「さっきのカピバラって敵だったの〜?分かってたらクイズなんてしないでリンチしてたのに〜!」

止める間もなく速攻でゲームを楽しんでたくせに・・・というツッコミはこの際しないことにした。―――この状況下で、いくら愛らしい格好をしているからといっても相手がただの遊び好きの人形だと思うのか?というツッコミもナシの方向で・・・。

「うむ、しかも十天君の1人であった。そもそもおぬしがだな・・・」

しかし太公望はそうではないようで、一応釘をさしておこうと思ったのか説教を始めようとした時、蝉玉は驚きの声を上げた。

「ゲッ、カピバラって十天君だったの!?」

「・・・おぬし、十天君を見たことがないのか?」

逆に不思議そうに問いかけた太公望に、蝉玉は軽い口調で『ないわ〜』と軽く答える。

「金鰲島はとにかく秘密主義が徹底しているのよ。特に十天君以上の大仙人はそうで、どんな能力がありどんな仙人なのかさっぱりわからないの」

蝉玉が金鰲島についての説明を、今さらながらに始めた。

それを感心したように聞いていた太公望だが、『楊ゼンなら何か知っておるやもしれぬのだが・・・』と、金鰲島のどこかにいるだろう楊ゼンの姿を思い浮かべる。

―――と、その時。

太公望一行の目の前に、巨大なスクリーンが姿を現した。

 

止まない

 

