「まぁ、タナット!どこへ行ってたの!?」

教会で働くおばさんが、リンにしがみつく少年に向かいそう声を上げる。

少年の名前は、タナット。―――この教会にいる子供の1人なのだという。

どうやら先ほどの『ステッキ』と呼ばれるかくれんぼで姿を消していたのは、このタナットらしい。

未だにリンにしがみつくタナットへおばさんが手を差し伸べても、タナットは警戒するようにリンの背後へと隠れる。―――どうやらよほど父親から離れたくないらしい。

「私を父親と間違えているようです。誤解を解いてください」

いつになくうろたえた様子のリンが神父へとそう訴えると、神父は驚いたような表情を浮かべた後、納得したように頷いた。

「この子は父親に似た人を見るとこうなってしまうんです。なんだか・・・あなたは特別似てらっしゃるような気もします。30年前の事なので、記憶がはっきりしませんが・・・」

どうやらこういう状態になったのは初めてではないらしい。

それにしても・・・リンに似た父親とはどういう人物なのだろうかと、こんな時だというのには好奇心を刺激された。

「・・・でもやっぱ、リンさんの子供じゃなかったんだ。・・・そりゃそうか」

流石にこの教会に子供を放置して、何食わぬ顔をして出向くはずもない。

けれどもそう疑ってしまったのは、リンという人物が謎に包まれているからだろう。

子供がいてもおかしくない年齢でもあるのだし、もしかすると・・・と思っても仕方がないのかもしれない。

「じゃあ、やっぱり・・・子供たちに憑くのはケンジくんなのか」

滝川が改めてタナットを見やり呟く。

万が一・・・という可能性もあったが、どうやら子供たちに憑くのはケンジくんでまちがいないらしい。

「でもあの子は喋れなかったんでしょ?でもさっきはっきり『おとうさん』って」

「声が出なかったとはいっても元からではありませんでしたから。何かの弾みで声になる事があるようですが・・・」

「まぁ精神的なものならね。咽が悪かったわけじゃないんだから、そういう事もあるかもね」

麻衣の素朴な問い掛けに答えた神父の返答に、が納得したように頷く。

「んじゃ、直接本人に聞くわけにもいかないか」

それが一番手っ取り早いのだけれど・・・。―――喋れないのなら、が降霊しても収穫は望めなさそうだ。

「隠れ場所から出てきたので、じきに離れると思います。それまでよろしくお願いします」

ともかく、これほどまでに必死にリンにしがみつくタナットを引き離す事も難しいだろうと判断した神父が申し訳なさそうに告げた言葉に、珍しくリンの表情が強張った。

 

親子の始まり

 

