「ついに聞仲が出ましたね。楽しかったこの仙界大戦も、最終幕となってしまいました」

金鰲島と、それに突っ込んだ崑崙山が一望できる上空で、申公豹は残念そうな声色でポツリとそう言った。

と別れ亜空間を出た後、彼はここで戦いの行方を見守っていた。―――いや、やはり妲己同様、鑑賞していたと言った方が正しいか。

『どっちが勝つと思う、申公豹?』

自分の背に乗る主を見上げて、黒点虎は少しばかりの興味を乗せて聞いた。

しかし申公豹は迷う事無く。

「確実に聞仲です」

『えぇ!?でも崑崙にはまだ太公望も残りの十二仙も竜吉公主もいるんだよ?』

あっさりとしたその答えに、黒点虎は思わず声を上げた。

そんな黒点虎に申公豹は小さく微笑んで、しかしきっぱりと言い切った。

「確かに数の上では不利ですね。でも彼の実力は数すら粉砕するでしょう。ただし・・・」

『ただし・・・?』

鸚鵡返しに聞き返してくる黒点虎から何もない虚空に視線を移した申公豹は、冷笑する。

「歴史の道標が聞仲を向いてないとしたら・・・どちらに転ぶかは分かりませんがね」

 

運命の選択

 

「ところで、は今どうしていますか?」

先ほどのシリアスな雰囲気をぶち破って、申公豹は少し浮かれた様子で黒点虎に向かい問いかける。

それに不思議そうな表情でうきうきとした様子を見せる申公豹を見上げた黒点虎は、訝しげに首を傾げてみせた。

『・・・ちゃん?』

「そうです」

『どうしてる・・・って、ちゃんは亜空間内に閉じ込められてるんじゃないの?』

そんな事は、実際にその場に向かった申公豹だって承知の上だろうに。

そう言外に漂わせる黒点虎に、しかし申公豹はにんまりと笑ってみせた。

「彼女が言っていた待ち人というのは、おそらく聞仲のことでしょう。その聞仲がこうして表に出てきたのですから、もすぐに出てくるはずです!」

『・・・ふ〜ん』

軽く相槌を打っておいて、さっそく金鰲島内にいるだろうの姿を千里眼で探った。

「彼女が戦うのを見るのは、本当に久しぶりです。なんなら仙界大戦よりも楽しみかもしれません」

『え〜?でもちょっと前にちゃん戦ってなかった?ほら・・・魔家四将が西岐を攻めた時!便乗して出てきた雑魚妖怪仙人やっつけてたじゃん!!』

首を傾げてそう言った黒点虎の頭を、申公豹はポカリと軽く叩く。

申公豹曰く、あれは戦った内には入らないらしい。

「あの戦いで、は実力の10分の1も出してなかったんですよ?そんなのを観戦して楽しいわけないじゃありませんか!!」

説得力のあるような、ないような・・・―――微妙なその言葉に、しかし黒点虎は言葉を返さずにひたすらの姿を探し続けた。

こういう時の申公豹には、関わらないのが一番だと彼は知っていたからである。

「しかも今回の相手は聞仲ですよ?彼が相手ならば、きっと面白い戦いに・・・」

『あっ!!』

「見つかりましたか?今どこら辺にいます?」

千里眼を使っていた黒点虎が上げた声に、申公豹は心持ち前のめりになりながら表情を輝かせる。

それを困ったような可笑しいような微妙な表情で見返した黒点虎は、申し訳なさそうにポツリと告げた。

ちゃん、迷子になってるみたいだよ?』

 

 

