魔家四将を封神し、殷と周の間に要塞を作るべく走り回る太公望とは打って変わって、今日もはのんびりと時を過ごしていた。

いつもと違う所と言えば、彼女が眠ってはいない事だろうか?

周の城の誰も来ないような場所に勝手にテラスを作り、そこである人物と和やかにお茶を楽しんでいる。

「・・・そうなのよ。ここにいると退屈しなくて済むわ。―――その代わりかなり騒がしいけど」

がここに来てから体験した面白い事柄を、相手の反応が面白い為ついついおもしろおかしく捏造して話していると、向かいに座ってお茶菓子をつまんでいたその人物は、名案とばかりに手を叩き。

「それじゃあ、日記でもつけてみたら?」

きょとんと目を開いているにそう提案した。

「・・・日記?」

「そう、あたしも書いてるんだけど、後で読み返してみると結構面白かったりするのよ?」

何でいきなり日記?―――という疑問はもちろんあったが、少し考えた結果。

「そうね。それも面白そうかも・・・」

あっさり納得し、さっそくその日から日記を書くことに決めた。

 

日記と、それが及ぼす波紋について

 

●月▲日(晴れ)

ある人物の勧めで、今日から日記をつけることにする。

まぁ私のことだから何日続くかは分からないけど、日々あったおかしな事や面白い事なんかを書いていくのは楽しそうだ。

それなりに続いたら、本にしてその辺にでもばら撒いてやろう。

さっそくだけど、今日はすでに書くことが決まっている。

朝早くに会いに来た、あいつの事だ。

そう、あいつは寝起きの私のところに唐突に現れた。

 

 

「やあ、おはよう、!実にいい朝だねっ!!」

その人物はまだベットでボーっとしているに、朝とは思えないテンションの高さで高らかに告げた。

「・・・・・・・・・趙公明」

室内には痛いくらいの沈黙。

は彼の名前を呼び、そして頭を抱えた。

今の彼女には、そうすること以外出来る事がなかった。

朝から趙公明の相手をするのは、はっきり言って辛い。

「おや?どうしたんだい、?こんなに気持ちの良い朝なのに、そんな暗い顔をしているなんて・・・。そうだ、今朝は特別にとっておきのお茶をご馳走しよう!!」

花を手にポーズを取っていた趙公明は、いそいそとポットに向かいお茶を入れ始める。―――と、その前に、

「ああ、?この花は君に・・・」

持っていた花を優雅な動作でに手渡すのを忘れずに。

「・・・・・・どうも」

とりあえず花を受け取って、嬉しそうに鼻歌を歌う趙公明に視線を送る。

彼に聞きたいことは山ほどあった。

『どうしてここにいるのか?』とか『どうやってここまで入ってきたのか?』とか『何でこんなに朝早くなのか』とか、それはもういろいろ。

しかしそんな質問をしても無駄だということは、それなりに趙公明という男の事を知っているにとっては嫌というほど分かっている。

それに、そんな事よりも一番先に聞いておかなければならない事があるのだ。

は趙公明が淹れてくれた紅茶を一口飲み、その『聞いておかなければならない事』を切り出した。

「・・・・・・ねぇ、いつ帰るの?」

この男は、呆れるくらいにマイペースだ。

自己中心的・・・というよりも、としては『自分の欲に忠実』とフォローを入れてやりたい。―――フォローになっているかはともかくとして。

突然、崑崙山に乗り込んで来たと思ったら『に会いたくなってね!』と言い切り(誰にも気づかれないうちに追い返した)、『僕と力試しをしよう!!』と高らかに宣言するや否や、が承諾してもいないのに攻撃を仕掛けてきたり(そして返り討ちにした)。

今回も彼のことだから、気が済むまで居つくつもりなのかもしれない。

としては、かなり鬱陶しいが趙公明のことは嫌いではない為、それはそれで構わないのだが・・・―――ここは周である。

この間も金鰲島の仙人が乗り込んできて暴れまわったというのに、そこに所属する趙公明がここでのんびりお茶をしているというのはどうなのだろうか?

少しの間考えて・・・―――慌てて首を振った。

ありえない、と心の中で呟く。

しかしの思考とは正反対に、

「済まないね、。ここに居たいのは山々なんだけど、僕は朝歌に・・・聞仲くんの所に行かなければいけないんだ」

趙公明は見た目でも分かるほどがっかりとした顔をし、そう言った。

その瞬間、が心の中でガッツポーズをしたのは言うまでもない。

それよりもは、趙公明の言った言葉が気になった。

「・・・聞仲のところに?」

「そうなんだ。通天教主様の命でね・・・」

通天教主の命。―――は僅かに首を傾げた。

「それってどんな命令なの?」

「ああ、実はね。通天教主様が聞仲くんに金鰲島の全権を任せるっておっしゃってね。それが書かれてある書状を届けに行く途中なんだよ」

こんな口の軽い奴に、そんな大事な用を任せて良いのだろうか?

