静かに響く、疑問の言葉。

何度も口にして・・・けれど正体の分からないモノ。

それは一体、何を意味するのか。

 

『どうか、教えてください』

 

優しい

 

目の前にそびえ立つ、大きな岩の塊。

刻まれた人々の名前は、どれも見知ったものばかりで。

『約束の石版』

真の紋章を宿す時代の流れを見守る星見から託された、意味があるのかないのかさえも分からないモノ。

「・・・何か用?」

ぼんやりとそれを見ていた私に、石版の番人である少年が声を掛けた。

含まれる冷たい声色に、私はただ笑みを浮かべる。

「・・・別に」

「何の用もないなら、そんなところに突っ立ってないでよ。邪魔」

投げかけられる何の遠慮も配慮もない言葉に、それでももうそれに慣れてしまった私は大して気にすることもなく。

言葉だけを聞いていれば辛辣だけれど、彼をよく知っている人間であればそれが本心から来るものなのかはある程度察する事が出来る。―――私は、今のルックは言葉ほど邪魔がっているのではないと勝手に判断した。

「ずいぶん名前が埋まってきたね」

「・・・・・・そうだね」

返事が返ってくることは期待していなかったんだけど・・・邪魔だと言いながらも、ルックはちゃんと反応を示してくれる。

それに少しだけ驚いて・・・小さく苦笑すると不機嫌そうな面持ちで睨まれた。

「・・・ルックの名前もあるね」

「不本意だけどね」

打てば響くといったタイミングで返ってくる言葉に、微かに頬を緩める。

『天間星』。―――3年前の解放戦争と同じ星の元に位置付けられた彼は、言葉通り不本意そうに私と同じく石版を見上げた。

刻まれていく幾数の名前たち。

その頂点に位置する『天魁星』には、同盟軍のリーダーであるの名前が刻まれている。

108の星の元に集った彼らは、それから逃れることは可能なのだろうか?

ふとそんな思いが胸中に浮かぶ。―――そんな答えが出ることのない考えこそ馬鹿げていると、自分で自分に呆れてしまう。

「ねぇ、ルック・・・」

「・・・・・・何?」

「『宿星』って、なんだろうね?」

戦いが起こる予兆?

108人すべてが集まらなければ、一体どうなるというのか?

すべてが集まらなくとも戦っていけるというなら、一体宿星とは何の為に?

解放戦争の時は、いつの間にか108すべての名前が刻まれていた。

だからこそ、グレミオに再び会うことが出来たのだろうけれど。

じゃあ108人すべてが集まらなかったら、グレミオは今いなかった?―――多分そうなんだろう。

じゃあ今回は、一体なにが起こるというの?

私の問いかけに返事を返さないルックに、私はゆっくりと視線を合わせる。

すると黙り込んでいたルックが、あっさりと呟いた。

「そんなの僕に分かるわけないだろ」

「・・・・・・そっか」

そう言われるだろうとは思ってたんだけど。

「急にどうしたわけ?」

逆に問い掛けられて、私は合わせた視線をそのままにやんわりと微笑む。

「別に。ただちょっと気になっただけ」

曖昧に答える私に、ルックは隠そうともせず眉間に皺を寄せた。

それを見て苦笑する。―――聞くだけ聞いておいて、話をはぐらかすのは失礼だろうか?

明確な答えが返ってきた訳ではないのだけれど・・・―――それでも一応律儀に話し相手をしてくれた人付き合いが良いとは決していえないルックに、私は感謝の意を込めて思いの一部だけを彼に告げた。

「ただ、今さらながらに確認に来ただけだよ」

「・・・・・・何を?」

更に訝しげに表情を歪めるルックに、大げさに肩を竦めて見せて。

「清らかそうに見えて、実は腹黒い面を併せ持つ星見に謀れたか否かをね」

抽象的な言葉回しだったけれど、それですべてを理解した星見の弟子は、ウンザリとしたようにため息を零した。

 

 

暗闇に包まれた本拠地の中、私は1人屋上に上がって星空を眺めていた。

黒く染められた夜空に、確かな存在感を示す輝く月。

そしてその周りに点在する、幾多もの星たち。

あのどれかが『宿星』なのだろうか?―――それとも、そのすべてが?

