が申公豹と別れ周軍に戻った頃、おそらくはもう回避する事が出来ないであろう金鰲島との戦いに向けて、慎重に作戦が立てられていた。

先ずはここまで進軍してきた周軍だったが、金鰲島との戦いという事情により、一旦豊邑まで戻る事になった。

次に各地に散っている仙道を呼び寄せ、戦力を1人残らずかき集める。

そして―――。

「武成王一家はここに残ってもらう」

太公望のこの言葉に、真っ先に反論したのは道士であり戦闘員である天化。

しかし趙公明戦で余化から受けた傷を指摘され、それ以上は取り合ってもらえなかった。

本人は隠しているが、太公望は気付いていた。

余化の原型から受けた横腹の傷口は閉じる事無く、今もその傷からは微量ではあるが血が流れ続けている。―――それが妖怪仙人の原型の怨念とでも言うべきか。

次々と金鰲島との戦いの為の決定事項を片付けていく太公望をぼんやりと眺めながら、は去り際に言われた申公豹からの言葉を思い出していた。

『今回の戦いは、貴女自身の持つ金鰲島との因縁を終わらせるのに、ちょうどいいんじゃないですか?』

 

崑崙山の最強伝説

 

当面の指示を終え、太公望たちが元始天尊の乗っていたワープ宝貝で崑崙山中枢に辿りつくと、そこにはすでに11人の人物がいた。

一緒にワープ宝貝に乗っていた太乙もそこに合流し、揃ったのは12人の仙人たち。

そこに並ぶ顔ぶれを認めて、太公望は満足そうに1つ頷いた。

「事情を察して集まっていてくれたか、崑崙十二仙」

崑崙十二仙。

崑崙山において、元始天尊の次に力を持つ仙人たちである。―――立場的に言えば元始天尊の直弟子である太公望やと同等の、実質的な崑崙山の幹部だ。

太公望が声をかけると、丸いボールのようなものを持った中性的な面持ちの青年がにこりと微笑む。

「大変な事になったね、望ちゃん。レーダーに映るこの巨大質量は金鰲島に他ならない」

手に持っていたボール状の宝貝をレーダーに変え、大変そうと言いながらも一見そうは見えない表情と口調でそう言ったのは、崑崙十二仙の1人・普賢真人。

太公望と同期で仙人界入りした為、とても仲がいい。―――それ故にと接触する事も他の仙道と比べて格段に多く、あまり他の仙人や道士とは係わり合いにならずある意味浮いた存在であるにとっても、それなりに親しい相手である。

「それで、太公望よ。どんな戦略を取るつもりなのだ?」

普賢に次いでそう質問してきたのは玉鼎真人。―――楊ゼンの師匠で、実に真面目な人物である。

堅物で融通の利かないところなどは聞仲に似ているとは思いつつも、は彼にも好感を持っていた。

そんな玉鼎真人を、太公望は至極真面目な表情で見返して。

「・・・崑崙山も動かす」

有無を言わさぬ声色で、太公望はきっぱりと答えた。

「わしは知らんかったのだが、太乙が言うには・・・どうやら崑崙山も動くらしい」

「そう、この中枢部が操縦席になってるんだ。ずいぶん使ってないから動くかなぁ?」

太公望の言葉を引き継いで、早速作業に取り掛かっていた太乙がほんの少しだけ不安そうに呟く。

崑崙山の中枢には丸い球体がポツリと浮いてあり、太乙の話ではそこが操縦席のようだ。

「でもこれを動かせるのはハイレベルな仙人じゃなきゃ無理だよ」

「うむ。崑崙山でそのレベルの仙人といえば・・・」

太乙の言葉にしっかりと頷いて、太公望はそれに当てはまるだろう2人の人物に視線を向けた。

1人は崑崙山でもその実力を疑うものなどいないであろうハイレベルな仙人・竜吉公主。

そしてもう1人は・・・。

「私は仙人じゃないわよ?まだ道士だもの」

太公望に無言のまま視線を向けられ、は何かを言われる前にそう答えた。

今さらながらに無理のある言い訳だ。―――妲己や申公豹と肩を並べるほどの実力を備えている者が、ハイレベルと言わずに何というのか。

「公主にはあまり負担を掛けたくない。にやってもらおう」

しかしそんなの言葉をさらりと流して、太公望はそう告げる。

から恨めしげな視線が投げ掛けられるが、気付かないフリをして作業を行っている太乙へと視線を移す。

封神計画において、がなるべく手を出さない事に決めているという事は理解していたし、太公望とてなるべくに頼るのは止めようとは思っているが、残念ながら今はそんな事を言っている余裕はないのだ。

