金鰲島にて―――。

金鰲島でも上位に入る実力を持つ趙公明が封神されたことにより、少なからず動揺が生まれていた。

「趙公明が封神されただと!?」

戸惑いと焦りの含んだ声が上がる。

「予想外の展開だな。まさか太公望がここまでやるとは・・・」

「このままじゃ金鰲はナメられっぱなしね」

「ともかくあっちは元始天尊までも出てきている。こちらもそれなりの対応を・・・」

話し合っているこの面々は、金鰲島の十天君。

崑崙山の十二仙(太乙や道徳など)と同じような立場にある、金鰲島の幹部だ。

「バッカじゃん!?」

それぞれが動揺を押し隠し、それぞれ思うところを述べていると、不意に嘲るような声が響いた。

「趙公明がくたばったくらいで騒いでるんじゃねぇよ、頭悪ぃな。まだ聞仲ってコマがあんだろ?」

声を発したのは十天君の中でリーダー的な存在の、王天君。

王天君はまだ少し動揺を隠し切れない様子の面々を見て、不敵な笑みを浮かべた。

 

水面下の

 

『どうやら聞仲が復活するみたいだぞ・・・』

戦いの事後処理を行っている太公望を遠目に眺めていたに、はそう告げた。

「そう。そろそろだとは思ってたけど・・・」

それに簡単な肯定を返して、は憂鬱そうな面持ちで小さく息を吐き出した。

あれは蝉玉との戦いがあった頃だろうか?(ケ家のお家騒動、参照)

常に辺りに気を張り巡らせているは、ふいに聞仲の気配が希薄になったのを感じ取り、すぐさまに動向を探らせた。

が千里眼で聞仲の姿をくまなく捜したところ、彼はどうやら金鰲島の中にいるらしい事が分かった。

金鰲島の内部の情報について、少なからずには知識がある。

頼んでもいないのに、趙公明がぺらぺらと喋ってくれたからだ。―――だからこそは、その時金鰲島なにが起こっているのか察しをつける事が出来たのだ。

崑崙山と比べて、金鰲島のチームワークはすこぶる悪い。

その中でも、聞仲はよく十天君と衝突を繰り返していたらしい。

おそらく金鰲島の全権を任された聞仲は、十天君に崑崙山侵攻の命を与えるために金鰲島に乗り込み、そして彼らが得意とする結界・亜空間にあっさりと囚われてしまったのだろう。

殷の太子が自ら戦いに出るのを放置したり、趙公明が面白おかしく戦いを繰り広げるのを止めず、4ヶ月もの間姿を見せなかったことが何よりの証拠だ。

趙公明ほどの実力者が封神されれば、十天君とて黙ってはいないと踏んでいたが、実際その通りになったようだ。

「・・・・・・聞仲が復活、ねぇ」

長い付き合いの中で、復活を果たした聞仲が取る行動が簡単に予測できて、また厄介な事になりそうだとはため息をつく。

彼はきっと黙ってはいないだろう。

これまでだってそうだったのだ。―――現在の状況から見て、次に彼が起こすだろう行動を予測するのはそう難しい事ではない。

さて、この事を太公望に告げるべきか告げないべきか・・・と迷ったは、とりあえず彼らと合流するために広場に向かい・・・―――そこで元始天尊が発した『聞仲がいない間に金鰲を攻めないか?』発言に、思わず眉を潜めた。

「そんなに金鰲島を落としたいんですか?」

不意に響いた冷たい声に、その場にいた全員が振り返った。

その視線の先には、先ほどの冷たい声色と同じような眼差しを向けるが立っている。

それを太公望たちは呆然と見返して・・・―――そうして同じように視線を向けてくる元始天尊を睨みつけて、が更に言葉を続けようと口を開いたその時。

両脇から何者かにガシっと腕を捕まれ、物凄いスピードで連れ去られた。

「は?なに・・・?」

突然の出来事に、流石に油断していたは訝しげに表情を歪める。

「貴方はなにを言い出すんですか!?」

「崑崙のトップに喧嘩売るつもりさ!?」

しかしの驚いた声もかき消すほどの剣幕でそう叫んだのは、楊ゼンと天化。

2人は広場から少し離れた場所までノンストップで突っ走り、元始天尊らの姿が見えなくなった頃、漸く手を離した。

、あーた何考えてるさ!?元始天尊様にあんな口聞いて・・・。あの人あーたの師匠なんだろう!?」

あんな風に元始天尊に真正面から喧嘩を売った人物を初めて見たからだろうか?