父親の迎えにニコニコと笑顔を浮かべるタナットと、この世の不幸を一身に背負った様子で彼の元に佇むリン。

「・・・ヘンですね」

そんな光景をドアの隙間からこっそりと覗いていた滝川たちは、ジョンの一言にこれ以上ないほどの納得を込めて頷いた。

「確かに変な眺めだ・・・」

「ほんと、こんなリンさん初めて見た」

「リンさんって意外とマイホームパパタイプじゃないの?」

「えー?どっちかっていうと子供苦手そうだけど・・・―――っていうか、そもそも人付き合い苦手そうだし」

もはや言いたい放題である。

明らかに面白がっている3人を前にジョンはどうしていいやら解らず乾いた笑みを零した後、改めてタナットとリンを見つめて口を開いた。

「いえ、そういう意味ではなくて・・・。―――いつもやったら出てきたらすぐに離れてしまうんですけど・・・」

「お父さんがいて安心しちゃったんじゃないの?かわいー」

リンに向かい玩具を差し出すタナットを見て、麻衣が表情を緩ませる。

確かに可愛いし、和やかな光景ではある。―――リンの背後に影が見えないでもないが。

「ともかく、ホームビデオを撮っていても仕方がない。ジョン、落としてみないか?」

早々にこの状況に飽きてしまったナルが、ため息を吐き出しつつそう提案する。

「えー、もうちょっと見てようよ。こんなリンさん滅多に見れないし、もったいな・・・」

「・・・

「は〜い!今すぐに落とそうね。ジョン、早く準備準備!」

「は、はいです!」

ナルにジロリと冷たい眼差しで睨みつけられたは、すぐさま立ち上がって背後に立つジョンをそう急かす。

この状況ももったいないが、それよりも何よりもナルの冷たい視線は精神的に良くない。

後は撮影したビデオを鑑賞して我慢するか・・・と早々に思い直し、は麻衣を連れ立って室内に入り、外光を遮断するべく手早くカーテンを閉めて回る。

「カーテン全部閉めたよ!」

「こっちもオッケー」

「・・・ジョン」

麻衣との報告を受けて、ナルが神父服に着替えたジョンへ合図を送る。

それに静かに返事を返したジョンは、聖書を片手にリンへとしがみつくタナットへと歩み寄り、不安そうな面持ちのタナットの額に聖水で十字を書くと小さく深呼吸を1つ。

「天にまします 我らの父よ 願わくば御名をあがめさせたまえ」

抑揚のないジョンの声が室内に木霊する。

信仰心などまるでないだが、この瞬間だけは何度聞いても静粛な気分になるものだと不思議に思う。―――ジョンの声が、耳にとても心地良い。

「御国をきたらせたまえ 御心の天になるごとく 地にもなさしめたまえ」

ジョンの静かな声が響く中、部屋の壁に寄りかかって状況を見守っていた麻衣が、気まずそうな面持ちでタナットを見つめた。

「・・・なんか、可哀想」

「ん?」

「ケンジくん。お父さんに会えて喜んでるのに、また引き離しちゃうんだね」

麻衣の言葉に、滝川とは困ったように顔を見合わせる。

確かに麻衣の気持ちも解る。―――仕方がない事と簡単に切り捨ててしまうのは、とても簡単な事だけれど。

「あー、でもタナットだってずっと憑依されてたらかわいそうだろ?」

「そうそう、それにリンさんもね。このまんまじゃ、数日後には胃に穴くらい開いちゃいそうだよ」

「・・・そうだけど」

言葉を選んで話す滝川と、何とか場を明るくしようと話す。―――それに麻衣は肯定の返事を返して・・・それでも後ろめたそうにタナットを見つめる。

「イン・プリンピシオ」

どうやらお祓いは最終段階に入ったらしい。

先ほどまでの朗々とした声色とは違うキッパリとした声に、タナットはクタリと崩れ落ちる。―――それを抱きとめたリンの傍に寄り、ジョンはやんわりと微笑んだ。

「大丈夫、落ちましたです」

その言葉にホッとすると同時に暗い表情を浮かべる麻衣に気付き、滝川とは慰めるように彼女の頭を軽く叩く。

その時・・・何かの気配を感じた気がして、はふと顔を上げた。

「・・・え?」

パキンという小さな亀裂音の直後、それと同時に何かが裂けるような激しい音が辺りに響き渡る。

突然の出来事に何事かと目を丸くするのすぐ隣で、音に驚いたのか麻衣がヘタリとその場に座り込んだ。

「ラ・・・ラップ音か、今の。・・・すげぇ」

滝川の動揺したような声を耳に、はすぐさまへたり込んだ麻衣へ視線を向ける。―――そうして目を丸くしたまま座り込んだ麻衣を見て、思わぬ展開には思わず硬直した。

「ん、どしたー?腰抜けたか?」

同じくヘタリ込んだ麻衣に気付いた滝川が、不思議そうに麻衣の顔を覗き込むのを見つめながら、はぎこちない動きで滝川の服の裾を軽く引く。

「どーした?お前もびっくりしたか?」

「・・・いや、確かにびっくりしたけど。―――ってそうじゃなくて!」

ぼーさん、麻衣が・・・と言葉を続ける前に、きょとんとした様子でまっすぐリンを見つめていた麻衣が唐突に立ち上がり駆け出す。

「麻衣!!」

「ちょっと待って!!」

嫌な予感に2人が声を上げるのも構わず、麻衣は一目散にリンの元へと駆け寄って・・・―――そうしてその勢いのまましがみつく麻衣に、滝川とは思わず絶叫した。

「た、た、たに・・・谷山さん!?」

あまりに予想外の出来事にか、いつも飄々としているリンがじっと自分を見つめる麻衣に向かい慌てたように目を丸くする。―――その顔が赤く染まっているように見えるのは、果たして気のせいだろうか。