相手は自分たちよりも何倍もの人数で攻めて来る。

それに加えて金鰲島の事が具体的に解らない以上、使えるものは使いたい。―――そういう意味においては、は絶好の人物だった。

しかしその提案も、さらりと告げられた言葉によってあっけなくお流れになる。

「あっ、それ無理だよ・・・太公望」

太公望の意見にあっさりと却下を下したのは、崑崙山始動のための準備を整えている太乙。

作業の手を止めずにそう告げた太乙を見つめた太公望は、目を丸くして僅かに首を傾げた。

どうして無理なのか?

も間違いなくハイレベルと呼ばれるだけの実力を持っているのに。

そう言いた気な太公望の心中を察して、太乙は小さくため息をついた。

「あの出来事を、こんな形で話す事になるとは・・・」

どこか遠い目をしながら、太乙が複雑な笑みを浮かべつつそう呟く。

そうして無言の太公望に話の先を促され、太乙は作業を続けていた手を一旦止めると、この状況には酷く似つかわしくない口調でその事件を話し始めた。

それは今から100年ほど前に起こったことだろうか?

いつもと変わらぬ穏やかな日常は、突如襲った強烈な揺れによってぶち壊された。

空中に浮かんでいるため、地震などとは一切無関係な崑崙山が強烈な揺れにさらされる事など無い。

まさか誰かの襲撃を受けたのかと、太乙が慌てて外に出てみると・・・。

「・・・・・・崑崙山が動いてたんだ」

まるで現実逃避さながらに、遠い目をしながら太乙が呟く。

それは彼らにとって、ある意味衝撃的な出来事だった。

「そ・・・それで?」

何となく・・・何となく結末が読めた太公望は、しかし自分が思っているような結末ではない事を祈り、更に太乙に話の先を促す。

「それでまぁ・・・僕は崑崙山が動くって事も知ってたから、まさかと思ってここに来てみたんだ。そしたらそこに・・・」

太乙はそこで言葉を濁して、チラリとの方へと視線を向けた。

「ああ、そう言えばそんなこともあったわねぇ」

反省するどころか、寧ろ懐かしそうに微笑む

その時の事を体験していたであろう普賢を除いた十二仙たちもまた、太乙と同じようにどこか遠くへと視線を投げている。

あの時は結果的に崑崙山が動いただけで済んだものの、それはそれで衝撃的な出来事だった。―――まさか崑崙山が動くとは思っていなかったのだから、尚更。

「な・・・なんでそんなことしたのだ?」

聞きたいような、聞きたくないような・・・―――そんな心境で太公望が恐る恐る質問すると、はにっこりと笑って。

そうしてさも当然だと言いた気にきっぱりと言い放った。

「100年前に崑崙山があった場所、かなり日陰だったのよね。昼寝してても肌寒いし、洗濯物はあんまり乾かないし・・・」

「それだけのために崑崙山を動かしたのか!?」

「それだけとは失礼な。日々暮らしていくには重大な問題よ?」

心外だとばかりにそう反論してくるに、太公望は思わず眩暈を感じた。

昔から一向に変わっていないことに喜ぶべきなのか、それとも悲しむべきなのか・・・微妙なところだ。

「そんなことがあってね。今度また勝手に動かされたら大変だからって、には動かせないように設定変更されてるんだよ。変更し直せばにも操縦は出来るけど・・・―――かなり厳重にプロテクトかけられてるから、変更に一週間はかかるかな?」

再び作業を開始しつつ、太乙が事も無げに言った。

この非常時に、一週間もかけて変更など出来る筈も無い。

妙に静まり返ったその場で、太公望もまた遠い目をしながら考える。

まさかこの事態を見越して、100年も前にそんな所業に及んだ訳ではないだろうが、結果的にに崑崙山の操縦が出来ないとなれば、結論はひとつしかない。

「・・・公主、頼めるか?」

「うむ。仕方がないな」

どこか疲れたような面持ちでそう申し出る太公望に、込み上げる笑いを堪えていた竜吉公主が心得たとばかりに頷く。

こうなってしまった以上、太公望があっさりと公主に崑崙山の操縦を任せたのは、最良の選択だったに違いない。

 

