が王天君の亜空間に囚われている間にも、刻々と戦況は動いていた。

動力炉に向かった太公望と普賢。

王天君のダニ宝貝に侵され、崑崙山に帰還する者。

そして・・・。

楊ゼンは今、残酷な現実を目の前に突きつけられていた。

 

された真実

 

楊ゼンは瓦礫の中に立ち尽くしていた。

王天君により、ナタクや韋護たちと引き離されたのはつい先ほど。

連れてこられた先は通天教主の部屋で、そこで彼は彼自身の生い立ちと、運命を共にする事になった王天君の生い立ちを聞いた。

楊ゼンと引き換えに金鰲島に連れてこられた王天君。

原則的に人間を受け入れない金鰲島で生きるため、王天君は妖怪に対抗できるまで薄暗い牢屋のような部屋に入れられて育った。

そんな状態で、人の精神はどれほどの間、通常を保っていられるだろうか?

まだ子供だった王天君が自分自身を保っていられる時間はそれほど長くなく、そんな王天君に妲己が目を付けたときには、もう彼は半分壊れてしまっていたのだろう。

妲己に目を付けられた王天君は、通天教主を抜け殻にし、金鰲島の権力を握り、そして今崑崙の戦力を大幅に割くことに成功した。

その異常をいち早く察知した元始天尊は、『妲己を殺す計画』である封神計画を発動させたという。

『妲己を殺す計画』。―――楊ゼンが聞いていた封神計画の内容とは『人間界を保護する』というものだ。

その違いに、違和感を覚えた。

しかしそんな違和感に構っている暇など楊ゼンにはない。

妲己と王天君によって抜け殻にされた、実の父親である通天教主との戦いが待っていたからだ。

瓦礫の中で、楊ゼンは自分の身体を見た。

あちこち傷だらけになっているとはいっても、動けないほど酷い傷はない。

ふと周りを見回すと、黒いマントが楊ゼンを覆い隠すように、そこあった。

黒いマント。―――それは通天教主が使っていた宝貝。

抜け殻になった通天教主は、王天君に与えられた強制的な命令と、それに逆らおうとする心、そして息子・楊ゼンを思う気持ちが抑圧され、それは力の解放として爆発した。

通天教主の強力な力の放出で、辺り一帯は瓦礫の山と化したのだ。

楊ゼンは自分を護ってくれたその宝貝を見やり、ほんの少し・・・ほんの少しだけかすかに微笑んだ。

それが通天教主の、父親としての最後の愛情に思えたから。

楊ゼンが少しの感傷に浸っていると、どこからか王天君の笑い声が聞こえ、慌てて辺りを見回す。

人の何倍もありそうな大きな岩の下に、彼はいた。

先ほどの通天教主の力の解放に巻き込まれたのだろう。―――彼はもう、生きているのが不思議なほどの怪我を負って、しかしそれはそれは楽しそうに笑っていた。

「ハハハッ、良くやったよ、楊ゼン!通天教主を殺した!お前が殺した!!お前のせいでヤツは死んだんだ!!」

瓦礫の広がる地に、王天君の勝ち誇ったような笑い声だけが響く。

しかし楊ゼンには、不思議と怒りの感情が湧いてこなかった。

「違うな。父上は最後に自分の誇りを守ったんだ」

「黙れ!!」

自分でも予想以上だった冷たい声でポツリとそう呟くと、王天君は表情をガラリと変え叫ぶように声を上げた。

もう動く事も出来ないはずの彼は、それでも両手の力だけでゆっくりと楊ゼンの方に這いよりながら、言葉を続ける。

「どちらにせよ、お前たちはもう終わりなのさ。崑崙も、聞仲も、ここで消えてなくなるだろうよ!」

「・・・・・・」

「2匹の蛇が互いの尾を食らい、どちらも最後には消え去るように!!そして最後に笑うのは俺たちだっ!!!」

言い捨て、王天君は再び笑った。

そして―――。

ドン!!!

