ベースにて。

調査の合間、他の面々が食事に行く間の留守番を任されたは、手持ち無沙汰にちょっと様子見をとナルが眠っている部屋の襖を開けた。

そこには最初に見た時と変わらない様子で、昏々と眠り続けるナルの姿がある。

「いや〜、それにしてもよく寝てるよね、ナル」

勿論リンの術で眠らされているのだから当然なのだが、普段から見慣れない姿なだけに好奇心を隠せない。

そんなを見咎めたのか、モニターに向かい合っていたリンが振り返る事無く口を開いた。

、部屋の中には入らないでください」

「解ってるって」

控えめな注意に軽く返して、は再びジッとナルの顔を見つめると、改めて感心したようにしみじみと呟く。

「それにしても、やっぱり整った顔してるわよね」

今更言う事ではないかもしれないが、見れば見るほど整った顔をしている。

テレビに出ているアイドルも顔負けだ。

彼を前にした女の子たちが騒ぐのも仕方がないと思えた。―――それもまぁ、ナルがどんな人間なのかを知らないからなのかもしれないけれど。

そんなの呟きに、同じく留守番を任されていた滝川がからかう様に笑った。

「なに?お前の好みのタイプなの、もしかして?」

これまでがナルの外見で感想を漏らす事はそうなかった。

確かに整った顔をしているという感想は聞いた事はあったけれど、そのどれもが第三者的感想であり、そこに個人の感情が込められていた事は1度もない。

そんな滝川のからかいの裏に、の感情を窺う気配がある事など当人は知る由もなく、ナルが眠る部屋の中を覗きこんでいたは体勢を整え開け放した襖に背中を預けるように座りなおすと、興味津々と言わんばかりの視線を向ける滝川を見返して困ったように首を傾げた。

「は?いや、特に好みのタイプとかは考えた事ないけど。でもまぁ、カッコいいに越した事はないんじゃない?目の保養になって」

それは今のの偽りない感想だった。

思えば今まで異性をそういう目で見た事があまりなかった気がする、と心の中で改めて認識しながら、けれどこれまでの自分の生活にそんな余裕などなかった事も事実であり、だからこそ特別違和感はない。―――そういう人間もこの世にはいるだろうと割り切れる。

