殷の太子・殷郊率いる大軍を撃破し、朝歌へ進軍する周軍。

その間にある関所では戦いが起こることもなく、実にスムーズに進んだ。

現在の場所は、殷国への最後の関所・メンチ城のすぐ前。

上空からだと目で確認できる朝歌を眺め、太公望は妲己のことを思い浮かべた。

このままで行くはずがない。―――妲己が黙っているわけがない、と。

「今度は勝てるっスかねぇ・・・」

不安そうに太公望に視線を向ける四不象。

一方太公望はいつも通りの気の抜けた態度で一言、

「勝〜つ」

と右腕を振り上げた。

「・・・というか、勝たねばならんのだ。そのためなら崑崙の全仙人を呼び寄せても構わん!」

そこまで言って、地上で蝉玉と話をしているに目を向けた。

「その時こそは、お前にも力を貸してもらうぞ・・・

 

愉快犯・趙公明の陰謀

〜それは犯罪行為ですよ!趙公明さん、の

 

「・・・・・・おっ?」

の前を馬に乗って進んでいた武王が、小さな声を発した後辺りをキョロキョロと見回したのを見て、不思議に思ったも同じように辺りを見回した。

武王の(いやらしい)視線の先にいたのは、お世辞にも上等とは言えないボロボロの服を着た農民らしき娘の姿。

深く頭巾を被っているため顔は確認できないが、それでも武王はその類まれなる才能によりその娘がかなりの美人である事を見抜き、土行孫になにやらコソコソと耳打ちしている。

