ねぇ、ぼくはここにいるよ。

ねぇ、はやく。

はやく、ぼくをみつけてよ。

 

あるクリスマスの

 

「・・・おはよー」

「ああ、おはよう」

眠そうに目を瞬かせながら広間に姿を見せたに、一清は広げた新聞から視線を上げる事なく挨拶を返した。

いつものその様子には何を言うでもなく定位置に座ると、これまたいつものように藤野が朝食を運んでくれる。

まだぼんやりとする意識の中、規則正しくそれを口へと運びながら、はチラリと壁に掛けられた時計に視線を移す。

現在、朝の8時すぎ。

折角の冬休みなのだからもうちょっとゆっくりしたいところだが、生憎と今日は約束があるのだ。

そんなの様子を横目で見ていた一清が、新聞を畳みながらテーブルの上の湯飲みに手を伸ばしつつ口を開いた。

「何か予定でもあるのか?」

が朝早くに起きてくる事はそう珍しい事でもないが、時間を気にしているのは珍しい。

折りしも今日はクリスマス。―――色気もクソもない目の前の少女に彼氏がいるなど寝耳に水だが、もしかすると・・・という事もある。

しかしそんな一清の問い掛けに、お味噌汁を飲み終えご馳走様でしたと手を合わせたは、改めて湯飲みに手を伸ばしながらのんびりとした口調で呟いた。

「んー、ちょっとね。ジョンに頼まれ事されちゃって・・・」

「頼まれ事?」

「そ。ジョンの知り合いのいる教会で、ちょっと困った事があるんだって。それで協力して欲しいって。ナルたちとぼーさんと、それから私に」

生憎と綾子と真砂子は予定があるらしく、今回は参加できないらしい。

とて何が悲しくてクリスマスに霊と関わらなくてはならないのかと思うが、他ならぬジョンの頼みなら仕方がない。

予定が入ってるの・・・と言えない己の身の上が少々寂しかったが、それは今回参加する全員が同じなのだろう。

としてもまだ彼氏などという存在に興味がないため、クリスマスだろうがなんだろうが関係ないのだけれど・・・。―――寧ろ冬休み中でよかったと思うくらいだ。

しかし・・・。

「ふん。クリスマスだというのにデートする相手もいないのか。寂しい奴だな」

馬鹿にするように鼻で笑われ、の頬が僅かに引き攣る。

「・・・そーいう一清さんも、朝から家でのんびりしてるって事はデートする相手いないんじゃないの?」

「お前と一緒にするな。俺はクリスマスには興味がない」

キッパリと言い切られ、はグッと拳を握り締めた。

「コイツ・・・殴りたい!」

「出来るものならやってみろ」

冷ややかに笑む一清をジロリと睨み返して・・・―――それでも腕っ節で敵う相手とも思えず、は己の持てるすべての忍耐を総動員して何とかその衝撃をやり過ごす。

見た目は優男に見えても、一清もまた格闘技の有段者なのである。

本気で喧嘩を売れば立場的にも腕っ節でも敵わないと解っている相手に喧嘩を吹っかけるほど、は自分の身が可愛くないわけではない。

「まぁまぁ、さん落ち着いて」

いつの間にか姿を現した藤野に宥められつつ、は不機嫌そうな面持ちで立ち上がり、座ったままの一清を見下ろした。

「いつか、絶対!泣かせてやる!!」

それが出来るかどうかはともかく、捨て台詞でも言わないとやってられない。

出来るものならやってみろとでも言わんばかりに笑う一清を最後にもう一度睨みつけて、は足音も荒く広間を出る。

さん、出かけるなら車を出しますよ」

「いい!若者は歩いていくから!!」

追ってくる声にも素っ気無く返して、は自室に戻るべく階段を駆け上がる。

その音が聞こえなくなった頃、新しいお茶を淹れなおした藤野が小さくため息を吐き出した。

「一清さん。さんをからかうのは止めてください」

「解ってる。だが、アイツがあんまりにも面白い反応をするものだからな」

くつくつと笑みを零しながら、熱い湯気を立てる湯飲みに手を伸ばす。

あれほど霊現象と関わるのを嫌がっていたが、仕方がないとはいえ自ら進んで関わりにいくとは・・・―――つい半年前までは想像も出来なかったが。

「良い傾向じゃないか」

「・・・どうですかね。それが本当にさんにとって良い事なのかどうか」

満足げに微笑む一清を横目に、藤野は小さくため息混じりに呟いて。

ピシャン!とガラスを叩き割りそうな勢いで閉まる玄関のドアの音を聞きながら、藤野は相変わらず楽しそうに笑う一清を目に映して、もう一度大きくため息を吐き出した。

 

