カランカランとなった軽快なドアの音に気付き、バイト中だった麻衣はお客が来たのかと座っていたソファーから素早く立ち上がり、玄関へと視線を向ける。

しかしそこに立っていたのは、どう見てもお客ではなく・・・。

「こんにちは〜!」

明るい声と共に遠慮なく事務所に入ってきた意外な訪問者に、麻衣は思わず目を丸くした。

「あれ、どうしたの?ここに顔出すなんて珍しいじゃん」

「そうかな〜?うん、そうかも。普段はあんまり渋谷まで来ないからね」

珍しい来訪者を笑顔で出迎えた麻衣に勧められるままにソファーに腰を下ろしたは、出されたアイスコーヒーにシロップとミルクをたっぷり入れて一気に半分近くまで飲み干すと、大きく息を吐き出しながらソファーの背もたれに身体を預けた。

「あー、暑かった。外暑いよ、ほんと。なんなの今年。本気で危ないかもね、地球も」

心配は地球規模らしい。

その態度はまったく心配しているようには見えないが。

「ほんとに暑いよね、今年は・・・って。どうでもいいけど何しに来たの、。わざわざここに愚痴こぼしに来たわけじゃないよね・・・?」

「当たり前でしょ。こう見えても私結構忙しいんだから。―――主に課題とか予習とか復習とかで」

「勉強ばっかりじゃん」

思わず苦笑を漏らし、飲みかけのコップに手を伸ばして、麻衣は窓の外へと視線を向けこれでもかというほど晴れ渡った空を見上げてため息を吐き出す。

本当に今年の夏は暑かった。

寧ろ、現在進行形で暑い。―――苦学生としては、クーラーなどという文明の利器に頼れない以上、本当に勘弁して欲しいと心からそう思う。

まぁバイト先であるこの事務所ではそんな心配はしなくても良いため、また違った意味でナルのバイトの誘いはありがたかったが・・・。

「それにしても、本当にどうしたの?まさかナルに用事?」

「そんなバカな。ナルに用事って言ったら、それこそ霊関係しかないじゃない。私にそんな悩みがあるわけないでしょ」

同じ霊能者とは思えない発言に、麻衣はどう答えて良いのか判断に困り、引き攣ったように愛想笑いを浮かべる。

それじゃあ一体何の用事なのかと心の中で突っ込めば、そんな麻衣の心の声が通じたのか、持っていたコップをテーブルに戻して、今もまだ流れる汗をハンドタオルで拭いながら口を開いた。

