「望ちゃんはいつか、戦いに身を投じる気がする。心の奥にぎらぎら光る刃があるもの」

昔、元始天尊の黄巾力士を盗んで人間界に遊びに行った時、普賢がもらした小さな呟き。

その言葉が出てきたきっかけは、なんだっただろうか?

確か・・・―――考え事をするためだけの釣りで、魚が痛い目を見るのは可哀想だと普賢が言い出した時だ。

太公望が普賢に『おぬしは徹底して争い事が嫌いなのだのぅ』と呆れたような表情を向けると、『望ちゃんも一緒でしょ?』とあっさり笑顔で返されたのだ。

そう、そしてその後・・・・・・さっきの言葉を言われた。

それは確かに間違いではない。―――太公望は今、戦いに身を投じているのだから。

しかし何故だろう?

争い事が嫌いで、一番争いごとから遠いところにいたはずの普賢が、今まさに戦っているのは・・・。

彼は言った。―――『その時は僕もキミの横にいるよ』と。

『それだけの力はあるから』と。

けれど今、まさに戦いの中にいる彼の隣には誰もいない。

「普賢のヤツめ・・・。睡眠薬とはふざけたことを・・・」

太公望は失いそうな意識を必死に繋ぎとめ、懐にある打神鞭に手をやった。

 

果てなき

 

普賢に睡眠薬を盛られた太公望は、眠るまいと必死に自分と戦っていた。

すぐに戻らなければならない。

このまま普賢を死なせるわけにはいかない。―――ただ、その一心で。

しかし動こうと思っても、なかなか手足は思うように動いてくれなかった。

『いい格好してるな、太公望』

苛立ちだけが募っていく中、低い嘲るような声が太公望の耳に届いた。

だるい頭を持ち上げてその声の主に視線を向ける。

「・・・、か?」

そう呼ばれた黒い毛並みを持つ獣は、黄巾力士の上に降り立つと、伏している太公望を一瞥し冷笑した。

「・・・は・・・どうした?」

そんなを無視して、本来ならばと共にいるだろう彼女の行方を訪ねる。

するとは少しだけ怯んだ様子を見せ、しかしすぐに太公望の目を見つめると、一言。

『王天君に拉致られた』

誤魔化す事無く、きっぱりとそう告げた。

「王天君・・・に?それで・・・あいつは今、どうして・・・」

『そんなのお前に教える必要はないだろう。それとも何か?助けに行くっていうのか、そんな状態のお前が?』

の遠慮のない言葉に、太公望は強く唇をかんだ。

確かに今の状態でそれを聞いても、自由に動く事も出来ないのではどうしようもない。

いや、もし今身体が自由に動いたとしても、を助けに行くことなどできないのだ。

今普賢は、聞仲を相手に勝ち目のない戦いを挑んでいるのだろうから。

彼を見捨ててを助けにいくなんてこと、太公望には出来ないのだから。

太公望は重い身体を動かして懐に手を入れると、そこにあった打神鞭を強く握り、それをそのまま自分の足に突き刺した。

じんわりとした痛みと引き換えに、頭が少しづつ冴えてくる。

眠ってたまるか!!―――と、心の中で叫んで。

そして痛む足を無視して立ち上がると、そこにいるを睨みつけた。

を助けに行くことはできん。わしにはやらなければならない事があるからのぅ・・・」

心配じゃないわけじゃない。

しかし・・・―――太公望には、どうしてもがピンチに陥っている状況が想像できなかった。

いつも自信たっぷりで、どんなことが起こってもあっさりとそれを切り抜けてきた

いつもそうだとは限らないが、今回もそうなのではないかとさえ思えてくる。

この気持ちは、なんと言うものなのだろうか?