ふと疑問に思い、そして通天教主の人選に多少なりとも不安を覚えた。

しかし、それはそれ。

面白いことを聞いたと密かに笑ったは、次にするべき事を見つけ実行に移した。

「それなら早く聞仲に知らせてあげたほうがいいんじゃないの?」

それは趙公明を追い出し、再び眠りにつくことである。

そんな事とは知らない趙公明は、の思いやりのある言葉に感激し、彼女の手を握り締め一通り自分の思いのたけを一方的に話し終えると、彼なりに爽やかな笑顔を浮かべ朝歌に向かい飛び立った。

『それで?教えてやるのか、太公望の奴に・・・』

趙公明を追い出し、再びベットの中に入ったに、はそう尋ねた。

するとはしばらく考え込む様子を見せ、

「・・・どうしようかな?」

と意味深な返事を残して、夢の国に旅立った。

 

 

●月◆日(相変わらず晴れ)

今日、『スパイがおる!!』と太公望が騒いでた。

蝉玉ってば、せっかく私が黙っててあげたのに見つかるヘマをするなんて・・・。

まさか蝉玉に勧められた日記に彼女のことを書くなんて思っても見なかったわ。

・・・というか太公望は、すでに私と蝉玉が知り合いで、あまつ一緒にお茶なんか飲んでるなんて知らないんでしょうね。

しかも密かに、彼女から太公望の行動を報告してもらってるなんて・・・。

知ったらどんな顔するかしら?見てみたい気もするけど・・・。

とりあえず太公望がスパイをどうするのか、お手並み拝見させてもらいましょうか?

 

 

