ガンガンと、今までにないほど大きく強く、かくれんぼの合図が響き渡る。

「・・・麻衣」

辺りを見回しても、麻衣の姿はどこにもない。

ケンジをその身に宿したまま、麻衣は姿を消してしまった。―――否、麻衣が・・・ではなく、ケンジがなのだけれど。

「・・・怒らせちまったか」

滝川の焦りを含んだ声を耳にしながら、は眉根を寄せて視界を巡らせて。

 

そうして、ピタリ・・・とその音は途切れた。

 

かくれ

 

「・・・音がやんだな」

もう木々のざわめきしか聞こえない。

すっかり静かになってしまった辺りを見回す滝川に視線を向けて、ジョンもまた焦りを含んだ面持ちで口を開いた。

「麻衣さん、どこに行かはったんでしょう?」

「どこって・・・多分、どっかに隠れたんだと思うけど・・・」

けれどそう遠くへは行っていないはずだ。―――麻衣が教会を飛び出してからそれほど間は経っていないし、自分たちもすぐに追いかけたのだからそう遠くへ行く時間もなかったはず。

「う〜ん・・・。―――まさか・・・!?」

とりあえず近くにいるかもしれないと思案していたその時、何かを思いついたように滝川が顔を上げ一目散に走り出す。

それにどうしたのかと慌てて付いていけば、そこはケンジのホイッスルが落ちていたという問題の焼却炉で・・・。

「・・・麻衣っ!!」

まさか・・・と顔を青くしながら水路を覗く滝川の背中を見つめながら返答を待っていると、滝川はほーっと大きく息を吐いた。

「いない。水路にも落ちてない」

良かったんだか、悪かったんだか・・・と呟く滝川に、も同じく安堵の息を吐く。

見付けられなかった事は残念だが、最悪の事態は逃れられたのだ。―――良かった、と思うべきだろう。

しかしそれは現在の時点で・・・というだけであり、麻衣はまだ発見されていない。

「これまでの例からしたらしばらくしたら出てくるはずですけど・・・。ケンジくんが合図にあんなごっつい音を立てたゆう話は聞いた事おまへん」

今までは自発的に姿を現していたが、今回もそうだという保証はどこにもないのだ。―――このままかつてのケンジのように何処かへ消えてしまったら・・・そう思うと安心もしていられない。

「一体、どういう事ですか?」

そして漸くここで、リンがこれまで募っていた疑問を口にした。

機材のチェックで神父の話を聞いていなかったリンは、詳しい事は何も知らないのだ。―――突然子供に懐かれ、その相手をしろと言われただけで、何も・・・。

「ジョンがタナットからケンジくんを落とした。彼は傍にいた麻衣に憑いた。これは初めての事だそうだ」

「・・・それは」

「ラップ音がしたのも初めてだそうだ」

ナルの端的な説明に、リンが訝しげに眉を寄せた。

「ジョンは落とす時に珍しく抵抗を感じたと言っていた。よほど父親の傍を離れたくなかったんだろう。そもそも頻度も増えつつあった上に今回は異例尽くめだ。これまで隠れた子供は自発的に出てきたが、今回もそうだとは限らない。―――だから相手をしていろと言ったんだがな」

付け加えられた言葉に、リンがピクリと肩を震わせる。―――心なしか表情が強張って見えた。

「ナル。それはちょっとキッツイ・・・」

「まぁまぁ、リンは事情を知らなかったんだしさ。んで、どうする?」

今回の彼はまさに踏んだり蹴ったりだろう。

流石に可哀想に思えてフォローを入れたと滝川は、すぐさま話題を変えるべくナルにそう問い掛ける。

その視線を受けて、ナルはそのままジョンへと目をやった。

「ケンジくんの父親は・・・?」

「あ、ハイ。ケンジくんをここに預けて関西の方に仕事に行かはったとか・・・。仕事が終わったら迎え来るゆうてはったらしいのんですけど。―――すぐに消息不明になってしもうたそうです」

それが自発的なのか、はたまた何らかの事情によるものなのかは解らないが、結局父親はケンジを迎えには来なかった。

そうしてケンジは今もまだ、父親の迎えを待っているのだろう。―――この教会で。

そしてケンジは父親と再会した。

それは本当の父親ではないけれど・・・―――それでも父親だと信じる人物と漸く再会した彼が、容易にその傍を離れる事を嫌がったのは当然の事なのかもしれない。

「・・・何故だと思う?」

「へ?」

ポツリ・・・と零れたナルの問い掛けに、全員がきょとんを目を丸くした。

「彼は隠れる。見つけてくれと合図を出す。見つからなくても出てくるから、いなくなる事が目的ではない。東條神父の言うように見つけて欲しいからなんだろう。―――何故だ?」