そんなリンたちの様子など構う事無く、麻衣はそれはそれは嬉しそうににっこりと微笑んだ。

「すんまへん、すんまへ〜ん!」

先ほどとは一転して、ジョンの焦りの声が室内に響き渡る。

「谷山さんの中に入ってしもうたみたいです〜!!」

ジョンの叫び声に、滝川は呆然と立ちつくし、ナルは変わらず他人事のようにその状況を眺め、そうしてリンはグラリとよろめく。

「・・・え?この収拾ってどうやってつけるの?」

そのそれぞれの反応を身動き1つ出来ずに見つめていたは、引き攣った笑みを浮かべたまま呆然と呟いた。

 

 

ニコニコと満面の笑みを浮かべながらリンにまとわりつく麻衣を眺めて、滝川が乾いた笑みを零す。

「こりゃまた、なんと言っていいのやら・・・」

「いや、まぁ・・・ねぇ?」

同じくどうにもコメントしづらい光景を前に、も愛想笑いを貼り付ける。

一歩間違えば自分が麻衣の立場になっていたかもしれないのだから、まさに笑い事では済まないのだけれど。

それにしても自分は憑依されやすい体質だとばかり思っていたが、少し前の公園での事件の時も今回も自分は難を上手く逃れられているのだから、意外とそうではないのかもしれないとは心の隅でひっそりとそう思う。―――まぁ、ブレスレットが効果を発揮しているだけなのかもしれないが。

「ブラウンさん!何とかしてください!!」

「ハイ!すんまへん!!」

青い顔をして声を荒げるリンに、どうして良いやら解らずおろおろとするジョンが反射的に頭を下げる。

この状況は決してジョンのせいではないはずなのだけれど・・・。

そんな似非親子を目の前にしても表情を変える事無く、ナルはいつもの飄々とした面持ちで麻衣をリンへと押し付けると、滝川とジョンとへ合図を送り踵を返した。

「しばらく相手をしているんだな、『お父さん』。―――ぼーさん、ジョン、、外へ」

更に表情を強張らせるリンに悪いと思いながらも、3人はナルの指示に従い部屋の外へ出る。―――そうして声が聞こえないようにときっちりドアを閉めたのを確認して、ナルはジョンへと視線を向けた。