「太公望師叔!」

黄巾力士の1つに乗っていた楊ゼンは、聞仲と対峙する太公望に声を掛けた。

「楊ゼン!おぬしいいのか?戦いっぱなしではないか・・・」

心持ち心配そうな表情を浮かべる太公望に、しかし楊ゼンはいつも通り自信たっぷりの笑みを浮かべて。

「何をおっしゃる!ボクがやらなくて誰が聞仲をやるのですか!」

まるで当然だと言わんばかりの口調でそう放つ。―――その表情には、少し前に見た陰りはどこにもない。

そして楊ゼンは、太公望から聞仲へと視線を向けて。

「聞仲、キミには借りがあったね!」

楊ゼンは忘れたわけではなかった。

以前、聞仲と対峙した時に、何も出来ずに太公望に守られるだけだったあの時のことを。

あの時のことを、楊ゼンは忘れたことはなかった。

そうして楊ゼンは、人間の姿の自分から妖怪である自分に姿を変えてヒタリと聞仲を見据える。

そんな突然の楊ゼンの変化に驚いたのは、彼と一緒にこの場に来た十二仙だった。

「よっ・・・楊ゼン、それはなんだ!?」

「何に変化を!?」

「変化ではありません。半妖態です!」

どよめく十二仙たちに向かいきっぱりと言い放つ。

自分が妖怪だと・・・それを人に告げるのが怖い。―――楊ゼンはずっとそう思っていた。

バレてしまえば、自分は敬遠されてしまうだろう。

元々崑崙と金鰲の仲はすこぶる悪かったのだ。―――そうなってしまう事が当然のように思えた。

けれども、人と接することによって。

そして誰よりも太公望たちに接する事によって、楊ゼンはそれを乗り越えたいと思った。

この人たちなら、自分が妖怪だと知っても・・・それでも受け入れてくれる。

楊ゼンはチラリと太公望に視線を向けた。

太公望は満足そうに、力強い笑みを送ってくれている。

それにほんの少し照れくさそうに微笑み返した楊ゼンは、宝貝を構えなおして聞仲に攻撃を仕掛けた。

「普賢!サポートを頼む!!他の者も楊ゼンに続け!!!」

聞仲に向かっていった楊ゼンに続いて、太公望はそう声を張り上げる。

それに小さく頷き返した普賢は、しかし浮かない表情で。

彼は依然、不安な気持ちに心を支配されていた。

聞仲には、彼の最大の攻撃である『核融合』が全く効かなかった。

十天君を一瞬で封神してしまえるほどの威力を持っているのにも関わらずだ。

もしかして、彼には禁鞭以外の何かがあるのでは・・・?

そんな普賢の思いなど関係なく、聞仲との戦いは否応なくスタートした。

先ずは最初に飛び出した楊ゼンが切りかかる。

「やったか!?手ごたえはあったけど・・・」

そう一瞬気を抜いた直後、楊ゼンの攻撃で舞い上がった土煙の中から、禁鞭の鞭が飛び出してきた。

「うわっ!?」

「気を抜くな、楊ゼン!相手は聞仲なのだぞ!?」

何とか禁鞭の攻撃を避けたのも束の間、背後から太公望の厳しい声が飛んでくる。

「・・・分かってますよ!」

少しバツが悪くて、簡単な返事を返して楊ゼンは再び聞仲に向き直った。

それに先ほど楊ゼンの正体を知って呆然としていた十二仙が、気を取り直してそれぞれ攻撃の手を伸ばす。

「行くぜ、聞仲!宝貝・『陰陽鏡』!!」

「よぉ〜し、僕もやるでちゅ!万能包丁アタ〜ック!!」

「行け、番天印!!」

「落魂鐘じゃわ」

「梱仙縄っ!!」

「瑠璃瓶・・・」

遠距離攻撃を主とするメンバーがこぞって攻撃を仕掛け。

「げっ!!!」

カッ!!