 

「うわぁ!本物の教会だぁ!!」

「麻衣、走ると転ぶぞ!!」

リンの運転する車で連れてこられたのは、物語に出てきそうな様相をした教会。

それを目に映した途端に瞳を輝かせながら車を降りた麻衣に、滝川が注意を促す声を掛ける。

「うわ、寒っ!―――麻衣は元気でいいねぇ」

「お前は年の割には若さが足りないみたいだけど・・・?」

「ほっといて」

パタパタと駆けていく麻衣の後姿を見送って、寒さに耐えるようにコートの前を掻き抱くを横目に入れられた滝川の突っ込みをさらりと流して、は改めて教会を見上げる。

随分と凝ったつくりの教会だ。―――それともほとんどの教会はこんなものなのだろうか?

生憎と近所に教会があるわけでもなく、またお祈りに興味があったわけでもないは、今まで教会と名の付く場所に足を踏み入れた記憶が一度もないので比べようもないのだけれど。

「クリスマスに教会。いいねぇ〜、やっぱこーでなくちゃ!」

満足げに頷く麻衣を横目で窺いながら、そんなものかとは首を傾げる。

確かにクリスマスに教会なんて、まるであつらえたように似合っているけれど。

「麻衣。遊びに来たなら帰れ」

まるで子供のようにはしゃぐ麻衣に冷たくそう言い放つナルは、やはりというかなんというか・・・教会にもクリスマスにも興味はなさそうだ。

まぁ、ナルが教会を見つめて目を輝かせている方が違和感があるが。

さっさと仕事に取り掛かるべく教会に向かうナルを見つめて、隣に駆け寄ってきた麻衣がボソリと小さく呟いた。

「・・・ねぇ。同じ教会に来るのでもさ。ナルとリンさんだけテイストが違うね」

「・・・確かに」

「・・・ねー」

黒尽くめの服装。

にこりともしない2人は、この可愛らしい教会の前ではかなり浮いている。

「どっちかというと、墓場とかの方が似合いそうだよね」

「・・・そのたとえ、笑えないよ」

「・・・だね」

お互い顔を見合わせて頬を引きつらせる。

本当に笑えないとばかりに頷きあって、想像を掻き消すように2人は揃って教会へと足を進める。

そうして戸口まで近づいた頃、出迎えの為に待っていてくれた依頼主である神父がジョンを見つけてやんわりと微笑んだ。

「ブラウンくん。よく来てくれましたね」

「東條さん」

東條と呼ばれた男性は、神父らしくやんわりと穏やかな笑みを浮かべている。

どことなくほんわかとするような雰囲気にと麻衣、そして滝川がホッと息をついたのを見て、ジョンはナルの方を振り返りにっこりと微笑んだ。

「渋谷さん。この方が依頼人の東條神父さんです。こちらは渋谷サイキック・リサーチの所長さんで渋谷さんです」

「お手数をおかけします」

東條神父はまだまだ若いナルを見ても態度を変える事無く、礼儀正しく会釈をする。

さすが神父。―――こんな怪しげな集団を見ても動じないらしい。

「さ、中へどうぞ」

東條神父に促されるままに、たちは教会の中へと足を踏み入れる。

「・・・へぇ」

そんな中、頭上を見上げていた滝川が感嘆のため息を吐き出した。

それに引かれて視線を上げれば、教会の上部に並べられている天使の像が目に映った。

荘厳な雰囲気漂うそれを物珍しげに見上げていたは、そこに似つかわしくない飾りがある事に気付いて眉を顰める。

「なかなかサイケだよな」

「・・・ふへ〜、なんでガイコツ?」

天使像の足元に、隠れるようにして置かれているガイコツの頭部の飾り。

「・・・なんか、悪趣味」

「そういうもんなんだろ、キリスト教って。俺は仏教徒だからよく知らんけど」

「いや、私だって知らないけどさ」

それにしたって・・・ともう一度それに視線を向けた時、どこからか子供のはしゃぐ声に聞こえ、2人は揃ってそちらへと視線を向ける。

敷地内に作られた広場には公園のような遊具が設置されており、そこでは大勢の子供たちが楽しそうに遊んでいる。

