ひらひらと、雪が降る。

静かに、優しく。

大地の上に、人の上に。

悲しみを覆い隠すように、ひらり、ひらり、と。

そうして人は、空を見上げ微笑むのだろう。

 

それは、悲しい最後を迎えた子供を悼んでいるようにも思えた。

 

聖なる雪の降る

 

すべての真相を・・・そして姿を消したケンジの所在を東條神父に伝えた後、すぐに業者が呼ばれケンジの救出が始まった。

足場が組まれ、神父が見守る中作業が進むのを眺めながら、滝川は重いため息を吐き出しす。

「・・・どうやってあんなとこに登ったんだろうな」

「当時は足場があったんだ。工事中で」

「ああ、・・・そっか」

ナルの声を聞きながら、滝川はぼんやりと作業員たちを眺める。

ケンジが発見された直後、が浮かべていた表情が頭から離れない。―――いつも元気良く、または飄々と笑っている彼女だからこそ、余計に。

「あ、ジョン。ナルたちあっちにいるよ」

「・・・ここやったんですか」

不意に声が聞こえて視界を巡らせれば、麻衣に付き添っていたとジョンが揃ってこちらに向かってくる。

今はもう、の表情に憂いの色はない。

出来ればこの現場からは少しでも遠ざけてやりたいと思っていたのだけれど・・・―――どうやらにはそういった配慮は通じないようだ。

「おう。―――麻衣は?」

「まだ寝てはります。憑依されてたので疲れはったんでしょう」

そう答えて、ジョンは視線を教会へと向ける。

それにつられるように、もまた教会へと視線を移した。

「・・・なんであんなとこにいてたんでしょう?」

ポツリと零れたジョンの疑問に、は僅かに眉を寄せる。

まさか、あんな場所にいるとは思っていなかった。

まさか・・・ここに来た直後に目にしたあのがいこつが、彼だったなんて・・・。

「たぶん、それが彼のスタイルだったんだろうな」

切ない表情を浮かべて協会を見つめる3人に、ナルがいつもと変わらない静かな声でそう告げた。

「そもそも人間は、高い場所の事は眼中にない。仰向かないと視野に入らない場所というのは、意外に見ていないものなんだ。特に隠れた誰かを探すとなれば、まず何かの後ろや中を探す」

「はー。実際、麻衣の足元を必死に探してたんだもんな」

「・・・だよね。ぼーさんに言われるまで、木の上なんて頭になかったし」

ナルの説明に、滝川とは疲れたように息を吐きつつ納得する。

あれだけの時間を掛けても麻衣を発見できなかったのだから、ケンジは人の心理をよく理解していたものだとそう思う。

「・・・今回はたまたま木の上に隠れたのかもしれない。だが、彼が憑依した子供が見つかったためしがなかった事から考えても、彼は高い場所が鬼の盲点になる事を知っていて、常に高い場所に隠れていた可能性が高いと思ったんだ」

「けど、ホイッスルが・・・」

躊躇いがちに呟いたジョンの言葉に、ナルは1つ頷いて。

「そう、ホイッスルは裏の小屋の傍に落ちていた。ぼーさんはあの囲いを登って水路の淵に出たのだろうと言ったし、可能性もなくはない。だけどあの囲いを登る事が出来れば、小屋に登る事も出来るんだ」

その時にホイッスルを落とし、そのまま気付かずにいたのだろう。

そのまま彼はあの場所・・・―――天使像の裏に隠れた。

当時、工事中だった教会には足場が組まれていた。―――それを登ったのだろう、とナルは語る。

「他の子たちが呼んでも出てこなかったのは、隠れ場所を見つけられたくなかったからか」

「・・・みんながいなくなるのを待っている内に、足場が倒れてしもうたんですね」

滝川とジョンの結論を耳にしながら、はじっと協会を見上げる。

いずれにせよ・・・と続くナルの静かな声。

「あの場所では、12月の雨は避けられなかったろう」

静かなナルの声に耳を傾けながら、はそっと目を閉じた。

 

 