少し興奮気味の天化に一気にそう捲くし立てられ、は不機嫌そうに視線を向ける。

そんなの視線に気付いたのか、それを見ていた楊ゼンはそんな天化を宥めつつ、思い出したように口を開いた。

「そう言えばさんが元始天尊様と不仲という噂は聞いたことがあります。あれって本当だったんですね」

かつて何かの話のついでに聞いた事がある噂を思い出し、楊ゼンは納得したように頷いた。―――いや、だからといって今の状況が改善されるわけではないけれど。

そんな楊ゼンの言葉に、更に不機嫌そうな表情を浮かべたは、しかし否定する事無くしっかりとひとつ頷いた。

「まぁね」

「どうして仲が悪いんですか・・・?」

すかさず返ってきた遠慮を知らない楊ゼンの質問に、は言いにくそうに視線を逸らす。

そんなの行動に、楊ゼンと天化は信じられないとばかりに表情を変えた。

彼らのに対するイメージは、いつも堂々としていて、自分に不利なことが起こっても強引に意見を貫き通す。―――まさに心も身体も神経も強い人。

だからこそ、こんな風に弱々しく俯くだけのが別人のように見えた。

「・・・さん?」

「あいつは・・・」

おそるおそる楊ゼンが声をかけると、顔を上げる事無くが語り始めた。

「あいつは・・・、私の大切なモノを奪ったの。本当に大切だったのに・・・あいつは自分の欲望を満たすためだけに・・・私からそれを奪った」

はそこで言葉を切ると、ゆっくりと顔を上げて楊ゼンと天化を見つめた。

彼女の頬を伝う、一筋の涙。

それは太陽の光を反射し、キラキラと光る。―――こんな状況なのにも関わらず、それはとても綺麗なものに見えた。

「だから私はあいつを・・・元始天尊を絶対に許さない!」

つい先ほどまで弱々しく見えていたが、いつもの強さを取り戻しきっぱりと宣言した。

その宣言を聞いた2人は、とは正反対に気まずそうに俯く。

ぶしつけなことを聞いた、と楊ゼンは心から後悔した。

ほど長く生きていれば、それなりに辛い事もたくさんあったのだろう。

例え普段がどれだけおちゃらけていようとも、辛い事がなかったはずがない。

そこまで考えて、今さらながらに先ほど自分たちが取った行動を少し反省した2人は、素直に謝ろうと顔を上げた。―――すると・・・。

「・・・・・・なんてこと言ったら、信じる?」

聞こえてきたのは普段どおりのおちゃらけた口調。

目の前には悪戯っぽく笑うの笑顔。

「「・・・・・・は!?」」

いまいち状況が飲み込めず、うまく言葉を発せられない2人。

そして長い硬直状態を破った天化は、の手の平に『あるモノ』を発見した。

「って、それ目薬さ!!」

「目薬!?」

目薬を奪い取り開けてみると、それはまさに使用済み状態。

心なしか震える手でそれを握り締めながら、天化はゆっくりと顔を上げた。

「・・・まさか」

「うん。天化の考えてること、多分当たってるわよ」

あっさりと返ってきた言葉に、2人はがっくりと肩を落とす。

そうだった。―――彼女はこういう人だったのだ。

目の前の出来事に気を奪われて、そんな基本的なことさえ忘れていたなんて・・・。

「全部・・・演技だったんですか?」

それでも最後の望みとばかりに楊ゼンはそう問い掛けた。

出来る事なら否定して欲しい。―――そんな儚い想いなど、に拾い上げられる事はなかったけれど。

揃って頬を引きつらせる2人を真正面から見返して、は殊更にっこりと微笑んで。

「私の演技力もまだまだ捨てたもんじゃないわね。まさかここまで本気で信じてくれるとは思っても見なかったわ。―――楊ゼンもこのくらいまでは演技力を磨きなさい」

ダメ押しとばかりにそう告げると、呆然と立ち尽くしていた楊ゼンががっくりと肩を落とした。

「信じた俺っちがバカだったさ・・・」

どこか遠い目をしながら、天化が小さな声で呟く。

そうしての完璧な演技に打ちひしがれる楊ゼンと脱力する天化の傍らで、は悪戯っぽく笑った。

「それじゃあ、私はそろそろ行くわ。太公望がどんな結論出したのか気になるし・・・」

ヒラヒラと手を振って、先ほどまでの弱々しさなど微塵も見せず、そうして打ちひしがれる2人をそのままに、軽い歩調では広場の方へと去っていった。

2人がそれぞれの葛藤から立ち直り、結局は元始天尊とがどうして不仲なのかという疑問も解決される事無く上手く話を逸らされたということに気付いたのは、それからしばらく経ってからのこと。