「実はね、ここで待ち合わせしたの」

「・・・待ち合わせ?ここで?」

「そう。ほら、ここって涼しいし」

ここって喫茶店じゃないんだけど・・・と、平然とそう言い放つを見つめて麻衣はまたもや心の中で突っ込みをいれる。

もしもナルがこの場に居たならば、遠慮なく嫌味を言われていただろう。―――幸な事に、ナルは朝から所長室に閉じ篭もったまま出てこないが。

まぁ、ここを喫茶店代わりに使っているのは、何もだけでもないのだけれど。

「・・・うーっす」

噂をすれば何とやら。―――こちらも麻衣の心の声を読んだのか、客でもこの事務所の所員でもないのに入り浸る男が気の抜けた挨拶と共に事務所へと入ってくる。

こちらもと同じように暑いを繰り返しながら麻衣へアイスコーヒーを強請り、遠慮なくソファーに倒れこむように座る。

そうして改めてそこにがいる事に気付いた滝川は、やはり麻衣と同様珍しい来訪者の姿に思わず目を丸くした。

「なんだよ、。お前も来てたのか」

「まーね。ほら、ここって涼しいから。お金掛からないし」

「あ〜あ、そうだな。確かに」

「・・・納得してるし」

滝川にアイスコーヒーを出しながら、呆れたようにそう呟いて・・・―――しかしふとある事に気付いた麻衣は、訝しげに首を傾げた。

「なんだ。タイミングよく来たからぼーさんの事かと思ったけど、違うんだ」

「・・・何がだ?」

「待ち合わせの相手」

「待ち合わせぇ?」

、ここで誰かと待ち合わせしてるんだって・・・と訝しげな面持ちの滝川に教えてやれば、滝川は更に眉間に皴を寄せてへと視線を向ける。

「お前、誰と待ち合わせしてんだ?ここを忠犬ハチ公と一緒にするんじゃねーぞ」

「ここを喫茶店代わりにしてるぼーさんに言われたくないよ」

この際どっちもどっちである。

まぁ、麻衣としてはちょうどいい暇つぶしになるのでどちらも構わないのだけれど。

そんな微妙な空気の中、三度玄関のドアのベルが鳴る。

3人揃ってそちらへと視線を向ければ、そこにはこちらも呼び出し以外で顔を見せるのは珍しい金髪の青年が、一斉に向けられた視線に戸惑ったように引き攣った笑みを浮かべていた。

「こ、こんにちは・・・どす」

「ジョン?どうしたの?もしかしてナルに用事?それとも何か仕事の依頼とか・・・?」

「い、いえ・・・その・・・」

わざわざ玄関まで迎えに出た麻衣に質問攻めにされ、ジョンは戸惑ったように言葉を濁す。

俺の事は出迎えた事なんてないくせに、ジョンだと出迎えるのかよ・・・と小さく零す滝川だが、にぼーさんの場合は出迎えを待つ前にソファーに座ってるんだから仕方がないでしょと突っ込まれた。

それに滝川が反論する前に席を立ったは、今もまだ玄関口に突っ立ったままのジョンへと歩み寄り、そうして彼の腕を取ってにっこりと笑う。

「違う違う。私の待ち合わせの相手がジョンだから」

「え?、ジョンと待ち合わせてたの?」

「そ、今日はデートなの」

「デートぉ!?」

思いもよらない爆弾発言に揃って声を荒げる2人を見返して、は悪戯っぽく笑う。

しかし性根が真面目なジョンに2人をからかう気は毛頭ないらしく、慌てた様子で身振り手振りを使って事情を説明し始めた。

なんでも、もう少し日本語が上達したいとジョンが漏らし、それならば日本の映画でも見に行こうかと、ちょうどその呟きを聞いていたが提案したらしい。

色々と用事があってのびのびになっていたが、漸く今日それが実現したのだ。

「映画か・・・。そういや、最近見てねーなぁ」

「今日は駄目だからね。今日はジョンとのデートなんだから」

あくまでもデートだと言い張るらしい。―――滝川の呟きをキッパリと切り捨てて、は邪魔が入らないようにとジョンを促した。

普段から勉強に追われてるにとっても良い息抜きなのだろう。

見た目にも微笑ましいカップルもどきに麻衣は小さく笑みを零す。

「それよりもなに見に行くの?今って何の映画やってたっけ?」

良かったらぼーさん一緒に行く?と提案しつつそう問いかければ、は笑ってかばんの中から一冊のパンフレットを取り出し麻衣へと向かい放り投げた。

「今日はリバイバルを見に行くの。ジョンの日本語の勉強の為だからね。―――んじゃ、行ってきま〜す!」

来た時と同じく明るい声で出て行ったとジョンを見送って、麻衣は手元のパンフレットへと視線を落とす。

そうして隠す事無く盛大に頬を引き攣らせた麻衣は、『極道の妻たち』とでかでかと印刷されたパンフレットを滝川に手渡しつつ心の中で強く祈った。

どうか、ジョンの日本語がこれ以上変になりませんように・・・と。

 

 

映画にきました。

(これって日本語の勉強になるのかな?)

(さぁ・・・なるといいな)

 


 

ゴーストハント。ジョン夢ではありません。

でもこれじゃ、『行きました』じゃなくて『行きます』の様な気が・・・。