「何故って、そんなの・・・」

『おとうさん!』

不思議そうに首を傾げたの脳裏にケンジの声が甦る。

「そうだよね。なんで・・・なんて、決まってるよね」

「そうだな。―――『戻りたいから見つけて欲しい』んだ」

その意味するところを察した滝川とは顔を見合わせて・・・―――そうして漸く彼の行動の真意を読み取り2人はそろって息を吐いた。

「ケンジは教会に戻りたいんだ。・・・っていうか、『家』だな。形じゃなくて父親と自分が一緒にいる場所って意味でさ」

「・・・さいですね。教会もケンジくんの家には違いなかったんですやろが、代用品ゆうか・・・」

「第二志望だったんだよね」

父親がいないから教会にいるのであって、父親がいれば勿論傍にいたいのだ。

同時に教会というのが父親との唯一の接点であり、戻らないと父親に迎えに来てもらう事が出来ない。

「そう、彼は戻りたいんだ。教会に・・・ひいては家に。その為に見つけてもらいたい。ゲームを終わらせたいんだろう」

ナルの出した結論に、3人は納得したように揃って頷く。

「うしっ!んじゃ、見つけてやろーじゃないの」

「待ってろよ、ケンジくん!!」

滝川の気合の入った声に、も同じく声を上げる。

やる事が決まれば後は行動あるのみ。―――どちらかといえば、そちらの方が得意分野だ。

「ジョン。子供たちが隠れていたのはこの敷地内か?」

「やと思います」

「確認してきてくれ。それとあれば教会の図面を・・・。敷地と建物全体を徹底的に探す」

「ハイッ!!」

ナルの指示に急いで教会内へ駆け込んでいくジョンを見送って、滝川が小さく息を吐いた。

「早いトコ見つけないと麻衣の身体の方が心配だな。上着も着ないで、まったく・・・」

確かに12月のこの寒空の中、あんな薄着でうろうろしていては身体が持たないだろう。

せめて隠れた場所が建物の中なら良いのだけれど・・・。―――そこまで考えてから、はふと疑問を抱いた。

確かにナルの言うとおり、家に帰りたいからケンジは見つけて欲しいのだろう。

では何故、わざわざ子供に憑いてまでかくれんぼを続けるのだろうか?―――そこまでして見つけて欲しい理由は一体なんなのだろう。

そして、隠れたケンジ・・・麻衣を見つければ、ケンジはそれで満足するのだろうか?

「・・・う〜ん」

しかしそんな事を今考えていても仕方がない事も確かで。

今はケンジを見つける事。―――果ては上着も着ないで飛び出していった麻衣を保護する事を第一に考えなければ・・・。

ともかく、今はケンジのゲームに乗るしかない。

「・・・さてと、それじゃどこから探しますか」

グルリと辺りを見回して、とりあえず目に付いたところから手をつけようとは一歩踏み出した。

 

 

茂みの中、建物の裏手、置いてある荷物の裏。

外はあらかた探してみたが、やはり麻衣の姿は見当たらない。―――いつも見つけられないかくれんぼの達人だというのだから、やはりそう簡単には見つからないだろうが。

「・・・いてて」

ずっと屈んでいたため痛む腰を抑えて立ち上がり、この姿を見られた際にはまた年寄りくさいなどと言われるのだろうと思いながら辺りを見回したは、そこに麻衣を捜索する長身の男を見つけて小さく息を吐いた。

