それはある平穏な休日の事。

 

 

「そういえばこの間、交渉術についての本を読んでたけど、その後どう?交渉術は上手くなったの?」

談話室での憩いのひと時、ピーターに勉強を教えていたリーマスが顔を上げ何気なく聞いたその問い掛けに、つまらなそうにシリウスとチェスをしていたジェームズが表情を輝かせながら勢い良く顔を上げた。

「え、なに?、君って交渉人にでもなるの?」

「なるわけがないだろう。馬鹿な事を言ってないで、ゲームを続けたらどうだ」

明らかにからかう気満々、面白い玩具を見つけた子供のような様子のジェームズに、厄介事に巻き込まれないようにと先手を打つ。

しかしそんな事でジェームズが怯むはずも勿論なく、の返答など聞こえていない様子でなるほどとばかりに一つ頷いた。

「そうなんだ。かっこいいよね、交渉人って。ぜひその成果を見せてもらいたいなぁ」

「だから、なるつもりはないと言っているだろう」

「じゃあ、手始めに・・・そうだ!折角だからシリウスと交渉してもらおうよ!」

「人の話を聞け」

さくさくと話を勝手に進めていくジェームズに、は眉間に皴を寄せながら読んでいた本を閉じて立ち上がった。

ちなみに今読んでいた本の題名は、『人体の急所について』。―――だんだんと読む本が本格的になってきている事に、リーマスは状況も忘れて感心した。

すぐさま閉じた本を持ち、厄介事に巻き込まれないようにと自室に退散しようとするに、ジェームズはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて。

「逃げるの、?」

心持ち声を潜めてそう声を掛ければ、背中を向けたまま立ち止まったの肩がピクリと動いた。

「・・・なんだと?」

「もしかして、自信がないんだ。君ともあろう者が敵に背を向けるなんて、らしくないね」

いつ誰が敵になったのか。

自然とゲームを中断されてしまったシリウスは、呆れ混じりに状況を見守りながら心の中で小さく突っ込む。

何とかを助けてやりたいが、こうなったジェームズを止める術は残念ながら持っていない。

唯一彼を止める事が出来るとすれば、それは彼の想い人である赤毛の美しい少女だけだろうが、生憎とリリーはマクゴナガルの部屋へと行っていて今はここにはいない。―――変身術について聞きたい事があるそうだ。

