それは、ちょっとした調査の合間の休憩時間の事だった。

ナルから冷たい視線を向けられようと、多少の休憩は必要だ。

いや、必要に決まっている。―――そんなの言い分から出来た僅かな時間、今回の助っ人として呼ばれた滝川、綾子、ジョン、真砂子、は顔を揃えてお茶をすすっていた。

ちなみにSPRのバイトである麻衣は、ナルの指示でビデオテープの回収に向かっている。

助っ人とは違い、流石に自分の上司であるナルの命令を跳ね除けられなかったらしい。

「それにしても、今回もあれよね」

「・・・あれ、ですか?」

綾子の呟きに、ジョンが不思議そうに首を傾げる。

それを横目で見ていたが微笑ましそうに小さく笑い、綾子の足りない言葉を付け足した。

「厄介だよねって事。ジョンもそう思わない?」

「はぁ、それは勿論。原因が解らん事ばっかりですし・・・」

「だよねぇ・・・」

顔を見合わせて苦笑する。

実際は笑っていられる余裕などありはしないのだけれど・・・―――それでも休憩中くらいは心を安らげたい。

そう思いながらカップに口を付けたと同時に、滝川の声が上がった。

、お茶おかわり」

「あたくしもお願いしますわ」

「・・・なんで私に言うかな。自分でやろうよ、自分で」

カップを突き出してそう言った滝川と、便乗してカップを出した真砂子を睨みつけて、そうぶつぶつ文句を言いながらも、は律儀に2人へお茶を淹れてやる。―――それを横目に見ていた綾子が自分のカップも差し出した事に気付いて、は呆れの表情を浮かべながらもそっちにも注いでやった。