「ジョン、いつもこうなのか?」

こう、とは現在の麻衣の状態の事だろう。

それを察したジョンは否定と共に首を横に振り、困ったように小さく息を吐き出した。

「少なくとも、すぐに次の子に憑くゆう事はおまへんでしたです」

「ラップ音は?」

「初めてです」

きっちりと告げられるジョンの返答に、ナルはしばし考える素振りを見せて・・・。

「これまでなかった事が起こったというのは意味深だな。頻繁になってると言っていたが、他にはどんな・・・?」

「隠れる時間も前より長ごうなってます。それで東條さんが・・・」

このままでは今よりも隠れる回数が増え、その内ケンジくんのようにいなくなってしまうのでは・・・と不安を抱いて、ジョンに相談を持ちかけたらしい。

「それに以前は落とす時に抵抗もなかったのんですけど、今回はちょっと嫌がる感じがありましたです」

「・・・そうだよね。あのラップ音が鳴った時、ケンジくんの声が聞こえたもん。・・・『おとうさん』って」

まだ耳に残る切なげな声に、は僅かに眉を寄せる。

よほど父親と離れたくなかったのだろう。―――今の麻衣やタナットのはしゃぎようを見れば、それは痛いほど伝わってくる。

だからといって、このままにしておけるわけもないのだが。

「ここでもう一度落とすとどうなると思う?」

「さぁ・・・他のお子たちのとこにいくかもしれませんし・・・。ただ、ケンジくんがもっと怒るんは確実やと思うです」

「・・・だろうな」

ため息を吐きつつ、ナルが同意を表す。

あの強烈なラップ音を聞けば、彼の抵抗がどれほどのものかは火を見るよりも明らかだ。

これ以上刺激するのは得策ではない。―――次に取り憑かれた子供たちがどうなるか想像もつかないのだから。

「ナル!いい加減にしてください!!」

4人顔を突き合わせて、真剣な面持ちでこれからの身の振り方を考えていたその時、しっかりと閉めたはずのドアが勢い良く開け放たれ、そこから必死の形相のリンが飛び出してきた。―――背中に、麻衣を背負ったまま。

その普段では絶対に見られないだろう姿に、滝川とは思わずその場に蹲った。

笑っちゃいけない、笑っちゃいけない、と思うほど笑いは込み上げてくる。

「笑っちゃダメ!笑っちゃダメよ、俺!事態は深刻なのよ!ああ、神様!こんな罪深い子羊をお許しくだサイ!!」

「ああ、ダメ。もうダメ。耐えられない、こんなの!麻衣、リンさん、ごめん!今度何か美味しいケーキでも買って行ってあげるから・・・だから今は笑わせて、お願い!!」

せめて笑い声を上げないよう必死に息を殺すが、それはそう簡単な事ではなかった。

小声で自分を戒めるように呟きながらも、目の前の衝撃的な映像が忘れられない。

いっそ大声で笑ってしまえたら楽なのに・・・と、まるで拷問のように必死に笑いをかみ殺す。―――彼らが笑いを納めて立ち上がるのと、酸欠になって倒れるのと果たしてどちらが先か。