 

そんな事情を経て、しっかりと操縦席に収まった竜吉公主を見上げ、はやんわりと微笑む。

「・・・ごめんね、公主」

「気にすることはない。私とて出来る事なら協力したいと思っておるのだ」

まったく悪びれた様子のないに対して、しかし竜吉公主は気にした様子もなくひとつ頷く。

彼女の行動や言動からは想像しにくいが、が常に自分の体調を心配している事も竜吉公主は知っている。

だからこそこの展開がの思惑通りであろうとなかろうと、竜吉公主に文句などありはしないのだ。―――それに、出来る事があるならば協力したいと思っているのは、彼女の本心である。

そんな2人の会話を何気なく聞いていた太公望は、に公主の爪の垢でも飲ませてやりたいと密かに思う。

自分もまた彼女の昼行灯ぶりに文句が言えるような生活はしていないが、それでももう少しだけでも真面目で協力的であればと願わずにはいられない。

それほどまでに、の力は魅力的なのだ。

そんな事を考えながら崑崙山を見回り、万全とは言えないが何とか金鰲島との戦いの前に形ばかりだが準備が整うだろう事を計算して、太公望はひっそりと安堵の息を吐く。

欲を言えばもう少し時間が欲しかったところだが、贅沢も言ってられない。

残る問題と言えば―――。

「攻守に回すエネルギーが足りぬぞ、太乙真人」

「う〜ん。私が何とかやり繰りするから・・・公主は操縦に専念してくれ」

今現在、崑崙山はエネルギー不足に悩まされていた。

太公望の持つ宝貝・杏黄旗は崑崙山からエネルギーを吸い取ることが出来、先日の趙公明戦で太公望はその力を使って趙公明と戦っていた。

それ故に巨大な力を使う事が出来たのだが、その代わりに崑崙山のエネルギー事情はかなり厳しいものになっている。

あの時はあの時でギリギリの戦いだったが、その後にこんな戦いが待っているのだと知っていれば、もう少しエネルギーを節約すればよかったと太公望は思う。―――もっとも、それが可能だったかはさておき。

「公主、太乙、状態はどうだ?」

「太公望、エネルギーが足りないよ。このままじゃロクにバリアも張れやしない!」

自分たちのあまりに悲惨な現状に、太乙が焦れたように声を上げる。

相手がどれほどの力を蓄えているか解らない以上、金鰲島と戦うのにバリアが張れないのはかなり辛い。

さて、どうするか。―――そう考えを巡らせた太公望は、ふと閃き満足げに頷く。

「うむ、直接対決まではエネルギーを温存せねばのぅ。あやつに頼むか・・・」

瞬時に最適な人物を思い浮かべ、その人物にバリアの代わりを果たしてもらう事に決めた。

そして、念には念を入れて・・・―――太公望は操縦席の近くでぼんやりとしているに近づく。

、頼みたい事があるのだが・・・」

「え〜?」

あからさまに嫌そうに表情を歪めるを無視して、太公望は言葉を続けた。

「崑崙山の攻守についてなのだが・・・、はっきり言ってエネルギー不足でロクにバリアも張れない状態だ」

「あんたが考えなしに使ったからね」

あっさりと痛いところを突いてくるが、そんなことで怯んでいるような太公望ではない。

「敵に主砲を放たれれば、こちらの被害は甚大だ。そこでおぬしに頼みたいのだが・・・」

凄く嫌な予感に襲われたは、まさかバカな事を言い出さないだろうなと牽制するように太公望をキツク睨み付けた。

が、あっさりと太公望はその言葉を口にする。

「おぬしに主砲を防いでもらいたいのだ」

「無茶言うな」

あんまりといえばあんまりな提案に、己の身に降りかかる尋常ではない危険を察したは即座にそう返した。

そうして冗談でもなんでもなく至極真面目な面持ちの太公望を睨み返しながら、深くため息を吐き出しつつ諭すように口を開く。

「あんたね、いくらなんでも無茶すぎよ。主砲って言うくらいなんだから、下手したら崑崙山を一気に吹っ飛ばせるくらいの威力はあるんでしょう?そんな攻撃をいくら仙道でも防げるはずないわ」