そのまま駆け足でその人物へと近づきポンと肩を叩けば、その人物は驚いたように振り返って。

「麻衣見つかった、リンさん?」

「・・・いえ」

もしかすると今もまだケンジを憑依したままの麻衣が自分に飛び掛ってきたのかもしれないと、期待半分・気まずさ半分で振り返ったリンは小さく息を吐き首を横へ振った。

「そっかー、こっちもダメ。ぼーさんたちも・・・何の連絡もないトコ考えると、まだなんだろうな〜」

あれからもう結構な時間が経っている。

日が暮れるにつれて辺りの気温も下がってくるはずだ。―――早く麻衣を見つけなければ・・・と視界を巡らせたは、リンが沈んだ表情をしているのに気付いて眉を上げた。

それは本当に些細な変化で、きっと彼を知らない人間ならば気付かないだろう。

それでもそれに気付いてしまえた自分に驚きつつ、は宥めるようにリンの背中を軽く叩いた。

「べっつにさ、リンさんのせいじゃないから。そりゃいきなり見知らぬ子供に懐かれれば動揺するのも無理ないって」

それが人付き合いの良い滝川ではなく、人付き合いの苦手そうなリンならなおさら。

更に相手が日本人だという事で距離を置いていた麻衣なのだから、リンとしても対応に困ったに違いない。

しかしリンは何も答えず、ただ何処かへと視線を投げたまま身動きしない。

「元はといえば、事情も話さないでリンさんに麻衣を押し付けた私たちにだって責任あるんだし・・・」

そうして珍しく焦るリンを見て楽しんでいたのだから、弁解の余地もない。

「それにさ、今は誰の責任とか考えてたって仕方ないでしょ。今はともかく、麻衣を見つけないと!」

ね!ともう一度背中を叩けば、リンは漸く視線をへと落とした。

目が合った事に気付いてがやんわりと微笑むと、リンの肩から少しだけ力が抜けた気がした。

「さ、行こう!外は大分探したし、今度は教会の中ね。大体建物の中の方が隠れられる場所多いんだから」

そうして手を捕まれ強引に引っ張られるのに任せて、リンは流されるまま歩みを進める。

ドクン、と心臓が一瞬跳ねた気がした。

触れたの指の先はとても冷たい。―――なのにそれとは反対に、自分の指先が熱を帯びてくるのは何故なのだろう。

「リンさん、かくれんぼって得意な方だった?」

「・・・覚えていません」

首だけで振り返ったに素っ気無くそう答えると、「子供のリンさんって想像できない」とくすくすと笑みを零す。

「私はね、結構得意だったよ。ものすごい狭いところに隠れるの。意外と見つからなかったんだけど・・・でも子供の大きさだから出来た事だよね。中身がケンジくんでも今の麻衣にはちょっと無理かなぁ・・・?」

チョコチョコと辺りを捜索しながら話し続ける

その先を歩くの背中を見つめて、リンはその口に僅かに笑みを乗せた。

 

 

数時間後、未だ麻衣を見つける事も出来ないまま、全員は用意された応接室に集まっていた。

「ぶえっくしゅ!!」

「だいじょ〜ぶ、ぼーさん」

「あー、なんとか」

鼻をかみながら答える滝川を見上げて、もまた冷たくなった自分の身体にブルリと身を震わせる。

冬の寒さは厳しい。―――そういえば今朝の天気予報で雪が降るかもしれないなんていってたっけ?と思い出し、は更に身を震わせた。

そうして、コートも着ずに今もまだ隠れているだろう麻衣の身体を思って表情を曇らせる。

「しっかし、一体どこに隠れたんだろーな」

「ねー。これだけ探して見つからないなんて・・・さすがかくれんぼの達人」

感心してる場合じゃねーだろと突っ込みを受けつつ、は口を開いたナルへと視線を向ける。

「絶対に見落としている場所があるはずだ。探したつもりで探してない・・・」

それが何処か解れば話は早いのだけれど・・・。

そもそも、探したつもりでも探していない場所というのは、自分の頭にはない場所の事を言うのだろう。―――その場所が何処か・・・と問われても、頭にないのだから答えようもない。

「東條さん。彼がいつもどこに隠れていたか知りませんか?」

「さぁ・・・?私はかくれんぼには参加していませんでしたので」

かくれんぼに参加していても、その場所が解ったかどうかは難しいところだが。

そんな時、この教会で働いているおばさんが温かい飲み物の入ったカップを盆に乗せて姿を現した。

「寒かったでしょう?」

「あー、ありがとうございます〜」

はおばさんが淹れてくれた温かいお茶をありがたく受け取り、温もりを逃さないよう両手で包み込む。

生き返るというのは、この事かもしれない。

今ほど温かい飲み物がありがたく思った事はなかったとがじんわりとそれに浸っていると、おばさんをみた神父が何かを思い出したように話の矛先を彼女へと向けた。

「・・・あ、そうだ。幸代さん覚えてませんか?」

「はい?」

「ケンジくんがステッキで隠れていたところですよ。子供の頃、よく一緒に遊んでいたでしょう?」

東條神父の言葉に、幸代と呼ばれたおばさんは思い至ったとばかりに顔を上げて。

「・・・ああ」

「解りますか!?」

「いいえ」

しかし、もしかして・・・と希望を抱いて身を乗り出す勢いで問い掛けた滝川に、幸代はあっさりとそう答える。

そうしてがっくりと肩を落とす面々を見て申し訳なく思ったのか、苦笑いを浮かべながら当時の事を話し出した。

「いえ、あの・・・覚えてないというか、知らないんですよ。ケンジくんは見つかった事がなかったんです。―――というか、ケンジくんが見つかるのは隠れそびれた時だけだったので・・・」

