もう自分で動く事もままならない楊ゼンを、太公望たちは何とか崑崙山に連れて帰ることに成功した。―――『無事に』とは、言えなかったけれど。

崑崙山に帰ってきた太公望は、そのまま作戦を練る為に主要メンバーと会議室へ。

そしてはと言えば。

会議に出る気にもなれず、治療を受ける楊ゼンの傍らで静かに本を読んでいた。

趙公明に捕らえられていた時に読んでいた、歴史書。

それほど分厚くはないその本を、しかしなんだかんだと今まで読む時間がなかったということに気付き、は思わず苦笑する。

それほど自分の周りの時間がめまぐるしく動いている事に、少しだけ昔を懐かしんでいた。

 

それぞれの戦い

 

「元始天尊様。その後楊ゼンの容態はいかがでしょうか?」

作戦会議を終えた太公望が、楊ゼンの様子を見にやって来た。

部屋はだだっ広く、中央がプールのようにへこんでおり液体が注ぎ込まれている。

その液体の中、漂うように安置されている楊ゼンは、お世辞にも元気とは言えなかった。

姿を保つ力さえなく半妖態のままで、その表情は苦しそうにゆがめられている。

もちろん意識もない。

太公望はそんな楊ゼンに目を向け・・・―――そしてその首元に妙なアザを見つけた。

花が開いたようなそのアザは、もちろん楊ゼンのものではないだろう。

雲中子の考えによると、それはどうやら宝貝で出来たアザらしい。

ダニのような小さな生物系の宝貝で、宿主に寄生し力を吸い取り続ける。

宿主は寄生されているだけで力を消耗し、どんどん疲労が蓄積して・・・―――やがて、死に至る。

時間がかかる上、あまり効率的とは言えないが、相手をじわじわと追い詰めるには絶好の宝貝だ。

太公望は先ほど会った王天君を思い浮かべ、知らずに拳を握り締める。

見た感じ、そういうえげつない事を好みそうなタイプだと思わず心の中で独りごちて。

とりあえず今の自分に出来る事はないと判断し、楊ゼンは雲中子に任せることにした。

「元始天尊様、わしら精鋭部隊はこれから敵の中枢に戦いを挑みます。おそらくどちらかが降参するまで戦いは続くでしょう」

は本から顔を上げず、静かに語る太公望のその声をただ聞いていた。

「すまぬな。お前に重い責任を押し付けてばかりじゃ・・・」

少し申し訳なさそうに言う元始天尊に、しかし太公望はかすかに笑顔を見せた。

「いいえ、これは自分の意志で行っておる事ですから・・・」

その言葉に・・・―――が今まで聞いた、太公望のどの言葉よりも強いそれに、思わず顔を上げた。

その瞬間、こちらを見ていた太公望と目が合う。

力強い目をしていると、そう思った。

「・・・それで、私は?」

思わず口を突いた、その言葉。

返ってくる言葉は、大体想像がついていたというのに。

「おぬしには、ここに残ってもらう」

ああ、やっぱり・・・―――は何の感情もなく、ただそう思った。

、おぬしは楊ゼンを見てやってくれ」

「・・・・・・私が?」

「そうだ。楊ゼンはおぬしにも心を許しているようだからな」

太公望のそんな言葉に、ふとは未だ意識を取り戻さない楊ゼンを見た。

心を許している?楊ゼンが?

には分からなかったが、太公望が言うのだ。―――にわかには信じられないが、そうなのだろう。

だけどそれが理由じゃないでしょう?とは心の中で問いかけた。

それだけじゃないでしょう?

本当は、私が王天君と接触するのを避けてるんじゃないの?