 

 

「通天教主を説得しに、金鰲島に行く?」

「そうだ。一緒に来るか、?」

広場に戻ったが先ほどの話がどうなったのかを太公望に聞くと、真っ先に返ってきたのがその言葉だった。

チラリと視線を向ければ、元始天尊がなにやら渋い顔をしているのに気付く。―――それを確認したは、あっさりと太公望の案に乗ることにした。

『聞仲が殷にいないのならば、金鰲島が殷に肩入れする理由が無い。通天教主がアホでなければ和睦に応じるはずだ』は、太公望の弁。

その聞仲が、今まさに動き出そうとしている事を知っているは複雑な思いを抱いたが、今ここでそれを告げてもしょうがないと口を噤む。

全ては自分の目で見て、自分で考えなければいけない。

今から聞仲が取るであろう行動を言葉だけで告げても、それはなんの意味も成さない。

おそらく太公望にとっては信じられない行動であるだろうから。

後でああしていればよかったという後悔を、できるだけ抱いて欲しくないから。

今出来る事を精一杯やらせようと、は決意した。

そんな思いを抱きながら、と太公望は金鰲島に向かい出発した。

余計な人材を連れて行けば、それだけで相手を刺激する事になる。―――そんな太公望の言葉に置いてけぼりを食らう羽目になった他の面々はいい顔をしなかったけれど、万が一の時に余計な被害を出さないためにはこうするしかない。