「しばらく麻衣はリンに任せる。遊んでやれ」

「ナル!!」

「ジョン、ぼーさん、、ついててくれ」

この状況を見ても、ナルの表情に変化は微塵もない。

さすがというか、なんというか・・・。―――は改めてナルという人間に尊敬の念を抱いた。

「んで、お前さんは?」

「機材の調整でもしてる」

すたすたと何処かへと去っていく背中に声を掛けると、素っ気無い返答が返ってきた。

どうやら面倒臭いらしい。

それを察した滝川は僅かに引き攣った笑みを浮かべつつも、気を取り直してリンにしがみつく麻衣へと笑顔を浮かべて振り返った。

「おっしゃ!んじゃ何して遊ぼっかー?」

「ケンジくんは男の子だから外で遊ぶ方がいいのかな?んでも、外は寒いしな〜・・・って、アレ?」

「・・・お?」

外見は麻衣だが中身はケンジなのだ。―――さてどうやってこの時間をやり過ごそうかと首を傾げていた滝川とは、不意に流れてきた甘い匂いに揃って視線をそちらへと向けた。

「なんだろ、いい匂いがしてきたな〜」

「よっしゃ。んじゃケンジくんも一緒に行こう!」

どうやら匂いの元はキッチンかららしい。

なんだかんだで昼食を食べ損ねていたは急かすお腹を何とか宥めながら、きょとんと顔を上げる麻衣へと手を伸ばす。

しかし麻衣はすぐさま不安そうな表情を浮かべ、じっとリンを見上げた。

「大丈夫、おとーさんも一緒じゃけん」

「滝川さん!!」

滝川のその言葉に、リンがすぐさま抗議の声を上げる。―――それが自分も一緒だという事に関してなのか、それとも『父親』といわれた事に関するものなのかはさておき。

しかし言われた麻衣はパッと表情を輝かせ、ぐいぐいとリンの腕を引っ張ってキッチンへと促す。

それに引きずられるように連行されるリンに駆け寄った滝川は、ポンと軽く彼の肩を叩き耳元でコソリと囁いた。

「おまえさんにくっついてる限り、彼は隠れない」

リンが感情の読めない面持ちで振り返る。

ケンジは父親と一緒にいたいから、抵抗してでも麻衣に憑依したのだ。

一番の不安がケンジを怒らせる事、そして彼が隠れてしまい出てこなくなる事なのだとすれば、現在の状況では十分に回避できる事柄だ。

「ほら、行った行った」

ポンと軽く背中を押されて、更に麻衣に腕を引っ張られ、リンは成す術もなくキッチンへと引きずりこまれる。

その後姿を見送っていたは、傍らに立つジョンへと視線を向けて苦笑を漏らした。

「そんなに上手くいくかな?」

「・・・どうでしょうか?」

果たして、リンがいつまで麻衣のあの様子に耐えられるか・・・。

しかしそんな事を今案じていてもどうしようもない。

とりあえずナルの言いつけ通りリンたちについている他出来る事はないのだと考え、とジョンは2人の後を追うようにキッチンに足を踏み入れる。

それと同時にふわりと漂うチョコレートの香り。

「うわっ・・・おいしそ〜」

まだホカホカと湯気を立てるチョコレートケーキは、今夜のミサに来たお客さんに配られるものなのだという。

「へ〜、ミサってこんなお土産までもらえるんだ」

長方形に切り分けられていくケーキを眺めながら呟くとは逆に、滝川は腕まくりをしながらケーキを焼くおばさんに微笑みかけた。

「良かったら手伝いますよ。そこの親子はどうす・・・―――おっけー。やる気満々なのね」

包装紙が積まれた机に座り、ニコニコと笑みを零す麻衣を認めて、滝川が納得したように頷く。

調査に来た少女の異変に戸惑いを隠せないおばさんも、様子を窺いに来た東條神父の微笑みに後押しされるように、焼きたてのケーキを麻衣の前へと差し出した。

「このケーキをホイルに包んでからラッピングするの。・・・出来る?」

おばさんの問い掛けに、麻衣はにこりと嬉しそうに笑う。

その様子を見ていた3人は、苦笑い半分・・・けれど微笑ましさ半分で笑みを零し、自分たちも手伝いをするべく席に着いた。

ホカホカの焼きたてケーキと、色とりどりのラッピング。

「違うよ、おにーちゃん。こっちからやるとキレイに出来るの」

「・・・こうどすか〜?」

「ちがーう、反対!」

子供たちに囲まれて四苦八苦するジョン。

「ケーキとおそろ〜い」

「きゃー!」

幼いながらも女の子に囲まれ、手伝いなどそこそこに賑わう滝川。

「うん、これ美味しい」

「おねーちゃん。つまみ食いすると怒られるよ〜?」

「いや、でもこんなにもあるんだから一個くらい大丈夫だって。ほら、口開けて」

「・・・むぐ」

「ね、美味しいでしょ?っていうか君も共犯だからね。おばさんには内緒ね」

手伝いの傍ら盗み食いをすると、それに便乗する男の子たち。

その傍らで不本意ながらも黙々とラッピングを続けているリンだが、その成果はあまり芳しくない。

何事もさらりとこなしそうな彼ではあるが、こういった作業はあまり得意ではないらしい。

出来上がりの見た目の悪さを麻衣に指摘され、笑顔でやり直しを命じられるリンは、もはや魂が抜ける寸前だ。

それでもなんとか作業をすべて終わらせ、山積みになったケーキの箱を見上げて、子供たちは誇らしげに笑みを零した。

「おし、完成!後片付けはやっとくから、遊んでていいぞ〜!」

「わーい!」

滝川の声に、子供たちが歓声を上げて散っていく。

片づけをしながらその中に混じっている麻衣を眺めていたは、もうそろそろこの光景に違和感を感じなくなってきている事に気付いて苦笑した。―――決して麻衣が子供っぽいというわけではないのだが。