口に出してはいないのに、それは太公望に伝わったらしい。

少しだけ・・・ほんの少しだけ、彼は表情を歪めた。

「オーケイ、大人しく楊ゼンの傍にいるわよ」

それを認めると、軽く片手を上げて未だにじっと見つめてくる太公望に笑いかける。

今は追及の必要などない。

太公望にとっても・・・―――そして、自分にとっても。

太公望もそう判断したのだろう。

そのまま何も言わずに去っていく太公望の背を見送って。

は元始天尊や雲中子に気付かれないように、小声でに話し掛けた。

「・・・それで、何か変わったことでもあった?」

崑崙山に帰ってきてすぐ、に千里眼で様子を窺うよう頼んだ。

何も起こらなければ良いが、今の状況から言って何も起こらないとは思えなかったからだ。

は少しだけ複雑そうな顔をして、ポツリと言った。

『地上に残ったはずの黄親子が、雲霄三姉妹を使って金鰲島に乗り込んだ』

「それはまた、予想通りというかなんというか・・・」

コメントに困る現状に、はただ頭を抱えた。

何のために地上に残されたのか、天化が分かっていないはずがないというのに。

余化につけられた傷からは、微量だといっても未だに血が流れ続けているというのに。

それでも素直に大人しくしている人物ではない事も確かだった。―――それを解っていながら、何の手も打ってこなかったのは明らかにこちらのミスだろう。

本当に大人しくさせたいのなら、どこかへ閉じ込めるなり縛り付けるなりするべきなのだ。

「とりあえず、そのままみんなの行方を追ってちょうだい。何かあったらすぐに報告して」

『・・・はいよ』

しかしすべては後の祭り。

既に黄親子は金鰲島に乗り込んでいる。

今の自分たちに出来るのは、ただ見守る以外ないのだろう。

同じく呆れの色を滲ませたの返事を聞いたあと、は考え込むように腕を組んで、静かに揺れる液体を見た。

ゆらゆらと揺れるその水面は、まるで戦いなど別世界のことだと思わせるように、光を取り込んでキラキラと綺麗に輝いている。

膝の上に広げられた歴史書は、やはりまだ読まれる気配もなく。

かすかな風に煽られて、ページがパラパラと音を立てて捲られた。

 

 

一方、金鰲島に乗り込んだ黄親子は、行動を共にしている三姉妹のあとを追って、急降下中だった。

お菓子命の三女・マドンナの菓子袋が破けてしまい、マドンナはそのまま落下するお菓子を追って行ってしまったのだ。

別に行動を共にしなくてはいけないというわけではないが、だからといって当てがあるわけでもないため、黄親子はビーナス・クイーンと共にあとを追うことに決めた。

本当は崑崙山に行くつもりだったのに・・・と、天化は心の中でぼやく。

崑崙山が金鰲島と正面から戦うのを地上で見ていた天化は、その戦いに自分が参加できない事に悔しさを感じていた。

そして崑崙山に戻る間際のが、何故かとても気にかかったのだ。

何が・・・という明確な思いがあるわけではない。

ただ何故か・・・今まで揺るぎない力と精神力を持っているように見えたが、とても脆く、そして弱く見えた。

「おいおい、三姉妹のヤツ・・・どこまで落ちて行ったんだ?」

武成王のぼやく声に、天化はハッと我に返った。

とにかく今出来る事をやるしかない、と改めて思う。

こうやって金鰲島に来たのも何かの縁だ。

ここで今自分が出来る事をやろうと、心の誓った。

どんどんと落ちていく三姉妹を追う途中、何人かはマドンナの体当たりで封神され、そしてそれに息巻いた金鰲島の仙人たちが次々と姿を現す。

「・・・人間?」

「人間の匂いだ!!」

「構わねぇ、やっちまえっ!!」

妙に殺気だっている妖怪仙人たちは、口々にそう叫び一斉に襲い掛かってくる。

しかしいくら傷を負っているとは言っても、天化の敵ではない。

次々と切り捨てていって・・・―――そんなことをしているうちに、いつの間にか足元に八角形の印が浮かび出てきた。

『どくがいい、皆の者!その者共への審判は私が下す!!』

気付いた時には既に遅く、声と共に強い風が吹き荒れたかと思うと、一瞬にして八角形の印に吸い込まれる。

投げ出されたところは、ただ風が渦巻く虚空。

「な、何じゃこりゃ!?」

重力に従い、再び落下を始めた黄親子は、なす術もなくただそれだけを叫んだ。

 

