暗い山道に、2人分の足音が響く。

「ねぇ、リン。ナルはああ言ったけど、別に送ってもらわなくても大丈夫よ」

自分のものとは違う軽い足音の主に視線を落として、リンは小さくため息を吐き出した。

「そういうわけにも行きません。ただでさえここは危険なんですから」

「もー、大丈夫だって言ってるのに・・・」

一見冷たそうな外見に似合わず、意外と心配性な2人の青年を思い出し、まどかは小さく笑みを零す。

思えば、この2人のこういうところは全然変わらない。

それでも以前に顔を合わせた時よりも随分と変わったような気がするのは、おそらく気のせいではないだろう。

ナルの場合はその理由もはっきりとはしないが、リンならばその理由がはっきりと解る。

それは間違いなく、という少女の存在だろうと。

尋ねた先で女の子が2人もいた事にも驚いた。

ナルやリンがバイトを雇うなど、想像もしなかったからだ。―――しかもそれが年頃の女の子など・・・。

それに加えて、バイトでもない少女が事務所にいるのだから驚きも倍増だ。

そうしてその子を前にした時の、リンの態度にも。

まさかリンがあんなにも慌てふためく姿を見られるとは、思ってもいなかったが。

「ねぇ、リン。ちゃんとは仲良くやってるの?」

「・・・っ!!」

突然のまどかの問い掛けに、リンは思わず口を噤む。

その視線は不自然に泳いでいる。―――どうやら突かれたくない部分らしい。

「駄目よ、リン。あなたは普段から口数が少ないんだから。態度で示すのも大切だけど、女の子は言葉も欲しいものなんだから」

「・・・何を言っているんですか。私とは別に・・・」

「ふふふ。リンが女の子を呼び捨てにするなんて初めてね」

勝ち誇ったように笑うまどかを見下ろして、リンは深く眉間に皺を寄せる。

昔から、口で彼女に勝てたためしがないのだ。―――もっとも、勝てないのは口だけではないだろうが。

どうにも分が悪い問い掛けに、リンは黙秘を続ける。

なまじまどかの言う事が見当外れではないだけに、始末が悪い。―――こんなところで己の心情を吐露してしまうわけにはいかないのだから。

「だけど私が見たところ、あの滝川くんって子もちゃんの事が好きなのね。だって彼女を見る目がすごく優しいんだもの」

「・・・・・・」

ちゃんともすごく仲が良いみたいだし・・・。―――大変ね、リン」

間違いなく楽しんでいるのだろう。―――ニコニコと笑顔を浮かべながら追い討ちを掛けるまどかに、リンは更に眉間に深く皺を刻んだ。

そんな事は言われなくとも解っている。

滝川の気持ちも、彼と彼女の親しさも。

解らないとすれば、それはの気持ちだろうか。

「だけどリンとちゃんもすごく仲良いわよね。さっきも一緒にお話してたし」

さっき・・・?

まどかの言葉に訝しげに首を傾げたリンは、それが麻衣の事を話していた時の事なのだと思い至り、一体彼女はいつからあそこにいて、どこからどこまで見ていたのか疑問を抱く。

もっとも、聞いて素直に教えてくれるとも思えなかったが。

「リン、頑張ってね。私、応援してるから!」

「・・・はぁ」

「それじゃ、ここで。ここからは道も明るいし、すぐに宿に戻れるから」

一方的にそう言い放ち、ひらひらと手を振りながら去っていくまどかの背中を見送って。

静かな山道で1人立ち尽くしていたリンは、深く深くため息を吐き出した。

どうしてか、酷く疲れたような気がするのは気のせいなのだろうか。

これならば、1人モニターと向かい合って1日中作業をしていた方がまだマシなように思える。

そう結論付けて、リンは気持ちを切り替えるように1つ息を吐き出すと、クルリと踵を返して今来た道を戻りだした。

屋敷に帰れば、また不可解な謎が待っているのだろうけれど。

それでも帰れば、おそらくはまだベースに残っているだろうが、温かい飲み物でも淹れてくれるかもしれない。

確証はないがそう思えて、リンは口元に小さな笑みを浮かべると、少しだけ軽い足取りで暗い山道を歩き出した。

 

それぞれの疑問

(おかえり〜、リンさん)

(・・・ただいま戻りました)

(何か温かいものでも淹れようか?―――って、なんで笑ってんの?)

(いえ、別に・・・)

 


ゴーストハント。

『血ぬられた迷宮』第9話その後の、リンとまどか。