、現状を確認する他ないだろう。

現に今は他国と戦争中なのだ。―――それが敵国の仕業だという可能性もある。

だからジェイドの行動は、軍人としては当然といえば当然の事だった。

そしてそこで見つけた少女がその出来事と無関係だという確証がない以上、彼が少女を連れて帰って来る事も。

そんなゼーゼマンの思いを読んだのか、ピオニーもまた難しい顔をして考えるように口元に手を当てる。

「・・・何者なんだ?」

言葉少なに問いかけると、ゼーゼマンはゆるりと首を横に振った。

「解りません。意識がないので仕方なく連れ帰ってきたと言っておりましたが」

「んで、その子は?」

「今もまだ意識を取り戻さないので、医務室に隔離していると」

そんな報告を受けて、ピオニーは思わず目を丸くする。

「遠征先からってんなら、もう1週間近くは経ってるんじゃないか?」

「そうですね。それくらいは・・・」

遠征から戻る途中で少女を発見し、そこからグランコクマに戻るまでの日数。

そしてジェイドがグランコクマに帰って来てからの日数を考えると、ゆうに1週間は経過している事になる。

その間、少女は1度も目覚めていないのだという。

余程疲れているのか、それとも目には見えない部分に痛手を負っているのか、もしくは他に何か理由があるのか。

それは解らないが、1週間も目覚めないというのは普通の状態ではないだろう。

そしてピオニーにとっては、驚くべき点がもうひとつ。

「へ〜、意外と言えば意外だな。意識を失ってるとはいえ、あのジェイドがそのままにしてるなんて」

ジェイドならば、無理に叩き起こしてでも尋問を開始しそうだというのに。

この場合、相手が幼い子供だからというのは理由にならないだろう。―――そんな事も物ともしないのがジェイドの恐ろしいところだ。

それなのに、ジェイドは目を覚まさない少女を1週間も放置している。

しかも隔離という形ではあるものの、医務室という設備の保障された場所を提供して。

こういう場合、まずそんな待遇は期待できないだろう。

少女が敵国の人間だと決まったわけではないが、その可能性が捨てきれない以上、警戒を怠るわけにはいかない。

しかも少女が発見された状況が状況だ。

今まで関知した事がないほど強大な音素反応と、そして何が原因かも解らない閃光。

少女が敵国の人間ではなかったとしても、彼女が危険人物である事は否定できない。―――だというのに・・・。

それにゼーゼマンの報告によると、少女を連れて帰ってきたのはジェイド本人だというのだ。

部下には任せずに自らも捜索に加わり、そして発見した少女を自分で陸艦に運び、自分の部屋を使いグランコクマに着くまで彼女を隔離した。

そしてグランコクマについてからも、彼自身が少女を医務室まで運び、彼直々に医務室を隔離するという徹底振り。

もしもジェイドが情に溢れているような人間ならば、別に何も不思議はない。

しかしジェイドはそもそもそういう人間ではない。

どちらかといえば、極力人と深く関わらないようにと思っている節もある。

そのジェイドが、そこまで手をかけるとは・・・。

その少女がそれだけ危険だという事なのだろうか。

考え方を変えればそう推測も出来るが、そこまで危険だと思っているような人間を彼が軍本部内に連れ込むとも思えない。

ここで何かあれば、マルクト軍は総崩れ。

すぐ近くには王宮もあるのだから、最悪の場合マルクト帝国自体が崩れかねない。

「・・・う〜ん」

考えれば考えるほどジェイドの思惑が読み取れず、ピオニーは困ったとばかりに唸り声を上げる。

それはゼーゼマンも同じなのだろう。―――口を挟む事無く、険しさと困惑の入り混じった表情を浮かべたままジッとピオニーの判断を待っていた。

「ジェイドは、なんて言ってる?」

「特に何も。ジェイドの部下が、目が覚めたら知らせるようにと指示があったと言っておったが」

という事は、ジェイドはこのまま少女を放置するつもりはないのだろう。

どうケリをつけるつもりなのか・・・―――聞いてみたい気もするが、聞けば後悔するような気もして、あまり気は進まない。

「・・・どうされますか?」

とうとう判断を迫られて、ピオニーは困ったように眉を寄せる。

今の自分は皇太子という立場である。

だから最終的な決定権は、自分ではなく父であるマルクト皇帝にあるのだ。

それでもゼーゼマンが自分にそれを求めるのは、一体何故なのか。

試されているのか、それとも適任だと判断したのか。

ジェイドと幼馴染であるというピオニーにそれを委ねるのが一番だと、そう思ったのかもしれない。

周りが何を言っても聞き入れないジェイドを言い含められる人間は、マルクト軍の中でもそう多くはない。―――まぁ、ジェイドが素直にピオニーのいう事を聞いてくれるかは微妙なところだけれど。