降りしきる雨。

崩れた足場に集まる大人たちの声を聞きながら、彼は一体何を思ったのだろう。

冷たい雨に身体を打たれながら、彼は絶望を感じたのだろうか。

それとも・・・。

「・・・

不意に名前を呼ばれて、は弾かれたように振り返った。

日はすっかりと沈み、辺りには濃い闇の匂いが漂っている。―――そんな闇の中に佇むを見つめる静かな眼差しに、は小さく苦笑を漏らした。

「どうしたの、リンさん。みんなで麻衣についてたんじゃないの?」

「・・・ええ。谷山さんの意識が戻ったようですので、お知らせしようかと」

同じく濃い闇の中から姿を現したリンは、いつもと変わらない表情でを見据えている。

けれどその眼差しに労わりの色が見えるのは、決して気のせいではないだろう。

「・・・そっか」

長い間憑依されていた上に、薄着で寒空の中何時間も外にいたのだ。

リンがこうして落ち着いているという事は、大事無かったという事なのだろう。―――ホッとして小さく笑うと、白い息が辺りを漂った。

随分と気温が下がっているらしい。

しっかりとコートを着込んではいるものの、今更感じ出した寒さに僅かに身を竦めると、足音もさせずに近づいてきたリンが自然な動作で着ていた黒いコートをの肩へと掛けた。

瞬間フワリと漂うリンの香りと自分のものではない温かさに目を丸くして・・・―――そうしてリンが何をしたのかを察したは、慌てて傍に立つリンを見上げた。

「ちょ!いいよ、リンさん。私べつに大丈夫だから。これじゃリンさんだって寒いでしょ?」

「構いません、私は大丈夫ですから」

肩に掛けられたリンのコートに手を掛け返そうとするの動きを制するように肩に手を添えられ、やはりニコリともせずに告げられた言葉にしばらく逡巡するも、あまり断るのも悪いかと思い直しては自分には大きすぎるコートを胸の前で掻き抱いた。

「・・・ありがと」

「・・・・・・」

小さく呟いたお礼の言葉にも、リンは何も返さない。―――けれど空気でリンが僅かに笑みを零した事に気付いたは、彼に見えないよう地面に視線を落としながら小さく微笑んだ。

相変わらず、解らない人だとは思う。

強く拒絶したかと思えば、こうして無条件の優しさを見せる時もある。

けれど、最初に比べて格段に距離が近くなった確信はあって・・・―――それがなんだか妙に気恥ずかしくて、はそれ以上言葉にする事もなく心の中でもう一度ありがとうと小さく呟いた。

「・・・大丈夫ですか?」

それからどれくらいの時間が経ったのだろうか。

それほど長い時間ではないはずだが、それでももう一度ぼんやりと空を見上げたに向かい、リンが静かにそう問い掛けた。

それに視界を巡らせて・・・―――しっかりと自分へと注がれる眼差しを前に、は深いため息を吐き出す。

「大丈夫。・・・ううん、大丈夫じゃなきゃダメだからさ」

肯定とも否定とも取れる言葉を漏らして、は改めて空を見上げる。

ひらひらと舞い落ちる雪。

それはとても幻想的で・・・―――けれどとても寂しく思えるのはどうしてだろうか。

「霊ってさ、それが憎しみにしろ悲しみにしろ、強い負の感情を持って生まれるものでしょ?昇華出来ないほどの負の感情があるから、きっと霊になってこの世に留まってるんだと思うの」

「・・・・・・」

「人間はさ、確かに辛い事とか悲しい事とかもあるけど、楽しい事とか嬉しい事とかもたくさんあって、だから・・・―――ああ、もう何言ってんのか解んなくなってきた!」

沈黙を続けるリンを相手にポツリポツリと話していたは、焦ったように額に手を当てて・・・。

そうして一拍の後頭をブルブルと振ったは、大きく深呼吸をしてから改めて口を開いた。

「ともかく、人間相手なら相談に乗ってあげる事も出来るし、気晴らしにどっか遊びに行く事だって出来るけど、霊相手じゃそうもいかないじゃない。姿が見えても、声が聞けても、私は何もしてあげられない」

