望ちゃん・・・。

何かを成すには、誰かの犠牲がつきものなんだよ。

それが大きなことであればあるほど、犠牲の数も比例する。

 

でも僕らは決して自分を棄てているわけじゃない。

自分で決めたことだから、同情も哀れみもいらない。

―――ただ悲しんでくれれば、いい。

 

「さよなら、望ちゃん・・・」

 

幸福のカタチ

 

核融合を起こす直前、普賢は太公望の影を見た気がした。

「普賢・・・」

『・・・・・・』

太公望は厳しい・・・けれど悲しそうな顔をしている。

それにいつもと同じようにやんわりと微笑み返すと、彼はもっと悲しそうに顔を歪めた。

「おぬしはいつもそうだ。率先して自分を犠牲にする」

『・・・望ちゃんだって同じじゃない』

「違うっ!!わしは常に生き残るためを考えて戦っておるっ!!」

太公望の叫びに、普賢は困ったように微笑んだ。

『そう、みんなが生きて残れるようにと・・・』

だけどね、望ちゃん。

この過酷な戦いの中で、本当にそんなことが可能なのかな?

 

 

「普賢っ!!」

太公望の叫びも届く事はなく、鼓膜を突き破るような爆音を響かせて辺り一帯は炎に包まれる。

周りに存在していた『星』たちを吹き飛ばすほどの威力を持って、普賢は自爆した。

「いけない!太公望師叔!普賢師弟の爆発の規模が巨大すぎますっ!!」

『ご主人、逃げるっスよ!!ご主人!!』

吹き付ける熱風に耐えながら、声がかき消されないように必死に叫ぶ。

しかし・・・―――ふと返事がないことに気付き、四不象は自分の背に乗る太公望を仰ぎ見た。

「・・・ご主人?」

前髪に隠れて、彼の表情は見えない。

動力炉を壊されたことに普賢の爆発を加え、金鰲島の崩壊はさらに勢いを増して。

四不象は無我夢中で瓦礫を避け、外を目指して飛ぶスピードを上げた。

 

 

最初は目を焼くほどの閃光。

次に身体の底から震えるほどの爆音と、息も出来ないような熱風。

壊れた瓦礫の衝撃が来て。

そして・・・―――後に残ったものは、耳が痛むほどの静寂だけだった。

何とか事無きを得た楊ゼンは瓦礫の中から這い出し、用心深く辺りを見回す。

どうやら今度こそ聞仲を倒す事が出来たようだ。

ようやく聞仲を倒す事が出来た事による安堵と、そして十二仙が全滅してしまったという悲しみの入り混じった複雑な心境を抱え、1人ため息をついた。

何となく瓦礫の山を見ていたくなくて。

視線を逸らすと、ふと陽が陰り・・・上空を見上げると、そこには変身した四不象の姿があった。

「四不象!キミ変身して師叔を守ってくれたのかい!?」

『楊ゼン・・・』

四不象はゆっくりと下降し、楊ゼンの傍まで近づくと小さく首を傾げる。

『実は俺自身、何で変身できたのかわからねぇんだ。スープー族は大人しか変身できねぇハズなのに・・・』

「・・・まさかまた何かアイテムを使ったのかな?」

楊ゼンの脳裏に、趙公明戦の記憶が過ぎる。

あの時四不象は持っていた復活の玉によって一命を取り留め、そしてその復活の玉の力によって大人の姿に変身する事が出来たのだ。

同じことを考えていたのか。―――四不象は再び首を傾げ、懐から一枚の紙を取り出した。

聞仲戦の前にスープーパパからもらった、何も書いていない紙である。

『しかしアイテムっつったって今はこの白紙しか持っていな・・・・・・・む!?これは大人になった証の『成人証明書』じゃねぇか!!』

手に持った白紙のはずの紙には、スープーパパ手書きの大きな字が書かれてある。

『そっ、そうか!十二仙が聞仲に集中攻撃した時の熱で、あぶり出しの文字が出たんだ!』

「・・・・・・なにゆえあぶり出しで書かれて・・・?」

楊ゼンは呆れたように呟き、さてどう突っ込もうかと思案し始めた。―――その時。

「・・・楊ゼン」

不意に背後から声が聞こえ慌てて振り返ると、そこには放心状態の太公望がただ空を眺めて立っていた。

無表情で・・・どこか無気力さを感じさせる雰囲気で。

その身体を吹き付ける風にさらして、彼はポツリポツリと誰に言うでもなく話し始めた。

「わしは・・・こうなるであろう事がわかっておった」

「・・・・・・師叔?」

「普賢の性格や十二仙の立場から考えれば自明であろう。あやつらが玉砕覚悟で聞仲と戦う事が・・・。わしはそんな人の心につけこんだのだ。・・・・・・なんと愚かな策であろう」