「・・・解ったよ。とりあえず、ジェイドと話してみる」

仕方がないとばかりにため息混じりにそう呟けば、ゼーゼマンはあからさまにホッとしたような面持ちで表情を緩めた。

彼もこの事態をどうすればいいのか、判断がつきかねていたらしい。

なんとなく厄介事を押し付けられたような気がしないでもないが、この場合は仕方がないだろうと自分自身に言い聞かせる。

それに、この天変地異ともいえる事態に興味がないわけでもなかった。

「それでは、よろしくお願い致します」

だからピオニーは恭しく頭を下げてそういったゼーゼマンを見つめ、ため息混じりにコクリと頷いた。

 

 

自らの好奇心と厄介だと思う感情とを天秤にかけたとしたら、一体どちらが勝っているだろうか?

そんな埒もない考えを抱きながらも、ピオニーはのんびりとした足取りでジェイドの執務室へと向かっていた。―――どちらが勝っていたとしても、ゼーゼマン直々に願い出られた事なのだから回避は出来ないのだけれど。

どうせ自分が顔を見せれば、面倒臭そうな顔をするのだろうジェイドの様子を思い浮かべ、ピオニーはくつくつとノドを鳴らして笑いながらも疲れたようにため息を吐き出す。

いつもならば、こんなところでサボっていないで仕事をしろと言わんばかりのジェイドの視線など物ともしないどころか楽しんでさえいるが、今回ばかりは事情が事情だけに意気揚々という気分にはなれない。

あのジェイドと腹の探り合いをするのだ。

それは場合によっては楽しいものではあるけれど、場合によっては気が重くなる事もある。

今回ジェイドに発する言葉が全て自分の考えから出たものならば、ジェイドとの腹の探り合いも楽しいかもしれない。

けれど現状ではそうも言えず、ピオニーとて判断がつきかねている事をどうジェイドに向かって口を出すべきか。

彼自身が迷っているのならば、ジェイドがそれに気付かないわけがない。

そしてジェイドがそんなピオニーの白々しい言葉に騙されてくれるわけもないのだ。

そう思うと多少気分は重い。―――だからといって好奇心が消えてなくなるわけではないのだが。

そこまで考えたピオニーは、ふと足を止めてジェイドの執務室がある方とは違う廊下の先へと視線を飛ばす。

この先には、件の少女が隔離されているという医務室がある。

まだ少女が目を覚ましたという話は聞かないし、目を覚ましていても安全が確認されていない内は会わせてはもらえないだろうが。

「・・・・・・」

暫く考えた末、ピオニーは踵を返して足を医務室の方へと向けた。

そして医務室の前で警備に当たっている兵士に軽い調子で挨拶をして、渋る兵士を口八丁手八丁で言いくるめると、絶対に誰にも言わないからという約束つきで医務室の中に身を滑り込ませる。