「・・・・・・っていうか、何でこんなとこに?」

武王と土行孫、そして浮気だと騒いでいる蝉玉を無視して、は小さく首を傾げた。

関所内でもなく、作物が育つには適していないと思われる岩だらけのこの場所で、農民の娘が土を耕しているなど考えられない。

そして持っている道具は鍬のみ。―――その上、周軍が攻めてきているだろう噂が蔓延する中、たった1人で。

武王とは違う意味でその娘を凝視していたは、頭巾の下からちらりと見えた顔に思わず呆れた表情を浮かべた。

こんなところで何をしているんだか・・・。

そう独りごちて、思わずため息を吐き出したその時、まるで条件反射のように武王がその娘へと飛び掛かる。

しかし彼の腕は娘に届くことはなく、あっさりと避けられて遭えなく地面に激突した。

今や一国の王を名乗っているとは思えない男の行動に、その娘はクスリと小さく笑みを零して。

「わらわに触れられるのは紂王様だけよ〜ん」

効果音付きで勢い良く頭巾とボロボロの服を剥ぎ取ったその娘は、高らかにそう告げた。

「「「妲己!?」」」

突然すぎる敵の大将の登場に、全員が驚きの声を上げ、全員がある青年へと素早く視線を走らせる。

「今度は本物さっ!!」

そうして楊ゼンの姿を確認した天化が、確信をもってそう叫んだ。

どことなく不満気な表情を浮かべている楊ゼンを見て、日頃の行いよ・・・とが口を挟むと、楊ゼンはもっと複雑そうに顔を歪める。

そんな周軍幹部の視線を一身に受けた妲己は、しかしそちらに目もくれずに呆れた様子で佇む女性へと大きく手を振った。

「はぁ〜い、ちゃん!お久しぶり〜ん!!」

「ホントにね。元気だった?」

「もちろんよん。ちゃんの方こそ、周で不自由な生活をしてるんじゃないのん?わらわの所に来ればそんなこともないのに〜ん」

「あはは、妲己みたいな豪華な生活は肌に合わなくてね〜」

「・・・っていうか、何を呑気な会話してるんですか」

久しぶりに友人と再会したとばかりに言葉を交わす2人に、思わず楊ゼンが突っ込みを入れる。

雰囲気がとてつもなく状況にそぐわないのは、果たして気のせいなのか。

そんな中、じっと妲己を睨みつけていた天化が、まるで威嚇するかのように口を開いた。

「妲己、あーたとどういう関係さ?」

「唯一無二の親友よ〜ん」

「そうそう・・・っていつの間に」

状況すべてを無視した妲己の発言にかなり驚いた様子のを見て、妲己は力なく地面に座り込み、どこから取り出したのか白いハンカチを目元に当て、さめざめと泣き出した。

「・・・酷い。あの時わらわだけって言って抱きしめてくれたのは嘘だったのねん」

「・・・妲己、そんなことないわ。私には貴女だけ・・・」

ちゃん!!」

ひしっ、と抱き合う妲己と

まるで漫才か小芝居のような2人の様子に、それを見ていた天化が呆れ果てたようにため息を吐き出した。

「・・・それって友情じゃないさ」

にそんな趣味があったなんて・・・」

呆れたように呟く天化と、本気にとったのか驚愕したような蝉玉。

そんな2人を横目に、楊ゼンは少々頬を引き攣らせて。

「何言ってるんですか。嘘に決まってるでしょう?」

ねぇ?と楊ゼンがに問い掛けると、2人は揃ってにっこりと笑みを浮かべて。

「「当たり前じゃない」」

そうして妲己とはケロリとした様子できっぱりと言い切った。

あはははは、と最強の敵であるはずの妲己を交えて笑う

もしかすると意外とこの2人は気があっているのかもしれない・・・と、他人事のような感想を抱いた楊ゼンは、漸く隣に立つ太公望がフルフルと肩を震わせているのに気付いて、しまったとばかりに視線を泳がせた。

「いい加減にわしを無視するのはやめんかっ!!」

いつの間にかあっさり存在を忘れ去られていた太公望が、耐えかねたかのように勢い良く妲己に詰め寄りそう叫ぶ。

「ああ、そうだったわん。わらわは太公望ちゃんに用があったのよん」

さも今まさに思い出しましたというようにポンと手を打ちそう呟いた妲己は、先ほどまでの穏やかな雰囲気を一変させ、ニヤリと形容できそうな笑みを浮かべた。

「貴方たちがどれだけ強くなったのか、確認しておきたくてねん」

その変化の違いを感じたのか、楊ゼンを始めその場にいた戦闘員たちは一斉に武器を構えて妲己を取り囲む。―――妲己のすぐ傍にいたは、巻き込まれないようにと静かにその場から離れた。