「天体観測ですか?」

突然背後から声が掛かり・・・―――けれど聞き覚えのあるそれに、私は視線だけを向けた。

いつの間にか私の傍らに立つ神秘的な雰囲気を放つ女性。

いつもいつも唐突に現れる彼女に、今さら驚く気にもなれない。

「こんばんは、レックナート。今日は何の御用で?」

「いつもと同じですよ」

にっこりと笑みを浮かべて話し掛ける私に、同じように笑顔を返してくるレックナート。

それに簡単な返事を返して、私は遠慮なく隣に座るレックナートを目の端に映しながらも広がる空を眺めていた。

「ねぇ・・・」

「なんですか?」

決してレックナートに視線を向けず、私はそのままの体制で彼女に声を掛ける。

返ってくる静かな声に、ゆっくりと目を閉じて。

「レックナートは『宿星』ってなんだと思う?」

「・・・突然ですね」

隣で小さく笑う気配を感じる。

しばらくの沈黙の後、レックナートはキッパリと言った。

「私にも、よく分かりません」

「・・・は?」

返ってきた答えに、思わず間の抜けた声を上げる。

星見であるレックナートが、それを分からないと?

『宿星』の集う兆しを読み取る事の出来る彼女が、その本質を理解していないと?

私の疑問に気付いたのか、レックナートは小さく苦笑した。

「全く分からないわけではありません。ただ・・・」

「・・・ただ?」

「事の本質をはっきりと言葉に出来るほど、明確な何かがあるわけではないのです」

それってつまり、漠然とした思いしかないという事?

言葉にするには難しいモノ。―――それに心当たりのある私は、分かったような分からないような曖昧な思いで、ただ相槌を打った。

「・・・。私も聞いて良いですか?」

一応は納得して黙り込んだ私に、レックナートは窺うように聞いてきた。

レックナートが私に質問?

その珍しいといえば珍しい出来事に、私は何を聞かれるのかと少しばかりの好奇心を抱いて1つ頷いた。

それを受けたレックナートは、私と同じように夜空に視線を移して。

「貴女は・・・『運命』とは一体なんだと思いますか?」

「・・・・・・突然だね」

予想もしていなかった質問に、私は先ほどレックナートがした言葉をそのまま返した。

お互い顔を見合わせて、小さく笑う。

「『運命』とは、定められたモノだと思いますか?逃れられないモノだと・・・」

響く声に、微かな悲しみが混じっているような気がした。

彼女は長い間、様々なものを見てきたんだろう。―――それはきっと、私が想像するよりももっと辛いことなのかもしれない。

それを理解することは、今の私には無理なのかも知れないけれど。

「定められたって・・・もしそうなら、その『運命』とやらは誰が定めてるんだろう?誰がその大きな流れを作り出してるの?」

「・・・聞いているのは私ですよ?」

少しだけ咎めるような口調に、思わず苦笑する。

短くもない時間を彼女に付き合って過ごす内に、実はレックナートに案外子供っぽいところがあるという事を私は知った。

クスクスと笑みを零すと、やっぱり咎めるような表情を向けられて。

私はそれを受け止めると、気を取り直すように1つ咳払いをした。

「運命、ねぇ・・・」

その言葉を呟いてみる。

だけど口にしたとて変わらない。―――その目に見えないモノは、変わらず正体不明なまま心の中に在り続ける。

「私の知り合いは、ただの『逃げ』だって言ってたよ」

昔聞いたその言葉を思い出す。

人はどうにもならない時に、運命を口にする。

それは絶望した時や、悲しみに押しつぶされそうな時。―――私にも覚えがある感情だ。

「自分の力ではどうにもならないから・・・だから人は運命を口にするって。私もそうだなって思った。受け入れたくない出来事とか、行き場のない想いをどこかに吐き出したくて・・・『これは運命だから・・・だから仕方ない』って」

たまに『これは運命の出逢いだ!』なんて、良い風に取ったりする人もいるけれど。

「そういう意味で言えば、『運命』っていうのは自分ではどうにも出来ない強い力っていう事なのかな?」

私の要領を得ない言葉に、それでもしっかりと耳を傾けるレックナート。

「・・・でもね」

更に言葉を続ける私に、レックナートは僅かに顔をこちらに向けた。―――その気配を感じ取って、私はゆっくりと口を開く。

「でもね、私は運命なんて信じたくない。そんな訳の分からないモノに操られてるなんて考えたくもない」

僅かに身体が強張っているのが分かった。

いつしか握られていた拳は、血の気を失って白くなっている。

それに苦笑して、ゆっくりと身体の力を抜いた。

「私は・・・今まで自分の意志で自分の道を決めてきた。広がる多くの道の中で、一番最良だと思えるものを選んできた。時にはそれがとても少なかったり・・・1つしかなかったりもしたけど。・・・それでも私は自分で決めて、自分の足で歩いてきた」