そこは、耳に痛いほどの静けさに包まれていた。

ドアを隔てた向こう側にも兵士はいるというのに、何の物音も聞こえてこない。

軍基地本部という大きな建物の中にはたくさんの人間がいるはずだというのに、その微かな音もしない。―――まるでそこだけが別の世界のような、静寂に満ちた空間。

窓から微かに差し込む日差しが、壁といわず天井や床まで白に塗りつぶされた部屋を更に白へと染めている気がする。

医務室というのは、どうしてこうなのだろう。

傷を癒す為、病を治す為、寛げる空間でなければいけないように思うのに、医務室と呼ばれる場所はいつもどこか居心地が悪い。

「・・・もうちょっと暖色系を取り入れればいいのに」

そんな事をポツリと呟きながら、ピオニーは医務室内で唯一カーテンが引かれているベットを見つけてそちらへと足を向けた。

「・・・開けるぞ」

相手の意識がない事を承知で声をかけ、当然返って来ない返事を気にする事無く、ピオニーは静かにカーテンを開く。

そこに、今密かに軍上層部を悩ませている少女がいた。

少女はそんな事など知る由もなく、ただ静かに眠り続けている。

「お前が、ジェイドが拾ってきたって子か」

ポツリと呟いて、ピオニーは傍らに置いてあった椅子に腰を下ろした。

真っ白の部屋の中で、少女はピクリとも動く事無くそこに在る。

息をしていなければ、人形と間違えてしまうかもしれないくらい、ただ静かに。

けれどピオニーはそんな少女から目を逸らす事が出来ず、何の反応も寝返りさえもうたない少女を見つめながら小さく息を吐いた。

「あのジェイドが、ねぇ。―――子供なんて嫌いだって言ってたくせに」

またもや小さく呟いて、思わず笑みを零す。

否、子供が嫌いという表現は少し違うのかもしれない。

ジェイドが嫌いなのは子供ではなく、子供だった自分なのだろう。―――それを本人が自覚しているかどうかはともかくとして。

あの事件は、それほどジェイドの心に傷を残している。

それこそ、十何年経った今でも色褪せる事なく。

不意に湧き上がってきた暗い気持ちを振り払うようにもう1度笑みを零したピオニーは、気を取り直すように再び眠り続ける少女の顔を覗き込んだ。

「いや、しかし整った顔してるな。誰かに似てる気もするんだが・・・気のせいか」

こんなにも綺麗な顔をしている人間を見たならば忘れるはずもないだろうと心の中で納得しながら、ピオニーは1人うんうんと頷く。

「うん、でもお前は将来美人になるぞ。俺が保証する」

返事を返すこともない少女に向かい満足げにそう言うと、ピオニーはベットに肘を突きその上に顎を乗せて僅かに目を細めた。

「どんな子なんだろうな。どんな声をして、どんな顔で笑うのか」

眠っている表情ですら無なのだから、まったく想像もつかない。

こんな幼い少女が強張ったような固い表情で眠っているなど初めて見た。

でもこれだけ整った容姿をしているのだ。―――その笑顔はきっと想像以上に可愛らしいのだろう。

「まさかジェイドを見て泣いたりしないよな?あいつ、雰囲気怖いからなぁ」

お世辞にも、ジェイドは子供に好かれるタイプではない。

それどころか、大人である兵士たちにすら怖がられているというのに、果たしてこの少女はジェイドを前にして平静でいられるだろうか?