腹の底にまで響くような音を立てて、王天君の魂魄は飛んだ。

それを無表情で見送った楊ゼンは、かすかに聞こえてくる声に慌てて振り返り。

無我夢中で瓦礫をどけると、そこには『聞仲に全権を与える。崑崙山を必ず落とすのだ』という王天君にインプットされたセリフだけをただ話しつづける通天教主がいた。

「・・・父上」

楊ゼンの呼びかけに、通天教主は少しだけ言葉を切り。

そんな父親に微笑みかけて、楊ゼンはゆっくりと彼の目を閉じさせる。

淡い光に包まれて・・・―――通天教主もまた、封神台へ自分の魂魄を飛ばした。

「父上・・・」

ゆっくりと目を閉じて、未だかすかに残る父親の暖かさを噛み締めるように、楊ゼンは強く拳を握った。

 

 

「よーぜーん、よーぜーん!!」

遠くから自分を呼ぶ声が聞こえ、楊ゼンはゆっくりと足を踏み出した。

しばらく歩くと、瓦礫の合間から韋護と彼に抱えられているナタクの姿が。

「楊ゼン!!」

「ああ、大丈夫。心配かけたね・・・」

驚いたような、しかし安堵したような表情で駆け寄ってくる2人にやんわりと声をかけ、楊ゼンは柔らかい笑顔を浮かべた。

「どこ行ってたんだ!?いきなりいなくなるからびっくりしたんだぞっ!?」

「うん。ちょっと王天君に拉致られてね・・・」

先ほどの経緯を話すべきかどうか少しの間迷っていた楊ゼンは、ふと自分を見つめるナタクの視線に気付き小さく首を傾げた。

「・・・どうしたの?」

「いや・・・。それよりも、お前は1人なのか?」

「・・・?」

少しだけ難しい顔をしながら問い掛けるナタクに、楊ゼンは先ほどよりも首を傾げ。

「・・・ああ、あの・・・っつったっけ?あの人もいないんだよ」

韋護から告げられた言葉に、楊ゼンは目を見開いた。

話によると、姚天君と金光聖母の亜空間に引きずり込まれた時にはすでに、彼女の姿はなかったという。

自分の体調と十天君に襲われたという状態に、がいなくなっていた事にまったく気付けなかった自分に少しだけ苛立ちながら、しかし気を取り直して韋護に向き直った。

は?あ、っていうのは、さんが乗ってた霊獣の事なんだけど・・・」

「それが、その霊獣もいないんだよ」

「・・・ナタク。さんのニオイは?」

「・・・しない。あいつのニオイはまったくない。お前のニオイしかしなかった」

どこか落胆しているようなナタクに、気にしないようにと微笑みかけて。

楊ゼンは深く深呼吸をすると、心持ち明るい声で言った。

「大丈夫。さんがそう簡単にやられるはずないしね。さぁ、みんなヘトヘトだし一度崑崙山に帰ろう。僕たちの家に・・・」

改めてナタクと韋護を見て、2人の怪我がそれほど軽くない事に気付いた。

ナタクは自分では歩けないほどの重症だし(宝貝人間なので普通の人よりは丈夫だが)韋護は動けないほどではないが、それなりに傷を負っている。

のことが気にならないわけではもちろんないが、行方もわからないのでは手の打ちようがない。―――今できることをやるだけだ、と楊ゼンは自分に言い聞かし、未だ困惑する2人を連れて崑崙山に戻った。

3人が崑崙山に戻ったちょうどその時、王天君のダニ宝貝に侵された人たちが、四不象のパパに治療を施してもらっていた。

スープー族の大人は宝貝のエネルギーを食べてしまう。―――と言う事は、先日の趙公明戦で実証済みで、それを思いついた太公望の指示らしい。

王天君を殺害すれば、彼が操っていたと思われるダニ宝貝の力も失われるのではないか?という目論みもどうやら外れてしまったようだ。

それとも、ダニ宝貝は王天君が操っていたのではないのだろうか?

もしかして、妲己が?