辺りが一瞬の間に眩しいほどの光を放ったかと思うと、直後・・・―――耳を貫くような爆音が轟いた。

「たわけっ!一気にやったら、危ないであろうがっ!!!」

爆風に吹き飛ばされる黄巾力士に向かって太公望は叫ぶが、そんなことはお構いなしなのか、十二仙たちは呑気に笑みを浮かべている。

「普賢、聞仲の様子はどうだっ!?」

「ごめん・・・。今ので変な磁場が生じて、レーダーが使用不能になっちゃった」

大極符印を抱えて、普賢は申し訳なさそうに呟く。

「うっし、とどめは俺たち接近戦組にまかせんしゃい!!ヤツが生きていればの話だがな」

そんな普賢に構わず、残りの接近戦を得意とする者たちが意気揚揚と、先ほど聞仲がいたと思われる場所へ向かっていった。

そんな彼らの後ろ姿を黙ってみていた普賢が、神妙そうな表情を浮かべてポツリと言う。

「望ちゃん・・・、僕らも行かなきゃ・・・」

「なんだ?珍しく積極的だのう?」

普段戦いには積極的ではない彼の意外な言葉に、太公望は不思議そうに首を傾げる。

そんな太公望を、普賢は真剣な面持ちで見つめ返して。

「聞仲は死んじゃいないよ、絶対!」

確信をもって、そう告げる。

確かに十二仙の攻撃は強力だけど。

けれども大極符印の『核融合』を無傷で切り抜ける彼が、こんなにあっさりとやられるはずがない。

未だに高い熱を残す爆発地の周りから様子を窺っていた接近戦組は、後に続いて来た太公望と普賢に気付き振り返る。

「どうだ、黄竜?」

「太公望!この状態では・・・」

確認のしようもない。―――そう続けるはずだった言葉を、黄竜は飲み込んだ。

爆発によって生じた黒い煙の中から、同じく黒い物体が現れたからだ。

その形状は、つい先ほど聞仲が乗っていた霊獣の姿に似ていた。―――少し大きくなってはいたが・・・。

その黒い物体は、まるで羽化するように背の部分をぱっくりと開いて。

『差し出がましいマネをしました、聞仲様』

背の部分から姿を現した聞仲に向かいそう謝罪した己の霊獣を見上げ、聞仲はピクリとも表情を変えずに口を開いた。

「ご苦労だったな、黒麒麟」

「ばかなっ!!あの霊獣の外殻は宝貝合金以上だとでもいうのかっ!?」

道徳が思わず声を上げたのを、しかし普賢は自分でも驚くほど冷静にそれを見ていた。

「変形。―――そうだったのか・・・」

大極符印の『核融合』を無傷で凌いだのも、今の攻撃を防ぐことができたのも、全ては霊獣・黒麒麟の防御があったからこそ。

「どこかに下ろしてくれ、黒麒麟。お前に乗って戦うまでもない」

聞仲は静かにそう言い、元のサイズに戻っていく黒麒麟から飛び降りた。

わずかに残っている道に降り立った聞仲は、先ほどの光景を見て攻めるに攻められない十二仙たちに視線を向ける。

「どうした?もう来ないのか・・・?」

ニヤリと笑みを浮かべ、彼らを強く睨みつけた。

聞仲から発せられる重いピリピリとした空気に、誰も動けずにいる中で。

「おうよ、お望みどおりやってやるぜ!!」

「ああっ!!」

しかし十二仙の黄竜と磁航は、プレッシャーを跳ね飛ばして聞仲に向かって突っ込んで行った。

「いかん!普賢、あやつらのガードをせねばっ!!」

「う・・・うん」

そんな2人の行動にいち早く我に返った太公望は、打神鞭を構えて2人を守るように風を発生させる。

たった2人で何とかできるほど、聞仲は簡単な相手ではないのだ。

「ふっ、本気を出すのは数十年ぶりだな・・・」

それを横目に、聞仲は禁鞭を軽く振り上げた。

禁鞭の鞭は、まっすぐ黄竜と磁航に向かっている。

そしていともたやすく太公望の生み出した風の壁を打ち破り、己に向かってくる2人を打ち落とした。

「黄竜っ!磁航っ!!」

「ば・・・ばかな・・・」

一瞬にして瀕死の状態にされ地に伏す2人に、太公望は彼らの名前を呼ぶが既に遅く。

「余力を残して戦うのは、死にゆく者に対して失礼だったな」

聞仲は不敵な笑みを浮かべる。

「だが、私が本気を出した以上・・・・・・仙人界は今日、滅亡する」

眩いほどの光を放ち飛んでいく黄竜と磁航の魂魄を背に、聞仲は悠然と言い放った。

 

 

「この状況って、どうなのよ?」

誰もいない・・・ただひたすら続く道の真中で、は疲れたように呟いた。

彼女の他にはもちろん誰もいない。―――完全な独り言である。

黒点虎が千里眼で見た通り、はただいま迷子になっていた。

おそらく聞仲と戦闘中であろう太公望の元へ行くために歩き出したのはいいが、聞仲が金鰲島を動かした時に金鰲島内部の部屋も動いてしまい、地理が全くわからなくなってしまった。―――そして、闇雲に歩いた結果がこれだ。

