それは、人の身体を蝕むモノ。

それは、人を死に追いやるモノ。

それは身体の奥に忍び込み、ゆっくりと・・・―――しかし確実に浸透していくモノ。

それは、風に乗ってやってきた。

「本当に・・・手のかかる男」

は腕の中で荒い呼吸を繰り返している太公望に向かい、ポツリと呟いた。

 

に至る病

 

平原の遥か向こうに埋め尽くされるような大軍隊の影を見つけ、太公望はため息を吐いた。

「敵の軍隊だのぉ・・・」

「見りゃ分かるわよ」

それに呆れた口調で返したのは、最近は太公望の近くにいることが多い

以前なら1日に一回、姿を見せるかどうか・・・―――という出現率だったのに、と太公望は密かに首を傾げていたが、が傍にいること自体は大歓迎なので余計な事は言わない事にした。

「武吉、軍旗の文字がよめぬか?」

「はい!冀・・・州?『冀州』ですね!!」

「冀州!?妲己の親父の旗だ!!」

寝ぼけ顔の武成王が、背後から嬉しそうな声で言った。

以前から冀州候は妲己のことで悩んでおり、きっと味方になってくれると意気込む。

太公望は武成王の話に耳を傾けつつも、チラリとの表情を盗み見る。

は何のそぶりも見せず、ただ無表情で大軍を眺めていた。

太公望が思うに、は自分が知りえないほどの情報を持っているだろう。

先日のスパイ騒動の時もそうだったが、こちらが慌てだした頃にはもうは全てを把握している。

しかし彼女は何の情報も提供してはくれない。

太公望自身、彼女の情報を当てに行動を決めているわけではないが、それでもその情報があれば周が少しだけでも有利になる。

それを分かっていて、しかしは何も言わない。

それでは、が周側にいるのは何故だろう?

が自分の下に来た時から、太公望はずっとそれを考えていた。

どういう経緯で知り合ったのかは分からないが、の交友関係は広く・・・―――そしてその人物たちはみんな大物で、封神計画に大なり小なり関わっている。

例をあげれば、まずは申公豹・そして妲己に聞仲。そして最近知ったことだが、趙公明。太公望はその人物のことをよく知らないが、封神リストにも名前が載ってある金鰲島の仙人で、かなり強い人物だという事は知っていた。(楊ゼン調べ)

それぞれと仲が良く、言ってしまえば誰についてもおかしくない状態だ。

しかしは周側にいる。

元始天尊の言い付けさえ軽く無視するの事だ。―――自分が崑崙山の道士だから、という理由ではないだろう。

では何故、愚痴を言いつつも本当に困った時には手を貸して、文句を言いつつも傍にいてくれるのだろうか?

いつもそれが聞きたくて、しかし太公望は聞けずにいた。

気まぐれだと言われたら?

飽きたら離れていってしまうかもしれない。

太公望は、がここにいるという理由が・・・―――そしてこれからも傍にいるという確たる証拠が欲しかった。

「・・・あんたさっきから何で人の顔ジロジロ見てるの?」

「・・・は?」

いつの間にか完全に自分の思考に没頭していたようで、気がつけばが怪訝そうな表情で太公望を見つめている。

いや、だけでなく、その場にいる全員が。

「お師匠さま・・・、どこか具合でも悪いんですか?」

「大変なのは分かるけどよ。あんま無理しねぇ方がいいぜ?」

武吉と武成王に労わりの言葉を掛けられ、太公望は慌てて首を振った。

(そうだ。今は冀州候を味方に引き入れることを考えねばな・・・)

頭の中でそう反芻し、先ほどの考えを追い出すと、太公望は武成王と崑崙山から下りてきたばかりの天化に説得を任せる事にした。―――相手と旧知の仲である彼らに任せるのが一番だろう。

「さてと、わしらはさっそく宿営地を造るとするかのぉ・・・」

いつものやる気の見えない調子で軽く伸びをし、周軍に向かい歩き出した太公望は、その後ろで呆れた表情を浮かべているにまったく気付かなかった。

 

 

武成王たちを送り出した後、どんどんと出来上がっていく宿営地を何をするともなしに眺めていたは、遠くに奇妙な影を見つけた。

人のような・・・しかし何かがかぶさっている?

