「そういえばさ〜、結局のところたちってどうなってんの?」

ある休日の昼下がり。

そんな小説の冒頭にはありがちといえばありがちな光景の中、特に仕事もなく暇を持て余していた麻衣に呼び出された私は、突然の質問にポッキーを咥えたまま小さく首を傾げた。

「・・・何が?」

質問の意図が解らず訝しげな表情を浮かべて問い返す私に、麻衣はにっこりとそれはそれは楽しそうな笑みを浮かべて。

「やだな〜、惚けちゃって。ぼーさんとリンさんの事に決まってるじゃん」

「あ〜、それそれ。アタシも気になってたのよね。あんたたち一体どうなってんの?」

「どうもなにも、まったく進展はなさそうですわね。見ていてじれったいくらい」

麻衣の発言に便乗して、綾子と真砂子までもが会話に加わってきた。

どうでもいいけどあんたたちも結構ヒマなんだね。―――まぁ、私も人の事は言えないんだろうけど。

それにしても解らない。

ぼーさんとリンさんが一体どうしたって言うのよ?

私の疑問はそのまま顔に出てたんだろう。―――3人はお互い顔を見合わせて呆れたようにため息を吐いた。

「あ〜、やっぱりってまだ気付いてないんだ。そっち方面かなり鈍いよね、

「そっちってどっちよ。・・・っていうか、失礼な発言はやめてくれるかな?」

「今のアンタに反論する権利なんかないわよ。だって麻衣の言う通りだもの」

「ですが滝川さんとリンさんにも問題はありますわ。遠まわしすぎると言いますか・・・確かに解り辛くはありますもの。鈍いさんではなおさらですわ」

麻衣たちが何の話をしてるのか、さっぱり解らない。

っていうかフォローしてるのか追い討ち掛けてるのか解らないよ、真砂子。

「だーから、一体何の話してんの?こっちに話振るんなら解るように言ってよ」

「んじゃ、単刀直入に聞くけど・・・って結局ぼーさんとリンさんのどっちが好きなの?」

「・・・は?」

思わぬ質問に目が丸くなる。

やっぱり麻衣の言っている事が解らない。―――いや、聞かれてる事は解るけど、その意味が解らない。

何でそういう話になるんだろう。

っていうか、何でぼーさんとリンさん限定?

思わず絶句してしまった私に、麻衣はやれやれとばかりに肩を竦めて。

「もー、しっかりしてよ。ほんとに気付いてなかったの?」

「・・・え?」

「まぁ、アタシたちの口から言うのもなんだけど、ぼーさんもリンもあんたの事が好きなのよ」

「・・・へ?」

「正直なところ見ている分には面白いですけど。ここまで気づかれていないと、流石に2人が不憫ですわね」

「・・・はぁ!?」

それぞれ好き勝手言い放題の3人を見詰めて、私は言われた言葉の意味を考える。

漸く彼女たちが何を言いたいのかが解った。

つまり彼女たちは、ぼーさんとリンさんが私の事を好きだとそう思ってるわけだ。

ふ〜ん、ぼーさんとリンさんがねぇ・・・。

「っていうか、ありえないから」

ちょっとだけ考えに浸ってから・・・―――そうしてコンマ数秒で出た結論に私は3人の言葉を盛大に笑い飛ばしてやった。

大体なんでそういう話になるかな。

そりゃ女の子はそういう恋バナとか大好物だろうし、やっぱりクラスメートとかバイト仲間とかにそれを求めるのも自然の流れなんだろうけど。

何でその矛先を私に向けるかな、3人とも。

まぁ、麻衣と真砂子はナルに向けて恋愛信号を発信してるから除外されるんだろうけど。

でもでも、この場には綾子っていう立派な女性がいるじゃないの。―――まぁ、綾子と誰かが恋愛関係っていうのもあんまり想像つかないけど。

なんて事を言ったら麻衣と真砂子には呆れた眼差しを向けられ、綾子には盛大に怒られた。

そりゃ確かに、私の身近な男性って言ったら仕事仲間しかいないけどさ。

ぼーさんの面倒見の良さは別に私に限ったことじゃないし、それ以上にリンさんと恋愛って結びつかない。

「んじゃ、お子様なあんたに合わせて仮にで良いわよ。『仮に』メンバーの中で恋人にするなら誰がいいの?」

今かなり失礼な事言われた気がするけど・・・―――まぁ、この際私が大人になって目を瞑ってやるかとため息。

ん〜、仮に、ねぇ・・・。

何気なく天井を見上げて、質問の答えを素直に考えてみる。

ナルは麻衣と真砂子の恨み買いそうだしなぁ・・・。―――っていうか、確かに顔が良いのは認めるけど、あんな一緒にいて疲れそうな相手は一清だけで十分だ。

ぼーさんは・・・確かに頼りになるし世間一般から見ればいい男なんだろうけど、何処となく掴めないっていうか、上手く交わされちゃう気がするっていうか。―――そういう相手って恋人としてはどうなんだろう?