ヴン・・・と耳障りな音を立てて現れた巨大スクリーンには、不健康そうな少年の姿が映し出されていた。

尖った耳に黒ずくめの衣装、目のしたには厚い隈のような痕があり不機嫌そうな表情を浮かべている。

「太公望よ、はじめまして・・・だな」

「誰だ!?」

「俺は王天君ってんだ。お見知りおき願うぜ、大将」

王天君を名乗る不健康そうな少年に、太公望たちは驚きの声を上げる。

仙人は外見で年齢が判断しづらい事は承知の上だが、まさか子供の姿をしているとは思ってもいなかったのだろう。

「・・・・・・彼が、王天君?」

『って、お前知らなかったのか!?』

がポツリと呟いた言葉に、の鋭いツッコミが入った。

「知っているのではなかったのか?」

玉鼎もの呟きを聞き逃さなかったらしく、不思議そうに首を傾げる。

確かにの口ぶりからすれば、王天君と何かしら関係があると予想され・・・―――だからこそ王天君の姿を見てが首を傾げるのかがわからなかった。

「知ってる・・・といえば知ってるんだけど・・・、姿まではねぇ?」

しかし当のは一向に気にした様子もなく、平然としたまま僅かに首を傾げて見せる。

それを見ていた玉鼎が、ため息混じりに呟いた。

「・・・・・・どういう知り合いなのか、凄く気になるんだが・・・」

「気にしちゃ負けよ」

『負けってなんだ!?』

「・・・つーか、お前ら人のこと無視してんじゃねぇよ」

コソコソと話をしていたと玉鼎とに、王天君が思わず突っ込んだ。

「あら、ごめんなさいね」

にっこりと笑顔を浮かべて、スクリーン越しの王天君に向かいがそう言う。

しかし話はそれだけでは終わらなかった。

2人のやり取りに当然の事ながら気付いた太公望が、口を挟まないわけがない。

「・・・というか、おぬし王天君のことを知っておるのか?」

「ほら、もう。バレちゃったじゃない」

『俺のせいか!?』

「・・・すまん」

「なになに?なんの話?」

「だから、俺のこと無視すんじゃねぇよ!」

またもや始まった雑談に、今度こそ王天君は声を荒げる。

緊迫感など忘却の彼方に葬り去られ、噛み合っていないそれぞれの疑問だけが主張されるという妙な状況が作り上げられていた。

「ちっ、埒があかねぇ・・・。お前ら、これを見ろ」

ぎゃあぎゃあと言い合う太公望たちに焦れたのか、王天君は小さく舌打ちをしてから自分が映っているスクリーンとは別の小さいスクリーンをその場に出現させた。

それを見て今まで騒いでいた4人は、思わず口を閉ざす。

その小さなスクリーンに映っていたのは、倒れたままピクリとも動かない楊ゼン姿だったからだ。

影になっていて下半身だけしか確認できないが、床に広がる青い綺麗な髪と着ている服装から、楊ゼンであることは間違いない。

「楊ゼンは今、金鰲島内部のある場所にいる。返してやっから取りに来いよ」

思惑通り静まり返ったその場に、王天君の勝ち誇ったような声が響く。

「貴様らの右側にある『星』の中にワープ宝貝が格納されている。それに乗ればオートで楊ゼンのところまで辿りつけるはずだ。ただし・・・―――」

王天君はそこで言葉を切り、楽しそうに口端を上げた。

「そいつは1人乗りだ。1人で来い・・・」

それだけを告げ、王天君はスクリーンと共にパッと姿を消した。

1人で来い』―――その言葉は誰に告げられたものなのだろうか?