「おぬしなら出来る!」

「その根拠の無い自信はどこから来るの」

いつになく押しの強い太公望。

それだけ切羽詰っているという事なのだろうが、とてそう簡単に承諾は出来ない。

こんな状況なのだから、少しくらいは協力してやろうとは思うけれど・・・―――それでもその提案は、いくらなんでも無謀すぎる。

「・・・!」

どこか遠いところを眺めていたキリンは、強く名前を呼ばれてうんざりとした面持ちで視線を戻す。

そうしてその時初めて気付く。―――周りの者たち全員が全員、太公望と同じ様に懇願の目でこちらを見ている事に。

その期待に満ちた目で見るのはヤメテと心の中で反論してみるが勿論効果があるはずもなく。

そんな無謀な作戦をよく人に押し付けられるわね・・・と呆れた視線を投げ掛けながらも、はその身にかかる重すぎる期待に重いため息を吐いて、ギロリと太公望を睨みつけた。

「・・・・・・いい?防ぐのは絶対に無理だけど、軌道を変えることなら出来るかもしれない。私はこの位置で応戦するから、ちゃんとそれを計算した上で金鰲島と対峙しなさい」

レーダーに映る崑崙山の一部のポイントを指さして、反論を諦めたは重々しい口調でそう言った。

「分かってると思うけど、射程距離はきっちりと取って。まぁ古いデータしかないから正確に・・・とは言わないけど、出来るだけ誤差は少なくして」

そうでないと、流石に私の命に関わるから・・・と付け加えるのを忘れずに。

、感謝する・・・」

かなりの譲歩を見せたに向かい太公望は丁寧に礼を述べるが、今のには返事を返す気力もない。

「いい?軌道を変えられるかもしれない、だからね?変えられないかもしれないってこと忘れないでよ?」

最後にそう念を押して自分から指定した場所に向かうは、自分の後ろ姿を見送るあまりにも無責任な太公望・太乙に向けてポツリと・・・しかしきっぱりと言い放った。

「もし私が封神されたら・・・恨んでやる」

その時のは、その一言で人を呪い殺せるんじゃないかと思うほど恐ろしい声色をしていました。―――後に太公望と太乙は、そう語ったという。

 

 

接近してくる金鰲島に向けて、崑崙山も動き始めた。

しばらく経って金鰲島が肉眼で確認できるほど近づいた頃、金鰲島の前面に巨大スクリーンが姿を現し、そこに1人の男の姿が映し出される。

「・・・聞仲」

こうやって姿を見たのは、まだ封神計画に参加する前にお茶したとき以来(豪華絢爛・謎の会合)だと少し懐かしさを覚える。

が懐かしさに浸っているのを知る由もない聞仲は、崑崙山に向けて名乗りを上げた。

『崑崙の仙人・道士に告ぐ。私は殷の太師にして金鰲島の総司令、聞仲だ』

聞仲の声が辺り一帯に響くと同時に、崑崙の仙道たちはざわざわと騒ぎ始める。

『此度の金鰲島大遠征の目的は、崑崙山脈の完全消滅にある!お前たちは崑崙を明け渡し降伏するか、封神台を自らの魂魄で埋め尽くすかを選択せよ!!』

あんまりといえばあんまりのその選択に、は呆れた表情を隠そうともせずにため息を吐いた。―――もう少し他に言い方はないものだろうか?