なまじバンドなんかやって女子高生とかに人気がある人だと、相手の女性って大変なんだろうなぁとも思うし。

私としてはどちらかというと、面倒見のいいお兄ちゃんって印象の方が強いし。

リンさんは無口でとっつきにくそうな割には結構優しいけど、なんとなくそういう雰囲気って言うかイメージが湧かないんだよね。

すごく失礼だけど、なんか仙人みたいな。―――女には興味ないぜ、みたいな。

安原くんは人当たりも良くて気遣いも出来て一見彼氏向きっぽいけど、やっぱり彼も掴めない人なんだよね。

絶対に一筋縄じゃいかないタイプだし。

まぁ、友達としての彼はまったく問題もないわけだけど、恋人となるとどうなんだろう?―――私にはそういう経験がないから、よく解らないけどさ。

こうして改めて考えてみると、誰も彼も癖がありすぎて恋人には向かなさそう。

確かに顔はいいんだけどね、顔だけは。

あ、ジョンは間違いなく完全に良い人だよね。

笑顔も裏のない穏やかな感じだし、丁寧で優しいし。

でもやっぱジョンもそういう・・・恋愛系?ってイメージ出来ない。

どちらかというと、年上のお姉さまに可愛がられてそうな感じ。

っていうか、私も人の事言えないくらい失礼だよね。―――好き勝手考えちゃって。

人の事言えるほど、私も彼女にするには向かないタイプだとは自覚してるけど。

「で?誰なの、一体?」

考え込んだ末、漸く顔を上げた私に、麻衣が期待するような眼差しを送ってくる。

そんなに期待されても困るんだけど。

「いや〜、なんか具体的に考えられないっていうか・・・―――もうこの話題はやめない?」

「えー!!」

麻衣の非難の声に、私は思わず耳を塞ぐ。

ああ、ごめんよ。

どうせ私は恋愛には向かない人間だよ。

もうこの際お子様でも鈍感でも結構。

そういう意味を込めて恨みがましい視線を投げ掛ければ、何故か目の前には引き攣った笑顔のまま硬直する3人の姿が。

どうしたのかと視線を辿って振り返れば、そこには大量の資料を抱えて静かに佇むリンさんの姿があった。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

一体どの辺りから聞いてらっしゃったんでしょうか。

そしてこの微妙な空気はどうすればいいんだろうか。

「・・・あー、そういえばアタシ用事があったんだっけ」

「あたくしも、そろそろ仕事の時間ですわ」

綾子と真砂子がおもむろに立ち上がり、まるで何事もなかったかのように玄関へと向かう。

「あ、そうだ!あたしナルにお茶淹れなきゃ!!」

引き攣った笑顔を浮かべたまま、麻衣はいそいそとキッチンへと向かい、そうして猛スピードでお茶を淹れて所長室に逃げ込んだ。

ちゃんと淹れないと、またナルに嫌味言われるよ〜・・・って!!

うわ、酷い!みんな逃げた!!

私はさしずめスケープゴートですか。

私別に何にも悪くないはずなのに、何でこんなところで妙な緊張感に包まれてるの?

麻衣が仕事なくて暇だって言うから、たまにはいいかと思って勉強切り上げてまで来たっていうのに!

そーっと様子を窺えば、リンさんは何事もなかったかのように資料を棚に戻してる。

だけど時折向けられる視線に居心地が悪くなって、私は勇気を振り絞るように気合を入れて声を掛けた。

「・・・リンさん。お茶でも入れる?」

「・・・お願いします」

一瞬の間を置いて返ってきた言葉にホッとして、言葉通りお茶を淹れるために立ち上がる。

そうしてキッチンに向かう途中、何故だか不意に綾子の言葉が脳裏に甦った。

『ぼーさんもリンもあんたの事が好きなのよ』

ただの勘違いだ。そうに決まってる。

そう思っているのに、なんだか耳の辺りが熱くなってきた。

何なの、この気恥ずかしさは。

これは麻衣たちの陰謀だ。―――私を使って遊ぼうと思ってるんだ。

そう結論付けてやかんに手を伸ばしたその時。

「おーっす!―――ってあれ?なに、。お前1人なの?」

もはやノックなど意味がないだろうと思えるほど軽快な足取りでSPRの事務所に飛び込んできた派手な男に、私の頬はさらに引き攣った。

「麻衣はどうした?」

「・・・所長室」

「あー、ナルんとこね。んでお前が店番してんのか?」

「・・・うん?まぁ・・・結果的にはそうなってる・・・のかな?」

「ふ〜ん。ごくろうさん」

納得したのかそうではないのか、ぼーさんはあいまいに返事を返して、俺にもアイスコーヒーちょうだいと笑顔を振りまく。

そして再び、綾子の声。

『ぼーさんもリンもあんたの事が好きなのよ』

ああ、もう、いい加減にして。

解ってる!解ってるよ!これは綾子の勘違い!

解ってるのに・・・解ってるのに!!

何なの、この妙なドキドキ感は。

「どうした、?」

「なんでもないよ!!」

わけが解らないとばかりに首を傾げるぼーさんと、何を考えてるのか読めないリンさんに向かってそう声を荒げる。

なんてこった。

これしきの事で、まともに2人の顔が見れないなんて!

すっかり麻衣たちの策略にはまってしまった事を改めて自覚して、私は悔し紛れに大量の砂糖をコーヒーの中にぶち込んだ。

 

 

何なの、その少女漫画的な筋書き

(うむむ〜。麻衣め、後で覚えてろ)


いつかのSPRでの女子会(?)での出来事。

時期的には、『禁じられた遊び』から『血ぬられた迷宮』の間くらい。

女子たちがちょっとフライングしちゃった感じで。