太公望たちはそれぞれ無言で『星』(金鰲島での部屋の名称)に入り、ロボットのような巨大な宝貝を見上げた。

おそらくこれが王天君の言っていたワープ宝貝なのだろう。

見た限りでは、やはり1人乗りのようだ。

「・・・これか」

「わ〜い、乗ろう乗ろう!!」

「たわけっ、やめぃ!!」

無邪気に喜びワープ宝貝に乗り込もうとする蝉玉に、太公望は慌てて声をかけた。

止められた蝉玉は、不満そうな表情を隠そうともせずに頬を膨らませる。

「なんでよ。いいじゃん、ケチケチしないでよね・・・」

「あのなぁ、これはワナだっつーの!おそらくこの宝貝の行く先には敵がおる。かなりの強敵・・・・・・おそらく十天君が」

「うっ!!」

我先にとワープ宝貝に手をかけていた蝉玉が、ピタリと動きを止めた。

どうやら彼女も十天君を相手にする気はないらしい。

「王天君、あやつは大そうな危険人物のようだのう。わしらを1人ずつ確実に殺す作戦に変更してきおったわ・・・」

全員の脳裏に、先ほどの不健康そうな少年の顔が浮かぶ。

確かに、これまでの金鰲島の仙人にしては知能的だ。

「なら、これには乗らないのか?」

「いや・・・」

玉鼎の問いに太公望は即否定し、1人ワープ宝貝の方へと歩み寄る。

「あえてわしが乗ってみる。たとえワナだろうと現状を考えれば、楊ゼンを助ける方法はこれしかない」

「ちょっと待ってくれ」

さっさとワープ宝貝に乗り込もうとしていた太公望に、玉鼎が待ったをかけた。

太公望が不思議そうに振り返ると、そこには真剣な面持ちをした玉鼎の姿が。

「太公望、私に行かせてくれ」

「ならぬ。わしなら口八丁手八丁で切り抜けられるやもしれん・・・」

太公望は玉鼎の頼みを速攻で却下した。

確かに玉鼎は、戦いにおいて相手が十天君であろうと引けを取る人物ではない。

しかし相手がどんな能力を持つ仙人なのかわからず、尚且つこの現状から言って玉鼎は必ずしも適任者とはいえない。

良くも悪くも真面目でまっすぐな気性の玉鼎は、あまり機転が利くほうではないのだ。

それがどこか悪巧みをしていそうな王天君相手ならば、なおさら・・・。

しかし玉鼎は怯む様子なく、表情を堅く太公望に視線を向けてはっきりと言った。

「今楊ゼンはお前に来て欲しくないはずだ。私にはわかる・・・」

「どういう意味だ?」

まっすぐな太公望の視線に、玉鼎は思わず目をそらした。

言いにくい事なのだろう。―――それはにも覚えがある感情で、今の玉鼎の気持ちが少しだけ理解できる。

だからこそは、口を開いた。

これまで出来る限り、口は挟まないつもりではいたけれど。

「・・・・・・じゃあ、こうしましょう」

「・・・・・・?」

「私が今から出す五択のうちから1つだけ選んでちょうだい」

はにっこりと笑顔を浮かべ、ピッと人差し指を立てた。

「まず1つ、ワープ宝貝に乗って行くのは太公望」

「・・・!?」

玉鼎の非難の声を無視し、さらに言葉を続ける。

「2つ、ワープ宝貝に乗って行くのは玉鼎」

「・・・・・・」

「3つ、ワープ宝貝に乗って行くのは蝉玉。4つ、ワープ宝貝に乗って行くのは四不象」

「どれも同じでしょ!?」

「というか・・・さりげなく自分が含まれてないというのがらしいか?」

蝉玉と玉鼎が息ぴったりにツッコミをした。

「それよりも、何でボクが入ってるっスか!?」

「度肝を抜くかと思って・・・」

「そんな理由で・・・」

一行がそれぞれ文句を言う中、太公望は何も言う事無くの顔をじっと見つめていた。

「それで、5つ目はなんなのだ?」

そう先を促すと、は悪戯っぽく笑う。

「このままワープ宝貝に乗らないで向こうの出方を待つ・・・とか?王天君ってさっき見た限りじゃ短気そうだから、いつまで経っても来なかったら乗り込んでくるんじゃない?」