 

「よいか、みなのもの」

太公望はその場に集まった面々に顔を向けた。

「われわれはA班〜F班、計6班に分かれてゲリラ戦を展開する。これは敵の方が様々な面で勝る場合に取る戦法だ」

説明はとりあえず口を挟まれる事もなく、淡々と続いていく。

しかし太公望が言った次の言葉に、一部の者が抗議の声を上げた。

それは「十天君以上の者たちと1対1で戦ってはいかん。大勢で1人をやっつけるのだ」というもの。

抗議の声を上げたものたちはみんな、1対1での戦いを好む良くも悪くも『真っ向勝負』メンバー。

十天君と1対1で戦うのが危険なことだと分かっていても、やはり『卑怯』だという思いがあるのだろう。―――そんなことを言っていられる状況ではないというのに。

「そして最終的には生き残った全員で聞仲を倒し、通天教主と戦い・・・金鰲島を落とす。だね、望ちゃん?」

未だに収まらないその場の熱気を無視して、普賢はさらりと太公望に同意を求めた。

それに力強く頷いて・・・―――しかしそんなに作戦が上手く行くのだろうか?という疑問をすぐに頭の中から追いやる。

上手く行くのか?ではない。上手く行かせるのだ。

次々と出発していくメンバーを最後まで見送った太公望は、自分が所属する第F班のメンバーである普賢と共に金鰲島に乗り込んだ。

どう見ても戦闘派の仙人がいないのが痛かったが、それでも普賢と同じ十二仙の道行が弟子を派遣してくれるという話に少しだけ気が楽になった。―――いつ合流できるかが分からないのが難点だが・・・まぁ、そう贅沢も言っていられない。