しかし聞仲の演説はまだ続く。

『太公望を使い人間界を混乱させた罪は重い!仙人界の片肺としてこれ以上は見過ごせん!!』

『待て待て、聞仲!!黙って聞いておれば言いたい放題〜!!!』

流石にこのセリフに我慢は出来なかったのか、太公望が聞仲の演説に割って入る。

これではまるで、崑崙山が全面的に悪いみたいだ。

そもそもは金鰲島出身である妲己の野望から始まった事なのだ。

妲己が殷をめちゃくちゃにしたのは、崑崙山のせいではない。

それを言うならば、殷の太師である聞仲にも原因があるのではないか。―――彼の大切な殷に巣食った妲己を退けられなかった彼にも。

そんな思いを込めて、太公望は声を大にして叫ぶ。

『綺麗事をぬかしておるが、結局はおぬし殷を守りたいだけであろうっ!!』

『ふっ・・・、それの何が悪い』

痛いところをついたと思われた太公望のその言葉は、しかし聞仲の開き直りによってあっさりとその力を失った。

『人間界をあるがままの姿でおいておきたいだけだ』

『たーわーけ!だったらおぬしも殷の太師をやめて仙人界に引っ込んでおれっつーの!』

自分が太公望側に属しているせいか、聞仲の言い分がどうにも言い訳臭く聞こえてくる。

確かに聞仲はいろんなお題目を口にしているが、結局は殷の存続を願っているだけで。

延々と続けられる子供の喧嘩のような言い合いに、はなんだかこの戦い自体がバカらしくなってきた。

『フン!お前とはこれ以上話す事はない!!』

散々言い合いを続けた後で、聞仲はそう言い捨てると一方的に交信を切った。

それ自体もかんしゃくを起こした子供のようで、は思わず苦笑する。

これが本当に、子供のような口げんかで終わればどれほど平和的だろうか。―――こんな大きなオモチャがあるせいで、一体どれだけの命が失われる事か。

どこか他人事のようにが思ったのも束の間、聞仲が交信を切った直後に金鰲島からは無数の爆弾のようなものが吐き出され、それはまっすぐ崑崙山目掛けて飛んでくる。

それを確認して、太公望は事前に配置しておいた楊ゼンに向かい合図を出した。

がいる所から少し離れた場所に待機していた楊ゼンは、バリア代わりに使われる事に少々愚痴をこぼしつつも、素直にそれに従う。

以前戦った水を操る四聖の高友乾の手だけを部分変化させて、崑崙山のまわりに水のバリアを張った。

飛んで来た爆弾はその水のバリアに跳ね返されて、崑崙山には届かない。

なるほど。―――有効な手段ではあるが、それを見越してか、次は宝貝仕様の機械・蒼巾力士が金鰲島から多数輩出された。

蒼巾力士は水のバリアまで近づくと泳ぐことでバリアを突破し、次々と崑崙山に攻撃を仕掛けて来る。

楊ゼンも直に応戦するが、蒼巾力士自体にバリアが張られているため生半可な攻撃では倒せずにいた。

が待機している場所にも蒼巾力士たちがやってくるので適当に追い返しているが、それも数が増えてくるとかなり厄介だ。

不本意ながらも敵の主砲を防ぐという大仕事があるため、出来る限り力を温存しておきたいは、さてどうしたものかと周りを見回して・・・。

それと同時に、突如周りにいた蒼巾力士たちが一瞬の間にほとんど破壊された。

「・・・大丈夫か?」

聞き覚えのある声に、は視線を向けるとにっこりと微笑む。

「ええ、大丈夫よ」

見上げた先には、戦闘意欲を漲らせながら楽しそうに口角を上げているナタクの姿が。

ナタクは宝貝・金磚を使って、いとも容易く次々と現れる蒼巾力士たちを爆破していった。

思わぬ援軍に楽が出来ると気を楽にしたは、しかししばらく後に今まで攻撃を仕掛けてきていた蒼巾力士たちがクルリと反転、急遽金鰲島に戻っていくのを確認して合図を出す。

その合図に心得たとばかりに頷いて、を乗せたまま宙に飛び立った。

『どうやら、そろそろ出番のようだぞ?』

「う〜わ〜、気が乗らないなぁ・・・」

千里眼で金鰲島の様子を確認したが心持ち楽しそうに呟いたのと反対に、の方はかなりテンションも低くぼやく。

金鰲島のほぼ真中辺りから主砲が姿を現すのを肉眼で確認し、ようやく覚悟を決めたは、ふと傍らにある気配に思わず首を傾げた。

足場が必要なので、危険極まりないがにはお付き合いしてもらわなければならない。

しかし―――。

「・・・ナタク」

「・・・・・・なんだ?」

無表情ではありながらも僅かに首を傾げて問い返すナタクを認めて、は思わず額を押さえた。

不本意ながらも自分たちはここでしなければならない事があるが、ここにナタクがいなければならない理由はひとかけらもない。

「ここはかなり危ないから、後ろの方に避難してなさい」

諭すようにそう言い聞かせると、またもやナタクは首を傾げた。

「・・・お前はどうする?」

「逃げたいのは山々なんだけど・・・ね」