「・・・スパイねぇ?」

太公望が夜中に倉庫に忍び込み桃を拝借しているのを知っていたは、何も言わずに着いていきあまつ便乗していた。

周の桃は品質がいい。

甘い桃を堪能しつつ、太公望の愚痴という名の報告を聞いていた。

「そうなのだ。何を調べておるのかは分からんが、わしの周りをうろちょろしておっての。特に困るというわけではないのだが、得体の知れない奴を放っておくのもなぁ・・・」

確かに太公望の言う事は正論だ。

これから激しさを増してくる戦いの中で、どこからか情報が漏れるのはそれこそ死活問題。

しかしスパイがどんな人物か、そして調べているのがどんな事なのか知っているとしては、太公望ほど深刻になれずにいた。

はっきり言って蝉玉の調べている事は、周というよりは太公望が不利になるような内容ばかり。

それもいつどこでサボっていたか・・・とか、今まさに桃泥棒している・・・とか。

通天教主の伝令係の人選もどうかと思ったが、聞仲のスパイを命じる人選もどうかと思う。

それほどまでに人が足りないのだろうか、殷は。

ぼんやりとがそんな事を考えていた時、

「どわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

突如悲鳴が響き、空から四不象が降ってきた。

「ちょっと、どいてよ!!」

そして四不象の下から聞こえる、にとっては聞き覚えのある声。

「誰だ、おぬしは!!」

「あ、四不象すごいっ!スパイを捕まえたんだねっ!?」

太公望の驚いた声と、武吉の無邪気な声が響く。

すると四不象の下敷きになっていたその人物は、勢い良く立ち上がり、

「あたしはスパイ!聞太師の命により周の情報を集める、その名もケ蝉玉という美少女よ」

ビシッ、とポーズをとると悦に入ったかのように誇らしげな表情を浮かべた。

「敵!?お師匠さま、ここは僕が・・・!!」

こんな状況で、それほどまでに素直に対応できる武吉に、は違った意味で感心した。

今まさに名乗り出たスパイを捕らえんと飛び出しそうな武吉を止めたのは、一緒に桃泥棒をしていた太公望。

高らかに声を上げ、そして蝉玉に向かい合うとニヤリと笑った。

なんだかばかばかしい戦いが始まりそうだと思い、失敬してきた桃を持って部屋に帰ろうかと踵を返すと、少し遠くの方から見覚えのない影が近づいてくる。

少し考えた結果、一向に気付かない太公望たちを置いてその影に近づいて。

「あなたどちらさま?」

「俺は崇黒虎。太公望さんに用があって来たんだけどねぇ・・・」

崇黒虎は蝉玉と訳のわからない戦いを繰り広げる太公望をチラリと見て、

「・・・取り込み中みたいだねぇ」

と苦笑した。

「それよりもあんたは誰?」

「私はよ。一応崑崙の道士なの。よろしく」

が手を差し出すと、崇黒虎も同じように手を差し出し握り返した。

『へぇ、あんさんが師叔かい?いろいろ噂だけは聞いとったぞ』

ぐもぐも、と口を動かしながら、崇黒虎の肩に乗ったなんとも言えない姿の生物が言った。

「噂ってどんな噂?」

『いつも昼寝ばかりしとる、ナマケモノっていう噂だ』

聞いた途端に、やっぱり聞かなきゃ良かったと後悔した

まぁ、自分の日頃の行いを思い返してみれば、その噂は一番妥当なところなのだが・・・。

はいつまで経っても崇黒虎に気付かない太公望にゲンコツを食らわせて、無理やり蝉玉との戦いを終わらせた。

蝉玉は何故か、崇黒虎を見た途端に慌てて逃げ出して・・・。

「・・・ふぅ〜ん」

さん。また何かよからぬことでも考えてるっスか?」

その様子を眺めていたを見逃さず余計な口を挟んできた四不象を無理やり黙らせると、楽しそうな笑みを浮かべて自室に帰って行った。

 

 

●月★日(変わらず晴れ)

太公望が蝉玉に果たし状を出した。

多分太公望も蝉玉の『あの事』に気付いているだろう。

ちょっと蝉玉が可哀想な気もするが、それはそれで面白そうなので良しとしよう。

決闘のことを聞きつけた武王が、慌てて出店の用意をしているのを見た。

なんというか・・・情熱をいらないところで発揮してるのは気のせいだろうか?

とりあえず林檎飴が楽しみだ。

 

 

師叔?」

楊ゼンは屋根の上から決闘に指定された広場を眺めているを見つけ、声をかけた。

手には林檎飴が握られており、いつにもまして機嫌がよさそうに見える。

師叔も観戦ですか?」

「うん、まぁ。そう言う楊ゼンも・・・?」

「はい。参考までに・・・と思いまして」

は、何を参考にするのか・・・をあえて聞かない事にした。

「そうだ。師叔、これをどうぞ」

そう言って手に持っていた林檎飴を差し出す楊ゼン。

「もらっていいの?」

「ええ、あなたの為に買ってきたんですから・・・」

少しだけ頬を染めて、照れくさそうに告げる楊ゼンを見て、は小さく首を傾げた。

差し出された林檎飴をありがたく受け取ると、楊ゼンはの横に腰を下ろし、先ほどとは違う真剣な表情で広場に視線を移す。

「・・・師叔」

「前から言ってるけど、でいいわよ?師叔なんて長ったらしいだけだし・・・」

「・・・それでは、・・・さん」

「・・・なに?」

「彼女の・・・スパイの宝貝、どう思いますか?」

突然の質問に、はふと再び広場に視線を戻した。

広場では、今まさに話題に上がっている蝉玉が姿を現した。

蝉玉の宝貝・五光石。―――投げると必ず当たるその宝貝の命中率は当たり前だがいい。

しかしその反面、当たってもそれほどの威力はなく・・・。

「・・・そんなに心配するほどの宝貝じゃないと思うけど?」

これで威力が大きいのなら少しは脅威にも成り得るだろうが、今のままの威力では少し怪我をする程度だ。

しかし楊ゼンは恐ろしいという風に顔を歪め、首を横に激しく振った。

「なにを言ってるんですか、さん!」

「・・・は?」

「あれほど恐ろしい宝貝は他にありませんよ!?」

どこが?―――と返したいところだが、そのものすごい剣幕に思わず引いてしまう

「あれが当たると・・・恐ろしい事に・・・」

「ああ、濃ゆい顔になるんだったわね」

ポンと手を打ち、あっさりと言うと楊ゼンは頭を抱えた。

「恐ろしい・・・。僕は彼女とだけは戦いたくありません」

「・・・ああ、そう」

どうやら楊ゼンの苦悩は、には伝わらなかったようだ。

当たった相手の顔を濃ゆくする。―――五光石を作った仙人が、なにを思ってその効果をつけたのかは謎だが、対楊ゼンの宝貝としてはこれ以上に効果的なものはないようだ。

は小さくなった林檎飴をかじり、気持ちの悪い鳥の気ぐるみを着て蝉玉を追いまわす太公望に視線を送り、そして隣で頭を抱える楊ゼンの背中を慰めるように叩いてやりながらひっそりとため息をついた。