黄巾力士(宝貝で出来た空飛ぶ乗り物)に乗り込んだ太公望と普賢は、とりあえず当てもなく金鰲島内を彷徨う事にした。

聞仲のいる核を見つけたいところだが、作戦としては先に十天君を倒さなければならない。

その十天君がどこにいるか分からない以上、相手が仕掛けてくるのを待つしかないのだ。

「ねぇ、望ちゃん」

これからのことを考えていた太公望に、普賢はただ前を見つめたままそう声をかけた。

「なんだ、普賢?」

「望ちゃん、少しカリカリしてるね?どうしたの?」

太公望から発せられる、いつもとは違う張り詰めたような気配を普賢は敏感に感じ取っていた。―――それは仲の良い彼だからこそ感じられる微かなものだったが・・・。

「・・・別に、カリカリなどしておらっ・・・」

そう反論しかけて・・・しかし最後までその言葉を言う事無く、太公望はゆっくりと息を吐いた。

「おぬしに見栄を張ってもしょうがないか・・・。そうだ、わしは緊張しておる」

今度はきっぱりとそう言いきり、それでもバツが悪そうに頭をポリポリとかく。

聞仲・王天君と十天君、それに通天教主。

それぞれが強敵ばかりで、どう考えても味方の犠牲ナシに済むとは思えなかった。

現に、十二仙である玉鼎真人はすでに封神されている。

できる限り、犠牲は少なく。

それは戦いの中に身を置く者としては理想論なのだと分かってはいたが、それでもそう願わずにはいられない。

そんな太公望の心中を察したのか、普賢はいつも通りの穏やかな口調で言った。

「落ち着いて。何も望ちゃんが1人で全て背負う必要はないよ」

その言葉と心遣いに嬉しさを感じるが、しかしそれでも太公望はきっぱりと言う。

「・・・そうも、いかん」

「そういうところは子供の頃からずっと変わらないね・・・」

予想通りのその言葉に、普賢は苦笑交じりにそう呟いた。

憮然とした表情の太公望に視線を向けて。

普賢はもう一度クスリと笑うと、手に持っていたボール状の宝貝をギュっと抱きしめる。

「ねぇ、望ちゃん・・・」

「今度はなんだ?」

「・・・・・・なんでを連れてこなかったの?」

チラリと顔を覗き込むと、驚いたようなバツが悪いような・・・そんな複雑な表情の太公望と目があった。

その視線はすぐに逸らされてしまったが・・・。

「あやつにはやる気がない。それなのに連れてきてもしかたないだろう?」

搾り出すように呟く太公望に、しかし普賢は小さく首を傾げた。

「そうなのかな?確かににはやる気はないけど、戦う気がないとは思わないよ?」

「・・・・・・」

「のらりくらりとはぐらかしてきてるけど、なんだかんだ言ったって困ってる時は助けてくれるし。さっき金鰲島の主砲を防いでくれたし、魔家四将と戦った時も妖怪仙人の群れをやっつけてくれたんでしょ?それに趙公明戦の時は、彼の傍にいて行動を抑制してくれてたし。―――なにより今まで妖怪仙人が奇襲をかけてこなかったのは、がいたからだし・・・」

普賢は今までのことを思い出しながら、つらつらと話し始めた。

改めて言葉にすると、何もやっていないようでそれなりに協力してくれている事が分かって少し笑った。

はそこにいるだけで、相手への牽制になる。

申公豹が妲己側についているせいで、崑崙が彼女に手を出せないのと同じように。

が太公望側についているせいで、妲己も聞仲も簡単には手を出してこない。

もちろん金鰲島の仙人も、好き好んで彼女と敵対するなんて無謀な者はいない。

つまり・・・―――それほど強いのだ、彼女は。

「ねぇ、望ちゃん」

「・・・・・・・・・なんだ?」

って・・・何者なんだろう?」

可笑しい質問だ、と太公望は思う。

しかしそれが妙に的を得ているとも。

は崑崙の道士だ。―――実力がどうあれ、彼女はまだ道士という位置にある。

しかし・・・崑崙側に属していながらも、彼女はそれを気にしてはいない。

親しい友人はほとんどが金鰲島出身の仙人で、彼女が親しくしている崑崙の仙人は竜吉公主と十二仙くらいしか知らなかった。

「3000年以上生きてるから、が崑崙山に来た頃の事なんて、今の仙人たちはほとんど知らないし・・・本人は自分のこと話したりしないし・・・」

それほど自分を主張する性格ではないので、信じられない事だが彼女の存在を知らない者さえ崑崙にはいる。

気がつけば、いた。―――それが一番的確な表現だ。

「ずば抜けて強くて、興味のあることしか関わらなくて、昼寝が大好きで・・・。そんなことぐらいしか、僕たちは知らない」

「・・・・・・」

「太乙真人によれば、はいつも使ってる手甲型以外の宝貝も持ってるらしいけど見たこともないし・・・。本当にそんなのがあるのかも分からないよね?」

「・・・・・・」

「望ちゃんは、何か知ってる?」

太公望は答えなかった。

実際に言えば、彼はの秘密を1つ知っている。

おそらくそれは崑崙では元始天尊以外は知らないだろう。

それを知ったのも、本人から聞いたわけではなくただの憶測に過ぎないのだが。

しかし太公望は、誰にも言うつもりはなかった。

昔から仲のいい普賢にさえも。

「・・・は王天君とどういう関係なんだろうね?」

まさに質問攻めだ。

しかしそれは太公望が今、一番気にかかっている事で。

「・・・さぁな。知っておるのならわしが教えてもらいたいくらいだ」

彼方を眺め、ポツリと呟く。

やっと出た太公望の本音に、普賢は苦笑すると同じように宙を眺めた。

「どうせこのやり取りも、の千里眼を使って見てるんだろうね」

隣にいる太公望には聞こえないほど小さい声でそう呟いて見ても、返事が返ってくることはない。

(見てるんなら・・・1つくらい質問に答えてよ、

祈るように、普賢は強くそう思った。

 