静かに深く息を吸い込んで、太公望はヒタリとを見返す。

「わしはを信じている。だから、わしは今自分ができるだけのことをやるのだ」

その力強い・・・迷いのない言葉に、今まで冷ややかな目をしていたが少しだけ表情を和らげたように見えた。

彼女を信じている太公望。

そして、彼女もまた太公望を信じているのだろう。

そんな誰にも割り込めない雰囲気が、無性に腹立たしく・・・―――そして無性に羨ましかった。

『やっぱり俺は、お前のことが嫌いだよ・・・太公望』

小さく漏らすようにそう呟いた黒い霊獣に、太公望はきょとんと目を丸くして。

「そうか?わしは結構、おぬしの事を気に入っておるが・・・」

けれど太公望はすぐさまニヤリと口角を上げると、至極あっさりとそう答える。

思ったとおりのその返答に、は今度こそはっきりと笑った。

とはぐれて、しかし亜空間に囚われたの元へ行くだけの力はにはなくて。

それならばせめて、彼女が大切に思っている人物の力になろうと思った。

それが昔から嫌っている、太公望でも。

太公望はと話をする事によって、だいぶ正気を取り戻したようだ。

『少しは役に立てたよな?』―――心の中でにそう問いかけ、急いでその場を去っていく太公望の後ろ姿を見送りながら、は満足そうに微笑んだ。

 

 

ガアァァァァァァァァン!!

しなる鞭と、それによって薙ぎ倒されていく『星』たち。

崩れていく瓦礫と化した『星』の破片が降り注いでも、普賢は一歩も動く事が出来なかった。

ただ巻き起こる土煙の向こうに見える、黒い影を見つめるだけで。

「太公望はどこだ?」

姿を現した聞仲は、目の前に立っている普賢に向かいそう言い放った。

彼を目の前にして普賢が感じるのは、純粋な恐怖そのもの。

しかし普賢は震える手に力を込めて、せめて気持ちだけでも負けないようにと真正面から聞仲を見つめ返した。

「殷の太師・聞仲・・・。僕は争い事が嫌いなんだ、話し合いで解決できないかな?」

声が震えてなかったかな?

ふとそんなことを思う。

「・・・言ってみろ」

聞仲はそんな普賢をしばらくの間黙って見ていたが、小さく息をついてそう言った。

「ありがとう・・・」

聞仲の思わぬ返答に、しかし普賢はそれを感じさせることなく、ちゃんと礼を述べてからにこりと微笑む。

ここからが勝負だ。

戦いは避けたい。―――聞仲を相手に戦えば、多大な犠牲を払う事になりかねない。

なんとしても説得して、彼の戦意を殺がなければ。

それが無理ならば、せめて少しの時間稼ぎを・・・。

普賢は頭の中を必死に回転させ、深く息を吐いてから再び聞仲を見つめた。

「聞仲。貴方は何故そこまで殷にこだわるのかな?妲己によって殷はもはや民の信望はなく、王位継承者ももういない」

ピクリ、と聞仲の眉が動いた。

「確かに貴方は300年以上も殷の守護神として尽くしてきたのだから、いろいろあったんだとは思うよ?でも、もう事実上殷は終わっているんだ・・・。歴史の流れは、確実に周に向かってる」