「・・・よく解らないのですが」

「そうでしょうねぇ」

にこりともせず問うナルをみてもう一度苦笑いを零した幸代は、懐かしむように遠くを眺めながら言葉を続ける。

「たぶんケンジくんは何処かに秘密の隠れ場所を持っていたんだと思います。あたしたちが近くにいる時はその隠れ家を使わなかったみたいで・・・。でもそこに隠れられると、鬼はどうしても見つけられなかったんですよ」

「そうか。秘密の場所以外じゃ隠れた事にならないから、『隠れそびれた』になるわけだ」

「ええ、そうです」

幸代は嬉しそうに頷いて、小さく笑った。

「どうしても鬼が見つけられなくて『降参』って言っても出てこなかったり・・・。今思うと、みんなが隠れ家の傍をうろうろしていて出られなかったんでしょうね。全員が見つかった後でやっとケンジくんの方から出てくるんですよ」

その時のケンジくんの誇らしげな顔、今でもよく覚えてます。―――と本当に嬉しそうに笑った幸代を見つめて、解る気がするな〜という滝川の小さな呟きには視線を移した。

「へ〜、ぼーさんもそんな感じだったの?」

「あー、まぁな。子供の頃なんてみんな似たようなもんだろ」

「そうだよねぇ。私もかくれんぼじゃないけど、友達と秘密基地とか作った覚えあるもん。いや、でもぼーさんとは年代が違うからさ。どうなのかなと思って・・・痛っ!!」

「しつれーな事言ってんじゃないよ、ほんと」

軽く頭を叩かれて大げさに痛がって見せるをチロリと睨みつければ、は悪戯っぽく笑みを浮かべる。

そんな2人のじゃれあいを尻目に、ナルは淡々とした様子で幸代へ更に問いを投げ掛けた。

「ゲームのコートは敷地内でしたか?」

「そうです。外に出るのは反則でしたから」

「あ、もしかして隠し部屋とか隠し通路とかは・・・?」

「ありませんね」

滝川の質問に、神父は苦笑を浮かべて答える。

まさか普通の教会にそんなものがあるとは思えない。―――まぁ、一応確認をしておくという意味ではあるのだろうが。

それにしても・・・と、はもう既に暮れかけた窓の外を見やる。

だんだんと外の気温は下がってきている。

コートを着込んで動き回っている自分たちですらこの寒さなのに、果たして麻衣は大丈夫なのだろうか?

せめて屋内・・・。―――屋外であっても風が遮れるような場所にいればいいのだけれど・・・と思ったその時、何事かを考え込んでいたナルが唐突に立ち上がり神父へ視線を向けた。

「東條さん、子供たちをお借りできますか?」

突然の申し出に、東條神父はきょとんと目を丸くする。

代わりに滝川がナルへ問いかけると、彼はあっさりと「子供たちに探してもらう」と言ってのけた。

「でも、子供たちは一度もケンジくんを見つけられなかったんでしょ?今更・・・」

「だから探す子供の後をついて行くんだ。子供たちが探すような場所にはケンジくんはいない」

なるほど、と全員が目を見開く。

自分たちが探していない場所など解らないのなら、第三者の目となればいいのだ。

「さっすが!賢くていらっしゃる」

「急ごう」

すぐさま立ち上がった面々を一瞥して、ナルは再びコートを着込むと急ぎ足で部屋を出た。

たちもその後に続き部屋を飛び出す。

そうして神父の協力の下、この教会で暮らしている子供を全員集めてもらい、改めて麻衣の捜索が開始された。

滝川の号令に従ってバラバラと散っていく子供たちを眺めながら、よし!と気合を入れても捜索に加わるべく足を踏み出す。―――しかしそれは咄嗟に服の裾を掴んだ子供の手によって阻止され、は思わず前へつんのめった。