それはふらふらと危ない足取りで宿営地の方へと進んでいった。

「・・・あれ、なにかしら?」

『・・・見てみるか?』

もちろん千里眼で、という意味。

の霊獣になってからの自分はずいぶんと察しが良くなったものだと、思わず自分で自分を誉めてやりたい心境の

「お願いするわ」

その言葉を合図に、は千里眼で先ほどの影が消えた辺りをうかがった。

『またヤバイ事になってるぜ?』

しばらく経ってはゆっくりとを振り返り、うんざりした様子で呟く。

その直後、宿営地の辺りで巨大な竜巻が巻き起こり、がそれを確認する前にを背に乗せて遥か高くまで駆け上がった。

、とりあえず外気に触れないように防御してろ』

状況が良く分からなかったが、それでもの言葉に従い自らの宝貝を発動させ、自分との周りに薄い風の壁を作った。

竜吉公主の水のヴェールと似たようなものだ。

の言葉から想像すると、要するに何か害のあるモノが空気中に漂っているのだろう。

そして太公望はその何かから周軍を守るために、ああやって風を起こしているのだ。

がやったことを太公望ができれば問題ないのだが、いかんせん力加減が難しく、宝貝を持って間もない太公望には無理だろう。

そうあっさりと結論付けて、そうしてから何が起こっているのかを説明してもらった。

説明によると、呂岳という金鰲島の仙人が、自ら開発した死亡率の非常に高いウイルスを撒き散らかしているらしい。

「・・・というか、あの風ってウイルスを拡散させて、余計に被害が増えたりして」

状況を聞き終えて最初に出てきた疑問がそれか・・・と思わずがっくりと来ただが、あえて口にはせずにチラリとに視線を向けた。

『・・・で、どうする?』

「もちろん、向かってちょうだい。あそこに、ね」

宿営地を指さして、はにっこりと笑った。

 

 

太公望の命令で上空に待機していた楊ゼンは、遠くから飛来する1つの影に気付いた。

さん!!」

「あら、楊ゼン。こんな所で何をしてるの?」

「それが!今大変な事になっていて・・・!!」

下の太公望と呂岳の戦いを指し、今までの経緯を説明しようとする楊ゼンを制して、は小さく息を吐いた。

「それにしても・・・さんはどうして平気なんですか?」

「何が・・・?」

「ウイルスです。上空にいる僕でさえも、少しずつウイルスに侵されているというのに」

しげしげとの身体を見て、ウイルスに侵されていないことを確信した楊ゼンは、そう切り出してみた。

「うん、宝貝の力でね」

するとは、事も無げにあっさりとそう言い放つ。

楊ゼンは、そんなことができるなら周軍も守ってくれればいいのに・・・という思いを抱き、そしてそれはにも伝わったのか彼女は苦笑いを浮かべた。

「力加減が難しいのよ。いくら私でもそんな広範囲はちょっとね。それで?どう対処しようと思ってるの?」

何となく話を打ち切られた気がしないでもないが、今はそれどころではないと判断し、これからの計画を説明する事にした。

「ええ、土行孫に地中から呂岳に近づいてもらい、彼の血を奪い取ってもらうことに」

楊ゼンの説明を遮るように、土行孫が地中から姿を現した。

・・・地中から、呂岳の足の下に。

「・・・・・・ああ」

気の抜けた声を発したのは、楊ゼンなのかなのか。

呂岳の血を奪いとる前に、土行孫はウイルスを大量に掛けられ、その上暴行を加えられて意識を失った。

具体的に何を話しているのかは、上空にいる2人には聞こえてこなかったが、太公望は呂岳となにやら言葉を交わした後、悔しそうに表情を歪ませながらも宝貝で起こしていた風を止める。

「・・・くっ、師叔!」

そうしてその隙だらけの太公望を相手が見逃すはずもなく、太公望は大量のウイルスをその身に受けて苦しそうにその場に倒れた。

「・・・楊ゼン」

今にも飛び出さんほど怒っている楊ゼンを宥めるような柔らかい声で呼び、彼と視線を合わせたはゆっくりと言い聞かせるように話し出した。

「いい、楊ゼン?あなたは太公望に命じられて、今ここにいる。それはみんなを助けるためには必要なことよね?」

「・・・はい」

「あなたが彼らのことを心配する気持ちはわかるけど、あなたが巻き添えを食ってウイルスに感染したら、彼らがやろうとしたこと全てが無駄になってしまうことも?」

「・・・分かっています、でもっ!!」

「分かっているのなら、いいわ。あなたは自ら罠に飛び込むような馬鹿な真似はしないでしょう?」

「・・・・・・」

確かに自分までもがむざむざウイルスに感染し動けなくなってしまえば、薬を作れる人間がいなくなってしまう。

そんなことになれば、今ここにいる周軍、そして道士たちは遅かれ早かれ死んでしまうだろう。

それは言われなくとも分かっている。

分かってはいるが、それでも楊ゼンははっきりと返事を返す事が出来なかった。

そんな楊ゼンを見て、は小さく笑った。

「ねぇ、楊ゼン?太公望は呂岳の血を必ず手に入れる、とそう言ったんでしょ?」

「・・・ええ」

「それなら血を手に入れるのは、太公望の義務だわ。あいつがやるって言ったんだから、最後まであいつにやらせましょう?」

そんなこと言ってる場合じゃ!!―――そう言い返そうとして、それでもが余裕の笑みを浮かべているのに気付き、口をつぐんだ。

もしかしてまだ何かあるのだろうか?