妲己の強さを感じ取ったのか、ナタクが妲己に向けて乾坤圏を放ったが、一振りで簡単に破壊されてしまう。

チャンスとばかりに天化と武成王はそれぞれ武器を振り上げ妲己に襲い掛かるが、簡単に吹き飛ばされ。

「いかん!うかつに手を出しては・・・」

「いやん!」

太公望の制止も間に合わず、妲己は楽しそうにそう声を上げると、持っていた扇子を大きく振りかざす。

それにあわせて強い衝撃波が波のように広がっていき、その場にいた道士たちを吹き飛ばしていった。

はその場から少し離れたところで、完全防御状態で戦いを見守っていた。

完全に遊ばれてるなぁ・・・なんて呑気に考えていると、不意にすぐ傍からガチャンという耳障りな音が聞こえ・・・―――なんとなく左腕に冷たい感触が。

何気なく左手を持ち上げると、ジャラという音と共に何かに引っ張られるような感触と銀色に輝く手錠が視界に入った。

硬直状態でその手錠の先を辿り、そしてそこにいたのは・・・。

「やあ、。元気だったかい?」

「・・・・・・趙公明」

至極ご満悦気味に花を差し出す趙公明に対し、がっくりと項垂れる

もちろんの左手にはめられた手錠は、趙公明の右手にしっかりと繋げられている。

「じつはね、ちょっと太公望と戦ってみたくなってね。な〜に心配しなくても大丈夫さ、彼らにふさわしい華やかな場所を用意しているからね!」

「・・・いや、別に聞いてないし」

「それでだね。君にも少し協力してもらおうと思って・・・」

「これが協力して欲しいっていう態度?」

「何を言うんだい?僕はただ君とお茶をしたかっただけなのにっ!!」

「協力してほしいんじゃなかったのっ!?」

いちいち突っ込みを入れるが、どうにも話が通じていないようだ。

いや、恍惚状態の趙公明に何言っても無駄だという事は、嫌というほど解っているのだが。

しかし解っていても、やっぱり巻き込まれることは避けたい。

しかも手錠で繋がれている上に、連れ去られそうな勢いだ。

「いい?趙公明。誘拐は立派な犯罪よ?」

「あーっはっはっはっはっは」

一応忠告をしておいたが、笑って軽く流された。

それよりも今さらこの男に『犯罪』がどうこう言ったって意味がないということにはようやく気がついた。

趙公明が今までやってきたことを法律と照らし合わせれば、重罪人なんて生易しいものじゃない。

軽々と抱かかえられたは、妲己と交戦中の太公望たちを尻目に、空を飛ぶようにその場から離れる趙公明の顔を見て隠す様子もなく堂々とため息を吐いた。

 

 