憂鬱そうな面持ちで呟きそう言葉を濁すと、ナタクは曇りのない眼で金鰲島を睨みつけ、それからのコートの裾を強く握りしめた。

「・・・ナタク」

「お前がここにいるなら、俺もここにいる」

「・・・いや、心配してくれるのはありがたいんだけどね〜?」

「俺は宝貝人間だから、ちょっとやそっとの攻撃などどうってことない」

金鰲島の主砲がちょっとやそっとの攻撃じゃないことくらい分からないのか!?と叫びたいのを我慢する。

主砲の攻撃をまともに受ければ、人間だろうが宝貝人間だろうが関係なく一貫の終わりだ。

自分の身さえも守れるかどうか危うい時に、第三者まで守りきる自信はない。

ナタクが一度言い出したらそう簡単には言う事を聞いてくれないと分かってはいるが、何とか説得したいと思い口を開いたその時だった。

!・・・来るっ!!』

の切羽詰った声に視線を戻せば、金鰲島の主砲に続々とエネルギーが集まっているのが見えた。

考えている時間も説得している時間もない。

は火事場のなんとやらで思いっきりナタクを自分の後ろに引っ張りこむと、右手を目の前にかざした。

手甲型の宝貝を発動させ、先ほど楊ゼンがしたように風のバリアを張り巡らせる。

水と風の二重のバリア。―――しかしこれくらいでは到底防ぎきれないだろう事はも十分に分かっている。

尚も風を操り、そして―――。

耳障りな音が響き渡ったと同時に、目も眩むような閃光が走る。

唸りを上げて発射されたエネルギーの塊に向けて、同時に宝貝を操り風の塊を勢いよくぶつけた。

二重のバリアもあっという間に突破され、が操る風もどんどんと押されていく。

「・・・このっ!!」

は最後の力を振り絞って、新たな風を主砲にぶつけた。

視界を遮るほどの風が吹きすさぶ。

すると主砲は少しだけその軌道を変え、そうして瞬く間にの視界の端を駆け抜けていく。

直後には、の背後で物凄い爆音と爆風が襲った。

もうもうと上がる土煙に、主砲が崑崙山に当たったのだという事だけは分かった。

傍らにいるナタクが驚いたように目を見開いているのに構う余裕もなく、力なくの背に倒れこみ、土煙が収まるのを待った。

が起こした風の余波か、少しづつ土煙は風に流されていき・・・―――そうして姿を現した崑崙山は上の部分が破壊されているものの、どうにか全壊は免れたようだった。

しかしその破壊された場所からはチカチカと光が灯り、直後大量の魂魄が空に向けて一斉に飛んでいく。

「避けきれなかったか。なんとか全壊は免れたようだけど・・・」

いくら渋々引き受けたとはいえ、主砲を止めきれなかった事に少しだけ胸が痛む。

金鰲島の主砲の射程距離は想像以上に長いようだ。

このまま引いても狙い撃ちにされるだけだと判断した太公望は、金鰲島に向けて前進し始めた。

それと同時に崑崙山の主砲に続々とエネルギーが集まっていく。

おそらく太公望は、崑崙の主砲で金鰲島に張られているバリアを破壊し、そこから仙人たちを送り込むつもりなのだろう。

はまだ驚いて目を丸くしているナタクを引っ張って、近くの岩に降り立った。

数分後、崑崙山の主砲が金鰲島に向けて発射される。

それは徐々にバリアに穴を開けていたが、完全に穴が開く前に主砲のエネルギーは消えた。

『どうした?』

が不審気に呟くのに気付いて、は金鰲島を眺めながらおそらく間違っていないだろう推測を口にする。

「・・・エネルギー切れ」

崑崙側の主砲は、金鰲島のバリアを破る前に打ち止めになった。

決定的にエネルギーが足りなかったのだ。―――楊ゼンやに防御を任せても、なお。

聞仲の勝ち誇ったかのような笑い声が聞こえてくる気がした。

個人ならまだしも、この戦いではこれ以上どうしようもない。

聞仲が言うように、大人しく降伏するか。―――崑崙山は破壊され、封神台は崑崙側の仙道によって埋め尽くされるか。

どちらにしても崑崙側にしてみれば、もう手の打ちようがない状態だった。

『どうするんだ、これから?』

「どうするって言ったって・・・」

どうしようもないわよ・・・と言いかけて、ふと楊ゼンの姿がないことに気付いた。

まさか今の攻撃に巻き込まれたのか?

そう思い、すぐにその考えを否定した。

仮にも天才と呼ばれるほどの道士が、しかもあの抜け目のない楊ゼンがそんなヘマをするハズがない。

そこまで考えて、ハッとして金鰲島へと視線を向けた。

もし楊ゼンがこの状態を見ていたならば、彼の取りそうな行動は1つ。

成功するかは謎だが、蒼巾力士に変化して金鰲島に乗り込んだか。

己の想像に、しかしそれが間違ってはいないだろうと確信して、は僅かに目を細める。

いくら楊ゼンが強いとは言っても、単身金鰲島に乗り込んで無事で済むとは限らない。

どうして崑崙の道士は、こんな風に無茶する連中ばかりなのだろう?