そんな考えに囚われているうちに、ダニ宝貝に寄生された人たちは続々と回復していき、それを確認した楊ゼンは指示を出している元始天尊を人気のない場所に連れ出した。

「どうしたのじゃ、楊ゼン?」

「元始天尊さまにお聞きしたいことがあります」

辺りが一望できる人気のない岩山の上で、楊ゼンは元始天尊に向き直った。

ここを選んだ第一の理由は、人が来てもすぐにそれが確認できるからだ。

「まずは・・・さんが行方不明です。自分から姿を消したのか、それとも誰かに連れ去られたのかはわかりませんが・・・」

「・・・そうか」

簡単な言葉で返事を返した元始天尊に、楊ゼンは少しだけ眉をひそめた。

以前から思っていた。―――元始天尊との間柄は、単なる師弟だとは思えない。

は見てはっきり分かるほど元始天尊の事を嫌っているようだし、元始天尊の方もとはあまり係わり合いになろうとしていないように思えた。

本当に、の師匠は元始天尊なのだろうか?という疑問が、どこからともなく湧き上がってくる。

もちろん弟子が師匠よりも数段強くなるという可能性もある。

しかしこの2人の間に流れている空気が、どうしてもそうは思えなくて・・・。

問い詰めたい衝動に駆られた楊ゼンだが、今はこのことよりも話さなければならない事があることを思い出し、ゆっくりと口を開いた。

「・・・王天君と話をしました」

その言葉だけで楊ゼンが何を言いたいのかが分かったのだろう。―――元始天尊は深くため息を吐いた。

「そうか。王奕から全てを聞いたか・・・」

「はい。結局貴方のかつての弟子も、通天教主も亡くなる結果となりました」

楊ゼンはそこで言葉を切って、再び息を吸い込むとヒタリと元始天尊に視線を向けた。

「元始天尊さま。この封神計画はどこまでが本当でどこまでが嘘なのですか!?」

沈黙と共に、ふわりと風が舞う。

「初期の段階では、あなたは『悪い仙人を仙人界から追い出す計画』とおっしゃった。そして次には『妲己を倒し、人間界に新たな国を造る計画』とおっしゃった」

そこまで言って、先ほどの王天君の言葉を思い出す。

彼は、封神計画とは『妲己の魂魄を捕獲する』ものなのだと言った。

「こんなにもコロコロ変わられては、誰もが本当の事を言っていない気がしてなりませんね。妲己を抹殺するだけなら、それこそ最初から全仙人を投入すれば済んだことです。なのに貴方はあれこれ言い訳をしながら回りくどい方法を取られた!」

思い返してみれば、申公豹やといった大物は、どこか封神計画に対して積極的ではなかったのではないか?

彼女らが妲己と戦わないのは交友関係にあるからなのだと思っていたが、本当にそれだけなのだろうか?

様々な知識と情報を持っている彼女たちは、実は封神計画の裏にあると思われるものを知っていたのではないのか?

「そろそろ真実を言って下さい!裏には一体何が・・・」

「楊ゼン!!」

突然厳しい口調で話を遮られた楊ゼンは、眉をひそめて元始天尊を見た。

「それ以上言ってはいかん。・・・・・・聞かれておる」

羽音を立てて、鳥が空に飛び上がった。

ふんわりとした心地の良い風が、頬を撫でていく。

その戦いの最中だとは思えない穏やかな雰囲気に一瞬気を奪われた楊ゼンは、しかし我に返って元始天尊に再び視線を向ける。

元始天尊は、楊ゼンと同じように虚空を見つめていた。

しかしその瞳は先ほどの楊ゼンとは違い何か恐ろしいものでも見たかのように見開かれ、身体は石になったかのように硬直していた。

「・・・元始天尊さま?誰もいませんよ?」

楊ゼンのその言葉に、元始天尊は辺りを見回してから息をゆっくりと吐き出し。

「・・・もう気配は去った」

ポツリと言った。

「計画の真の目的を気付かれてはならぬのじゃ。何も知らぬフリをしなければ・・・」

元始天尊が何の事を言っているのかはわからなかったが、彼の言う誰かがこの封神計画の真の目的なのだという事は察した。

「・・・誰なんですか?」

楊ゼンの質問に、元始天尊は再び身体を強張らせ。

しかしはっきりとした口調で、その名前を呟いた。

「・・・歴史の道標」

 

 

かすかな明かりしかない薄暗い部屋の中で。

その部屋にあるモニターに映し出されている十天君たちの戦いを見守っていた聞仲は、最後の十天君の魂魄が飛ぶのを確認し、ニヤリと笑みを浮かべた。

『全て聞仲さまの思惑通りになりましたね。感服いたしました』

それを傍らで見ていた聞仲の霊獣・黒麒麟はゆっくりと頭を垂れ賞賛を送る。

「ふっ、十天君は良くやってくれたよ。自らが封神されることも含めてな・・・」

十天君は、もういない。

全て崑崙の仙人・道士との戦いで、命を落としてしまっていた。―――それこそが、聞仲の狙いだったのだけれど。

彼にとって殷に害を成すものは崑崙の仙人だけではない。

邪魔なのは、金鰲島の仙人も同様なのだ。

だから彼は一番邪魔になるだろう金鰲島の十天君と、そして崑崙の仙人たちを一網打尽にする策を練った。

そしてそれは、今まさに思惑通りになったのだ。

「機は熟した」

今まで座っていた椅子から立ち上がり、モニターに映る光景を一瞥して。

「出るぞ、黒麒麟!」

己の目的のためには手段を選ばない戦士と化したこの男は、身を翻して戦いの地へと足を踏み出した。

 