八方塞りのはずなのに、そんな気さえしてくるから不思議だ。

「それじゃ、私は行くわ」

「えっ!?どこにですか!?」

楊ゼンの問いに、は下を指差して悪戯っぽく笑った。

さんっ!!」

「私は何も命じられてないもの。今まで通り、好き勝手にやらせてもらうわ」

は楊ゼンの制止の声にも耳を貸さず、ゆっくりと下に下りて行った。

少し高さがあったがの背中から飛び降り、ふわりと着地をしてからをこの場所から遠ざける。

「なんだ、お前っ!何者だっ!!」

呂岳が突然現れたに向かいまくしたてるが当のはサラリと無視し、無言で地面に倒れている太公望の傍に歩み寄った。

「・・・まったく」

は呆れた表情を隠そうともせず、ピクリとも動かない太公望の身体を起こしその腕の中に抱え込んだ。

「本当に・・・手のかかる男」

は腕の中で荒い呼吸を繰り返している太公望に向かい、ポツリとそう呟いた。

 

 

かすかな物音に気付き、太公望は重い瞼をゆっくりと開けた。

身体が重く、ダルイ。

思考をめぐらせて、ようやく何があったかを思い出した。

身体の右側にかすかな重みと暖かさを感じ視線を向けると、そこにはぐったりとした様子のが太公望に寄りかかるように座っていた。

「・・・?」

「気がつきましたか、師叔?」

消えそうなほど小さい掠れた声を聞きつけた楊ゼンが、にっこりとした笑みを浮かべる。

「呂岳の血は無事手に入れることができました。今薬を作っていますから・・・」

あの後・・・―――突然現れたに意識を奪われている間に、土行孫が通ったトンネルの中を這ってきていた蝉玉が、無事に呂岳の血を手に入れたのだと説明を受けた。

「・・・そうか」

作業を続ける楊ゼンの手をぼんやりと眺め、太公望はただ相槌を打つ。

上手く行ってよかった。―――ただそんな思いだけが、太公望の中にはある。

それにしても、どうしてが隣にいるのだろう?

もう一度隣にいるに視線を送ったが、眠っているようで両目は閉じられたまま返事が返ってくる事はない。

少し不思議な感じがした。

今の状態とさっきの説明から察するに、も呂岳のウイルスに侵されているのだろう。

太公望のイメージとしては、相手が誰であれどんな手段であれ、がこんな風に窮地に陥る事などないと思っていた。

も普通の人間だったのだな・・・と、太公望は意外な彼女に姿に苦笑を浮かべる。

「なぁ、楊ゼン・・・」

「・・・なんですか?」

は何故・・・わしらの側についておると思う?」

身体が弱って弱気になっているのか、太公望は今まで決して口に出さなかった疑問を口にした。

楊ゼンは作業の手を止めて、不思議そうな表情で太公望を見返す。

「・・・どうしてって?」

「ずっと不思議に思っておったのだ。おぬしは知らんかもしれんが・・・は崑崙山の道士だからなど気にする奴ではない。なのに何故はわしら側についておるのか・・・?」

「・・・あんた、そんな馬鹿なことずっと考えてたわけ?」

太公望の言葉を遮るように、涼やかな声が響いた。

ふと目を向ければ、が声と同じ涼やかな視線で太公望を睨んでいる。

「・・・

「本当に、救いようがないわ・・・」

気だるい動作で頭を掻き、その手を太公望の頭にポンと乗せ、はかすかに笑った。

「心配しなくても、私はあんたの傍にいるから・・・」

「・・・

「だからあんたは自分が思う道を突き進めばいい。私がちゃんと見ててあげるから」

「・・・・・・」

「大体あんたみたいな甘ったれてて理想ばかり追い求めてるばか弟弟子を放っておけるわけないでしょ?なにやらかすか不安で、呑気に昼寝もしてられないわよ・・・」

「・・・

高いところから急に落とされたような悲しい気分になったが、それでも嬉しい気持ちも当たり前だがあって・・・。

太公望は身体にかかる重みと暖かさに安心して、ゆっくりと目を閉じた。

ウイルスから見事といえるほど身を守っていたが、太公望を抱きかかえる為にウイルスに感染したという話を太公望が聞くのは、まだしばらく後。

その話を聞いた太公望が、柔らかい笑顔を浮かべるのも、まだもう少し先の事。

 

 

それは、人の身体を蝕むモノ。

それは、人を死に追いやるモノ。

それは身体の奥に忍び込み、ゆっくりと―――しかし確実に浸透していくモノ。

それは風に乗ってやってきた。

「・・・あんた、強いのか?」

が『それ』に出会ったのは、50年以上も昔の話。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

今回はちょっとシリアスチックに? タイトルの『死に至る病』というのは呂岳のウイルスのことでもあり、主人公にとっての太公望でもあります。

あまり人に執着を持たない主人公が、唯一それらしい執着をみせたのが太公望。

それを『愛』とか『恋』とかに置き換えて考えてもらえると分かりやすいかと・・・。

太公望→主人公最大の弱点→死に至る病・・・と。

安直で分かりづらい構図が出来上がっております。

そして後書きで説明しなければ分かってもらえないだろう自分の文才のなさが悲しいですが。

でも今までの作品のなかで、一番ドリームっぽいかも(笑)

 

更新日 2007.11.6

 

 

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