モニターの起動音が響く静かな室内に、自分とは違う小さな呼吸の音が聞こえる。

先ほど居間に大きな穴が開いた時その場に偶然居合わせたは、今もまだ目を覚まさない。

ざっと見て体調的には何の問題もなさそうだが、あまりの深い眠りにほんの少しの不安を抱いた。―――彼女は本当に、目覚めるのだろうかと。

そこまで考えて、リンは考えを振り払うように僅かに首を振る。

自分が心配してやるような事じゃない。

自分と彼女には何の関係もないのだ。―――ごく稀に、こうして仕事をする以外には。

だから深く関わる必要などどこにもない。

彼女の心配なら、他のメンバーがするはずだ。

彼らに任せておけばいい。―――自分はただ、何もなかったかのようにこうして作業を続けていれば・・・。

「・・・リン、さん」

モニターを見つめながら考えを巡らせていたリンは、不意に呼ばれた自分の名前に僅かに目を瞠った。

気がついたのだろうかと視線だけで振り返るが、が起きた様子はない。

寝言なのだろうか。―――だとすれば、どうして自分の名前を・・・?

ふと浮かんだ疑問に、けれど自分には関係がないはずだと視線を戻して、リンは小さく息を吐く。

いつの間にか作業の手が止まっている事に気付いて、あまりに自分らしくないと自嘲してもう1つため息を零した。

一体自分は何をやっているんだ。

そう心の中で独りごちた、その時。

「・・・私、リンさんと・・・仲良く・・・なりたいの」

寝息と共に吐き出される言葉に、リンは大きく目を開く。

慌てて振り返るも、は今もまだ眠りの中。

一体なんなんだと苦く思っても、もちろん彼女からの返答はない。

そうしてついこの間、彼女に自分の素性を明かした瞬間を思い出して、リンは僅かに目を細める。

自分の嘘偽りない気持ちだった事は確かだけれど、まったく何の事情も知らない彼女にとっては突然すぎる宣告だっただろう。

彼女が悪いわけではない事は解っているけれど、それでもどうしても割り切れない部分もある。―――それが、今回の場合は根が深すぎたというだけで。

けれど、だからといって何も感じないわけではなかった。

自分が言葉を放ったあの瞬間、いつも笑顔を崩さずどんな状況でも飄々とした様子を見せている彼女がほんの僅かだけ見せた、傷ついた瞳。

そうしてその瞳に浮かんだ諦めの色。―――次に見せた笑顔がどこか痛々しく見えたのは、きっと気のせいではないのだろう。

けれど、それで良いと思っていた。

突き放してしまえば、きっと彼女はもう不用意に自分に近づいたりはしない。―――その方が、自分にとってもにとっても良いはずだ。

けれど、は言うのだ。

自分と、仲良くなりたいと。

チラリと振り返れば、今はもうすっかりと落ち着いたは、肩まですっぽりと毛布を被って心地良さそうに眠り続けている。

そこには先ほどの『もう目覚めないかもしれない』と思わせる要素はどこにもなかった。

本当に安心しきったように眠るその顔は、見ているものにも温かい何かを与えるようで。

「・・・リン、状況は?」

居間の状況を見に行っていたナルの帰還に、リンはすぐさまモニターへと視線を戻し、「変化ありません」と言葉少なく答えながら作業を再開する。

彼女が目覚めた時、自分はどう反応すればいいのだろうか。

今もまだ眠り続けるを横目に、リンは大きくため息を吐き出した。

 

 

目覚めまで、もう

(どうした、リン・・・?)

(・・・いえ、何でもありません)

 


 

ゴーストハント 『人形の家』 第5話裏話。

彼女の寝言と、リンの葛藤。