「・・・それは貴女のせいではありません」

「それは解ってる。解ってるけど・・・」

リンの言っている事はありがたい。―――けれど気持ちはそう簡単には納得してはくれなくて。

今まで霊と関わって、怖い思いもたくさんした。

そんな出来事に遭遇するたび、何で自分がこんな怖い思いをしなきゃならないんだと理不尽に思った事もたくさんある。

けれど・・・―――こんなケンジのような悲しい事件に遭遇すると思うのだ。

浄化する前、ケンジは穏やかに笑っていた。

もしかすると、彼は少しでも救われたのかもしれない。―――それでも・・・。

「負の感情と向き合うのは、結構キツいよ」

それが哀しみに彩られているのなら、なおさら。

もう絶対に自分の手が及ばないと解っている者を相手にするのはつらい。―――まるで自分の無力さを、目の前に突きつけられているようで。

「・・・

リンの自分を呼ぶ声を聞きながら、はぎゅっと唇を噛む。

こんな事を言ってどうするというのだ。―――リンが困る事を解っていながら、どうして。

数秒間息を整え、そうしてはゆっくりと顔を上げる。

もうそこには憂いの色はない。―――いつも通りの笑みを浮かべて、は長身のリンをまっすぐに見上げた。

「・・・ごめん、リンさん。変な事言っちゃって」

言葉少なにそう告げて、そうしてチラリと教会を見やりながら言葉を続ける。

「リンさん、寒いでしょ。私はもうちょっとここにいるから、リンさんは先に戻ってて。コートはもうちょっと貸してもらうね」

やんわりと微笑みながら自分を見上げるを前に、リンは戸惑ったように視界を巡らせて・・・―――そうして諦めのため息を吐き出すと、解りましたと了承を伝える。

きっとは、持て余した自分の気持ちを整理する時間が欲しいのだろう。

「ですが外は寒い。谷山さんも心配していましたし、早く戻ってください」

「りょーかい」

このままこの場に居続けても彼女の為にはならないだろうと判断して、それでもリンはにそう念を押して軽い口調で返ってきた返事を受け取ってから踵を返した。

ヒヤリと身体を刺すような寒さに、出来る限りが早く部屋へ戻る事を願いながら。

そうして建物の入り口に差し掛かったところで、壁に身体を預けて立っている人物に気付き、リンは進めていた歩みを止めた。

「よお、リン。はいたか?」

人好きする笑みを浮かべて問い掛ける滝川の姿を認めて、リンは「・・・ええ」と素っ気無く返事を返す。

何故彼がこんなところにいるのか・・・―――それは想像がつかないわけでもなかったが。

「なぁ、リン」

そんな事をつらつらと考えていたリンは、不意に名を呼ばれて我に返った。

顔を上げれば、すぐ傍に滝川が立っている事に気付く。―――いつの間に・・・と思いながらも目だけで問い掛ければ、滝川は彼にとても似合った悪戯を含めた笑みを浮かべた。

「麻衣にケンジの霊が憑いた時さ、えらい困ってたみたいだけど・・・」

「思い出させないでください」

滝川の口から零れた言葉に、リンは盛大に眉を寄せる。

麻衣には悪いけれど、あれは大変な驚きと恐怖だった。―――突然見知らぬ子供に・・・そして見知った少女に父親と誤解され懐かれれば、誰だってそうなるだろうとは思うが。

今更何を言い出すのかと呆れ混じりにため息を吐き出したリンは、しかし次の一言に思わず身体を硬直させた。

「だけど・・・あれが麻衣じゃなくてだったら、お前どうしてた?」

問い掛けられた言葉の意味が瞬時に理解できずに僅かに目を見開くリンに、滝川は笑みを浮かべたまま続ける。

だったら良かったな〜とか、ちょっとは思わなかったか?」

「滝川さん、何を・・・!」

思わぬ言葉に反論しかけたリンは、しかし滝川の目を見て咄嗟に口を噤む。

笑っている彼の表情の中で、しかしその眼差しだけは本気の色を映していたのに気付いた。

そうして・・・―――咄嗟にとはいえ声を荒げてしまった自分が、言葉にはせずとも彼の言葉を肯定しているようにも思えて・・・。

困惑の色を浮かべるリンを見据えていた滝川が、不意にニヤリと笑みを浮かべた。

「じょーだんだよ、じょーだん。からかって悪かったな、リン」

今もまだ身動き1つ出来ずにいるリンの肩を軽く叩いて、滝川は彼の脇をするりとすり抜ける。

それに気付いて振り返ったリンは、今もまだ戸惑いを抱いたまま・・・それでも去っていく滝川の背中に向かい声を掛けた。

「滝川さん、今彼女は・・・」

「解ってるって」

出しかけた言葉は、しかし滝川の余裕すら見える笑みによって掻き消された。

そうして彼はもう一度解っていると言い残して、がいた方へと歩いていく。

それを見送りながら、リンは己の中に宿る戸惑いを持て余しながらため息を吐き出した。

この感情の意味を、自分はきっと知っているのだろう。

認めてしまえという感情と、認めるべきではないという感情がせめぎあう。―――こんな事を、一体いつから続けていただろうか。

滝川が去った方向へ視線をやるも、既に彼の姿はそこにはない。

きっとの元へと向かったのだろう。

そして彼ならば、迷い悩む彼女に優しく手を差し伸べてやれるに違いない。

そう思うともやもやとした不可解な感情が胸に湧き出るようで、リンはそのもやもやをすべて吐き出すかのようにため息を吐くと、温かい空気が流れる教会内へと足を向けた。

 

 