深く息を吸って、力強い声で普賢は言った。

「だから僕は提案する。みんなで力を合わせて妲己を倒し、人間界を浄化しよう!」

「・・・・・・」

「その後、僕らは二度と人間界には行かないと誓うから。・・・・・・どうかな?」

窺うように問い掛けても、聞仲は黙ったまま普賢を見つめていた。

この説得が成功してくれれば・・・―――普賢は強く思う。

彼の本音は、やはり戦いを避けたいと思っていたから。

しかし・・・―――無情にも、聞仲の答えはそれを否定するものだった。

「普賢真人よ。人には優先順位というものがある!そして私にとっては殷がその一番なのだ!」

半分は予想していたハズのその言葉に、しかし普賢は驚いたように目を見開いた。

「これまで・・・そしてこれからも、金鰲と崑崙は何一つ殷のためにならぬと分かった!だから滅ぼす!この単純な構造を、お前も太公望も何故わからぬのか?」

「やっぱり・・・貴方が今頃になって出て来た理由は、崑崙と金鰲を戦わせ双方の消滅を謀った・・・」

「正解だ!十天君は私と敵対していたし、通天教主様の心も既に死んでいたからな!!」

聞仲の当然だとでも言うようなその言葉に、普賢は強く唇をかんだ。

「それは酷いね。育ててもらった恩義はないの?」

「あるとも。だが殷と比較して、どちらが大切かという事だ!!」

僅かに眉を顰めつつそう問うた普賢に、しかし聞仲はきっぱりとそう告げる。

何を言っても、何をやっても、聞仲の意思は変わらないのだと知った。

自分では・・・いや、もう誰も彼の強固な意志は崩せないのだと。

「話は終わりだ、崑崙十二仙・普賢真人」

聞仲は武器・・・―――宝貝・禁鞭を手に、静かな口調で言った。

禁鞭は今にも普賢に襲い掛からんばかりに、その鞭を四方にしならせている。

「不要な仙人界と共に、消えてもらおう」

聞仲の言葉に応えるように、禁鞭は普賢に襲い掛かった。

「くっ!!」

こうなれば何とか時間を稼がなくてはいけない。

普賢は自身の宝貝を構え、素早く禁鞭の攻撃を避けた。

彼の宝貝・大極符印は『元素』を操る事ができる。―――その力を使って、禁鞭が届かないように引力を制御した。

跳ね返させた禁鞭の鞭は、普賢の周りにあった『星』たちを薙ぎ倒していく。

「やるな、普賢真人・・・」

巻き起こる土煙の中から、涼しい顔をした普賢が姿を現した。

両手に球状の大極符印を構え、ヒタリと聞仲を見つめ返す。

「本気で滅ぼすつもりなんだね?躊躇なく動力炉を破壊するなんて・・・」

崩壊していく星たちを横目に、普賢は静かな声で言った。

言うまでもなく、太公望の策通り・・・普賢は動力炉の上にいた。

禁鞭は彼の足場・・・―――つまり動力炉を、跡形もなく吹き飛ばしたのだ。

しかし普賢は静かな口調で・・・小さく笑みさえ浮かべて。

「でも聞仲。僕を封神する事は出来ないよ。斥力を発生させた。キミの禁鞭は、もう僕には届かない」

斥力とは、引力の逆のこと。

その力を使う事によって、どんな物理的攻撃も彼の身体には届かない。―――その、ハズだった。

「そうかな?」

「・・・え?」

しかし小さく笑った聞仲に、普賢は小さく首を傾げた。

その瞬間、普賢は左肩と右足から強烈な痛みを感じ、思わず小さく声を上げる。

どうしてなのだろう?

自分は確かに、彼の攻撃を防いだはずだというのに・・・。

流れ落ちる血をそのままに、普賢は呆然と聞仲を見つめた。

どこまでも無表情な彼。

しなる鞭と、感じる言い様のない恐怖。

防御がまったく効かない。―――そんな出来事は初めてだった。

「普賢真人よ、あえて問おう」

そんな普賢に、聞仲は視線を向けた。

「何故、太公望を逃がし1人で私と戦おうと思った?お前1人で私を押さえられるとでも思ったか?」

聞仲の問い掛けに、絶望的な状況の中、それでも普賢は精一杯気力を起こしやんわりと微笑んだ。

「・・・・・・そうかもね」

「嘘だな!」

しかし聞仲はそんな普賢の心中もお見通しのようで、必死に強がったその言葉を一蹴する。

「お前は太公望だけでも生かそうと考えたのだ。そして自分は後から来る味方のために私を引き付けておこうとしている!たとえ・・・自らの命を落とそうとも、な」

何も言えなかった。―――まさにその通りだったから。

どんな言葉で取り繕っても、彼には通用しないと思った。

そしてそんなことをしても、無意味なのだということも彼は知っていた。

「わからんな、お前たちが・・・。数が増えればこの私を倒せるとでもいうのか?それが可能だと、本気で思い込めるほど愚かなのか?」

再び禁鞭が音を立ててしなり始めた。

何とかしなければ!

何とか時間を稼ぐんだ。―――みんなが来れば!!

そんな思いだけが彼の頭の中を占める。

「みんなが来れば、きっと貴方を倒せる!!」

自分を見つめる聞仲に向かい、普賢は声を張り上げて叫んだ。―――例え愚かだと言われようとも、彼はそう信じていた。

それに呼応するように、大極符印が音を立てて光を放出し始める。

「ほう・・・、宝貝・大極符印の核融合だな」

大して慌てた様子のない聞仲の周りに、眩いほどの光の玉が浮かび上がる。

ゴオォォォォォォォン!!

それと同時に物凄い爆音を立てて、光は爆発した。

光の渦と、巻き起こる強烈な熱と爆風。

それを少し離れたところから見ていた普賢は、大きく息を吐いた。

「確実に直撃している。少しはダメージを与えられたかな・・・?」

肩で息をしながら、目を凝らす。

どうかこれで聞仲を押さえられますように。―――そんな、淡い期待を乗せて。

しかし現実とはどれほど無情なものなのだろうか?