そこには日本人の子供もいれば、そうではない子供たちもいた。―――共通しているのは、全員が楽しそうに遊んでいるというところだけだ。

「こりゃまた、インターナショナルなお子さんたちで」

「ああ、東條さんは外国人就労者の子供さんを預かってはるんです」

小さな滝川の呟きに気付いたジョンが、柔らかい口調で説明する。

「親御さんが仕事に行ってる間面倒見たり、事情があって家におられへんようになった子を引き取ったり・・・」

どこの世界にも、家庭に恵まれない子供はいるのだ。

それが親の事情なのか、それとも天涯孤独となってしまった故の仕方のない事なのかはさておき、寂しい思いをする子供は必ずいる。

「・・・へぇ」

それをぼんやりと眺めながら、麻衣とは小さく呟いた。

「・・・ほら、行くぞ」

そんな2人を認めてか、滝川がやんわりと2人を促す。

促されるままに教会内へと入った2人は、外とは違う室内の暖かさにホッと息を吐いた。

そのまま応接室に通され、ソファーに勧められるままに腰を下ろした面々は、出してもらったお茶を飲みつつ暖を取りながら、東條神父の話に耳を傾ける。

「この教会では、時々妙な事がありまして・・・。今朝も様子のおかしい子がいて、ブラウン君に連絡をしましたら、そちらにお願いしては・・・と」

「妙な事?」

「はぁ・・・それが・・・」

言いづらそうに口ごもる神父に、ジョンが心配そうな表情で口を開く。

「さっきの・・・外に子供がいてましたやろ?時々あの子らの中に憑依されてしまうお子がおるんです」

「ええ!?」

「ボクが何度か落とさせてもろたんですけど・・・」

「また憑かれる子が出るわけか」

なるほどというように頷く滝川に、ジョンもまた肯定するように頷く。

別にそれで何か悪さをするという事ではないらしい。―――ただ明らかに様子が別人になるようなのと、隠れる事を除いては。

「隠れる、というのは?」

「文字通り隠れてしまうんです。かくれんぼなんですよ。しばらく隠れていて・・・出てくるといつも通りに戻るのですが、憑かれた子供はその間の事を覚えていません」

東條神父の心配げな表情を見つめて、と麻衣は顔を見合わせると小さく首を傾げる。

「・・・かくれんぼ、ねぇ」

わざわざ子供に憑いてかくれんぼをする・・・など、一体どういう意味があるのか。

それともそこには何の意味もないのだろうか?―――ただ、かくれんぼをして遊びたいだけで。

さっぱり理由が解らず、滝川も交えて訝しげに眉を寄せたその時、外から何かを打ち鳴らす音が届いた。―――カンカンカン、という缶でも鳴らすような大きな音が。

それを聞きとめた神父は、困った面持ちで小さくため息を吐き出し呟いた。

「・・・やはりまた隠れたようですね。あれが『もういいよ』の合図なんです」

そう言って、東條神父はその『かくれんぼ』について話し始めた。

今からもう30年近く前の事。

この教会に預かっていた子供の中に、永野ケンジという男の子がいた。

時期はちょうど今頃、この教会が別の場所からこちらへ移る少し前の事で、もう30年前の今頃には工事も終盤に入り、新しい教会でクリスマスを迎える予定だったのだという。

子供たちは新しい『家』がよほど嬉しかったのか、工事中からここを遊び場にしていた。

「中でもかくれんぼが流行っていて・・・、子供たちは『ステッキ』と言っていましたが」

「ステッキ?」

聞きなれない名前に、ナルが訝しげに眉を寄せる。

それを見て東條神父は小さく苦笑し、過去を思い出すように窓の外を眺めた。

「ケンジくんは声を出す事が出来なかったのです。それで棒で物を叩いて音を声の代わりに・・・」

この教会に預けられる子供たちの多くは、家庭に恵まれないか・・・家庭に問題を抱えている。―――ケンジは父親に連れてこられたが、その時には既に喋る事の出来ない状態だったのだという。