リンと別れ向かった先に、はいた。

彼女には似つかわしくない大きなコートを引きずるように着込んで、ぼんやりと空を見上げている。

声を掛けようかどうしようかと迷いながら、滝川はじっとのその姿を見つめた。

ここでぼんやりと立っていても仕方がない。

そうは思うけれど、またいつかのように拒否の態度を見せられたら・・・?―――そう思うと簡単に一歩を踏み出せないのも事実で。

いつからこんなに臆病になってしまったのかと思わず苦笑を漏らしたその時、ぼんやりと空を見上げていたの身体が揺らぎ、その視線が自分の姿を捉えたのが目に映った。

「・・・なにやってんの、ぼーさん」

呆れとからかいの混じった声に、滝川はどう答えようかと一瞬返答に詰まる。

しかしは元から返事は期待していないのか、いつもの飄々とした様子でニヤリと口角を上げると、立ち尽くす滝川を手招きした。

「・・・お前、こんな寒いトコでなにやってんの」

「えー?なにって・・・ただ空見てただけ」

「お前に天体観測の趣味があったとは知らなかったな。―――つーか、星なんて見えねーし」

「見えないねぇ。―――っていうか、私に天体観測の趣味があったなんて私だって初耳だよ」

成り行きで一緒に空を見上げながらの会話に、滝川は苦笑を漏らす。

空は厚い雪雲に覆われて、生憎と星は見えない。

たとえ晴れていたとしても、都会の空では多くの星など望めはしないだろうが。

「・・・雪ってさ、こうやって見上げてるとなんかあんまり綺麗じゃないね。ゴミが落ちてきてるみたい」

「ゴミって・・・。ロマンが足りないねぇ、ちゃんは。世間はクリスマスだぞ。しかも待望のホワイト・クリスマス。恋人同士が一番盛り上がるシチュエーションだろ?」

そう笑って言えば、もくすくすと笑みを零す。

そのクリスマスにこうして仕事をしているのだから、この際どうでもいい事なのかも知れないとそう思う。

しかもその仕事の内容が霊関係だなんて・・・―――今日という日に合っているのかいないのか、微妙なところではあるけれど。

「・・・って事は、ぼーさん彼女いないんだ。クリスマスにナルに付き合ってるくらいだもんね」

「そういうお前だって一緒だろーが」

「だよねぇ。っていうか、勉強と仕事と修行でそんな暇ないっつーの」

僅かに表情を歪めてそう零すを横目に、滝川は安心したようながっくりきたような心境で乾いた笑みを零す。

余計な虫がつかないだろう事は歓迎できるが、これでは自分だって手が出しづらい。―――そうでなくても、相手が女子高生だという時点で厄介だというのに。

おまけにライバルがあれじゃなぁ・・・と堅物の男の顔を思い出してため息を吐き出した滝川に、が訝しげな視線を向けた。

それをなんでもないと誤魔化しつつ、滝川は再び空を見上げる。

舞い落ちる白い欠片。

クリスマスという夜にこんな仕事では、でないが流石に思うところがないわけでもないけれど。

それでも結果的にみれば、こうしてとクリスマスの日を過ごせているのだから、案外そう悪い日でもないかもしれない。

、あんま自分を責めるなよ。そんな事したって、いい事なんか1つもねーんだから」

空を見上げながら呟く。

隣に立つがそれにハッと息を飲む音が聞こえて・・・―――そうして小さく笑った気配を感じて視線を向ければ、そこには困ったように微笑むがいて。

「ぼーさんもリンさんも、面倒見がいいっていうか心配性だっていうか・・・」

きっとリンにも同じ事を言われたのだろうとその言葉で察し、滝川は苦笑を浮かべる。

それでも次の瞬間には嬉しそうに微笑んで、ありがとうと告げるを見下ろしながら、胸の中に温かい何かが広がっていく感じがして、それを誤魔化すように滝川はの頭を軽く掻き混ぜた。

。メリー・クリスマス」

文句を言いながら滝川の手から逃れようと身を捩るに向かいそう言えば、はきょとんとした表情を浮かべて。

それでも少し気恥ずかしそうに微笑んで、は滝川の背中に回りこむと、ぐいぐいと背中を押しながら小さく答えた。

「メリー・クリスマス、ぼーさん」

ほら、寒いから早く中に戻ろう!と背中を押すの手を感じながら、滝川はされるがままに歩みを進める。

ケンジの追悼の為に鳴らされた鐘の音が、優しく辺りに響いていた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

何とか強引に終了しました。

当初は最後をぼーさんとリンとどっちにするか迷いに迷いました。

ぼーさんは出番は多いんですがなんとなくいい雰囲気にならないし、リンはリンで出番はかなり少ないですが、出た時はちょっといい雰囲気になるんですよね。

で、どうしようか迷った結果、プラス1話増えた事だし・・・という事で無理やり2人ともを入れてしまいました。(そこらへんがまとまりの悪い原因なのでは)

ついでに珍しいぼーさんとリンのツーショット込みで。

出来るだけ仲良くして欲しいんですけどね。たまにはこういうのもいいかなと。

作成日 2007.10.29

更新日 2008.2.25

 

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