「そっ、そんな・・・」

光の渦から姿を現した聞仲の身体には、傷1つついてはいなかった。

「力の差とは無慈悲なものだな。哀れみをもって1つだけ教えてやろう」

聞仲の声が、どこか遠くから聞こえる気がした。

「私に弱点はない!例え何人がかりで来ようと、無駄なのだ!!」

強い口調で言い放つ聞仲に、普賢は今度こそ身体を震わせた。

怖い。―――彼を前にして、もはや恐怖しか感じない。

「さらばだ、普賢真人」

聞仲の冷たい声と、風を切る禁鞭のしなる音に、普賢は今度こそ『死』を感じた。

これほど強く『死』を感じたのは、生まれて初めてだった。

 

 

一方、趙公明戦終了時から忽然と姿を消していた妲己は、ある場所で優雅に仙界大戦を鑑賞していた。

仙界大戦の内容とは裏腹に、エステに酒盛りといったのんびりとした生活を送っている。

「やっぱりヒロインたる者、こうして美しさに磨きをかけないとねぇ〜ん」

この妲己の言葉を太公望やが聞いていれば何らかのツッコミがあったのかもしれないが、ここにはそうツッコミをするものは残念ながらいなかった。

ピポピポ・・・

「あはん、あの子からの通信だわん」

不意に部屋の中に軽快な音が響き、それに気付いた妲己は傍にあったボタンに手を伸ばした。―――その直後、同じく部屋の中にあったモニターに粒子の粗い映像が映し出される。

『相変わらずいいご身分だな、妲己』

「あらん、男たちが戦ってる最中のエステこそ史上の贅沢よん」

喉を鳴らして笑うその人物に、しかし妲己は気にした様子もなくあっさりとそう言い返す。

『まぁ、あんたはそれでいいんだ。・・・ところで、こっちじゃついに聞仲が動き始めたぜ?』

「そう、順調ねぇん・・・」

『―――だが、このままじゃあ聞仲が1人勝ちで終わりだぜ?』

その言葉に、妲己はクスクスと笑う。

「おバカな子ねん。いくら聞仲ちゃんが最強に近いとはいえ、所詮は人間よん。そして人間には心というとてももろい弱点があるのん」

あなたのように壊れない限りはね。―――と心の中でひっそりと付け足す。

それに気付いていないのか、モニターの人物は少しだけ考え込む様子を見せて。

『・・・なるほどな。やっぱあんたはすげぇよ。かなわねぇ・・・』

そう呟くと、やはり楽しそうに喉を鳴らして笑った。

聞仲の心の一番柔らかい部分。―――モニターの人物には、それに心当たりがあった。

『でも・・・あんたはこれからどうするよ?』

「仙界大戦が終結し次第、再び朝歌に降りるわん。それがわらわの『役目』ですもの」

寝転がりエステを受けていた妲己は、ゆっくりと身を起こすと小さく笑った。

『わかった・・・』

簡潔な言葉と共に消えたモニターにジッと視線を向けて。

先ほどの嘲るような笑みを浮かべていた妲己は、その顔を消し静かに目を閉じる。

「神話の時代の終わりが近づいている。歴史の元型・・・世界史の最も根源的な部分の終わりが・・・」

もうすぐ。

もうすぐ全てが終わる。

その時にこそ、彼女の真の望みが果たされるのだ。

虚空を見上げた妲己は、満足そうに微笑んだ。

 

 

「さらばだ、普賢真人!」

襲い来る禁鞭を、普賢はただ見つめていた。

目をつぶる事など出来ない。―――それほど酷い恐怖の中で。

普賢は一陣の・・・風を見た。

普賢を守るように起こったその風は、襲い来る禁鞭を跳ね返し。

「風の壁・・・、来たか!!」

「普賢!この大バカ者がっ!!」

聞仲の声に重なるように、その声は響いた。

「望ちゃん!!!」

そこにいたのは、つい先ほど睡眠薬を盛ってまでこの戦いから遠ざけた太公望。

いつの間に来たのか、四不象の背に乗ってニヤリと笑みを浮かべている。

「おう、聞仲!久しぶりだのぅ・・・」

「ふっ、尻尾を巻いて逃げたのではなかったのか・・・?」

「誰がっ!今度は前のようにはいかせんぞ!!」

「よかろう。来い、太公望!!」

太公望が最初に聞仲と戦ったのは、彼が朝歌から逃げ出した武成王親子と共に西岐に向かっている時。

その時はまったくと言っていいほど歯が立たなかった。

しばらくの間、彼の攻撃から仲間を守るだけで精一杯で。

あの時聞仲が見逃してくれなければ、今生きていることさえ出来なかっただろう。

ふと、その後現れたに課せられた過酷な修行を思い出し苦笑する。

大丈夫!

