「おーい、安原!!」

それなりに充実した高校生活初めての夏休みが終わり、新しい季節がやってきた。

長い休みで少し気だるい身体を持て余しながら、けれど決してそれを表に出さずに新たな学期を迎えるべく学校へと向かっていた安原は、背後から掛かった大きな呼び声にゆっくりと振り返る。

「おーっす!!」

「ああ、おはよう」

気軽に肩を叩いて挨拶を向けるクラスメートに挨拶を返して、そのまま何気なく並んで歩く。―――そんな中、ふと隣を歩くクラスメートが向ける意味深な眼差しに気付いて、安原は不思議そうに首を傾げた。

「・・・どうしたんですか?」

「いや、さすが安原。やるなーと思って」

主語の抜けた言葉に、更に首を傾げる。

彼が何の事を言っているのかは解らないが、どうやら彼にとっては楽しい事らしい。

という事は、自分にとってはあまり歓迎されない話だという事だろうか。

そう瞬時に考えた安原は、どう話を逸らそうかと思考を巡らせる。―――しかしそれを遮るようにして、また新たなクラスメートが2人の会話に飛び込んでいた。

「ああ、そうそう!びっくりしたよな、正直!!」

どうやらこの2人は意思の疎通が出来ているらしい。

これは逃げられないかもしれないと半ば覚悟を決めたその時、2人のクラスメートが目を見合わせ、そうして心持ち声を潜めるようにして安原に問い掛けた。

「あんな可愛い彼女、いつの間に作ったんだよ」

「・・・は?」

「誤魔化したって無駄だぞ。俺たち、ばっちり見たんだから」

勝手に進められる会話に呆気に取られる安原を他所に、クラスメートたちはまるで自分の事のように楽しそうに・・・けれど人の悪い笑みを浮かべて。

「いやー。あんな可愛い子、滅多にいないぜ?」

「そうそう、綺麗な子だったよな。ほんと、羨ましい」

心からそう思っているのだろう。―――その光景を思い出すように遠くを見つめる2人を認めて、安原は彼らの言う人物について記憶を探った。

自分で言うのもなんだが、今年の夏はそういったものとは縁のない生活を送っていた自覚がある。

自分も思春期なのだから、彼女の1人や2人は欲しいとも思わなくはないけれど・・・―――とそこまで考えて、安原は1つ身に覚えがある事を思い出して納得したように頷いた。

今年の夏、予備校のお泊り講習で友達になった、について。

折角の休みなのだからと、何とか時間を見つけて2人で何度か会っていた。

おそらく2人はそのどれかを目撃したのだろう。

そう思われることに異議はないが、早とちりにも程があるとも思えた。―――男女2人で出かけているからといって、そのすべてが色恋沙汰に関係しているとは限らないのだ。

実際にと出かけて楽しかったものの、そういった雰囲気になった事は一度もない。

まぁ自分はともかく、自身に問題がなかったとは言わないけれど。

自分自身が他人からどういう風に見られるのかという自覚が彼女にはないのか、無防備にも程がある。

そんな思いを抱きながらも、安原は今もまだ騒ぐクラスメートに視線を向けた。

自分にとってはそれほど悪い誤解ではないものの、有りもしない事でいつまでもからかわれるのは本位ではない。

早々に誤解を解くべく当たり障りなく説明すれば、2人は残念そうに・・・けれど心なしか少し嬉しそうな表情を浮かべて。

「なんだ、そういう事かよ。面白くねーな」

「ご期待に添えなくてどうも」

これでやっとこの会話から開放される・・・とそう思ったものの、2人はここで会話を打ち切るつもりはないらしい。

しかも先ほどよりも目を輝かせて、ぐいっと安原に顔を近づけた。

「じゃあさ。あの子、俺に紹介してくれない?」

「・・・は?」

「お前の彼女じゃないんだろ?だったらいいじゃん」

「あ、ズリー!俺も俺も!!」

便乗して名乗りを上げる男子を横目に、最初に声を上げた男子が不機嫌そうに眉を寄せる。

「なんだよ、俺の方が先だろ?」

「そんなのカンケーねーだろ?俺だってあの子いいなって思ってたし」

「最初にあの子見つけたの、俺だろーが!」

「だからそれはカンケーねーって!な、やすは・・・」

声を潜めていた事も忘れて、2人はお互い睨み合いながら声を上げる。

そうして同意を求めるように安原に視線を向けた一方の男子は、しかし直後盛大に身体を強張らせた。

そのあまりの解りやすさに、もう一方の男子も安原へと視線を向けて・・・―――けれど目に映る光景にこちらも瞬時に身体を強張らせた。

「・・・あ、の。安原・・・?」

「早く行かないと遅刻になるよ。僕は先にいってるから」

「・・・はい、どうぞ」

思わず敬語でそう返すと、安原は悠然と微笑みながら目と鼻の先に存在する母校へと足を向ける。

その背中を見送って・・・―――2人は顔を見合わせて、引き攣った笑みを浮かべた。

「・・・今の、見なかった事にしねぇ?」

「賛成。俺はまだ命が惜しい」

どうやら異議はないらしい。

2人はコクコクと無言で頷きあい、心なしか滲んだ汗を拭いながら足早に学校を目指す。

もうこの話題は口にはしまい。と、そう固く心に誓って。

 

 

越後屋の微笑み

(なんだよ、安原の奴!彼女じゃないって言ってたのに!!)

(コエー。俺、心臓止まるかと思った)

(同感。なんだよ、あの笑みは。笑ってんのに呪い殺されるかと思ったぜ)

(言うなよ!現実になったらどうすんだよ!!)

(・・・・・・)

 


ゴーストハント。

キリバン『夏休みの思い出』、その後。

なんとなく、安原は特定の仲の良い友達とかはいなさそう。全員と満遍なく公平に付き合ってるイメージ。

こんなものでよろしければ、しずかさまのみお持ち帰りどうぞ。