はその場に腰を下ろして、同じように座りこんだナタクとに視線を向けてため息を吐いた。

。千里眼で金鰲島内部に潜入した楊ゼンの姿を追ってちょうだい。それから・・・」

は一旦そこで言葉を切って、から視線を逸らした。

「金鰲島の十天君のリーダー格にあたる王天君の動向も・・・お願い」

人に物を頼む時は必ず相手の目を見て話すらしくなく、どこか気まずそうに言うその姿には少しだけ疑問を覚えたが、言われた通りに千里眼で金鰲島内部に目をやった。

 

 

一方、崑崙山に大きな被害を与えたとはいえ、主砲からの攻撃を多少なりとも食い止められた事に聞仲は驚いた。

モニターには、少し前に会った以来のの姿が映し出されている。

彼女の実力は知っていたつもりだったが、まさかここまでとは思ってもいなかった。

敵に回すと厄介だ、と改めてそう思う。

申公豹は一応妲己側についてはいるが、それでもそう簡単に力を貸そうとしない分まだマシだ。

しかしの場合はしっかりと崑崙側に席を置いており、そして先ほどのように聞仲の前に立ちはだかる事もある。

出来れば味方に引き入れておきたいと考えを巡らせていると、傍らにいた王天君がかすかに笑みを浮かべている事に気付いた。

王天君はモニターに・・・―――正確に言えば、モニターに映るの姿に釘付けになっている。

「お前・・・のことを知っているのか?」

警戒しつつそう尋ねると、王天君は楽しそうに喉を鳴らして笑い短い肯定の返事を返した。

「・・・・・・こっち側に引き入れるつもりなら、手を貸すぜ?」

「何を考えている・・・?」

「はっ、別に?ただあいつは結構お気に入りなんだよ」

聞仲の探るような視線もさらりと無視して、王天君はくつくつと笑いながらモニターに映っているの姿を指でなぞった。

「・・・で、どうする?」

おそらくは自分の中で結論が出ているだろうにも関わらず、そう問うてくる王天君に不愉快さを露わにしながらも、それでも聞仲は再びに目をやり静かな声で言った。

「お前に任せる・・・」

聞仲の返事を聞いた王天君がニヤリと笑みを浮かべたが、モニターを見ていた聞仲は気付かなかった。

 

 