あれほどシリアスな展開を繰り広げたと言うのに、この有様。

思わずが愚痴ったとしても、もうそれは仕方がないかもしれない。

「大体、こんな時に限ってはどこで何をしてるのかしら。まったく、さっさと迎えに来てくれればいいのに・・・」

このセリフを本人が聞いたら、おそらく文句の1つも言いたくなるだろう。

というのも、怒りの矛先を向けられたは、今もを探して金鰲島内を飛び回っているのだから。

千里眼を使っての居場所を確認しながら探しているのだが、その自身が焦りの為か、あちこちウロウロとするのでなかなか捕まえられないのだ。

「・・・・・・あ〜あ」

は小さくため息を吐いて、そしてすぐ近くで崩れてしまった部屋の瓦礫に腰を下ろした。

戦う気のない時は戦いの渦中にいたのに、いざ戦う決心をすると途端戦いから遠ざかってしまう。

別に戦いたいわけではなかったが、それでも出鼻をくじかれたようで・・・。

「なぁ〜んか、やる気なくなってきちゃったなぁ・・・」

申公豹が聞いたらがっかりするだろうセリフをため息に乗せて吐き出し、何気なく虚空を眺める。

ちょうど、その時だった。

今まで何もなかった虚空に、2つの光が流れて行った。

ゆっくりと・・・眩いほどの光を放つ、2つの光。

それはここ最近ではよく見慣れたもので。

しかしこの状況では、一番見たくないものでもあって。

「・・・・・・まさか」

それは、魂魄に間違いなかった。

引かれるようにゆっくりと立ち上がり、魂魄が去っていった方向から魂魄が飛んできた方へと視線を向けて。

嫌な、予感がした。

が王天君の作り出した亜空間から脱出して、すでに1時間あまり。

おそらく聞仲は、既に太公望たちと接触しているだろう。

このタイミングで飛んでいく、2つの魂魄。

それらから導き出されるだろう現状に、知らず知らずの内に拳を強く握りしめて。

は弾かれるように、魂魄が飛んできた方向へ走り出した。

 

 