 

カツ、カツ、カツ。

変わらずかすかな雨音だけが支配する空間に小さな靴音が響き、は閉じていた目をゆっくりと開いた。

目の前に広がるのは闇ばかりで、その靴音の主の姿さえも確認出来なかったけれど。

見えなくとも、それが自分の待ち人なのだと・・・不思議と確信していた。

「こうして会うのはずいぶん久しぶりのような気がするわ。もっと長い間会わなかった時だって、こんな事思ったりしなかったのに・・・」

「・・・・・・」

「私の中で、何かが変わったって事なのかしら?貴方はどう思う、聞仲?」

「・・・さぁな」

声と共に暗がりから姿を現した聞仲は、ほんの少し口端を上げた。

「お前はいつまでも変わらないと思っていたが・・・?」

聞仲の言葉に、今度はが口端を上げ笑った。

「変わらないものなんて何もないのよ?変わっていないように見えても、昔と比べるとずいぶんと姿が変わっていたりするもの。貴方も、私も・・・ね」

は緩慢な動作で立ち上がり、聞仲の傍まで歩み寄ると再び微笑みかけた。

それに少しだけ眉を寄せた聞仲は、右手をの頬へ当て。

「単刀直入に言う。俺と共に来い、。お前が私と共にあれば、妲己など敵ではない」

「お断りするわ」

自分の頬に当てられた手に自分の手を重ね、それをゆっくりと剥がし即答した。

「人には優先順位というものがある、って貴方いつか言っていたわよね?貴方にとってそれは殷で、そして私にとってはそうじゃない」

「・・・・・・」

「私は殷がどうなろうと、そんなことはどうでもいいの。ただ、太公望がいれば。だから貴方が太公望と戦うというならば・・・」

「お前も俺の敵になる・・・と言うのか?」

「・・・そうね」

つい先ほどまで、失う事を怖がっていたのが嘘のよう。

今まさに、は聞仲と敵対しようとしている。―――大切な友人である、彼と。

しかし不思議と迷いはなかった。

悲しかったけれど、辛かったけれど。

もう彼女は心を決めてしまっていたから。

人は何かを手に入れようとするならば、何かを失わなければならない。

昔、何かの本でそんな言葉を読んだ気がする。

今がその時なのだろうと、漠然と思った。

「いつか、戦場で貴方と間見えることがあるかもしれない。その時は、私の全力を持って貴方に戦いを挑みたいと思う」

それが聞仲に対する、ができる最後の事だった。

「そうか。私はたくさんのモノを失ってしまったのだな。飛虎も、お前も」

「それでも殷を守りたいと、そう思ったんでしょう?」

2人は顔を見合わせて、そしてこの場には似つかわしくない笑みを浮かべた。

「その通りだ。殷に害成すモノはなんであろうと許さない。例えお前でも・・・」

そう言い残し、聞仲は踵を返して再び闇の中に姿を消した。

それを見送って、は深く息を吐き出した。

と聞仲の決別。

これから起こるであろう戦いの結末がどんなものなのか、見当もつかなかったけれど。

もう後戻りは出来ないのだ。―――全てはもう、何年も、何百年も、何千年も前に始まってしまっていたのだから。

「・・・よしっ!」

小さく声を出して自分自身に気合を入れると、もまた踵を返して闇の中に消えた。

 

 

『聞仲を金鰲島の動力炉に引き付けておくから、全員回復し次第ヤツを集中攻撃せよ』

今治療中の仙道たちにそう通信した太公望は、黄巾力士に乗って動力炉へと向かっていた。

「ねぇ、望ちゃん覚えてる?」

不意に話し掛けられ普賢の方を見ると、彼はクスクスと声を立てて笑っていた。

「30年くらい前にも、こうして黄巾力士に乗って出かけたことがあったよね」

「あ〜、そう言えばそんなこともあったのぅ」

脳裏にその時の思い出が甦ってくる。

元始天尊に睡眠薬を盛って、その隙に黄巾力士を盗んで人間界に遊びに行ったあの日。

あの頃はまだ、普賢は十二仙になってはいなかった。

何の変哲もない、日常の話。

「・・・どうした、突然?」

「ううん、ただ思い出したんだ。あの頃は、争いもなくて楽しかったなぁ・・・って」

遠くを見るような目で宙を見つめる普賢に、太公望もまた少しの寂しさを感じていた。

あの頃のような平凡な日常は、果たして帰ってくるのだろうか?