んな微妙な作戦を本気でするつもりか?―――と呆れた眼差しを向ければ、は楽しそうに微笑む。

「・・・・・・楊ゼンはどうなる?」

「どうもならないわよ。向こうにとって楊ゼンはカモを釣る絶好の餌なんだから、むざむざ殺したりはしないでしょう。まぁ、楊ゼンの体力が持てば無事でいるんじゃない?」

なんとも不確実な方法だ。

そして何気に事が先に進んでいないし、楊ゼンが助かるかは彼の体力次第とは・・・。

「・・・・・・さて、どうする?」

自分はまったく行く気がないようで、の背に座り不敵に笑う

そんなに、玉鼎が一歩進み出た。

。2つ目の選択肢で頼む」

「ファイナル・アンサー?」

「ファイナル・アンサーだ」

神経衰弱も知らない男が、何故ファイナル・アンサーという言葉を知っているのかはさておき、は真剣な表情を浮かべる玉鼎に見つめ返し・・・・・・そして微笑んだ。

「いいでしょう。ワープ宝貝に乗るのは玉鼎に任せましょう」

「ちょっと待て、。何故おぬしが勝手に決めるのだ!!」

「別に私が決めたっていいでしょう?今のあんたは別に指揮官でも何でもないんだから」

まったくの正論を返され、太公望は思わず言葉を詰まらせた。

太公望は楊ゼン救出の際に、崑崙の指揮権を一度元始天尊に返している。

実際はどうあれ、その言葉を口にした以上はにとって彼も他と同じく一道士なのだ。

そんな太公望を見て、玉鼎はゆっくりと口を開く。

「太公望。私は楊ゼンが赤子だった頃から一緒にいる。あの子についてお前の知らないことも知っている」

「・・・・・・」

「だが、お前も私の見ていない楊ゼンを知っているはずだ」

玉鼎の言葉を黙って聞いていたは、小さくため息を吐いた。

人は他人を完全にわかってやることはできない。―――心を読む力でもない限りは。

『わかっている』と思っていても、人の心の奥底にはとんでもない秘密が隠されている事もある。

楊ゼンにも、太公望や崑崙山の仙人たちが知らない秘密があった。

彼が妖怪仙人である事。

そして通天教主の息子であるということ。

おそらく彼は、まだ誰にも知られたくないと思っているだろう。

しかし今彼らが楊ゼンの元に行けば、楊ゼンの本性を見てしまうことになる。

「あの子の心がもう少し強くなって自分から話せるようになるまで待っていて欲しい。頼む、太公望・・・」

玉鼎が深々と頭を下げた。

その様子を見た太公望は諦めたのか、深く息をついて、

「わかった、玉鼎。おぬしに任せる。―――だがな、」

「・・・?」

「楊ゼンの本性が何であれ、わしは見捨てぬ。それだけの時間を共有して来たからのう」

その言葉に、玉鼎は心から嬉しそうに微笑み、そして礼を述べた。

玉鼎はそのままワープ宝貝に乗り込み、太公望たちに先に崑崙に帰るように指示してからその姿を消した。

ワープ宝貝がなくなった以上もう用のない部屋の中では、どこか居心地の悪い雰囲気が漂っている。

問題は、これからどうするか・・・という事だ。

玉鼎の言葉に従うなら、このまま崑崙山に戻り彼らの帰りを待てばいい。

「・・・それで、これからどうするの?」

「金鰲島の中枢へ向かう」

「言うと思った」

迷いのない太公望のその言葉に、は苦笑した。

蝉玉や四不象は文句を言っていたが、もちろんも太公望と同じ考えだったため特に何も言う事無く、傍らにいるに千里眼で玉鼎の行方を追ってもらった。

「なんとしてでも玉鼎と楊ゼンを助けたい。このまま2人を置いて帰れぬ!」

強い口調に、もはや蝉玉たちも言葉がないのか諦めのため息を吐く。

「わかったわよ。だけど2人を見つけたらすぐに帰るんだからね?」

念を押すように強く言って、蝉玉は玉鼎たちがいるだろうと思われる金鰲島の中枢へと進み始めた。

 

 

