たとえば、そこにある何かを失いたくないのなら。

知らなくて良い事も、知らない方が良い事もたくさんあると俺は思う。

だけど、それが解っていても上手く流せない不器用な男もいるもんで。

「いつの間にかうやむやにされちまってるが、俺は忘れてねーぜ。お前が池田屋で桂や攘夷派の奴らと一緒にいた事はな」

美味い団子屋があるってんで山崎をパシらせて買って来させた団子を持って、ちょっと3時のお茶でもと向かったさんの部屋から聞こえてきた土方さんの声に、俺は反射的に気配を消して踏み出しかけた足を止めた。

多分、あれだろう。―――土方さんは、昨日山崎のヤローが仕入れてきた噂話を聞いて、そんでもって真っ向からさんを問い詰めに来たんだろう。

多分、ほんの少しの期待と、大いなる不安を抱きながら。

「答えろ」

土方さんの言葉に何の反応も示さないさんに焦れて、土方さんはイラつき満載の口調でそう言い募る。

今、土方さんがどんな顔をしてるか簡単に想像できて、俺は笑いたい衝動に駆られた。

それでもどうしてか嫌なリズムで打つ自分の鼓動に気付いてもいた。―――本当は笑いたいのはそっちの方かもしれない。

「・・・土方くんは、なんて答えて欲しいの?」

しばらくの沈黙の後、普段とはなんら変わらない口調でさんはそう言った。

話の内容とは程遠い・・・―――本当に、いつも通りの様子で。

「・・・なんだと?」

「もしも私が今この場で、実は攘夷派の一員なのって言ったら土方くんはどうするの?私を斬る?」

訝しげな土方さんの問いにも、さんはさらりとそう答える。

ある意味爆弾発言っていうか、あからさまに問題発言のような気もするが、さんの声には動揺のどの字も窺えない。

まるで土方さんの方が可笑しな発言をしているみたいに思えて、改めてさんの底知れなさを実感した。

「そうよね、斬るわよね。だって土方くんは真撰組の副長なんだもん。それが土方くんの仕事よね」

何も答えない土方さんの無言をどう解釈したのかは解らないが、さんは納得したような・・・当然だと言わんばかりの様子で頷いた。

確かに相手が攘夷志士であれば、それは間違いなく俺たち真撰組の仕事だ。

俺だって攘夷志士を相手に暴れるのは本音を言えば好きだし、寧ろどんと来い的な心構えみたいなものを持っているけど・・・。

たとえばさんが攘夷志士なら、俺たちは彼女を斬らなきゃいけないんだろう。

斬るのではなくて、斬らなきゃいけない。―――いつの間にかそう思っている自分に思わず苦笑を漏らしながら、俺はただ静かに土方さんの言葉を待つ。

だけど、土方さんは何も答えなかった。

さんも土方さんの言葉を待っているのか、何も言わない。

そうしてどれくらいの時間が流れたのか・・・。―――不意にゆらりと空気が動いた気がして、俺は伏せていた瞳を閉じられたふすまの向こうへと向けた。

「土方くん。私と桂小太郎は昔馴染みなの。子供の頃、同じ私塾に通っていたのよ。あと土方くんが知っている人で言えば、銀ちゃんもそうなの」

「・・・あいつが?」

「久しぶりに江戸で再会した昔馴染みがその後も交流を持つのは、そんなに珍しい事じゃないよね?」

くすくすと柔らかい笑みを零しながら、やっぱりさんはいつもと変わらない口調でそう言った。

「だけどそれだけで攘夷派に属しているとも言えない。そうでしょう?」

そのまま追い討ちを掛けるようにそう言って、もう一度柔らかい笑い声を零す。

確かに、その通りだった。

確かにさんには攘夷派との繋がりがあるかもしれないという疑いは掛かっていたけれど、彼女が攘夷派に属しているという決定的な証拠もない。―――たとえそれがどれほど濃いグレーであっても、黒でなければそれは推測となんら違いはないんだ。

もしもさんが攘夷志士であるという決定的な証拠があれば、きっと土方さんも俺も、こんなにも彼女に深く関わる事はなかったんだろう。

「少なくとも、私が攘夷志士であったなら、たとえ行く当てがなかったとしても真撰組になんて来ないわよ」

もしもさんが攘夷志士ではないという決定的な証拠があれば。

今、こんなにも葛藤する事もなかったのに。

話は終わりだとでも言うようにお茶の準備を始めたさんの気配を察して、俺は持っていた団子を部屋の前に置き去りにして、クルリと踵を返した。

さんといると、楽しい。

かなり読めない曲者だとは思うけれど、どうしてか彼女の傍は居心地が良かった。

だから、きっと、これで良かったんだ。

表面に浮上した疑惑をそのまま胸の中にしまっておけない不器用な男には、たとえそれがどれほどあいまいな言葉だとしても。

俺も・・・そして土方さんもきっと、無意識に気付かないように・・・けれどはっきりと彼女を斬りたくなんてないとそう思っているのだろうから。

 

 

きっと悪くないですよ、優しい嘘だって

(今はまだ、この曖昧な関係ってやつを楽しんでいたいんでさァ)

 


銀魂。

第二十二訓、土方と主人公の会話、沖田視点。