一体何事かと振り返れば、そこには瞳を輝かせる少女たちの姿が・・・。―――その瞳に嫌な予感を感じ取ったは、思わず引き攣った笑みを浮かべた。

この輝く瞳をは知っている。

これは彼女の通う学校の報道部のホープが自分へと向ける眼差しと、とてもよく似ていたのだから。

「・・・どうしたのかな〜?」

なるべく刺激しないように注意しながら声を掛ければ、その内の1人がわくわくした様子を隠しもせずついとの方へと背を伸ばした。

「ねぇねぇ、おねーちゃん。おねーちゃんの恋人ってあの中の誰なの?」

「・・・え?」

爛々と目を輝かせる少女の問いに、は一瞬で硬直した。

あの中で?恋人は誰?―――どうしてそういう方向に行くのだろうか。

「あー、あのね。別にあの中の誰もおねーちゃんの恋人じゃ・・・」

「えぇー!?だって今日はクリスマスだよ?クリスマスは恋人同士が過ごす日なんでしょ?」

「・・・え〜と」

世間一般ではそういう日になっているかもしれないが、かといって全員が全員そうだとは限らないという事を、目の前の少女たちにどう伝えればいいのか。

「あぁ〜、だからぁ・・・その〜」

「何を遊んでる」

上手く言葉が出てこず困り果てていると、不意に背後からナルに声を掛けられビクリと肩を震わせる。

「いや!これは別にサボってるとかそういうんじゃなくて実際麻衣の事探そうとは思ってるんだけど状況的にそれが許されないっていうかもっと別の問題が出てきたっていうか・・・」

「何を言っている?」

不審げに視線を遣され、息継ぎなしで言い訳をしていたはがっくりと肩を落とした。

その直後、少女たちの黄色い声に気付き顔を上げれば、まだ幼いと思っていた少女たちが更に瞳を輝かせてとナルを見やり、そうして再び黄色い声を上げて何処かへと走り去っていくのが見える。

「・・・今の絶対、誤解されたと思うんだけど」

「だから何がだ?サボっていないでさっさと行動しろ」

素っ気無く言い放たれ、は肩を落としたまま気の抜けた返事を返す。

少女たちの好奇心に振り回された挙句誤解され、その上ナルに注意までされるとは・・・―――別にサボってたわけじゃないんだけど!と心の中で反論しながら、が手近なところから捜索しようとしたその時、滝川の自分とジョンを呼ぶ声が聞こえて、はパッと顔を上げた。