その頃、玉鼎はワープ宝貝に乗ってある場所に降り立った。

そこはだだっ広い部屋の中。―――目に痛いほどの鮮やかな色で着色されたその部屋の中央に、楊ゼンはいた。

そしてその奥に佇む、小さな影が1つ。

「ようこそ、玉鼎真人」

スクリーンに映っていた不健康そうな少年・王天君がニヤリと笑った。

「おらよっ、持って帰んな。楊ゼンはそこに落ちてるぜ」

王天君が部屋の中央を顎で指すと、楊ゼンはゆっくりと顔を上げた。

「・・・・・・玉鼎真人師匠?」

見るからに苦しそうな・・・少しばかり妖怪の姿に戻っている楊ゼンに慌てて駆け寄った玉鼎は、何も言わずにただ楊ゼンを抱きしめた。

「楊ゼン、よく頑張ったな・・・」

まるで幼い子供にするように背中を優しく叩くと、楊ゼンはうっすらと目に涙を溜め、しかしどこか安心したように玉鼎の服の裾を掴んだ。

その様子を一部始終眺めている王天君が、喉を鳴らし笑う。

「お前のおかげで崑崙は救われた。太公望たちも無事だ、安心しろ」

「・・・師匠」

「お前は私の自慢の弟子だよ・・・」

優しくそう囁く玉鼎に向かい、楊ゼンは本当に嬉しそうに微笑んだ。

彼にとって玉鼎は、師匠であり、父であり、また目標でもある。

その唯一心を許せる存在が傍にいることに、楊ゼンは今までの不安が全て消えていくのを感じていた。

しかし・・・―――と未だこちらの様子をただ眺めている王天君に視線を向ける。

「師匠、気をつけてください。あの者・・・王天君は邪悪です。底知れない不吉な感じがします・・・」

ふと王天君に視線を向けると、彼はニヤリと口端を上げて笑った。

「よぉ、怖気の走る再会の挨拶は済んだか?ならそろそろ支払いをお願いするぜ」

「・・・・・・支払い?」

「ああ、ただでそいつを連れて帰れるとでも思ってんのか?万引きは犯罪だぜ、十二仙」

王天君はそう言うと懐から取り出した短剣で、自分の手の甲を少しだけ切った。

すると手の甲から流れる血が、見る見る間に紅い霧に姿を変えていく。

「・・・・・・なんだ?」

どんどんその量を増してくるその紅い霧は、少しずつ部屋の中に充満していった。

「宝貝『紅水陣』。他の十天君は異空間を作ってその中でのみ万能になれるが、この俺は通常空間に『自分の場所』を作れるのさ」

王天君が自分の手の甲の傷をペロリと舐めた瞬間、なんともいえない違和感に包まれたのを感じた。

「血の雨に打たれて死ぬがいいぜ。崑崙十二仙、玉鼎真人さんよぉ・・・」

「・・・血の雨?」

王天君によって生み出された紅い霧は、すでに玉鼎と楊ゼンを包み込んでいた。

彼の言う『血の雨』という言葉を理解する前に、その紅い霧に触れた身体がぴりぴりと痛むのを感じ手に視線をやると、いつの間にか手から薄い煙が上がっているのに気付いた。

手だけではない。―――紅い霧に触れている服の部分も薄い煙を上げて、その部分が溶けている。

「遅せぇな、気付くのが・・・」

赤い霧のせいでほとんど姿が見えなくなっているが、王天君のあざ笑うようなその言葉は玉鼎の耳に届いた。

「俺の血は強い酸性なのさ。このままじゃ溶けてなくなるぜ?」

「・・・・・・」

「助かる方法はただ1つ。俺の空間から逃げることだけだ!」

「フン、もう1つあるだろう?」

心底楽しそうに笑う王天君に、しかし玉鼎は冷たくそう言い放ち剣を抜いた。

「それはお前を倒す事だ!!」

言うと同時に楊ゼンを抱いたまま剣を王天君に向かい振り切る。

玉鼎から発せられた剣の波動はそのまま王天君へと向かい、しかし・・・―――それは王天君の当たる事はなく、ただ彼の後ろにあった壁だけが物凄い破壊音と共に崩れ去った。

「バカな・・・!何故斬れない・・・?」

呆然とする玉鼎に、さらに追い討ちをかけるように王天君は赤い霧にまぎれて姿を消した。

「バカやろうはお前だよ。お前が見てるのは本当の俺が作り出した幻。この血で満たされた空間自体が俺だ。つまりお前は俺の身体の中にいるようなもんなのさ」

言葉に従うように、部屋の中に数体の王天君の姿が映し出される。

先ほど戦った孫天君の時とは違う絶望的なその状況の中、王天君の冷たい声だけが玉鼎の頭の中に響いた。

「俺って格闘するタイプじゃねぇんだよなぁ・・・」

紅い霧はいつしか赤い雨となり、玉鼎と楊ゼンの体に容赦なく降り注いでいた。

 

 

『おい、やばいぞ!?』

の背に乗って金鰲島中枢へ向かっていたは、少し焦りを滲ませたその口調に眉をひそめた。

前を行く太公望たちに気付かれないようにに視線を向ける。

「・・・どうなってるの?」

に千里眼で玉鼎の動向を追ってもらっていたは、その言葉で彼らの身に危機が迫っている事を悟った。

『王天君の亜空間に捕まった。このままだと2人とも・・・』

その先は聞かなくても分かった。

「・・・場所は分かるわね?」

「・・・ああ」

「じゃあ、すぐに向かって。・・・太公望!!」

素早くに指示を出して、先を急ぐ太公望に声をかける。

「どうした?」

「私は先に行くから・・・」

「・・・はっ!?」

「じゃあね、太公望」

「ちょっ、ちょっと待て!!」

慌てた様子の太公望に構わず、有無を言わさぬ勢いでは猛スピードでその場を去った。

向かうは、玉鼎たちの元へ。

自分がそこに行っても何も出来ないということは分かっていた。

どれだけ強大な力を持っているとはいっても、とて一道士。―――何でもかんでもできるわけではないし、それほど万能ではないと自分でも分かっている。

そして強大な力を持っているからこそ、戦いに介入することが望ましくない事も。

しかし、じっとしている事など出来なかった。

何も出来ないのなら、せめて見届けたいと思った。

『あそこだ!』

の言葉に顔を上げると、少し離れた場所に一際大きな『星』。

そしてその『星』を囲むように、赤い透明な壁がある。

その壁は綺麗な四角形で、まるで『星』を包む箱のよう・・・。

その少し手前に降り立ったは、急いで壁に駆け寄った。

間違いなくそこには壁があり、の行く手を阻んでいる。

そしてその壁の向こうには、降りしきる雨の中を辛そうに歩く玉鼎と楊ゼンの姿が。

「玉鼎っ!!」

聞こえるかどうか分からないが、それでもできるだけ大きな声でそう叫ぶと、『星』の中にいる玉鼎が少しだけに視線を向けた。

少しだけ自嘲気味に笑い、そして痛みに表情を歪ませる。

どうやらあの紅い雨には物を溶かす成分があるらしい。―――酸性なのだろうか?