 

『・・・・・・バレてる』

「・・・何が?」

『いや、別に!』

千里眼を使って金鰲島内を観察していたは、訝しげに聞いてくるに向かい慌てて否定した。

どうやらあまり気にしていないようで、ホッと胸を撫で下ろす。

普賢が思っていた通り、の千里眼で全ての状況を見ていた。

とは言っても、もちろんその場を見ているのはであって、実際にの説明を聞いているだけである。

だからさっきの普賢の呟きも、聞いていたのはだけで・・・。

それをに伝えるか伝えないか、迷うところである。

別に伝えなくても支障はないとは思うが・・・。

実を言うと、のことについてそう知っているわけではない。

の霊獣となった頃、彼女はすでに今と同じような雰囲気で。

今と比べて昔の方がやや投げやりだった部分もあったが、それでもが知っているのはその程度のものだ。

知りたい・・・と思う。

長い間傍にいて、疑問に思ったことは山のようにあった。

申公豹とどういう関係なのか?とか。

たまに人の住まないような古い土地に行き、何かを探している風なのはなぜなのか?とか。

妲己や聞仲とはどういう経緯で知り合ったのか?とか。

何故、元始天尊を嫌っているのか?とか。

前に言っていた、『歴史の道標』とはなんなのか?とか。

質問は上げればキリがない。

けれどもそれを聞くことは何故か躊躇われて・・・。

昔の事を思い出しているときのは、とても辛そうな顔をしていたから。

「・・・それで、現状はどうなってるの?」

掛けられた声に我に返ると、が眉間に皺を寄せての顔を覗き込んでいた。

「大丈夫?体調でも悪い?―――それとも、何かあった?」

今度は少し不安そうな表情を浮かべているに、はぶんぶんと首を横に振った。

慌てて千里眼で金鰲島の中の様子を窺って・・・。

『あ、黄親子が十天君の1人を倒して、無事亜空間から抜け出したようだ。雲霄三姉妹を追って再び落下中みたいだけど・・・』

「・・・そう」

あからさまにホッとした表情を浮かべたに、思わず苦笑する。

以前の・・・誰とも関わらないと言っていた頃と比べれば、今の彼女は完璧に別人だ。

こんなにも『他人』を気にするようになるなんて・・・昔は思いもしなかったが。

『それから、太公望と普賢が十天君の1人と戦闘中だ。まぁ・・・見た感じでは大して危なくもないだろう・・・』

「普賢は人が良いように見えて、やるときはやる男だからね」

何か昔の事でも思い出したのだろうか?