「高い場所だ!ぜんぜん探してない!!」

その言葉に、反射的に聖堂の天井を見上げる。

「子供たちはさっきから俺たちも捜した場所しか探してない。だけど同じ場所でもあいつらの見てない場所があるんだ。―――俺たちの目線の高さだよ!!」

言われて、ハッと思い出す。

確かに自分も麻衣の捜索中、頭上を見た覚えがない。

「自分たちの目線より上の高さは頭にないんだ。俺たちも同じだ、上の方は見てない」

「じゃあ、麻衣は何処か高いところにいるって事?」

それが本当なら有力な手がかりだが、逆に言えば捜索は一から始めなければならないという事だ。―――改めて考えてみれば、高い場所で隠れられそうな場所などたくさんある。

「そやったら、外もそうなんちゃいますか!?」

ジョンの発想に、滝川とは揃って外へと駆け出し空を仰ぎ見る。

「いないな・・・。しかし上って言っても・・・」

「こんなトコ、子供は上れないよ。麻衣だって一緒。はしごみたいなものがあれば別だけど・・・」

途方に暮れたように教会を見上げる滝川とに、ジョンは自分が見つめる方向を指差した。

「木の上はどないですやろか?」

「・・・木、ねぇ。登れっかなぁ?」

「建物よりは可能性高いんじゃない?私、あっちの方から見てくる」

「じゃあ、ボクあっちの端から見てきます!!」

すぐさま行動を開始する2人を目に映し、滝川も同じように木の上を捜索するために踵を返す。―――しかし直後、ジョンの麻衣を呼ぶ声を聞いて2人は揃って足を止めた。

「麻衣さん!!」

「えぇ!?」

「って、いきなりビンゴかい!!」

ジョンの焦った声に慌ててそちらへと駆けつけ木の上を仰ぎ見れば、そこには強張った表情まま自分たちを見下ろす麻衣の姿が。

「・・・麻衣、よかったぁ」

じっと身動きせずにこちらを見下ろす麻衣を見上げて、がホッとしたように呟く。

「それじゃ降りて来い。―――っていうか俺らが下ろすか?んじゃまずはそっちの木に・・・」

そうして滝川とジョンの2人がかりで木から下ろされた麻衣は、滝川のコートを被せられたままじっとその場に立ち尽くしていた。

「麻衣、大丈夫?寒かったでしょ?こんなに震えて・・・」

「まーったく!こんなになるまで隠れてるこたないだろーが!!」

すっかり冷え切ってしまった麻衣の手を温めながら心配そうな表情を浮かべるの横で、滝川が呆れたとばかりに息を吐く。

そうして気が済んだかと顔を覗き込めば、麻衣はビクリと身体を震わせる。―――その様子に嫌な予感を感じ取った滝川は、隣で同じ表情を浮かべるを見やり頬を引き攣らせた。

「見つかったのか?」

不意に声が聞こえて振り返ると、そこにはリンを伴ったナルがこちらに向かい歩いてくる。

更に嫌な予感が高まったその瞬間、傍らにいた麻衣がある人物へと向かい一目散に駆け出して・・・―――そうして盛大に表情を引き攣らせたリンに、体当たりのごとくしがみついた。

「ああああ、もう!またフリダシだわよ!!どうしたらええの、ジョンさん!!」

「お、おち・・・落ち着いて!!」

青い顔をして滝川を宥めるジョンを横目に、は麻衣に抱きつかれて表情を引き攣らせるリンに向かい乾いた笑みを浮かべたまま声を掛けた。

「リンさん、がんばってー」

「心がこもっていません!」

心がこもってりゃいいのか・・・と口には出さずに突っ込んで、麻衣の突進によって地面に落ちた滝川のコートを拾い上げ付着した砂を払い落とす。

そうしてそれを滝川へと押し付けた後、はナルの方を振り返った。

「やっぱり、ケンジくんはただ見つけて欲しかったわけじゃないんじゃないの?もっと他に何か望みがあったんじゃ・・・」

「・・・・・・」

の問いにも、ナルは何も答えない。

それどころか何処か一点を凝視している彼に不審を抱いて、はナルの傍へと歩み寄ると、その視線を辿るように顔を上げた。

「もう、なに見て・・・」

言いかけて、とっさに言葉を飲み込む。

聖堂の上部に並ぶ天使像たち。

荘厳な雰囲気を醸し出すそれらに似つかわしくない、それ。

この教会に来て一番最初に見つけたもので、違和感のあるそれを疑問と共に見上げた事を思い出す。

「・・・まさか」

「見つけた」

信じられない思いで呟いた小さな声を、ナルの凛とした声が遮る。

「は?何を見つけたって・・・?」

に手渡されたコートを着込みながら様子のおかしい2人を窺っていた滝川は、ナルの静かな声に首を傾げる。

そうしてスッと指された指の先を見て、その場にいた全員が目を見開き口を閉ざした。

天使像の脇にひっそりとある、もう骨だけとなった人の頭蓋骨。

ただの飾りだと思っていた。―――けれど、それが・・・。

「・・・あんな・・・ところに?」

誰が呟いた一言だったのか。

全員の視線が麻衣へと注がれる中、彼女はリンを見上げてニコリと笑い・・・―――そうして決して離そうとはしなかった手をリンから離して、ゆっくりとナルへと歩み寄った。

「ありがとう」

小さな・・・けれど穏やかな声。

表情を変える事無く自分を見下ろすナルを見上げて、麻衣・・・―――否、ケンジはやんわりと微笑んだ。

「・・・麻衣!」

次の瞬間、ぐらりと身体を傾かせる麻衣に気付き声を上げたは、彼女の身体を受け止めた滝川を見てホッと息を吐き、既に暮れかけた空を仰ぎ見た。

「・・・ケンジくん、浄化したよ」

ナルにも、滝川にも、ジョンにも、リンにも見えなくとも、にはしっかりと見える。

穏やかに微笑むケンジの笑顔。

そうして今もまだ耳に残る、ありがとうという感謝の言葉。

それらをすべて抱きしめて、は彼が安らかな眠りにつけるようにと、空に向かい心の底から祈りを込めた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

何とかリンと絡ませようとして、かなり無理した感が漂ってますが。

今回の3話で終わらせようとは思っていたのですが、ちょっとこれ以上長くなるのもどうかと思い、プラスもう1話で。

作成日 2007.10.28

更新日 2008.2.18

 

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