玉鼎の腰まで伸びた綺麗な髪が一房、切れて床に散らばった。

そんな師の姿に耐えられないのか、おそらく自分で動く事が出来ないのだと思われる楊ゼンは何事かを必死に訴えるが、玉鼎は尚も楊ゼンを大切そうに抱いて歩みを進める。

玉鼎が、幸せそうに・・・―――本当に幸せそうに微笑むのを見て、はこの状況がどこか現実ではないような気がした。

今目の前にいるのは、雨の中を大切な子供が濡れないように歩いている父親のようで。

本当に穏やかな目で楊ゼンを見る玉鼎の表情を、はただぼんやりと見つめていた。

壁に突いた手に感じたひんやりとした冷たさが、少しだけ悲しかった。

しばらくして、先ほどのの叫び声を聞いたのか・・・太公望たちが駆けつけてきて。

ようやく壁のすぐ傍まで辿りついた玉鼎は、持てる力の全てを振り絞り楊ゼンを太公望へと預け。

「・・・楊ゼンを、頼む」

ふわり、と玉鼎の周りを淡い光が包み込む。

それだけを言い残し、そうして彼の魂魄は封神台を目指し飛んでいった。

「・・・・・・師匠」

何が起こったのか察しているのか、ほとんど意識のない楊ゼンは太公望に抱き上げられながらもうわごとのように呟く。

それをじっと目を閉じて聞いていたは、ふと聞こえてきた笑い声に顔を上げた。

「ははっ、だらしのねぇヒューマニズムだぜ。玉鼎真人はくたばって、楊ゼンの正体までバレてやんの。滑稽すぎて両腹が痛ぇ・・・」

心底楽しそうに笑うその少年を、は見たことがあった。

ついさっき、突然現れたモニターに映っていた・・・不健康そうな少年。

「・・・王天君」

彼はの方を見もせずに、キツク睨みを利かせている太公望を見て尚も笑った。

突っかかる蝉玉を制し、今は一刻も早く崑崙山へ戻る事を選んだ太公望は、四不象の背に傷ついた楊ゼンを乗せ、そして未だに笑みを浮かべる王天君へと視線を向けた。

「・・・この借りは必ず返すぞ、王天君」

「感情的になりなさんな。こっちだって2人やられてんだぜ?おあいこだ」

目の奥に怒りを押さえ込む太公望に、しかし冷静にそう言い返してきた王天君は、最後までと目を合わせる事無くその場を去った。

それと同時には一歩前に足を踏み出す。―――そう、それは無意識に。

「・・・・・・・・・なに?」

「どこへ行くつもりだ?」

しかしそんな無意識の行動も、太公望によって阻まれた。

太公望に強く掴まれた腕は、痛いほど。

しかしその目に宿る強い光の中に、不安の影がちらついているのをは確かに見た。

このまま行かせれば、はもう戻ってこないかもしれない。

根拠はないが、そう思わせる何かが今のにはあった。

普段は見せない思いつめたような表情が、それなのかもしれない。

「崑崙に帰るぞ」

その有無を言わさぬ言葉に、はやっと少しだけ冷静さを取り戻したようで。

小さく息を吐くと、苦笑気味ではあるが確かに笑った。

「そうね。帰りましょう・・・崑崙に」

自分の腕を掴む太公望の手の上に自分の手を重ね、はさっきまで王天君が居た場所に視線を向ける。

そんなを、太公望は何も言えずにただ見つめていた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ただ原作のストーリーを追うのだけで精一杯のこのごろ。

これって読んでて楽しいのだろうか?

これなら原作を読んだほうが手っ取り早かったりして・・・。(言うな)

・・・・・・なんてことを思いつつも、玉鼎真人封神の回です。

毎回言ってる気がしますが、恋愛要素がまったくと言っていいほどありません。

しかも太公望ないがしろ状態。(あらら)

おかしいな・・・なんでだろう?(笑←反省の色がない)

作成日 2003.11.17

更新日2008.7.4

 

戻る