精神的なものなのだと、聞いた。

何があってそうなったのかは、神父には解らなかったけれど。

「けれども明るいやんちゃな子でしたよ。他の子供たちともすぐに馴染んで・・・」

そして話す事の出来ないケンジを交えて出来た遊びが、ステッキだった。

返事の代わりに棒で何かを叩く。―――『まだ』は一回、『もういいよ』はたくさん。

「ケンジくんはかくれんぼの名人でした。何かコツでもあるんでしょうか、見つからなくて・・・。―――そのケンジくんが、いなくなったんです」

30年前の12月、激しい雨が降っていた日だった。

工事中の教会でステッキをしていたが、雨が降ってきたので帰ろうと声を掛けても出てこないのだと子供たちから聞き、神父は人手を集めて慌ててケンジを探しに行った。

激しい雨の中、教会の敷地内を探してもケンジの姿はどこにもない。

そうしている内に、1人の男が足場の崩れた場所があると駆け込んできたのだ。―――もしかすると、その下敷きになってしまったのかもしれないと。

人手を集めて崩れた足場を撤去したが、しかし・・・。

「結局、そこからケンジくんは発見できませんでした」

神父の沈んだ声が室内に木霊する。

重苦しい雰囲気に誰もが何も言えなくなっている中、神父は更に言葉を続けた。

「翌日、明るくなってから探しに来ると、ホイッスルだけが見つかったんです。少しでも声の代わりになればと誕生日にあげたもので・・・いつもケンジくんが首から下げていたんですが・・・ひもは切れていました」

教会の裏には水路が通っている。

かなり深く、その当時はまだフェンスもなく、その脇に倉庫があり、そのすぐ傍に落ちていたのが発見されたのだという。

「遊んでいて落としたのかもしれませんよ」

「ええ。ただ・・・最後に隠れる前に落としたのは確かです。笛を持つようになってからは、必ず合図に笛を吹いていましたから・・・」

多分、水路に落ちたのだろうと、警察が水路から続く川まで捜索したのだが・・・。

「結局、見つからないままで・・・」

身体の前で手を組んで、神父は深い悲しみをその面に映し出す。

「あれはケンジくんだと思います。さっき合図がしたでしょう?憑かれた子が姿を消すと、必ずあの音がするんです。『もういいよ』の合図なんですよ」

ケンジがいなくなって、ステッキは自然に廃れていった。

未だにあの合図をする子がいるとすれば、それはケンジ以外にはいないだろう。

「・・・ホイッスルをなくしちゃったから?」

「ええ。何の危険もないのです。―――少なくとも今までは」

「何かをきっかけにエスカレートする可能性はあります」

ナルの言葉に、神父は深くため息を吐き出して。

「そういう子ではないと思っているのですが・・・。見つけて欲しいんだと思います。そんな気がするんです」

子供たちに取り憑いては、かくれんぼをするケンジ。

ただ遊びたいだけなのか・・・。それとも神父の言うように、見つけて欲しいのか。

「何度落としても浄化する事は出来へんのです。ボクもケンジくんが憑依した子に悪さをするとは思われへんのですけど・・・」

そう、信じたいのだけれど。

「変わるからな、現象は」

ポツリと漏れた滝川の呟きに、麻衣がふと顔を上げる。

「・・・そうなの?」

「よく『先祖の霊がたたる』っていうだろ?だけど、フツー自分の子孫にむごい事をしたいと思うかね」

確かに、言われてみればその通りだ。

「なのに、たたる事がある。―――つまり、死んで彷徨ってる人間ってのは、変わっちまうもんなんだよ。本人が変わるというより、周囲の思念なんかを吸い込んで変容しちゃうんだな」