クスリと小さく笑うと、再び楊ゼンの視線を戻す。

そんなを見て、は先ほどから気になっていたことを聞いてみた。

『・・・お前、これからどうする気だ?このままここで観戦してるつもりなのか?』

その質問には困ったように笑う。

おそらくそんなつもりはないのだろうが・・・、楊ゼンを見ていると言った手前、そう簡単に放り出してはいけないようだ。

「どうしたもんかな〜・・・・・・、あれ?」

ふと動きを止めて、ある一点を見つめる。

そしてそれを手に取ると、やっぱり・・・と小声で呟いた。

の手にあるのは、小さな小さな虫。

もぞもぞと動くそれを遠くに放り投げてから、はもう一度クスリと笑った。

それと同時に、楊ゼンのすぐ傍にいた雲中子と元始天尊がなにやら大騒ぎしているのが目に入った。

『・・・何があったんだ?』

それを確かめる間もなく、2人は慌てたようにどこかへと走り去っていった。

そのままに視線を向けると、それに気付いた彼女は小さく肩を竦める。

「楊ゼンの身体に寄生してる王天君のダニ宝貝にやられちゃったのよ。多分崑崙山内にも多数侵入してるだろうし・・・金鰲島にいる太公望たちはさらにやばいかもね」

『・・・教えてやればいいのに』

「教えたってどうしようもないでしょ?気をつけるって言ったって限度があるんだし」

さらりとそう言い放ち、はゆっくりと立ち上がった。

「これから逃れる方法はただ1つ。この宝貝を使役している仙人を・・・殺害する事」

静かな声で呟き、そして楊ゼンへと視線を向けて一言。

「意識は戻ってるんでしょう?楊ゼン」

驚いて楊ゼンの方を見ると、の言う通り彼はパチリと目を開けた。

見ているだけで辛そうなその身体を引きずり、やっとのことで起き上がると、楊ゼンはその足を部屋の外へと向けた。

「行かなきゃ・・・、僕が行かないと・・・」

まるでうわ言のようにそう呟きながら、ゆっくりとした足取りで歩いていく。

それを複雑そうな表情で見ていたは、それでも彼の傍によって肩を貸してやった。

「・・・さん?」

「太公望の命令なの、楊ゼンの傍にいろってね。ちょうど金鰲島に行きたいと思ってたところだし・・・ちょうどいいわ」

「ありがとうございます、さん」

楊ゼンは微かに笑みを見せる。

『ところで・・・なんでお前だけ無事なんだ?』

他の仙人たちには現れているダニに寄生されたアザがにはないことに気付き、は不思議そうに尋ねる。

するとあっさりとこう返事が返ってきたのだ。

「ガードしてるに決まってるじゃない」

あっさりと・・・本当にあっさりと返ってきたその返事に、は思わずため息を吐いた。

 

 

「やれやれ、袁天君も案外ふがいねぇなぁ・・・」

巨大モニターに映る普賢と袁天君との戦い。

ついに普賢にやられ、袁天君の飛んだ魂魄を見やりながら王天君はつまらなそうに呟いた。

「これじゃあ、十天君の中で残れそうなのは姚天君と金光聖母くらいか・・・?」

ぼりぼりとお菓子をつまみながら、寛ぎモードに入る王天君。

その部屋の床には大小さまざまなダニ宝貝が、そこら中を這いまわっている。

それを見やり、今度は楽しそうにニヤリと笑みを浮かべた。

「だがそろそろ崑崙のやつらの方もバタバタとくたばり始めていい頃だ」

その言葉と同時に、巨大モニターに映し出される金鰲島に乗り込んだ崑崙山の仙人たちの姿。

「俺はおやつでも食べながら、高みの見物としゃれ込ませてもらうぜ・・・」

王天君は、もう一掴みお菓子を口に放り込む。

その瞬間、再びパッとモニターの画面が変わった。

そこに映るのは、瀕死の状態で金鰲島に乗り込んでくる楊ゼン。

そして・・・―――その隣にはただ前だけを見つめている、の姿。

「へぇ・・・面白い組み合わせだな」

王天君はくつくつと笑い、もう一度モニターに視線を向ける。

真剣な・・・どこか思いつめたようなの表情が目に映った。

「・・・そろそろ、か?」

ぼそりと呟いたその言葉は、もちろん誰にも聞きとがめられる事はなく。

ただただ空しく響き渡り、すぐに部屋の中を這うダニの音にかき消された。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

かなりすっ飛ばし。

どうしようかと悩みましたが、戦闘シーン全面カットです。

その部分が見たかったのよ!という方には、どうもすいません。

でも入れたらかなり長くなっちゃいそうだし、なんかみんな別行動なのでどこに重点を置いてイイのやら・・・と思い、結局主人公に重点を置きました。(笑)

作成日 2003.11.24

更新日 2008.8.1

 

戻る