あの時よりも、今の自分は強くなっている。

そう心の中で言い聞かせ、再び聞仲を睨みつけた。

「望ちゃん、どうして帰って来ちゃったのさ・・・。せっかくとっておきの睡眠薬を使ったのに・・・」

宝貝を構えて、しかし先ほどよりも少し余裕を取り戻した普賢が軽くそう言った。

そんな普賢の言葉に、太公望は不満げに眉を寄せて。

「聞仲をなめるでないぞ、普賢!たった1人で時間を稼げると思ったか?スープーの到着が遅れておったら、おぬしは無駄死にするとこだった・・・」

「そうだね・・・」

太公望の叱責に、普賢は反抗する事無く素直に頷く。

確かに、彼の言う通りだった。

太公望がここに来るのが少しでも遅かったら、普賢の命は失われていただろう。

それは覚悟していた事ではあったけれど・・・―――それでも、もう1度親友の顔を見る事が出来た今が嬉しくもあるから。

2人はお互い顔を見合わせて・・・―――そして小さく笑い合った。

大切な友が無事でよかったと安堵し。

そして大切な友が駆けつけてくれたことによって、安堵し。

『普賢さん、安心するっス!崑崙の皆さんはパパの力で回復したっス!!』

四不象はそんな2人を見て、明るく言う。

スープーパパの力で王天君のダニ宝貝から回復したみんなよりも1足早く、四不象は太公望の元へと向かった。

黄巾力士よりも早い彼が最速で飛んだからこそ、間に合ったのだ。

しかし四不象のその言葉に、太公望は不思議そうに首を傾げる。

「そういえばパパはどうしたのだ?」

スープー族の大人は、宝貝のエネルギーを食べる事ができる。

聞仲はパワーを放出するタイプではないが、それなりに戦力になるだろうと踏んで聞いたことなのだが・・・。

『パパは病弱だから、みんなを回復した後に・・・』

以前趙公明が崑崙山に『力試し』をするために乗り込んできたとき、元始天尊と共に戦い、そしてその時負傷した怪我が元で長く変身していられないと言う話らしい。

『でも大丈夫っス。パパにこれをもらったっスから・・・』

そう言って取り出したのは、何も書かれていない一枚の白い紙。

「これはなんなのだ・・・?」

『さぁ・・・?ただの白紙っスよ・・・』

さらりと言い切る四不象に、太公望は軽くこめかみを押さえた。

そんな太公望たちを静かに眺めていた聞仲は、再び手に持った禁鞭をしならせる。

「そうか、王天君のダニ宝貝から回復したか。だが・・・それがどうした?」

それと同時に、太公望は打神鞭を構える。

「少し寿命が延びただけの事。違うか、太公望!!」

聞仲の吠える声と共に、禁鞭が轟音を立てて襲い掛かってくる。

「来たよ、望ちゃん!!」

「疾っ!!」

構えた打神鞭から、太公望の掛け声にあわせて風が巻き起こる。

その風は、いともたやすく禁鞭を跳ね返していく。

それに少しばかり驚いた聞仲は、軽く目を見開いた。

太公望の力が以前よりも増している。―――おそらく趙公明などの強者と戦ってついた実力なのだろうが・・・。

「だが、いつまでそうしているつもりだ?守るだけでは味方が来る前に力尽きるぞ?」

聞仲の言葉通り、太公望にはそう体力は残っていなかった。

スープーパパの力で王天君のダニ宝貝から逃れたのは、武吉によって保護された十二仙と他少数だけで、太公望と普賢は未だダニ宝貝に侵されているのだ。

四不象がパパと同じように自由にその力を使いこなせれば話は別なのだが、まだ子供だという彼は残念ながら自由にその力を使いこなす事はできない。

趙公明戦の時のように、何か特別な影響があれば別なのだけれど・・・。

『ご主人、頑張るっス!ボクたちのすぐ後にみんな来てるハズっスから・・・』

それを歯がゆく思いながらも、四不象は振り切るようにそう声を上げた。

そんな彼の言葉に、太公望は気合の入った眼差しで聞仲を見据えて。

「分かっておる!普賢、Bクイックで行くぞ!!」