「・・・・・・」

「だからそれを運命だなんて言いたくない。ううん、言わないし言わせない」

キッパリと言い切った私に、レックナートは微かに微笑んだ。

「貴女らしい」

「・・・そうかな?」

「ええ、とても。そう言い切れる強さが・・・私にはとても羨ましい」

切なげに微笑んだレックナートに、私は無言のまま首を振った。

私は、強くなんてない。

そう思っていても、やっぱり迷う時だってある。

納得していても、消えない憤りはある。

だけどこんな風に思えるようになったのは、きっと彼のお陰だから。

「あんまり答えになってない気もするけど・・・まぁ、私の想いはそんな感じかな」

だからこんな夜は、何かにとても感謝したくなる。

かけがえのない仲間と出会えた、在りし日の出来事を。

それが運命だというのなら、とても不本意だけれど嬉しくも思う。

ふと視線を湖へと向ければ、微かに白んできた空が目に映った。

僅かに顔を覗かせた眩い光を放つ太陽に照らされて、キラキラと湖面が光る。

それをレックナートと2人でぼんやりと眺めながら、私は今はもう薄っすらとした輝きしかない星を見上げて呟く。

「レックナート・・・」

「・・・はい?」

「宿星のことについて何だけど・・・」

本当にポツリとその場に落ちた言葉に、レックナートは小さく身体を揺らした。

視線を向ければ、困ったような笑みを浮かべていて。

「・・・貴女、私が宿星の1つだって言ってたけど」

「・・・・・・」

「どこにもないんだよね。私の名前が約束の石版に」

昨夜、今さらながらに確認した事実を口にしてみる。

その答えはどちらか2つ。

1つは、未だに私が仲間になっていない。

その場にいても心を許していなければ、私は仲間とは言えないだろう。

でも私自身にそんなつもりは毛頭ないし、ちょっとその仮説は考えられない。

だとすると・・・もう1つの可能性。

「嘘・・・なんだよね?私が宿星の1人だって事」

「・・・・・・すみません」

意外にあっさりと肯定されて、苦笑を浮かべた。

「別に構わないよ。そうだろうとは思ってたし・・・」

昔は天魁星という位置にいた私。

時が経ったからといって、また別の星に位置するなんてありえないと思っていたから。

それでもその嘘に乗せられたのは、やっぱり放って置けなかったからだ。

ずっと行方を心配していた2人の仲間が、再び戦いに身を投じるという言葉を聞いて、いても立ってもいられなかったから。

どうしてレックナートは、そんな嘘をついたんだろうか?

もしかしたら彼女は彼女なりに私の心配をしてくれたのかもしれない。―――死んだように生き続ける私のことを。

「まぁ、とりあえず感謝してるよ。ありがとう、レックナート」

今私が辛いながらも幸せを感じているのは、その嘘のお陰だから。

でもまぁ、いつか何らかの形でお礼はさせてもらうけど・・・なんて物騒な事を思いながら、その姿をはっきりと示し始めた太陽を眺める。

同じようにその景色を眺めるレックナートの顔には、なんとも形容しがたい微妙な表情が浮かんでいたけれど、敢えて見て見ないフリをして。

夜明けを知らせるフェザーの澄んだ鳴き声が高らかな空に木霊して、肩を並べて屋上に佇む私たちの耳に届いた。

暗い夜は明けて、再び光に満ちた朝が来る。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

レックナートと『運命』についての語らいを。

そして漸く嘘が露見してしまいました。

言いたい事が上手く伝わっているか分かりませんが、少しでも伝わっていれば良いなと思います。(この文章では無理そう)

何気にフェザーがニワトリのような役目に・・・。(ごめんよ、フェザー)

文中のセリフは、ある有名ゲームから。

知ってる方がいらっしゃったら、こっそり笑ってやってください。

作成日 2004.5.26

更新日 2008.10.12

 

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