もしも目の前で少女が泣いてしまったら、ジェイドはどんな顔をするだろう。

そんな状況を想像して、ピオニーは小さく肩を揺らして笑う。

困るか、それとも面倒臭がるか。―――冷たい目をしたりなどすれば、子供はもっと怖がるだろうに。

「・・・ジェイドに拾われるなんて、どんな縁なんだか」

この世界には人など五万といるというのに、どうしてジェイドだったのか。

勿論偶然以外の何者でもない事は確かだ。

場所が場所だけに、誰にも発見されなかった可能性もある。

しかし少女はジェイドに発見され、そして今こうしてここにいる。

それが功を奏するのかそれとも違うのか、今はまだ知る由もないけれど。

「どこにも行くトコなかったら、このままここにいるか?なんなら、ジェイドのヤツに面倒見させるぞ」

冗談交じりにそう告げて、ピオニーは顎を乗せていた手をパタリと倒し、ごろりと上半身だけ寝転がる。

視界に映るのは、染みひとつない真っ白なシーツだけ。

少女の寝息さえも聞こえないそこは、まるで自分しかいないようで。

だからこそピオニーは、本当に小さな声でポツリと呟いた。

「・・・お前は、ジェイドの傍にいてくれんのかな?」

少女が目覚めて。

そして、どこにも行き場がなかったとしたら。

「そしたら、あいつもちょっとは変わるか・・・?」

まるで雪のような男。

冷たくて、静かで、だけど時に凶暴で。

見ている分には綺麗だというのに、身近にあるとそれは生易しいものではなくて。

決して人を寄せ付けず、1人ただ自分の望みの為に走り続ける男を。

「お前は、あいつを救ってくれるか?」

生まれてこの方、神様なんて1度も信じた事はないけれど。

もしも本当に神様なんてものがいるのなら、どうか・・・。

そこまで考えて、ピオニーは自嘲の笑みを零すと、1度だけきつく目を閉じてから顔を上げた。

「なんて、変な期待なんてするもんじゃないな。悪い、忘れてくれ」

相手が眠っているにもかかわらずそう告げて、ピオニーは座っていた椅子から立ち上がる。

どうしてそんな事を思ったのか。

目の前の少女がどんな人間かも解らない。

事態がどう転んでいくかも解らないというのに。

それでも目の前で眠り続ける少女を見た時、彼女から目を逸らす事が出来ずにいたのも事実。

その時抱いた感情がどんなものなのか、ピオニー自身でさえよく理解できなかったけれど。

「じゃあな、嬢ちゃん」

あまり長居をしては、見張りに立っている兵士が催促に来るだろう。

そう判断し、ピオニーは少し残念な気持ちで少女に別れを告げ、自分が開けたカーテンを静かに引いた。

「殿下!あまり長居をされては困ります!!」

「ああ、悪い悪い。もう行くから」

そうして医務室の扉を開き、困ったような焦ったような表情を浮かべる兵士を前に苦笑いを零すと、急かされるままにパタリと音を立てて扉を閉める。

再び静寂が戻った医務室。

扉の向こうから聞こえる兵士の悲痛な声とピオニーの明るい声とは別に、部屋の中に微かな衣擦れの音が響いた。

「・・・・・・」

微かに目を開いた少女は、表情を変える事無く真っ白な天井を見上げて。

今、とても悲しい声が聞こえた気がした。

それが夢なのか現実なのかは解らない。

何を言っていたのかも、覚えていない。

けれどその切実な声は、確かに少女の心に届いた。

「・・・・・・」

少女の瞳から、透明な雫が一筋零れ落ちる。

それが合図だったかのように、少女はもう1度目を閉じて。

再び自分の手を離れていく意識の中、悲しい声はもう聞こえてこなかった。

 

 