「ええと・・・周りの影響受けまくっちゃうってコト?」

「そんなもんかな。でなきゃ思い残した『なにか』が強すぎて、その『なにか』だけの塊になっちゃったりしてな」

つまり、ケンジがいい子だったからといって、これからもそうだとは限らないのだ。

「最近ちょっとですけど、頻繁になってる感じがするのんです。それで渋谷さんたちに手を貸してもろた方がええんやないかと・・・」

「お願いします」

深く頭を下げる神父を見つめて、滝川と麻衣とはその視線をナルへと向ける。

現在、決定権はナルにあるのだ。

もっとも、ここまで来て話を聞いた以上、断る気はないのだろうが。

「了解しました」

3人の予想通り、ナルは静かな声色でそう返す。

かくして、渋谷サイキック・リサーチ+助っ人の調査は始まったのである。

 

 

「そこです。そこの囲いの中にホイッスルが落ちてたんやそうです」

ジョンの案内でホイッスルが落ちていたという場所へやってきた面々。

それほど大きくはないレンガ造りの囲いは、どうやら焼却炉のようだ。

高さは滝川で胸の辺りくらい。―――や麻衣にとっては肩くらいまでの高さがある。

「あー、これが水路ね。結構深いなー」

レンガの壁の向こう側を覗き込んで、滝川が小さく呟く。

「ねー、ぼーさん。ほんとにケンジくんこんなトコ登ったの〜?隠れるにしてもさ、もっと他に場所が・・・って!なにやってんの、ぼーさん!!」

「・・・ん〜?」

レンガの壁に背中を預けて考え込むように空を見上げるを他所に、滝川は何を思ったのかひょいと壁の上に上り、立ったまま難しい顔をして水路を見下ろす。

「ぼーさん、危ないよー!」

「そうだよ。子供じゃないんだからとっとと降りといでよ」

そんな滝川の様子に気付いた麻衣の声に重ねるように、が小さく滝川のズボンの裾を引っ張る。

しかし次の瞬間、滝川はいっそ清々しいくらいの潔さで水路の向こうへと身を投じた。

「・・・え?」

「ぎゃー!!飛び降りたー!!」

引っ張られるような感覚と同時に、滝川の姿が視界から消える。―――それに一瞬呆然としたの背後から、麻衣の驚愕の悲鳴が響いた。

「ちょ!!ぼーさん!!」

水路はかなりの深さだ。

たとえ大人といえど、落ちればタダではすまない。―――凄惨な光景が目に映るかもしれないという恐怖を何とか押し込めながらが塀から身を乗り出すと、そこには何食わぬ顔をした滝川が考え込むように座り込んでいた。