けれどやはりも女の子だ。

別に彼氏はかっこよくないと嫌だとかそんな気はまったくないが、カッコいい人を見てカッコいいと思うのは当然の事。

そう感想を述べると、しかし滝川は呆れたように小さく笑って。

「女の子は好きだねぇ、イケメンが」

「男の人だって可愛い女の子が好きなくせに」

返ってきた言葉に、は即座に言い返す。

いや、私だって可愛い女の子は好きだけど・・・とはあえて口にはしないが。

そんなの言葉に思うところがあるのか、けれど滝川はしたり顔で頷いてみせる。

「いやいや、人間は中身よ」

「その通りだけど、なんか嘘くさ」

「失礼な」

なんとなく誤魔化されたような気がしなくもないと感想を漏らせば、滝川は不本意そうな面持ちで眉を寄せる。

そんな滝川を見返し、はからかうように口角を上げて・・・―――けれど滝川の言葉に反論はないのか、チラリと横目で眠り続けるナルを見やると納得したように頷いた。

「でもまぁ、どんなに顔が綺麗でも、ナルは口開けば毒が出るからね。付き合うの大変だよ、きっと」

「あー・・・まぁ、そうだろうな」

そこは滝川も同意見らしい。

というか、現在進行形でナルとの付き合いに気をすり減らしている身としては反論する気にもならなかった。―――勿論、ナルとの付き合いが嫌というわけではない。

ただこういった個性の強いタイプとの付き合いは、根気が必要なのではないかと思うのだ。

そういう意味では、今いるメンバーはその根気強さが備わっているのだろう。

そこまで考えて、は即座に己の考えを却下した。

ナルほどではないにしろ、ここにいるメンバーもそれぞれ個性が強い気がする。

よくこれでこの関係が続いているものだと感心するが。

「っていうか、普通の女の子じゃ無理だよね。相当打たれ強くないと、私みたいに」

そう言って茶化すように笑うを認めて、滝川もまた同じような笑みを浮かべる。

「・・・確かにお前は打たれ強いよな。ナルの毒舌にも怯まない時もあるし」

「慣れてるからね」

簡潔にそう答えて、はげんなりとした表情を浮かべる。

別にナルの毒舌に怯まないとか、まったく平気だとかいうわけではない。

ただいちいちそれに反応していては、平穏な日常生活など送れない事も確かで。

だからそれらをある程度受け流す事は、彼女が生活する上で自然と身についた事でもある。

どこか遠い目をしてそう呟くに、滝川はかつて彼女が口にした言葉を思い出した。

「そういやぁ、お前んとこの当主もナルに似てるって言ってたな」

最初に聞いた時は、のいつもの冗談だと思っていた。

まさかナルのような人間が、早々そこらにいるとは思えない。―――現に滝川はこれまで生きてきて、ナルほど思い切った人間に会った事は1度もなかった。

けれどはそんな滝川の考えを払拭するように、更に遠い目で自嘲気味に笑む。

「似てるねぇ。態度でかいところとか、口が悪いとことか、意地が悪いとことか。人を挑発するのとか上手いんだよねぇ、腹立つくらいに」

「・・・へぇ」

最早どうコメントしていいのかも解らず、滝川は曖昧な笑みを浮かべて相槌を打った。

確かに話を聞く限り、大変付き合いづらそうな人物である。

あの家の当主ともなれば、それくらいでないと勤まらないのかもしれないと思っても、そんな人物と常に共にいるだろうの苦労は計り知れない。

滝川の心中を知ってか知らずか、はチラリと再びナルへと視線を向けて。

「あと、人使って自分動かないとことかね」

あっさりと告げられた言葉に、滝川は思わず乾いた笑みを零す。

「お前、それナルに言うなよ」

「言わないわよ、流石に私も自分の身が可愛いからね」

万が一にもと控えめに忠告すれば、も心得ているのだろう。―――軽く肩を竦めて、おどけるような声色で呟いた。

そうして己の上司が意地悪く笑っている姿を思い出し、微かに眉を寄せて。

「でもまぁ、一清に比べたらナルなんてまだまだ可愛いもんだよ。年齢重ねてる分、性質悪いから」

一清に比べれば、ナルの嫌味など可愛らしいものだ。

なんだかんだいいつつ、押しに弱いところも。

一清は自分が周りからどんな風に見られているのかを知った上で、事が円滑に運ぶよう臨機応変に対処する。

だから人によっては、もしかすると好青年に映っているのかもしれない。―――そこまで考えて、は流石にそれはないだろうと即座に己の考えを却下して。

けれど強かさでは、まだまだナルは一清に敵わないだろう。

ナルにそう言えば、プライドの高い彼の事だからいい気分はしないかもしれないが。

「だからこそ、ナルの将来がちょっと心配。一清みたいになったら、周りが迷惑するからさ」

なんとなく保護者のような、母のような気分でそう感想を漏らせば、滝川は堪えきれないとばかりに勢いよく噴出して。

暫く肩を震わせて笑っていたが、なんとかそれを押し込めると、目尻に浮かんだ涙をふき取りながら軽く肩を竦めて見せた。

「酷い言い様だな」

「・・・まぁ、悪いやつじゃないけど。優しくないわけでも・・・ないし」

だからこそ、余計に厄介なのだが。

もしも相手が傍若無人な人間なら、ある程度距離を持って接していればいいだけだ。

しかし残念ながら、一清はそういう人間ではない。

普段は尊大な態度で腹も立つが、彼が密かに自分を心配している事も、周りの圧力から守ってくれている事も知っている。

だから困っているのだ。―――いっその事、心の底から嫌いになれれば楽なのにと。

そんな薄暗い思いを振り払うように、はこれまで黙ってモニターを見つめていたリンへと向かいにっこりと微笑みかけた。

「リンさんもナルの指示によく頑張るよね。時々かなりの無茶振りなのに・・・。―――胃とか大丈夫?」

「・・・おかげさまで」

声をかければ、律儀に返事が返ってくる。

我関せずとばかりの様子だが、どうやら話は聞いていたらしい。―――まぁ、同じ部屋の中にいるのだから、聞くつもりがなくとも聞こえてしまうのかもしれないけれど。

「それでも、やっぱりナルには早く復帰してもらわないとね。腹立つ時もあるけど、やっぱりナルがいないと調子でないし」

「だな」

再び眠り続けるナルを見やりそう言葉を漏らせば、滝川の仕方がないと言わんばかりの声が返ってくる。

きっとここにいる人みんな、そう思っているのだろう。

だからこそ1人の脱落者もなく、全員がここで頑張っているのだ。

なんだか温かいものが胸に広がった気がして、は伸びをしながら立ち上がると、開け放たれたままだった襖を静かに閉めた。

「んじゃ、頑張りますか」

「だね」

向けられた言葉に、短く・・・けれど力強く答えて。

「リンさんも、頑張ろうね」

「・・・ええ」

今もまだモニターと向かい合っているリンにも同じ言葉を向ければ、彼もまた控えめに返事を返す。

待っててね。すぐに、助けてあげるから。

本人が聞けば不本意だと言わんばかりの表情を浮かべるだろう言葉を心の中で呟いて、は滝川とリンへと視線を向けてにっこりと笑顔を浮かべた。

 

 

かな決意

(でもきっと目が覚めたら覚めたで大変なんだろうな)

(・・・・・・)


ゴーストハント。

調査の合間のひとこま。