「なんて事もあったよなぁ」

麗らかな昼下がり。

政務を放り出してのんびりとお茶を楽しんでいたピオニーは、窓の外の光景に頬を緩めながらしみじみとそう呟いた。

そこには、先を歩くジェイドを一生懸命に追いかけている少女がいる。

、と名づけられたその少女は、こちらの懸念など必要がないほどジェイドによく懐いているように見えた。

そうなる事を望んだものの、まさかあの時はこんな展開になるとは思ってもいなかったが。

少女を引き取れと言ったのはピオニーだ。

発見した少女を連れて帰ってきたジェイドに、その責任を押し付けたのも。

ジェイドの軍人としての当然の行動の裏に隠された、普段の彼からは考えられないような行動を理由に。

『そこには果たして何の意味もないのか?』

そう問いかけた時のジェイドが浮かべたほんの少し戸惑ったような表情は、今でも鮮明に覚えている。

彼のあんな顔は、それなりに長い付き合いのピオニーでも見た事がなかった。

『お前が気付いていないだけで、確かに意味があるんじゃないのか?』

それを望んだのは、ピオニー自身。

そうであればいいと、そうであって欲しいと思ったのはピオニーだ。

けれどそれはあながち見当違いではなかったのかもしれない。―――窓の外の光景が、それを証明してくれているような気がした。

「な〜に見てるんですか?」

不意に声をかけられ振り返ると、戸口に自分が呼び出した男が訝しげな表情を浮かべて立っていた。

それにニヤリと口角を上げて、視線で窓の外を指す。

ピオニーの無言の促しを見たは更に訝しげに眉を寄せて・・・―――けれどそこにある光景になるほどと納得したように頷いた。

「陛下も暇人だねぇ。そんなにカーティスの事が心配か?」

「人聞きの悪い事言うなよ。俺は忙しい政務の合間に可愛いを見て癒されてるんだよ」

「素直じゃないですねぇ、陛下」

「・・・なんかお前に陛下って呼ばれると寒気がする」

「失敬な」

お互い軽口を叩きあい、けれど視線は窓の外へと向けたまま。

という存在に密かに救われている人間は、どれくらいいるだろう。

ジェイドは勿論、ピオニーやもまたそうだ。

ここへ来た時は、身元も正体も不明な要注意人物であったというのに。

いつしか彼女のいる光景が当たり前になっている。

いつでもどんな時でもまっすぐで素直な少女。

彼女もまた、雪のような人であるとピオニーは思う。

真っ白で、綺麗で、何者にも侵される事なく。

こんなにも綺麗な存在があったのかと、思わず目を疑ってしまうほどの。

『お前は、あいつを救ってくれるか?』

ふと口に出した希望が、まさか現実になるなんて思ってもいなかった。

あのジェイドが、あんなに優しい表情をするようになるなんて。

今ならば、少しくらいなら神様という存在を信じてもいい気分だ。

「それにしても変わった娘だよなぁ。まさかよりにもよってカーティスに懐くなんて」

「だな。それは俺も未だに不思議だ。絶対泣くと思ってたから」

「・・・あー、大抵の子供は泣くだろうな」

ピオニーの言葉に、はしみじみとそう呟く。

それがあまりにも実感が篭っているように思えて、ピオニーは肩を揺らして笑った。

「んで、今日俺を呼び出したのは何でよ?なんか用事があったんだろ?」

唐突に用件を切り出され、ピオニーは顔に笑みを浮かべたままを見上げて。

「そろそろお披露目しようと思ってな」

「お披露目・・・?」

「そ。もうすぐも正式にマルクト軍に入るわけだし、ここらで父親と対面させてやろうかと」

明らかに含んだ声色でそう告げるピオニーを見返して、はやれやれと肩を竦めてため息をひとつ。

「漸くか?俺、このままに紹介してもらえねぇのかと思ってた」

ピオニーがの養父になってくれと申し出てから数年。

そしてが軍基地本部内で偶然と遭遇してからも、数年。

一体いつになるかと思っていたが、まさかが軍に入るタイミングを狙っていたとは。

そんな意味を込めて視線を向けるも、ピオニーはまったく気にした様子もなく楽しげに笑っている。

「何言ってんだ。こういう事は感動的に演出するべきだろ?」

「感動的、ねぇ・・・」

たった1度面識があるだけの、血の繋がらない父親との対面。

果たしてそれがどれくらいの感動を生むものなのか、甚だ疑問ではあるが。

そしてそうなるに至った経緯をあの男が知れば、一体どんな反応をするのか。

まさしく他人事のようにそう考えていたは、目の前でピオニーが人の悪い笑みを浮かべるのを確かに見た。

「この事知ったら、ジェイドのヤツどんな顔するだろうな」

まるでの考えを読んだかのようにそう呟き、そして今からその時の事を想像しているのだろう。―――今日一番の輝くような笑みを浮かべるこの男は、まるで子供のようだとは思う。

「貴方、とことんカーティスのこと好きだねぇ」

「冗談」

すぐに否定の言葉が返ってきたけれど、そう言っている顔さえも楽しげであるのだから、否定の言葉には何の説得力もない。

「・・・カーティスのヤツも厄介な相手に懐かれたもんだな」

目の前の上司に聞こえないように呟いて、小さく笑う。

人間関係が希薄そうに見えて、彼の周りにはなかなかあくの強い人物が揃っているようだ。

孤独であるはずの皇帝には誰よりも信じられる相手がいて、その性質ゆえに人を寄せ付けない男には親友が出来て。

そして2人の傍には、彼らを無条件で受け入れ癒す少女がいる。

これで後は皇帝が伴侶を見つけてくれれば言う事はないのだけれど。

「ん?なんか言ったか?」

1人あれやこれやとこれからの事を楽しそうに考えていたピオニーが訝しげな視線を寄越すのを尻目に、は肩を竦めて笑ってみせた。

「マルクトの将来も安泰だなって言ったんだよ」

「・・・はぁ?」

当然ながら訳が解らないと言わんばかりに眉を寄せるピオニーを見返して、は楽しげに笑う。

窓の外には、2人並んで歩くジェイドとの姿。

この皇帝を思えば、彼らのこれからの苦労など簡単に想像がつくけれど。

それでもきっと、仕方がないと言って彼は笑うのだろう。

そんなありふれた、けれど穏やかな時間がどうかいつまでも続くように。

「それでだな、。まずは登場の仕方から考えようかと思うんだが」

「え、そこから?」

1人何かを悟ったようなに不満げな顔を見せつつも、気を取り直してそう提案するピオニーに、は一体これから何をさせられるのかと嫌な予感に思わず頬を引き攣らせる。

こんな時に限っていない優秀な部下を恨めしく思いながら、は暴走気味の皇帝を前にため息を一つ。

「・・・ま、最後までお付き合いしますよ」

そう言いつつも確かに笑みが浮かんでいるの表情に、ピオニーは至極満足げに頷いた。

 

彼らの計画が発動するのは、これから数時間後のこと。

 

 

未完成な未来を歩く僕たちは


ぷに様、キリリクありがとうございます。

リク内容は『アビスで陛下出演』との事でしたが、いかがでしょうか?

むしろ感想を求めるのが忍びないような内容で申し訳ないですが。(笑)

内容的には、過去編連載の第1話の裏側と、第10話の裏側のおまけです。

今までの連載はピオニーが勝手に出張ってくれていたのでありがたい人物でしたが、彼をメインに書こうと思うと思っていたよりも難しかった気がします。

最後の方はもう力尽きた感がありありと出ていますが。(力及ばず)

本当は明るく楽しいお話を書こうと思っていたのですが、気がつけば全体的に暗い雰囲気に。(30万ヒットのお祝いなのに!)

こんなものでよろしければ、ぷに様のみお持ち帰りどうぞ。

作成日 2010.1.18

更新日 2010.1.21

 

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