「・・・春だねぇ」

渋谷サイキックリサーチの事務所の窓から穏やかな空を眺めながら、がポツリとそう漏らす。

「なんだよ、いい若い者が気の抜けた声で」

所長のお小言などどこ吹く風、揃っているおなじみの面子を横目に見て、は滝川の発言に大げさにため息を吐いてみせた。

「いや、みんなと初めて会ったのも春だったなぁと思って。―――真砂子は別にしても」

「ああ、そういやそうだな」

元々は真砂子とは顔見知りだった為、彼女だけは除外されているが、滝川たちと初めて顔を合わせたのは確かに春の事だった。

そんなの指摘に滝川も思うところがあるのか、ぼんやりと天井を見上げながら呟く。

「そっか。もう1年も経つんだ」

まるで示し合わせたかのように揃って顔を見せた助っ人の面々をもてなすべく、飲み物を淹れてキッチンから戻ってきた麻衣が、感慨深げに頷いた。

あの旧校舎での事件から、もう1年も経ったのだ。

あれからいろいろあった。

色々な事件に関わり、そうして怖い思いもたくさんした。

そしてお世辞にも第一印象が良かったとはいえない面々は、いつしか傍にいるのが当たり前の存在に変わっている。

改めて思えば、なんとも不思議なものである。

「だけど、1年前は想像もしてなかったなぁ。こうやって、霊能者の友達が出来るなんて」

相も変わらず窓の外へと視線を投げたまま、はポツリと呟いた。

本当に、想像もしていなかった。

彼女にとって、霊能者とは歓迎できない人間であったはずだ。

自身がそう呼ばれる者たちの仲間入りをしているという事実はこの際置いておくとしても、絶対に自分からは係わり合いにはなりたくなかった種類の人間。

なのに今、彼女はこうして霊能者と呼ばれる人たちと一緒にいる。

そうしては、それを嫌だと思っていない自分にも驚いていた。―――あんなにも、霊能者を嫌っていたのに。

「どうしたのよ?」

僅かに漏らしたため息に気付いたのか、麻衣から受け取ったカップを口元へと運びつつ、訝しげに綾子がへ声を掛ける。

それに漸く視線を室内へと戻したは、麻衣から差し出されたカップをお礼と共に受け取って、小さく笑いながら首を横に振った。

「ううん、なんでも。ただ・・・」

「・・・ただ?」

「この腐れ縁もいつまで続くのかなと思って」

不意にの口から零れた言葉に、思わずその場にいた全員が軽く目を見開いた。

始まりがあれば、終わりがある。

こうして共にいる事が本当に自然で、何の疑問も抱いていなかったから、不思議と考えたこともなかったけれど。

普通に考えれば、こんな関係もいつか終わりが来るのだろう。

みんなそれぞれ、それぞれの生活がある。

いつ道を違えても可笑しくはない。―――元々、何の接点もない者たちばかりなのだ。

けれど・・・。

「なかなか切れそうにないんじゃない?」

シンと静まり返った室内に不意に響いたのは、暢気な綾子の声だった。

思わず視線を向ければ、そこには気のない様子でコーヒーを飲む綾子の姿が。

そしてそんな視線に気付いたのだろう。―――綾子はチラリと視線だけでを見やると、ニヤリと口角を上げた。

「なかなか切れないわよ、きっと。―――だから腐れ縁って言うのよ」

からかうような茶化すようなそんな綾子の口調に、目を丸くしていたは思わず噴出して。

「たしかにそうかもね」

小さく笑い声を漏らしながら、は白い湯気の昇るカップを口元へ運ぶ。

そうであればいいけれど・・・と心の中で独りごちて、ほんのりと甘いコーヒーを飲み込んだ。

本当に不思議な事だけれど、終わってしまえば寂しいと思うくらいには、は今の関係を気に入っているから。

麻衣がいて、綾子がいて、滝川がいて。

ジョンがいて、真砂子がいて。

ここに姿はないけれど、安原がいて、ナルがいて、リンがいる。

そんな当たり前のようで、けれど本当に奇跡のようなこの時間が、今のにとっては何よりもかけがえのないものだと思えるから。

「んじゃ、この腐れ縁たちでどっかメシでも食いに行くか」

「賛成!さぁすが、ぼーさん。太っ腹!」

「誰も奢るなんて言ってねぇだろーが」

どこかしんみりとした空気を追い払うように提案した滝川の言葉に乗って、は元気のいい声を上げる。

いつか来る終わりなんて、今考えたって仕方がない。

それならば、終わりではなくて・・・―――新たに始まるこの季節の事を考えた方がよほど建設的だ。

出会いの1年は終わって、また新しい1年が始まる。

そうしてどんどんと月日を重ねて。

その時にもまだ、この腐れ縁がずっと続いているといい。

『なかなか切れそうにないんじゃない?』

不意に綾子の言葉が甦る。

「・・・うん、本当にそうかもね」

不思議と、何の根拠もないけれど・・・―――それでも妙に真実味を帯びているその言葉にもう1度返事を返して、外へ出る準備を始めた面々を見やる。

「・・・これからも、よろしく」

誰にも聞こえないように、小さく小さく呟いて。

胸に湧き上がるくすぐったいほどの温かい何かにくすくすと笑みを零して、は麻衣が淹れてくれた甘いコーヒーをグイッと一気に飲み干した。

 

かけがえのないもの

 


これまでも、そしてこれからも。