「こんにちは〜」

最近ではもう見慣れてしまったおしゃれなドア。

それを押し開けて元気よく声を上げれば、いつも麻衣の歓迎の声が返ってくる。

しかし今日はその声はなく、代わりに珍しい人物の姿を見つけては意外とでも言うように目を丸くした。

「あれ?・・・珍しいね。ナル1人?麻衣は?」

「学校の用事で遅れるそうだ」

「そうなんだ。珍し〜い」

いつもならば所長室に篭って出てこないはずのナルが、事務所のソファーに座っている。

珍しい事もあるものだと簡単に結論付けたに、しかしナルはいつもと同じように鋭い眼差しを彼女へと向けた。

「それで?一体何の用だ?」

「別に。ただたまたま近くを通りかかったら寄っただけ」

「・・・ここを喫茶店代わりにするなと、何度言ったら解る」

「聞こえな〜い」

ナルの嫌味をさらりと聞き流して、はナルの真向かいのソファーに腰を下ろした。

正直冷たい視線を向けるナルと向かい合うのは避けたかったが、流石に隣に座るわけにもいかない。―――いや、そちらの方がもっと面倒な事になっていただろう。

それにしても、麻衣がいないとは思ってもいなかった。

さて、これからどうしようかな〜・・・とが思考を巡らせたその時、無言で資料のようなものを読んでいたナルが、不意にへと視線を移して口を開いた。

、お茶」

「・・・は?」

「聞こえなかったのか?お茶だ」

ぞんざいな態度で言い放たれ、は盛大に頬を引き攣らせる。

ナルの性格は十分承知しているが、流石にこれはどうだろう?―――まさか麻衣にまでこんな態度を取っているのではないかと考え、は更に頬を引きつらせた。

そうして再び無言で資料に目を通すナルを見返して、わざとらしくニヤリと笑む。

「お茶が飲みたいなら自分でどうぞ。あいにくと、私はSPRのバイトじゃないもんで」

「なら、さっさと帰れ。邪魔だ」

「またまたお生憎様。麻衣に用事があるんだよね」

「・・・さっき、たまたま寄ったと言っていたと思ったが?」

「言ったっけ、そんな事?ナルの聞き間違いじゃないの?」

鋭い視線を投げ掛けるナルを見返して、はにっこりと微笑む。

そんなをじっと見つめていたナルは、口を開こうとして・・・―――けれどそれを言葉にすることもないまま、再び資料に視線を落とした。

そのナルらしくない行動に目を細める。

まぁ、何故・・・?と問うまでもないが。

すっかりの存在を意識の外へ追い出したナルを見つめながら、は小さく息を吐く。

確かにこうしてみれば、ナルの外見は非常にレベルが高い。

これで中身が素直ならば、きっと周りの女性は放っておかないだろう。―――まぁ、今でもその傾向はあるが。

それでもは、ナルの内面を決して嫌いではない。

それが己の上司で慣らされたからなのかどうかは定かではないが、真っ向から向けられる言葉にウソはないとそう思うからかもしれない。―――多少・・・いや、かなり捻くれてはいるけれど。

「・・・ねぇ、ナル」

「・・・・・・」

ナルからの返事はない。

どうやら徹底的に無視するつもりらしい。

しかしそれにめげる事もなく、は変わらないトーンで呟いた。―――もしかしたら、それは本当に独り言だったのかもしれない。

「何で真砂子の依頼断らなかったの?」

の問い掛けに、ナルの肩がピクリと動く。

無視するつもりではいるようだが、聞こえていないわけではないらしい。

「みんな不思議がってたよー。まぁ、当然っていえば当然だけど」

あのナルが、真砂子には嫌味ひとつ言わないのだ。―――不審がられても仕方がないだろう。

その理由も承知しているとしては、ただ笑うしかなかったけれど。

それに言い換えれば、真砂子も真砂子なのだ。

ナルが素っ気無いからと、最後の手段に手を伸ばしてしまった。―――それだけ必死なのだと思えば、まるっきり第三者のとしてはむしろ可愛く思えるが。

「別にさ、そんなに警戒する事ないんじゃない?真砂子だって、本当にみんなにバラしたりなんてしないと思うし・・・」

「憶測で話をするのは好きじゃない」

今まで無視を通してきたナルが、不意に口を開いた。

何気なく彷徨わせていた視線をナルへと向けると、彼はじっとを見つめている。―――その瞳が何かを語りかけているように見えて、は思わず苦笑した。

「じゃ、憶測じゃなくて真実を語ろうか」

「・・・真実?」

「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。―――私は誰にも喋ったりなんてしないから」

主語なくさらりとそう告げたに、ナルは僅かに眉間に皺を寄せる。

そうして資料を手にしたまま、まっすぐにを見据えて・・・。

「・・・それを信じろ、と?」

「そう、信じろ!―――と言いたいところだけど、それはもうナルに任せるしかないね」

そう言って、はおどけたように笑った。

笑いながら、じっとナルの目を見つめ返す。

別にナルが信じようと信じまいと、にとって損はない。―――彼が信じようと信じまいと、にとっての真実は変わりはしないのだ。

けれど、どうせなら信じて欲しいとも思う。

いつまでも探るような目で見られるのは、正直気持ちの良いものではない。

警戒されるのも、遠慮されるのも。―――は、ナルの歯に衣着せないその物言いが、結構気に入っていたりもするから。

「いくら私だって、人の秘密を暴露するほど悪趣味じゃないって」

更に言葉を続けるに、ナルは何も言わない。

しかしは最初からナルの返答など待ってはいなかったのか、ひょいと肩を竦めて小さく笑った。

「それに・・・」

まっすぐ向けられるナルの視線から逃れるように立ち上がり、はキッチンへと足を向ける。

麻衣がいないとなると、お茶を飲むには自分で淹れるしかない。

麻衣の淹れてくれるお茶、楽しみにしてたのにな〜と心の中で独りごちながら、途中で言葉を切ったままのから逸らされないナルの視線を背中に感じて、は首だけで振り返ってにっこりと微笑んだ。

「それに、誰にだって知られたくない秘密くらいあるもんでしょ?―――ナルにも・・・それから、私にも」

それだけを告げて、は今度こそキッチンへと足を踏み入れる。

自分の分と、そして資料室に篭っているリンの分と。

仕方がないからナルの分も淹れてやるか・・・と、そう思いやかんに手を掛けたの背中から、ナルの涼やかな声が届く。

「・・・、お茶を淹れてくれ」

先ほどとは違う言い回しに振り返れば、ナルは既に資料に視線を落としていた。

「・・・砂糖は?」

「いらない」

素っ気無く返ってくる返答に、は解ったとだけ返事を返してやかんに水を入れ火に掛ける。

果たしてナルがどういう結論を下したのか、には解らない。

結局のところ、ナルがを信じたのかそうでないのかは、今の彼の様子からは伺い知る事は出来ないけれど。

それでも肌で感じる部屋の空気に、は思わず笑みを零して。

「こんにちはー!遅れてすいませーん!!」

慌てて事務所に飛び込んできた麻衣の元気の良い声と共に、やかんがピーと大きく鳴いた。

 

 

お茶会のまり

(えっ?今日はがお茶淹れてくれるの?)

(そ。麻衣は座っててね〜)

(機嫌良いね。・・・なんかあった?)

(べっつに〜)

 

 


ゴーストハント。公園の怪談の後日談。

密やかなナルとの攻防戦。