「ジョンは?おかわりいる?」

「え!?あ、はい。ありがとうございます」

ついでとばかりにジョンへと視線を向ければ、ジョンは慌てたように自分のカップを差し出す。

そうして律儀に頭を下げたジョンを見返して、は大きく息を吐き出して滝川たちを見やった。

「これだよ、これ。この謙虚さがあんたらにはないのか」

「おー、サンキュー」

「ありがとうございます」

「・・・なんか全然嬉しくないんだけど」

即座に返って来た礼の言葉に、それでもは不満だと言わんばかりに頬を引き攣らせる。―――確かに、お礼の言葉が棒読みでは当然だろうが。

「・・・

それでもそれ以上何も言わずにお茶を注いだカップを手渡したその時、背後から声が掛けられ振り返ると、そこにはリンの姿が。

「リンさん?どうしたの?」

リンもお茶だろうかと思いながらも問いかけると、しかし彼は見るからに分厚い紙を差し出した。

「この資料を纏めておいてください。出来れば今日中に」

「えー、資料?」

訝しげに眉を寄せつつも渡された紙の束を受け取り確認し始めたを尻目に、リンはモニターの前に戻る。

そうしてリンが椅子に腰を下ろしたその時、持っていた資料をバシンとテーブルに叩きつけながらが勢いよく立ち上がった。

「ちょっと待てー!なんで私が雑用係みたいになってんの!?」

「得意でしょう?」

モニターから視線を外す事無く言ってのけるリンに、は盛大に眉を寄せる。

「得意とか得意じゃないとかそういう問題じゃなーい!」

「谷山さんには別に仕事があります」

「じゃあ、リンさんがやればいいでしょーが」

「私にも私の仕事がありますので」

あっさりと言い放たれ、手渡された資料の一部をぐしゃりと握り締めた。

確かに今も仕事をしている麻衣に押し付けようとは思わないし、リンはリンで大変な仕事をしているとは思っている。

しかしだからといって、どうして自分がこんな風に使われなければならないのか。―――ただの助っ人だというのに。

「なにそれ!私にだって私の・・・私の、仕事・・・は・・・」

言いながら、は思わず言葉を濁らせる。

の仕事は霊視だ。―――霊媒なのだから、一応。

しかしが自分の与えられた仕事で成果を発揮した事は、残念ながらそれほどない。

まったく貢献できていないわけではないと思うが、もしかすると倒れたりして面倒を掛けている方が多いかもしれない。

そんな思いからはっきりと言い切れないを一瞥して、再びモニターに視線を戻すとリンは素っ気無く言い放った。

「よろしくお願いします」

「・・・だから〜、それとこれとは別だってばっ!!」

リンの言葉に盛大に表情を引き攣らせたは、それでも負けるまいとばかりに抗議を繰り返す。

そんな2人を遠目に眺めていた綾子が、お茶をすすりながらポツリと呟いた。

「・・・あの2人、いつの間に仲良くなったの?」

「・・・さぁ?」

困ったように笑みを浮かべながら首を傾げるジョンを見やって、カップをテーブルに戻した綾子は体勢を整えながら更に疑問を投げ掛ける。

「それにリンってば、いつの間にを呼び捨てにするようになったの?最初は苗字で呼んでなかった?」

確かに最初はそうだったはずだ。

他のメンバー同様、リンの素っ気無い態度はに対しても変わらなかった。

けれど今の彼のに対する態度にそれほど違和感は感じない。―――いつからこうだったのだろうかと首を捻る綾子に対して、真砂子は視線をとリンに固定したまま口を開いた。

「あの公園での事件からではないかしら?」

告げられた言葉に、綾子は更に首を傾げる。

「公園って・・・アンタが持ってきたっていう?」

「そうですわ。あの頃から随分と親しくなったみたいですから」

確かに、今から考えれば時期的にはあっている。

綾子自身はその事件に関わってはいないから何があったのかは解らないけれど・・・―――そうしてきっと聞いてもは答えられないだろう。

答えたくないではなく、答えられない。―――そういうところで、彼女はとてつもなく鈍いから。

「・・・ぼーさん、アンタ頑張んないとヤバイんじゃないの?」

ちらりと無言のままお茶をすする滝川へと視線を送る。

今のところに一番近いのは滝川に違いないだろうが、うかうかしていてはその座さえもリンに掻っ攫われてしまうだろう。―――ああいうタイプこそ、本気になれば怖いのだ。

しかしそんな綾子の親切な助言も、言われた滝川はそうは捉えなかったらしい。

「独り身の綾子に言われたくないんだけどー」

「なんですってぇ!?」

不貞腐れたようにそう言い放つ滝川に、綾子の怒りが決して高いとは言えない沸点を超えた。

「あ、あの。みなさん、仲良く・・・」

とリンとは別にここでも戦いのゴングが鳴ったことに気付いて、ジョンは慌てて立ち上がると喧嘩を止めようとおろおろと2人へと駆け寄る。

ちょうどその時、室内に冷たい声が響き渡った。

「・・・何をやってる」

聞き覚えのある声に綾子と滝川が恐る恐る振り返ると、そこには何処かへと出かけていたナルが立っている。

しかし一体いつの間に帰ってきたんだと心の中で悲鳴を上げる2人とは違い、助けを求めるようにが声を上げた。

「ちょっとナル、聞いてよ!リンさんってば雑用を私に押し付けようと・・・」

勢いに乗って文句を言おうとしたは、しかしナルから向けられた冷たい視線に思わず口を噤んだ。

思い出せば、ナルの文句を押し切っての休憩の最中。

少し騒ぎすぎたかもしれないと頭の片隅で思ったその時、全員を一瞥してナルは素っ気無く言い放った。

「そろそろ仕事に取り掛かって欲しいのですが・・・?」

「は〜い、よろこんで〜」

全員が表情を引き攣らせながら良い子の返事を上げた。

今のナルに逆らうのは命取り。―――そう判断した結果だ。

「・・・なんで私が」

行動を開始した面々に混じって動き出したは、手の中の資料に視線を落としてため息を零す。

「・・・

さっさと取り掛からなければ今日中に終わらす事は難しい。―――そう判断して諦めと共に資料に手を伸ばしたは、名前を呼ばれて顔を上げた。

それと同時に落とされるそれに咄嗟に手を伸ばせば、手のひらに軽い衝撃。

「・・・なに、これ」

コロンと手の中を転がる丸い包み紙を見下ろして訝しげに呟いた。

それはどこからどう見ても飴玉に見える。―――いや、しかしどうしてリンが・・・と再び顔を上げると、既にそこにリンの姿はなかった。

慌てて視線を巡らせると、いつものようにリンはモニターの前に座っている。

ワケが解らず更に首を傾げると、チラリと横目で見やったリンが素っ気無く言い放った。

「それで手を打ってください」

「・・・はぁ!?」

それで手を打て?―――それはもしかして、強引に押し付けられた雑用に関する事だろうか。

再び手のひらを転がる飴玉を見下ろして、は小さく噴出す。

リンに、飴玉。

意外というか、似合わないというか・・・。

彼はどこでこれを手に入れたのだろうか?―――店で購入している姿など想像も出来ないが。

「・・・しょうがないなぁ」

今回は彼の珍しい姿を見れた事に免じて引き受けるか。

笑みを零しながら、包装紙を解いて赤く澄んだそれを口の中に放り込む。

「さてと、それじゃ取り掛かりますか」

山積みになった資料を手に、空いた机を陣取り処理を始める。

口の中には、甘い甘いイチゴ味が広がっていた。

ギブテイク

(あれ、アメ食べてんの?いいな〜、あたしにもちょうだい)

(あ〜、ごめん。これもらいもんだからもうないの)

(なんだ。誰にもらったの?)

(リンさん)

(・・・えっ!?)

 


ゴーストハント。

休憩中のひとこま。