「ぼーさん!!」

同じく麻衣が塀へ乗り上げる勢いで顔を出す。

それに漸く立ち上がった滝川は、目を丸くする麻衣を他所に「なんじゃい」と涼しい顔で顔を見せた。

「・・・うっわ、めっさ腹立つ。人の事心配させといてこの態度って・・・!!」

思わず拳を握り締めながら頬を引き攣らせて笑うに、滝川はさすがに悪乗りしすぎたかと誤魔化すように乾いた笑みを浮かべながら慌てて口を開いた。

「まぁ、こーゆー事だろうな。ここに隠れようとするわけよ」

そう言って、足で水路とレンガの壁に僅かにある地面を踏みしめる。

「えぇ?でも子供じゃこんなところ登れないよ」

ねーと顔を見合わせて麻衣とが頷きあう。

長身の滝川でさえ胸辺りまで高さがあるのだ。―――子供では塀の上に手さえ届かないだろう。

「当時、ここは工事中だったってわけだろ?って事は、木材とかが積んであったんじゃねぇかな」

「足場があったゆう事ですね」

同じく塀から身を乗り出して水路を見下ろしていたジョンが、なるほどとばかりに顔を上げる。

「囲いによじ登る。でもってここに隠れる。隠れようとして落ちる」

「・・・登る時に塀で胸をこすってホイッスルを落とす?」

「だろうな」

不安げな麻衣の問いにさらりとそう答えて、滝川は水路へと向けていた視線を建物の壁に寄りかかったまま見取り図を眺めるナルへと向けた。

「どうよ、ナルちゃん?」

「ありそうだが、推測でしかないな」

見取り図から顔を上げる事もなくあっさりとそう切り捨てるナルに、滝川が視線を逸らしながら「あたりまえだい」と小さく呟く。

面と向かって言えないところが辛いところだが、そこはそれ。―――余計な発言をして余計な毒を吐かれるよりはずっとマシだろう。

「冷たかっただろうな・・・。可哀想」

水路を見下ろす麻衣が、ポツリとそう呟いた。

それに引かれるように、もまた水路へと視線を落とす。

この高さから落ち、その上12月の冷たい水の中で苦しんだのなら、なんて悲しい最期だったのだろう。

けれど・・・―――本当にケンジはここに隠れたのだろうかとは小さな疑問を抱く。

確かにここに隠れれば見つかりにくいかもしれない。―――しかし問題点が1つ。

「でも、これって横から見たらすぐ見つかるんじゃないの?ケンジくんってかくれんぼの名人だったんでしょ?こんな場所に隠れるかなぁ・・・?」

ケンジは、かくれんぼで今まで一度も見つかった事がないという。

確かにこの場所は塀があって視界が遮られるが、その横はフェンスが張ってあるのみ。

工事中はフェンスすらなかったという話だし、ならば遠目から見れば容易く見つかってしまいそうだ。

「まぁ、子供が考える事だからな」

大人の考えとは違うんだろと言われれば、とて納得せざるを得ない。

どちらにしても推測の域を出ないのだから、ここでああだこうだと考えていても仕方がない。―――とはいえ、真相を究明できるだけの情報があるわけでもないのだが。

「ナル」

それぞれ集まり顔を見合わせていた面々は、遠くの方で呼ぶリンの声に視線をそちらへ向けた。

「東條さんが昼食をどうぞ、と」

「ああ」

そういえばそろそろお昼か・・・と、滝川とは顔を見合わせて口角を上げる。

「お腹減ったね〜。お昼ごはんってなにかな?やっぱり精進料理みたいな?」

「お前な。寺じゃないんだから・・・」

だって教会って来た事ないんだもん・・・と笑いあいながら、雑談を交わしつつ先に協会へと足を向けたナルの後をのんびりと追いかける。

「けど、もうそんな時間か〜。アタシ朝食べ損ねたのよね〜」

「なにそれ、綾子のマネぇ?」

澄ました顔で話す滝川に、麻衣が笑い声を上げる。

なんてのどかな日だ・・・とがぼんやりと思ったその時、穏やかで平穏だった空気は子供の一言によって引き裂かれた。

「―――おとうさん!!」

冬の冷たい空気を裂くように上がった声と、駆け寄る子供の姿。

一体何事かと目を丸くしてその様子を眺めていた3人は、次の瞬間凍りつく。

何故ならば・・・―――あろう事かその子供は、ナルとこれからについて相談をしていたリンの背中に抱きついたのだから。

「・・・お」

「・・・おとう、さん?」

この場の空気が凍りついたのは、真冬の寒さのせいだけでは決してない。

驚愕の面持ちで子供を見下ろすリンと、そんな彼に必死にしがみつく男の子。

そうしてそれを冷ややかに眺めるナルと、これ以上ないほど驚きを身体で表現する滝川と麻衣とジョン。―――そして・・・。

「・・・え、なに?リンさんって子供いたの?」

引き攣った表情のままポツリと呟くの問いに、生憎と返事は返ってこなかった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

はい、サイレント・クリスマス第1話をお送りしました。

どこで切ってるんだと突っ込みが入りそうですが、まぁキリが良かったので。

先に『禁じられた遊び』へ行こうと思ったのですが、時間的にはこちらの方が先のようだったので。

というわけで、安原さんはもう少しお預けです。

作成日 2007.10.24

更新日 2008.2.4

 

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