の読み通り、楊ゼンは金鰲島潜入に成功していた。

楊ゼンは魔家四将の1人が持っていた宝貝・花孤貂を陽動のために放ち、その隙にバリア解除のためのスイッチを捜すべく金鰲島内を駆け巡る。

しかしやはり楊ゼンの潜入はバレていたのか、十天君の1人・張天君の作り出した亜空間・紅砂陣に引き込まれてしまった。

紅砂陣は砂漠のような場所で、一面が砂に覆われている。

そこまでの説明を黙って聞いていたは、金鰲島上部に花孤貂の姿を見つけた。

その特性通り、それは金鰲島の外壁を食べていたが・・・―――しかし突如花孤貂は忽然とその姿を消した。

どうやら張天君の亜空間に引き込まれたせいか、楊ゼンに花孤貂を操る余裕がないらしい。

亜空間に囚われた楊ゼンは張天君に攻撃を仕掛けるが、亜空間の中ではたいした効果はないようで、逆に反撃を食らってしまう。

『・・・なんだ?』

「どうしたの?」

楊ゼンの戦いを千里眼で見ていたは、不思議そうな声を上げた。

『敵の・・・張天君とかいう奴が、いきなり攻撃を止めたんだ』

に実況しつつも、その場の会話に耳を傾けた。

そうして漏れ聞こえてくる2人の会話に、は意識を奪われる。

張天君が楊ゼンに向けて放った、その言葉。

「あなたは人間よりも、我々に近い気がする」

どう言う意味だろう?とは首を傾げた。

話を聞くにつれて、その場の雰囲気がだんだんと可笑しな方へと進んでいっているような気がして、は更に訝しげに目を細めた。

「ねぇ、張天君。真実を見せようか?」

にやり、と楊ゼンが口元だけで笑う。

時々がするような・・・―――それはまるで、背筋が凍るような微笑み。

「ただし、君の命と引き換えだ」

そう告げた楊ゼンの身体は、いつもの美しい姿ではなく・・・―――少しづつ別のものへと変っていった。

それはいつもの変化と似たようであるけれど、どこか違う。

少なくともは、あんな姿をした妖怪仙人を見た事がない。

それに気付いたと同時に、はある事実に辿り着く。

『楊ゼンが・・・妖怪仙人?』

信じられないといった風に呟いたに、しかしは何の反応も見せない。

ただぼんやりと空を見上げ、小さく欠伸を1つ。

そんなの態度に焦れたのか、が少しだけ声を荒げて更に言葉を続けた。

『どう言うことだ?お前は・・・知ってたのか?』

「私が何年生きてると思ってるの?崑崙内で私の知らないことなんて、ほとんどないわ」

慌てるとは対照的に、静かにはそう言った。

楊ゼンは昔、とある事情で崑崙山に預けられた金鰲島の仙道。

おそらく本人にも金鰲島にいた頃の記憶はほとんどないだろう程、小さい頃の話。

そして知る者はほとんどいないが、楊ゼンの正体は―――。

『通天教主の息子?』

あまりにもあっさりと告げられた重大な情報に、は呆気に取られたように目を見開いた。

そんなにも構わず、は大して感心がなさそうに肯定する。

「そう、通天教主の息子。楊ゼンの変化の術は、妖怪仙人が人の姿を取る時に使う能力を変化させたもの。だから崑崙の仙人でその術を使える人はいないでしょう?」

崑崙には人間の仙人が圧倒的に多いから、と言葉を続ける。

そうは言っても妖怪仙人のすべてが変化の術を使えるわけではないだろう。―――確かに金鰲島にだって妲己の妹の喜媚のように変化の術を使えるものはいるが・・・。

そこまで考えて、はなるほどと納得する。―――その喜媚も妖怪仙人なのだから、確かにおかしい話ではない。

この会話を聞いているであろうナタクは、話の意味が分からないのか、それとも興味がないのか、にもたれかかるように座り込み金鰲島の方を凝視している。

そうして不意に落ちた沈黙に、はなんと返答してよいのか解らず口を噤む。

それと同時に、何の前触れもなく突然崑崙山が再び動き始めた。

楊ゼンが金鰲島に潜入していることに太公望が気付き、彼がバリアを解除してくれると信頼しての行動だろうとは言う。

「・・・楊ゼンの方は?」

そう促され、再び千里眼で金鰲島内部を見ると、楊ゼンはすでに張天君の亜空間を突破し、バリア解除のスイッチがあるだろう部屋に向かっているとの事。

どうやら無事でいるらしい。

それに思わず安堵しながら、しかしもう1つの懸念を忘れてはいなかったは、少しだけ表情を険しくさせつつ口を開いた。

「・・・それで、王天君は?」

『バリア解除のスイッチがある部屋にいる』

予想してはいたけれど、のその言葉には搾り出すように息を吐き出す。

そうだ、このまま彼が黙って見ているはずがないのだ。

彼はバリアを解除しに乗り込んでくる楊ゼンを待っている。―――その意味するところを想像すると、なんとも言えない複雑な気分には眉間に皺を寄せた。

「・・・楊ゼン」

せめて彼が無事である事を祈りつつ、は間近に迫った金鰲島へ視線を向けた。

 

 

数分後、崑崙山は金鰲島に体当たりをかまし、かなりの被害を受けたものの、楊ゼンの働きで無事バリアは解除され、そのまま衝突してその動きを止めた。

しかしその後、王天君が侵入してきた楊ゼンを逃すはずもなく。

王天君によってかなりの傷を負わされた楊ゼンは、そのまま崑崙山に帰ってこなかった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

主人公と王天君の関係って?

封神演義全巻読んでる人には、あらかた想像つきそうですね。(オイ)

っていうか、今回主人公美味しいとこ取り満載。うちは主人公至上主義ですから。(笑)

実際エネルギービームのようなものを風で防げるのかどうかは分かりませんが、その辺は大目に見てやってください。

今回は珍しく一気に進める事が出来ました。(微妙な達成感)

楊ゼンの見所ほとんどはしょっちゃいましたが。

楊ゼンファンの方で楽しみにしていた方、どうもすみませんでした。

作成日 2003.11.6

更新日 2008.4.6

 

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