「黄竜と磁航が・・・」

飛んでいく魂魄を呆然と見送り、太公望はただそれだけを呟いた。

まさかこれほどあっさりとやられるなんて・・・信じられなくて。

「・・・これが、殷の太師」

誰かが震える声で呟いた。

「これが・・・聞仲・・・」

想像を越えるその強さに、頭が真っ白になっていた崑崙の仙人たちに向かい、聞仲は躊躇いなく禁鞭を振るった。

その軌道は彼らの足場になっている黄巾力士へ。

「どわっ!!」

「うそっ!?」

仙人界で一番固いと言われている宝貝合金で出来た黄巾力士をあっさりと撃沈され、叫び声と共に地面に落とされた十二仙たちはそれでも何とか足場を見つけて無事に着地する。

しかし聞仲はそんな彼らなど気にもせずに、ただ冷たい視線を向けた。

「これで否応なしに理解できただろう、太公望。人数が増えても私を倒す事は不可能なのだとな・・・」

「・・・望ちゃん」

驚愕の表情を浮かべ聞仲の言葉を聞いていた太公望に、普賢は心配そうな声を掛ける。

「これが、聞仲の本当の強さ・・・。想像を越えておる。これほど力の差があったとは・・・」

「望ちゃん!」

打ちのめされたように呆然とそれだけを呟く太公望に、普賢は声を上げた。

そして・・・驚いたように目を丸くした彼に向かい、にっこりと微笑みかける。

「望ちゃん、聞仲が強いなんて最初から分かってたことさ。死者が出たからって揺るがないで・・・?」

「・・・・・・分かっておる」

言い聞かせるような普賢の言葉に、太公望は我に返り聞仲を睨みつけた。

そう、解っていた事だった。

聞仲を相手に、無傷で切り抜けられる筈がないという事は。

それでも目の前で倒れていった仲間の姿に、流石の太公望といえども動揺は消せなかった。

だからこそ、普賢の言葉がありがたいとそう思う。

そう、今は立ち止まる事など許されないのだ。

「普賢、『星降る時』がわしらの最後の好機だ。それを逃せば、仙人界は聞仲たった1人のために滅ぶであろう・・・」

「『星降る時』?・・・・・・・・・なるほどね」

太公望が何を言いたいのか、瞬時に察した普賢は安堵の息を吐いた。

彼はいつも通りだ。―――こんな状況になっても、冷静さを失ってはいない。

普賢は太公望に指示された通りを、十二仙だけに伝えた。

大極符印を使い、彼らの鼓膜を振動させる事によって。

「・・・・・・伝えたか?」

しばしの沈黙の後、小さく息をついた普賢に太公望がそう尋ねる。

それに1つ小さく頷いて・・・―――普賢はふらつく身体を何とか奮い立たせた。

ダニ宝貝は未だに彼の体力を奪い続けている。―――残っている体力は少ない。

「おぬしはもう力が残っておるまい。休んでおれ・・・」

「それは望ちゃんだって同じでしょ?」

心配そうな太公望に、しかし普賢はきっぱりとそれを退けた。

「それに・・・こう見えても、ボクだって崑崙十二仙なんだよ?」

それはまるで自分に言い聞かせるように。

腕にある大極符印を抱きしめて、普賢はソッと目を閉じた。

 

 

「道徳師弟!!」

楊ゼンはすぐ近くにいた道徳の元へ降り立った。

「こうなったら全員で総攻撃です!それでも歯が立たぬとあらば、もう仙人界の力では聞仲を止められません。命を棄てる覚悟で特攻をかけましょう!!」

悔しさを押し隠して決断したその選択を、しかし道徳は振り返らずに首を横に振った。

「・・・・・・?」

「楊ゼン、キミは下がってるんだ」

この状況には不釣合いの、穏やかささえ感じる口調で。

「キミは太公望を守れ。ここは崑崙十二仙が意地にかけても必ず聞仲を倒してみせる!!」

道徳のその言葉に、周りにいた十二仙が同じく楊ゼンに視線を向けてニヤリと笑った。

「・・・十二仙」

覚悟を決めたようなその顔に、楊ゼンは何も言えずに道徳を見つめる。

そんな楊ゼンに背を向け、道徳が宝貝を構えたその時だった。

『みんな・・・聞いて』

どこからともなく、普賢の声が響いた。

それは耳のすぐ傍で・・・―――その不思議な感覚に、道徳は思わず首を傾げた。

『みんなの鼓膜に直接振動を与えて話してるんだ。十二仙以外には聞こえてない』

抱いた疑問に答えるように、普賢の声が耳に響く。

『望ちゃんからの指示を伝えるよ。あと少しで回りの『星』が落下し始める。さっき動力炉が壊れたからね。その混乱に乗じて、全員で聞仲に仕掛けるんだ。タイミングを合わせて同時一点集中で総攻撃する。―――と、ここまでが望ちゃんの言なんだけど』

意味深に途切れた言葉に、十二仙はお互いの顔を見合した。

『でも・・・それでももし、聞仲が攻撃をかわしてしまったら・・・?』

それはできるだけ考えたくない結果だった。

おそらくこれが最後のチャンスになるだろうことは、全員が分かっていたから。

『だからここからはボクの提案を伝えようと思うんだけど・・・』

「・・・提案?」

誰かに呟かれたその言葉は、再び耳に響く普賢の声にかき消された。

十二仙全員が普賢の言葉に耳を傾ける。

その普賢の提案が、最良のものなのかは判断がつかなかったけれど。

 

 