 

 

●月▼日(いい加減、雨でも降らないかなと思うほどの晴れ)

今日の周は騒がしい。

とうとう周の民に、殷との全面戦争を宣言したからだ。

武王のスピーチは、それなりに良かったと私は思う。

下手にあれこれ言われるよりも、すっきりとしていて人の心に染み入るようだと思った。

その式に出席するために、太乙と道徳と雲中子の色モノ仙人三人組が来た。

あいつらが来るとロクな事が無い。

みんな話を聞かないやつらで、前々からいろんな面倒ごとに巻き込まれ・・・

 

 

「なにを書いておるのだ?」

自室の机に向かって今日の分の日記を書いていたは、突然背後から掛けられた声にゆっくりと振り返った。

そこには両手いっぱいに桃を持ち、怪訝そうな表情を浮かべた太公望の姿。

「・・・・・・・・・うん、日記をね」

「日記・・・?」

太公望は持っていた桃を机の上に置き、勝手にの日記に手を伸ばした。

日記と言ってるのに、なんの了承も得ずに読むとはどういう事か。―――まぁ、読まれたからといって、が困るような事はかけらもありはしないのだけれど。

心の中で呟いてみるが、今ここでそれを言ったところでどうなるものでもないということはも分かっていた。

日記を書いていたとして、それを勝手に読まれてもうろたえるような人間ではないということは、自身が一番良く分かっているし、おそらく太公望もそう思っているだろう。

太公望は日記の内容について感心しないだろうが、そう覚悟を決めてしまえば太公望がどんな反応を示すのかが楽しみになってくる。

ペラペラとページをめくる音が聞こえる。

ふと視線を向けると、日記で隠れていて太公望の顔は見えないが、日記を持つ手が少しだけ震えているのは分かった。

それほどの日数分を書いていないので、読み終わるのにそれほど時間はかからないだろう、とが考えていると、

「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁ!!」

城中に響き渡りそうなほど大きな雄叫びを上げつつ、太公望は日記を机の上に叩きつけた。

「結構な時間なんだから、あんまり大声出すのやめたら?」

呆れた表情を浮かべて言うを、太公望はジト目で睨みつけた。

「金鰲島の奴が来たのか?」

「ああ、趙公明ね。来たわよ?」

「・・・蝉玉のことも知っとったのか??」

「もちろん。ああ、日記をつけるの勧めてくれたの蝉玉なのよ」

「読んだから知っておる!!」

「知ってるならいちいち聞かないでよ」

すごい剣幕でまくしたてる太公望とは対照的に、あっさりと事実を述べる

少しも動じないを睨みつけ、しかし悪びれる様子などないことを察すると、力尽きたかのように床に手をついて項垂れた。

バタバタと廊下に騒がしい足音が響き、楊ゼンや武吉や四不象・武王に武成王までもがの部屋に乗り込んでくる。

「「「「「敵襲かっ!?」」」」」

それほどまでに太公望の雄叫びは悲痛だったのだろう。

は説明する余力も無い太公望の代わりに、渋々ながらも日記について説明してやる。

すると部屋に乗り込んできた人物たちは、太公望と同じように疲れたように項垂れた。

「・・・そんなくだらないことなのかよ〜」

武王が呆れたように呟く。

本当にね。―――とは心の中で呟いて、もう夜も遅いからという理由をつけて全員を部屋から追い出した。

そして未だに項垂れたままの太公望を見て、深い深いため息を吐く。

ちょっとやりすぎたかしらね?

は少しだけ・・・本当に少しだけ反省して、太公望を慰めるべく彼の傍に歩いていった。

 

 

●月▼日(追加)

太公望の心労が溜まるだけみたいなので(少しは反省したの)日記をつけるのはもう止めにしようと決めた。

結構楽しかったんだけど、こればっかりはしょうがないか。

結局3日坊主になっちゃったけど(4日坊主?)そろそろ面倒くさくなってきてたからちょうどいいわ。

仕方がないから、明日はちょっとだけ太公望に優しくしてあげよう。

まぁ、覚えていたら・・・の話だけれど。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

今回は日記風に。

いつもとはちょっと違う感じにしようと思ったんですが、最初に思ってたのと少し違う感じになっちゃいました。

太公望好きなのに、何で上手く絡ませられないんだろう?(オイ)

更新日 2007.10.18

 

 

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