突然告げられたその単語に、普賢は思わず目を丸くした。

Bクイックとは、太公望と普賢が修行中にやっていた遊びの1つ。

確かに実践に役に立たないとは言わないが・・・―――しかしそれを今ここでやることに、やはり驚きを隠せない。

上手く行くかどうかさえ分からなかったが、それでもこのままの状態でいるよりはましだろうと思い直し、普賢は大極符印を構えた。

「宝貝・禁鞭の攻撃パターンをロード。宝貝・打神鞭と宝貝・大極符印のコンバイン・・・―――OK!いいよ、望ちゃん!!」

なにやら大極符印をいじっていた普賢は、小さく笑みを浮かべて太公望を見た。

その声にあわせて太公望は風を発生させ・・・。

その風は2人に向かってきていた禁鞭を跳ね返し、そして―――。

「・・・なにっ!?」

跳ね返された禁鞭の一部が、聞仲の頬を掠めていった。

聞仲の頬に、紅い雫が伝っていく。

「よしっ、やったぞ普賢!!」

「せ・・・成功したの?」

禁鞭の余波によって吹き飛ばされた2人は、瓦礫の中から這い上がり、そして聞仲の頬につけられた一筋の傷を見てシテヤッタリと笑った。

「あやつに傷を負わせた!近づく事さえ出来なかったあやつにだ!!例え与えた傷がちっぽけでも、完全無敵な者などいないということだ!!」

頬を流れる血を手で無造作に拭い、聞仲は厳しい視線を太公望に向けた。

「何をした・・・?」

「ふっふっふ、おぬしの鞭を跳ね返しただけよ!」

嬉しそうに笑って、太公望は聞仲に人差し指を突きつける。

「この普賢の大極符印は宝貝コンピューターにもなっておってな。大極符印は敵の攻撃パターンを記憶できるのだ!」

「さらにそのパターンを味方の宝貝に転送すると・・・自動で敵の攻撃を追尾できるようになるんだ。どうやら貴方の攻撃の大半は目くらましで、実際に目標に当たるのは3〜5発らしいね」

つまりその当たる部分を打神鞭の風で方向転換させれば、禁鞭の攻撃は無効化できる。

おまけに跳ね返した部分を聞仲本人に向かわせ、こちらからも攻撃を加える。

「これぞわしらが開発した『Bクイック』じゃー!!」

「ねぇ、やっぱりその変なネーミングはやめようよ・・・」

意気揚揚と声を上げる太公望に、しかし普賢は呑気にそう言った。

2人を取り巻く空気は幾分柔らかく、攻撃が決まった事により少し余裕が出てきたようだ。

「さて、聞仲よ。そろそろおぬしの命運も尽きてきたかのう・・・」

立ち上がった太公望の背後から、いくつもの轟音が聞こえてきた。

それは見る見る間に近づいてきて。

「太公望、普賢、四不象、待たせたなー!!」

「あれが聞仲でちゅか・・・」

「ごめんね、聞太師。これも愛のためなの〜!!」

崑崙十二仙・楊ゼン・武吉・蝉玉らが、黄巾力士でその場に降り立った。

「「「「「覚悟を決めろ、聞仲!!この崑崙十二仙がお相手するぜっ!!」」」」」

響き渡るその声の中、太公望は聞仲に向き直り、静かな口調で告げた。

「さて、今度はこの人数で『Bクイック』を決めさせてもらうぞ」

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ついに崑崙十二仙・登場!!(玉鼎と太乙除く)

でも十二仙の中でこの物語に登場している人って少ないから、誰が誰だか分からないかもしれませんね。

今さらながらに思うけど、この文章でちゃんと状況が伝わっているんでしょうか?

自分で読んでても、飛ばしまくりでよく分からないな〜とか思う部分もあったり。(直せよ)

やりたいことはいろいろあるんですが、そこまで手が回りません。

ところで、主人公は一体どこに?

作成日 2003.12.16

更新日 2008.12.12

 

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