周軍から少し離れた場所に大きな宝貝のような物体と、先に捕らえられていたのか気を失っている武王や武成王・四不象などが一まとめに縛られて放置されていた。

そこに降り立った趙公明は、大きな宝貝のような物体を操作し発動させる。

「・・・それ何?」

「ああ、これはね?僕の美しさを何百倍にも引き立てるすばらしい宝貝なんだよ」

どんな宝貝だ。―――と、は心の中で突っ込んだ。

「・・・で、具体的には?」

彼の説明だけでは意味が解らない。

せめて自分にとって危険がないものかぐらいは把握しておきたいと更に問いかけると、趙公明は考え込むように顎に手を当てて。

「う〜ん、簡単に言うと『映像宝貝』なんだ。これで僕の華麗な姿をより多くの人に見せてあげる事が出来るんだ!」

両手を広げて空を仰ぎ、うっとりとしながらそう語る趙公明を見て、『そんな迷惑な』と思ったことは心の中に秘めておく事にした。

「さて、そろそろ太公望クンたちに挨拶でもしようかな?」

もはや人質たちやのことなど放置状態で、趙公明は嬉々として映像宝貝のスイッチを入れる。

すると映像宝貝は凄い音を発しながら、広大な土地に趙公明の顔を浮き上がらせた。

それは植物のように地面からにょきにょきと生えていき、ついには全身を映し出す。

まるで巨大な趙公明が、地面から生えそこにいるかのようだ。

「・・・これは・・・いろんな意味でイタイ」

心なしかズキズキと痛み出した頭を抑え、は搾り出すようにそう呟く。

一方、太公望たちは。

妲己の攻撃から何とか立ち直り、そうして漸く何人かの姿が見えない事に気付き、急ぎ行方不明者の確認を取っていた。

「いなくなったのは武王と武成王。それにスープーか・・・」

「ハニーもよっ!!」

「あ・・・ああ、土行孫もだな」

蝉玉に食いつかれ、一歩引き気味に太公望は土行孫の名前も付け加えた。

「・・・は?」

その時、キョロキョロと辺りを見回していたナタクがポツリと呟いた。

その言葉に、太公望を始めその場にいたほとんどの者がお互いの顔を見合わせるが、全員がフルフルと首を横に振った。

「たしか・・・妲己に攻撃を仕掛ける前はいたさ・・・」

「攻撃に巻き込まれないように、どこかに避難したのは見ました」

天化と楊ゼンが最後にを目撃した時の事を思い出す。

「その後は・・・?」

う〜ん、と唸り声を上げ考え込んでいると、突如趙公明の巨大な顔がすぐ傍から浮上した。

「いやぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっ!!」

あまりに突然で衝撃的な光景に、蝉玉があらん限りの声で悲鳴を上げる。

それを見ているのか見ていないのか、地面からにょきにょきと生えるようにして姿を現した趙公明は、呆然と自分を見上げる太公望たちを悠然と見下ろして。

『ふふふ。彼らは僕が預からせてもらったよ・・・』

蝉玉の悲鳴に混じり、微妙にエコーがかかっていて聞き取りにくいその声は、耳障りなほど辺りに響いた。

「ああっ!さ!!あの男の隣にいるの!!!」

「本当だ。・・・っていうか、何かに繋がれてる?」

趙公明の本体は遠くにいるためによく見えないが、立体映像にかすかに映る趙公明の右手には銀色に輝く手錠がはめられていた。

おそらくはそれに繋がれているのだろう。―――いとも簡単に捕まってしまっている事に、少々疑問を感じなくはないが。

そんな太公望たちの心情をそのままに、恍惚とした表情を浮かべた趙公明は更に言葉を続けた。

『実は妲己にお願いして、君たちの仲間を数人預からせてもらっているよ。返して欲しかったら僕と戦うんだ。もちろん普通の戦いじゃなく、麗しい戦いで勝負だ!』

「・・・麗しい戦いってなんだ?」

1人勝手に盛り上がっている趙公明とは反対に、太公望たちのテンションは地に落ちるほど低く、もはやつっこむ気力すら沸いてこない。

いっそ誰かアイツを張っ倒してくれ・・・と心からそう願ったその時、願いが通じたのかはたまた宝貝の不具合か、気持ちが悪いほど大きな趙公明の姿が僅かに揺らぐ。

『あーっはっはっはっはっはっは!・・・・・・・・ブツンっ!!』

笑い声と何かが切れる音と共に、趙公明の迷惑なほどにでかい声と気味が悪いほどに大きな立体映像はすっぱりと消えた。

「しまったっ!逃がすかいっ!!」

「止めろ、天化くん!!」

思わず呆然と事の成り行きを見守っていた天化がいち早く我に返り、趙公明の後を追おうと走り出したその時、楊ゼンが慌ててそれを止めた。

「なんでさっ!?今だったらあいつ1人倒せば人質は取り返せるさっ!!」

出鼻をくじかれた天化は噛み付く勢いでそう怒鳴るが、しかし制止の声を上げた楊ゼンは表情を神妙なものへと変え、躊躇うように口を開く。

「趙公明は危険だ・・・いろんな意味で

「うん、あの方はやばいよ、太公望・・・」

楊ゼンの言葉を引き継いで、蝉玉がおそるおそるそう言った。

「金鰲島には十天君以上の力を持つ『三強』がいてね。1人が聞太師、もう1人が妲己、それから・・・」

「もう1人が趙公明・・・だと?」

蝉玉はコクリと頷いた。

「わしも趙公明のことはに聞いた事がある」

黙って話を聞いていた太公望は、趙公明が消えた方を見て息を吐いた。

「人の話を聞かない、目的のためなら手段も選ばない。楽しい事が大好きでそのためならどんな努力も惜しまず。―――良く言えば子供のような・・・悪く言えばただの変態だと」

「・・・変態」

誰かがそう呟くと、全員が身を振るわせた。

あまりといえばあまりの形容に、全員の脳裏に先ほど見た趙公明の姿が甦った。

確かに言われればそう思えなくもない。―――彼女にそう言わせるくらいなのだ、趙公明の変態度は相当なものなのだろう。

一瞬にして怯んだ様子を見せる面々を見回して、しかし太公望は意気揚々と声を上げた。

「ともかく人質を捕られているのだ、行かんわけにはいくまい。まぁ、ここは1つ一番やりやすそうな趙公明から腕試しと行くかのう・・・」

確かにその通りだ。

人質を見捨ててはいけない以上、罠だと解っていても向かわざるを得ない。

それにいずれは戦う事になるかもしれないのだ。―――それならば、それは今の方が状況的に見てもマシなように思える。

そう結論を下した面々は、お互い顔を見合わせて。

「「「「おうっ!!!」」」」

全員のやる気に満ちた声が、その場に響いた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

趙公明、暴走。

うちの彼はこんな感じで、我が道をひた走っていただきます。

趙公明ファンのみなさま、申し訳ありません(平謝)

こんな扱いですが、私的に結構好きなキャラなんですよね。

もうちょっと主人公と絡ませたいと思ってるんですが・・・次はいけるか?

そして相変わらず太公望がないがしろ状態に(汗)

作成日 2003.10.29

更新日 2007.12.18

 

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