「・・・・・・どうした、十二仙よ。私を倒すのではなかったのか?」

急に沈黙した彼らに、聞仲が訝しげに声を掛けた。

そんな聞仲に、道徳は悪戯っぽく笑いかけて。

「来ないなら、こちらから行くぞ」

「おっと、待ちな。ちょっくら上を見てみ?」

焦れて再び禁鞭を振るわせた聞仲に向かい、道徳はヒラリと頭上で手を振った。

「・・・何っ?」

それを合図に、身体を揺るがすような地響きと共に回りの『星』たちが落下を始めた。

それは聞仲の上にも否応なしに降り注ぐ。

「なるほどな、太公望め。これを待っていたか・・・」

瓦礫を避けるようにその場からすぐ傍にある足場に飛び降り、忌々しげに太公望を睨みつける。

「よっしゃ、行くぜ!!」

それを見計らって、十二仙が次々と聞仲に向かって走り出した。

「道徳師弟!やはりボクも行きます!!」

それに習って後をついてくる楊ゼンに、道徳は懐に入れてあった黒い棒状の宝貝を取り出し楊ゼンに投げ渡した。

「キミは生き残って、俺の弟子の天化にそれを渡してくれ。頼んだぞ」

笑顔すら浮かべて、道徳は言う。

「普賢師匠!俺もお供しやすぜ!!」

「いや、キミは望ちゃんを守ってて・・・」

同行を求める弟子に、普賢はにっこりと笑顔を浮かべる。

「普賢!余計な事を言うでない!!護衛などは不要だ!!」

そんな普賢に太公望は声を荒げて抗議するが、いつの間にか背後に立っていた楊ゼンに無理やり取り押さえられた。

「太公望師叔。ここは十二仙に任せましょう!!」

「楊ゼン!?放せ、楊ゼン!!放せ!!!」

がっちりと身体を押さえつけられ、それでも抜け出そうと必死にもがく太公望から視線を逸らし、普賢はポツリと呟く。

「・・・頼んだよ、楊ゼン」

落下する『星』から逃れるように移動する聞仲を睨みつけて。

普賢もまた、他の十二仙と同様に聞仲に向かい走り出した。

 

 

師表たる崑崙十二仙の名にかけて。

「「「「聞仲!お前を倒すっ!!」」」」

十二仙はそれぞれの宝貝を構えて、一斉に聞仲に襲いかかった。

「ふっ。ここは各個攻撃が望ましいか・・・」

しかし聞仲は余裕すら漂わせ、小さく笑うと再び禁鞭を振るった。

ある者は聞仲の元へ辿りつく前に。

ある者は少しばかりダメージを与える事に成功し。

それでも敵わない圧倒的な力の差を前に、それぞれが地に伏していった。

「みんな、一点集中だっ!各個で戦ってはっ・・・!!」

楊ゼンに押さえつけられながらその光景を見ていた太公望は声を張り上げるが、もう聞こえていないのか、それともそれだけの余裕がないのか。―――彼らはただがむしゃらに聞仲に向かっていくばかり。

「ハン!いくら頑張ってもダメなものはダメか。後は頼むぜ、普賢・・・」

眼前に聞仲を確認した十二仙の1人・赤精子は苦笑し、そして彼もまた禁鞭の鞭によって地に伏した。

 

 

『だからここからはボクの提案を伝えようと思うんだけど・・・』

「・・・提案?」

誰かに呟かれたその言葉は、再び耳に響く普賢の声にかき消された。

『ボクの提案は、キミたちに対して残酷かもしれない。つまり・・・ここはあえて一点集中をせずバラバラに戦うんだ。そうすれば、固まって戦うより彼の集中力を分散させられる』

「・・・・・・」

『そう、キミたちには命と引き換えに聞仲を引き付けてもらいたいんだ』

先ほど伝えられた普賢の言葉通り、彼らはバラバラに戦った。

普賢の言う通り、命と引き換えになったけれど・・・。

次々に禁鞭によって打ち落とされていく十二仙たち。

そして―――。

向かって行った十二仙たちの魂魄が空へ飛んでいく様を、太公望は呆然と見ていた。

まるで舞うように十二仙たちを鎮めて行った聞仲は、ヒラリと地面に着地して。

「残りは・・・」

残る最後の1人を捜して、グルリと辺りを見回す。

その瞬間、聞仲の背後で砂利を踏む音がした。

「上手くいったね・・・」

聞仲の背後に回りこんでいた普賢は、彼にそれを阻止される前に素早く大極符印を発動させる。

「ボクは気付かれないよう、キミが攻撃をかわせない位置にまで接近する事に専念したんだ。これでキミに一矢報いることができる」

これこそが、十二仙の命をかけてまで提案した・・・彼の策。

「普賢真人!?」

聞仲が振り返るよりも早く、普賢の抱く大極符印が閃光を放つ。

「さよなら、望ちゃん・・・」

響く爆音の中、太公望には確かに普賢の静かな声が聞こえた気がした。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

十二仙、本格的に出てきたと思ったらたった1話で封神台へ。

寂しい・・・とても。いつか彼らの短編でも書こうかしら。(笑)

作成日 2003.12.20

更新日 2009.1.30

 

 

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