彼女にとって、毎日が退屈だった。

何もかもがどうでもよく、自分がこの場所にいる意味さえ見出せず。

ただただぼんやりと、無駄な時間を過ごしているようで。

あんなに鮮やかな青の空も、風に揺れる優しい木々も、全てが空々しく色の無い世界に見えた。

こうして生きていることさえも、無駄な気がしてきて・・・。

師叔!!」

ばっさばっさと羽を羽ばたかせ、一匹の白い鶴・白鶴が舞い降りた。

「元始天尊様がお呼びです。何でも頼みたい事があるそうで・・・」

白鶴のその言葉に、は無表情で・・・―――しかし自分が行かなければ怒られるのは彼だろうと思い、渋々ながらも思い腰を上げた。

 

 

白鶴に連れられ久しぶりに訪れた玉虚宮には、自分の師である元始天尊が。

そして師の傍らに見知らぬ少年がいるのに気付き、は元始天尊に視線を向けた。

元始天尊はその視線に気付きながらも、わざとが傍に来るのを待つ。

「元始天尊様が2番弟子、参りました」

やる気の無い様子で元始天尊の前に跪き、お決まりの文句を並べた後、は身体を起こし口を開いた。

「・・・で?何の御用ですか?」

「おお、。実はおぬしに頼みたい事があっての」

「それは白鶴から聞いています。さっさと用件をおっしゃってください」

そう説明を促すと、元始天尊は小さくため息をつきつつも傍らにいる少年をの前に促した。

まだまだ幼さの残る顔立ち。―――は何か思うところがあるのか、元始天尊に意味ありげな視線を送った。

それをサラリと流した元始天尊は、ゆっくりと口を開いた。

「この子の名前は呂望。今日からは太公望と名を変え、わしの1番弟子になる」

「・・・そうですか」

「それでじゃ。おぬしにこの子の教育を任せたいのじゃ」

「ちょっと待てよっ!!」

元始天尊の言葉に意を唱えたのは、意外にもではなく太公望だった。

憤慨した様子で元始天尊の服を掴む。

「あんたが一番強いんだろ?俺があんたの弟子なんだったら、あんたが稽古をつけてくれよ!俺は早く強くならないといけないんだっ!!」

「彼もそう言っていますし、私はこれで失礼します」

「待つのじゃ、!!」

制止の声に不機嫌そうな表情を隠そうともせず、はゆっくりと振り返った。

元始天尊はそんなから視線を外し、懸命な様子で文句を言っている太公望を見た。

「よいか、太公望。わしは多忙の身にある。いつでもおぬしの修行に付き合ってやれるわけではない。そこにおるはわしの弟子でありその力も間違いない。おぬしはについて修行に励め」

諭すようなその言葉に、太公望は少しだけ不満そうに顔を歪ませながらも渋々服から手を離し、の方へと向き直った。

「あんた、強いのか?」

その率直な物言いに、は口元だけで笑う。

「貴方よりは、ね」

「・・・・・・じゃあ、あんたでいいよ。俺を強くしてくれ」

太公望という少年は、何故か『強さ』に拘っているようだ。

しかも『強くなりたい』という希望ではなく、『強くならなければいけない』という義務感に囚われているようで。

「・・・どうしてそんなに強くなりたいの?」

素直に聞いてみた。

すると太公望は強く唇を噛み、何かに耐えるように拳を握り締めた。

「俺は・・・俺の家族を、一族を殺したあいつを許さない。絶対に強くなって王妃を倒すんだ!」

「・・・王妃?」

ああ、王氏のことか。―――と、は何の感慨も抱かずそう思った。

王氏のやっていることは大体知っている。

おそらく今回も、何かの我が侭で少年の一族を滅ぼしたのだろう。

「・・・復讐・・・なんて、馬鹿なことだとは思わない?そんなことしたって死んだ人は戻ってこないのに・・・」

「それでも、俺はみんなの無念を晴らしたい。あの女の馬鹿みたいな我が侭で殺されたなんて・・・悔しすぎる!!」

本当に悔しそうに顔を歪ませる太公望を見て、楽しい話でないにも関わらず無表情だったその顔に小さく笑みを浮かべた。

「元始天尊様、この少年をお預かりします」

「おお、頼めるか?」

てっきり強行に拒否されるだろうと予想していた元始天尊は、思わぬその返事に驚きと安堵が混じった息を吐いた。

「少し・・・興味が湧きましたから・・・」

自分には無い、激しい感情を持つ太公望に。

何を言われても譲れない確固たる想いを持っているこの歳若い少年に、興味と・・・―――ほんの少しの羨望を抱いたから。

は太公望に声をかけることもせず、ドアに向かい歩き出す。

背後に慌てて追いかけてくる気配を感じ、かすかに笑みを浮かべた。

 

 

「・・・お待たせ、

外で待っていた霊獣のに声をかけると、の声に反応してはゆっくりと顔を上げた。

そしての背後に太公望の姿を見つけ、訝しげに首を傾げる。

『・・・そいつは?』

「元始天尊に押し付けられてね・・・」

そう言いつつもそれほど嫌がっていないことに気付いたは、呆れたようにため息をつき身体を起こした。

『言っとくが、そいつを乗せるつもりはないぞ?』

太公望に視線を向けそう言い放つに笑みを返し、

「もちろんそのつもりはないわ。修行の一環として走ってもらうから」

平然とそう告げた。

その言葉に太公望から異議の声が上がったが、の『強くなるんでしょう?』という言葉に、先ほどの態度とは一変してやる気に満ちた表情を浮かべる。

退屈だった毎日が、ほんの少し変わりそうな予感。

先ほどまでは無色に見えていた景色は、少しだけ色を取り戻したようで。

勢い良く走り出した太公望の背中を眺め、は久しぶりに作り物ではない本物の笑顔を浮かべた。

 

 

余談として。

の元で修行を積み、それなりの力を手に入れた太公望だったが、の怠け癖も伝染してしまったようで。

「あ〜、良い天気ね〜」

「こんな日は昼寝に限るのぉ・・・」

50年後には2人して修行をサボり、昼寝をしている場面が多く目撃されるようになった。

 

 

忘れえぬ記憶

(さて、手始めにどうやって苛めてやろうかしら)

(・・・ほどほどにしとけよ、ほどほどに)

 


まだまだ若くてやる気に満ちた太公望と、既に老成している主人公の出会い。

(補足、王氏=妲己)