まぁ、が付いている時点で、最悪の事態を迎える事には成らないだろうが。

「そう言えば・・・金鰲島とはどんな所なのだろうか?」

快適な空の旅の途中、今さらながらにそう呟いた太公望には苦笑した。

大抵の仙人・道士は、自分が所属する場所以外の状態・・・―――崑崙山側の仙人は金鰲島のことを、金鰲島側の仙人は崑崙山のことを知らない。

お互いがお互いの領地に侵入しないという事は暗黙の了解だったし、崑崙と金鰲はそれなりに仲が悪い。

もちろん太公望も金鰲に入った事は無いのだから、その疑問も最もだ。

「・・・面白いところよ」

だからこその太公望の疑問に、は自らの記憶を引っ張り出し、そう感想を述べた。

それを聞いた太公望が、驚いたようにの方へと振り返る。

「・・・おぬし、金鰲に行った事があるのか?」

「昔ね。昼寝に飽きて、ちょっと暇つぶしに侵入した事があるわ」

あっさりと答えるに、太公望は呆れた眼差しを向けた。

もし金鰲の人間に見つかりでもしていたら・・・そう思うと信じられない行動だ。

しかしはそんな太公望の思考も読み取っていたのか、

「趙公明の案内付だから大丈夫よ。彼はああ見えても幹部クラスだから・・・」

軽い口調でそう言って、にこやかに笑う。

そんな男が幹部で本当に大丈夫だったのか?―――と微かな疑問が頭の中に過ぎったが、深く考えない事にした。

考えても仕方のない事は、意外とたくさんあるものだ。

そして趙公明がどんな人間かという事を知っている今となっては、それもありうるかもしれないと思えてしまうのも確かで・・・。

そんな事をつらつらと考えていた太公望の耳に、不意にの楽しげな声が響いた。

「考え事も結構だけど、目の前に面白い人がいるわよ」

深く考えないようにしようと思っていたにも関わらず、深く考え込んでしまっていた太公望の耳にからかうような声が聞こえ、が指を差す方へと視線を向ける。

そうして目の前にある、ある種異様ともいえるその光景に、太公望はヒクリと頬を引きつらせた。

「お久しぶりですね、お二方」

2人の前に立ちふさがるように佇み、笑顔を浮かべる申公豹。

なんとも友好的な態度が、彼の場合は更に胡散臭い。―――そんな彼に「久しぶりね〜」と挨拶を返すの傍で、硬直していた太公望はハッと我に返った。

「逃げろーっ!!」

「おっ、お待ちなさいっ!!」

そうして申公豹の姿を確認してすぐさま逃げの体制に入った太公望に、申公豹は慌てて声をかけた。

どうやら無視されるのが嫌らしい。

しかし待てと言われて素直に待つ義理はない。―――それを実証するかのように逃げる体制を崩さない太公望に、申公豹は更に慌てた様子で口を開いた。

「妲己がこの大陸から姿を消しました!!」

叫ぶようにそう言った申公豹の言葉は、太公望の動きを止めるのに効果的だったようだ。

今まさに逃げようとしていた太公望の動きはピタリと止まり、そして太公望の動きが止まったことにどこかホッとした様子の申公豹は言葉を続けた。

「そして聞仲が復活しました」

あっさりと・・・まるで今日の天気でも話すような口調でサラリと言い放つ。

「嘘を言うな、申公豹。聞仲がおるならもうとっくに崑崙を攻めておるはずじゃ!!」

申公豹の言葉を慌てて否定する太公望。

それもそうだ。―――太公望は聞仲がいないから通天教主を説得しに金鰲島に向かっている。

聞仲がいればその説得も無意味に終わってしまうし、今自分がここにいる理由もなくなってしまうのだ。

そして金鰲島との戦いを回避する、という淡い希望でさえも。

しかし申公豹はそんな太公望の心境を知ってか知らずか、至極楽しそうに言葉を続けた。

「だから・・・」

不意に遠くの方から地鳴りのような音が聞こえてくる事に、はようやく気付いた。

そちらに眼を向ければ、土煙が巻き上げられているようで・・・。

「今現在、侵攻中なのですよ」

「・・・は?」

土煙の合間から、それは姿を現した。

「な・・・なんじゃアレはっ!!??」

太公望は驚きのあまり、口を開いたままそれを見上げていた。

言うなれば、それは岩の塊。―――簡単に言えば、島だった。

その島の名前は金鰲島。

今まさに太公望たちが向かっていた、その場所。

「金鰲島!?動いておるぞっ!!??」

「貴方はまだ和解するなどと甘い事を言っているんですか?もうとっくに後戻りなど出来ないのですよ?」

未だに状況が理解できない太公望に、申公豹が冷たくそう告げた。

聞仲は、十天君を無理やり戦地に引きずり出すために金鰲島を動かした。

すべては殷を脅かす存在である崑崙山を潰すため。

その思いだけを胸に、聞仲は己の道を突き進んでいる。

太公望がどんなに戦いを回避したくとも、相手が同じ思いでない限り戦いは避けられない。

「金鰲島には現在1000人近くの仙道がいます。それに対し崑崙は約400人。戦力の差はかなり開いていますね」

最後通告のように現状をありのまま伝える申公豹に、太公望は睨み返した。

「不利は承知しておる。だからわしらは敵の2倍も3倍も頑張らなければならぬのだ!!」

事の重大さを痛感した太公望が、四不象に命じ慌てて周軍へ進路を変更する。

その後ろ姿をぼんやりと眺めていたは、重いため息を吐きつつ移動を続けている金鰲島に視線を向けた。

本当に動いている金鰲島を見ると、予想していた事とはいえ・・・まさにその通りの展開に思わず頭痛を覚える。

「貴方は行かなくてよろしいんですか?」

1人頭痛と戦っているを見て、申公豹はにっこりと微笑んだ。

行かないわけにはいかないが・・・、とは心の中で呟いて。

「それよりも、そっちの方は何かつかめたかしら?」

申公豹の問いかけには答えず、質問を返した。

そう来るだろうと予想していた申公豹は大して気にした様子もなく、

「特には。貴方が知っているようなことばかりですよ」

簡単にそう告げて、申公豹はフルフルと首を横に振る。

妲己が配下を引き連れて、突如姿を消した。

時期的に見れば、趙公明戦の時に会った直後のことだろう。

その意図は・・・復活した聞仲の意識を、太公望または崑崙山に全て向ける為だろうか?

「ともかく、今は崑崙山対金鰲島の戦いがメインでしょう。貴方もすぐに崑崙山へ向かった方がよろしいんじゃないですか?」

「言われなくても分かってるわよ・・・」

とりあえずはそう言い返して、は進路を崑崙山へと向けた。

「折角久しぶりに会えたというのに・・・、最近はゆっくりと話をする事も出来ませんね」

「本当にね。昔の暇を持て余してたあの頃が懐かしいわ」

2人で金鰲島を見上げ、世間話のようにそう呟く。

「しかしこんな展開も、私的には楽しいですよ?」

「そりゃ、あんたはね・・・」

ヒラヒラと申公豹に向けて手を振り、は急ぎ崑崙山へと向かった。

これから起こるであろう出来事を予想し、多分それに違わない結果になるだろう事を考えると頭が痛くなるのを感じたが・・・。

見えないところで、もう戦いは始まっていた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

仙界大戦の序章です。

展開が早い上に、訳のわからない話になっていて・・・コメントに困ります。(待て)

久々に申公豹を出しましたが、もうちょっと出番欲しかったなぁ。

更新日 2008.3.23

 

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