なくなって初めて気付く。―――それらがどれほど幸せな日々だったのか。

「それにしてもお腹空かない?そろそろ聞仲も来る頃だろうし、腹ごしらえして待とうよ」

コロッと口調を変えて、普賢は懐から弁当箱を取り出した。

「・・・おい」

先ほどまでのシリアスな雰囲気はどこへやら。

プチピクニック的な雰囲気に、太公望は思わずこめかみを押さえた。

「どうしたの、望ちゃん?ごまだんご嫌いだっけ?」

普賢は弁当箱を太公望の方へと差し出した。

中には美味しそうなごまだんごが2つ、仲良く並んでいる。

「おお、ごまだんご!」

太公望は先ほどの怒りさえも忘れて、ごまだんごを1つ口の中に放り込んだ。

香ばしいごまの風味と、口の中に広がる甘いあんこの味。

しばしの幸せに包まれていた太公望だったが、けたたましい音を立ててなった電話に思わず我に返った。

「へい、こちら太公望!むぅ、楊ゼン、無事だったか!!」

電話の主は楊ゼンだった。

声の調子から、どうやら以前の体調を取り戻したようだ。

『はい。僕らもこれからみんなを連れてそちらに向かいます。あなた方はみごとエサとなって聞仲を引き付けておいて下さい』

『みごとなエサ』というところを強調した楊ゼンに、太公望は苦笑した。

「うむ。可能な限り早く来るのだ。聞仲相手では10分も持たんからな」

そう告げて、電話を投げ捨てるように切ると、自分自身に気合を入れるように大きな声で言った。

「よし、行くぞ普賢!わしらとこの動力炉をエサにして聞仲をおびき出してやっつける!聞仲の居場所さえ分かれば、戦力分散の愚は避けられる・・・で・・・の・・・」

意気揚揚と立ち上がった太公望は、バランスを崩して再びその場に座り込んだ。

眩暈がする、足元が覚束無い。

何かおかしいと思ったのは、もう座ってもいられない状態になった頃だった。

「ごめん、望ちゃん」

「普賢、おぬしまさかさっきのだんごに一服・・・」

「フフフ、そうだよ。元始天尊さまに盛ったのと同じ睡眠薬だよ」

伏している太公望とは反対に普賢は立ち上がると、太公望を見下ろして言った。

「みんなが到着するまで2人で耐える必要はないんだ。耐えるだけなら2人も1人も同じ」

エサは1人で十分だよ。―――そう呟いた。

普賢はヒラリと黄巾力士から降りると、太公望に向かいにっこりと微笑んだ。

そして太公望が乗る黄巾力士を軽く押してやると、それは来た道を戻っていく。

「ばかもの・・・」

太公望の呟くような声が、聞こえたような気がした。

小さく息を吐いて、普賢はうずくまるようにその場に座り込んだ。

「これでいいんだよね。望ちゃんにはまだ妲己という敵がいる。生きなきゃ・・・」

まるで自分自身に言い聞かせるように、ポツリポツリと言葉を口にする。

そうしなければ、耐えられなかった。

今にも聞仲が来るだろう、この状態に。

どれほどの時間が経っただろうか?―――ほどなくして、空気が張り詰めたのが分かり、普賢は勢い良く立ち上がった。

「・・・来た!!」

普賢のその言葉を合図に、どこからともなく鞭がしなり辺り一帯を薙ぎ倒していく。

一歩も動くことなどできず、手に宝貝を構えると、普賢はそこにいるだろう聞仲の姿を探して視線を巡らせた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

前回の申公豹に引き続き、今回は聞仲の登場です。

彼ももっと格好良く書いてあげられたらなぁ・・・と思いますが。(笑)

そしてまたもや主人公と太公望、会っていません。(あらら)

次に再会できるのは、いつなのかしら?

作成日 2003.12.12

更新日 2008.11.7

 

 

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