もっとも、リリーがこの場にいれば、ジェームズとて彼女の親友であるに対してここまでからかいの手を伸ばしはしないだろうが・・・。

それに・・・もしかすると、事は自分にとって良い方向に向かうかもしれない。

そんな打算を胸に、シリウスは沈黙を守る。

一方、真っ向から喧嘩を売られたは、いつもの無表情に機嫌の悪そうな色を乗せて、ゆっくりとジェームズを睨みつつ振り返った。

「お前の口車に乗るつもりはない」

「やだなぁ、口車なんて。僕はただ思った事を言っただけだよ」

ニコニコと人の良さそうな・・・けれど人の悪い笑みを浮かべ続けるジェームズを睨み返して。

徐々に寄っていく眉間の皴を自覚しながら、しばし睨み合い。

そうしてジェームズに引く気がまったくないと察したは、真っ向からジェームズと向かい合った。

「シリウスと交渉すれば良いのだろう?そうすればお前は満足なのか?」

「そうだね。まぁ・・・今のところは」

飄々とした様子で答えるジェームズに、諦めたようにため息を吐き出したは、今もまだチェス盤の前に座り状況を見守るシリウスの元へと歩み寄る。

「何についての交渉だ?」

「え、俺!?俺が考えるのかよ。―――じゃあ・・・」

チラリとジェームズを横目に見て、会心の笑顔で出されたGOサインに、シリウスはしばし考えた後、よしと気合を入れて立ち上がった。

「じゃあ、今度のホグズミード休暇について、だ」

立ち上がったシリウスを見上げるカタチになりながら、は訝しげに眉を寄せる。

ホグズミード休暇を題材に、一体何を交渉しようというのか。

そんなを見下ろして、シリウスは真剣な眼差しを彼女へと注いで、意を決したように口を開いた。

。今度のホグズミード休暇、俺と一緒に行こう」

「断る」

気合を入れて放った一言は、しかしの情け容赦ない一言でばっさりと切り捨てられた。

はホグズミードにあまり行かない。

別にホグズミードが嫌いなわけではなく、ただ単に人の多い場所が得意ではないだけだ。

だからごく稀に、羊皮紙の買い足しや注文していた本を取りに行く以外、彼女がその場所に出掛ける事はない。

しかし、シリウスは違う。

ホグズミード休暇があれば欠かさず出掛けたし、その日を毎回楽しみにしている。―――まぁ、大抵行く店は決まっているのだけれど。

そこでよく見る恋人同士の姿をその時はなんとも思っていなかったが、想い人が出来た今、自分も彼らと同じようにホグズミードを歩いてみたいと思っていたのだけれど。

あまりにも綺麗さっぱりと切り捨てられ、シリウスは思わず硬直してその場に立ち尽くす。

そんなシリウスを見て話は終わったと判断したのか、はジェームズと向き直って。

「本当にこれで満足なんだな?」

再度確認されるように問い掛けられ、ジェームズは一瞬返答に困りながらも何とか一つ頷き返す。

それを認めたは、用は済んだとばかりに踵を返し、今度こそ自室へと戻ってしまった。

ざわざわとざわめきが五月蝿いはずの談話室・・・―――けれどシンと静まり返ってしまった一角で、リーマスは呆れたような面持ちでジェームスへと視線を向ける。

「これで満足なのかい?」

「いや・・・まぁ、満足っていうか・・・」

確かに自分はを引っ掛けたと思っていたが、彼女もまた一筋縄ではいかないらしい。―――あっさりと返り討ちにあってしまったようで、なんとも言い切れないもやもやとしたものを抱えながらジェームズは思う。

ジェームズの作戦としては、シリウスにをホグズミードに連れ出してもらい、なおかつをひきつけておいてもらって、その隙にリリーと接触するというなんとも単純なものだったのだけれど。

何せリリーときたら、がホグワーツに残ると言えば、大抵は一緒に残ってしまう。

たまに他の友人と共にホグズミードへ出向く事もあるようだが、声を掛ける暇もなくあっという間にホグワーツに戻ってしまうのだ。

今のところ、リリーをホグズミードに連れ出せるのも・・・そしてをホグズミードへ連れ出せるのも、彼女たち自身しかいない。

ジェームズにとってもシリウスにとっても、難しいところなのだ。

しかしシリウスがあっさりと返り討ちにあってしまった今、別の作戦を考える必要があるだろうと、傍迷惑なほど前向きなジェームズはそんな事を思う。

そんなジェームズを眺めながらため息を吐き出したリーマスは、チラリと横目でシリウスの様子を窺って・・・。

「ねぇ、僕思ったんだけど・・・」

「なんだい、リーマス」

「これってが交渉したって言うより、シリウスが交渉したんじゃないの?」

「・・・あ」

今漸く思い至ったとばかりにポンと手を打ったジェームズは、しかし何事もなかったかのようににっこりと笑顔を浮かべて。

「まぁ、いいじゃないか。次の作戦を考えよう、次の作戦を」

「・・・いいじゃないかって」

こんな状態のシリウスをどうするつもりなの?と、今もまだあっさりと断られたショックで立ち尽くすシリウスを見て、リーマスは人事のようにそう思った。

 

 

数時間後。

漸く談話室に戻ってきたリリーは、その場で立ち尽くしたまま固まるシリウスを見て訝しげに首を傾げた。

 

 

 

 

交渉人、シリウス・ブラック

(あら?どうしたの、シリウス。こんなところで・・・)

(いや・・・俺もちょっと勉強しようかなと思って。・・・交渉術について)

(・・・そう。まぁ、頑張って)

 


 

ハリー・ポッター、ジェームズとの戦い。

一応、本編終了後。(まだ終わってもないのに!)