「はー、慣れればなかなか微笑ましい光景でないの。なぁ?」

「・・・そ、そうでっしゃろか?」

「少なくとも麻衣は完っ全に子供だしな。あとはパパさんがもうちょっと・・・」

ほのぼのとした様子でそう感想を漏らす滝川に、ジョンが困ったように答える。

同じように思っていたはそれが自分だけでない事にホッとしながら、散らかったリボンを纏めだす。

「けどさ。いつまでもこのままってわけにもいかないよね。リンさんはともかく、ずっと憑依されたまんまじゃ麻衣の身体が持たないし。―――まぁ、微笑ましい光景である事は確かだけど」

「そうだなぁ・・・」

「いい加減にしてください!!」

の意見に納得した滝川が困ったように髪を掻いたその時、先ほどまで穏やかだった空気を切り裂くように怒鳴り声が響き、3人は揃って顔を見合わせる。

声がしたのは廊下から・・・―――3人が慌てて廊下に出ると、そこには怖い顔で麻衣を睨みつけるリンの姿があった。

「おいおい、どうしたよ」

「こんな茶番に付き合う理由がどこにあるんですか」

何とか宥めようと口を開く滝川に対して声を荒げたリンは、今もまだ自分の腕にしがみつく麻衣を見下ろし強引な動作でそれを振り払った。

「放しなさい。私は君の父親ではありません」

「ちょ、リンさん!!」

乱暴に腕を振り払われた麻衣は、おろおろとリンの顔を窺う。

しかしよほど我慢の限界に来ていたのか、リンはそれからも視線を逸らし、キッパリとした口調で言い放った。

「人違いです。こんな事はやめてもらいたい」

「あーもー!リンさん、ちょっと黙って!!」

麻衣の怒りと悲しみがない交ぜになった表情を窺いながら、が強引にリンの口元へと手を当てる。

これ以上麻衣を・・・否、ケンジを刺激するような発言はマズイ。

「おい、嬢ちゃ・・・じゃない!ケンジ!!」

「麻衣、待って!!」

しかしそう思うも時既に遅く、泣き出しそうに表情を歪めた麻衣が、滝川との制止の声を振り切るように駆け出した。

彼女はそのまま教会を飛び出していく。―――そうして3人が外に出た時には、もうそこに麻衣の姿はなかった。

「・・・どうした?」

そうしてその騒ぎを聞きつけたのか、車で機材のチェックをしていたナルが姿を現す。

「悪ぃ、ナル坊。麻衣が逃げた。リンが切れちまって怒ったら、飛び出して行ったんだ」

「・・・大人げのない」

ため息をつきつつ吐き捨てるナルに、リンの肩がピクリと揺れた。

訳も解らず子供に懐かれ、次に憑依した麻衣にも懐かれ、慣れない人物相手に付き合った挙句にこうして責められる。―――今回の災難者は間違いなくリンだろうと、は密かに手を合わせた。

しかしリンには一向に事情が飲み込めない。

どうしてこんな茶番をしてまで、自分が父親役を演じなければならないのか。

機材のチェックの為に神父の話を聞いていないリンは、そこらへんの事情を把握していないのだ。

「だから、何が・・・」

今度こそ事情を聞くべくリンがそう口を開きかけたその時、ガァンガァンとバケツを叩く音を数十倍にも大きくしたような騒音が辺り一帯に響き渡る。

「この音・・・ケンジくんの・・・」

「ステッキの合図・・・?」

それは間違いなく、かくれんぼの合図だった。

しかしその音は今までとは違う。

これほど大きな音は今までにはなかった。―――それは先ほどのラップ音と同様に。

「・・・怒らせちまったか」

今もまだ鳴り続ける合図を音を耳に、滝川が表情を顰めながら呟く。

「・・・麻衣」

この寒空の中、ケンジをその身に宿したまま姿を消した麻衣の身を思い、は祈るように教会の十字架を仰ぎ見た。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

なんかほとんどお話の中に介入できてない気がするんですが。

やっぱり絡ませるのはどうしてもぼーさんが多くなってしまいますね。

この話、どっちかっていうとリンの出番多いのに・・・何故だ。

作成日 2007.10.25

更新日 2008.2.11

 

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