「でも死なすつもりはなかったのでしょう?失策ではなく敵の強さが想像以上だったというだけです。十二仙を使わなければ聞仲は倒せなかったでしょうし・・・」

どうすれば彼がこれ以上、気に病まないで済むだろうか?―――ただその一心で、必死に頭を回転させ、楊ゼンは思ったままの言葉を並べた。

しかし太公望は楊ゼンの言葉に反応し、少しだけ視線を上空に向けるときっぱりと言った。

「聞仲は死んでおらぬよ。だからこそ、あやつらが浮かばれぬのだ・・・」

「まさかっ!そんなことはありえません。黒麒麟に乗っていない状態であの爆発の直撃を受けたのですから・・・」

聞仲が無敵を誇っていたのは、霊獣の防御があってこそ。

仙人骨があるとはいえ、彼とて元は人間なのだから体が丈夫だと言っても限度がある。

しかし太公望はそんな楊ゼンに視線を向け、ゆっくりとした動作で普賢の自爆の余韻が残っている場所を指差した。

「・・・えっ?」

巻き起こる炎と、黒い煙。

そしてその合間からチラリと見えたのは―――。

「そ、そんなバカなっ!そんなバカなっ!!」

見覚えのある聞仲の長いマントと、特徴的な姿をした霊獣の影。

それは炎にまぎれて一瞬で姿を消した。

『聞仲のヤロウ、姿を消したぜ?』

四不象の言葉に、今度は視線を崑崙山の方へと向ける。

「おそらく崑崙山へ向かったのであろう。あやつからはわしらが見えておらぬだろうからのう・・・。位置の明白な元始天尊さまを先ず倒しに行ったのだ。―――わしらも行こう」

そのまま四不象の背に乗り込もうとする太公望に、楊ゼンは慌てて彼の腕を掴んだ。

そして・・・少しだけ太公望から視線を逸らして、悔しそうに言葉を吐き出した。

「こんな事言いたくありませんが・・・太公望師叔、行ってもムダ死にするだけです」

「わかっておる。勝算はゼロだ・・・」

『・・・・・・』

「だがもはや、引き返せぬのだよ・・・」

戦いは始まってしまっている。

崑崙山が半壊し、十二仙は全滅。―――もうこの戦いは、崑崙山か金鰲島か・・・いや、仙人界か聞仲のどちらかが生き残る道しか残されていない。

例え勝算がゼロでも、策が1つもなくても決着はつけなくてはならないのだ。

そんな太公望の言葉に、楊ゼンは何も言い返す事が出来なかった。

そうして太公望と楊ゼンは四不象の背に乗り込み、崑崙山へと向かう。

「太公望師叔。蝉玉くんたちも生き延びてると思われますが、このまま置いて行っても?」

「それは武吉に任せよう。その辺の事ではあやつほど信頼の置けるヤツはおらん」

「・・・そうですか。・・・・・・それで、さんは?」

窺うような楊ゼンの言葉に、太公望はチラリと瓦礫となった金鰲島へ目を向ける。

「おそらくは無事だろう。あやつは王天君の亜空間に幽閉されているらしいからな。皮肉な事だが、亜空間の中にいる限りは被害を受ける事もないだろう・・・」

「・・・・・・でも、王天君はボクが倒しちゃったんですけど・・・」

申し訳なさそうに呟く楊ゼンに、太公望はピタリと動きを止めた。

王天君封神=亜空間解除。

『・・・それってヤバイんじゃねぇか?』

戸惑ったような四不象の言葉に、2人はお互い顔を見合わせて。

「「・・・まぁ、大丈夫だと思うけど・・・」」

しかし苦笑気味に笑うと、2人は声を揃えて呟いた。

少しばかり正気を取り戻した太公望をチラリと横目で見た四不象は、僅かに目線を泳がせて淡い光を発した。

それは太公望を包み込んでいって・・・。

「・・・なんだ?」

急に身体のだるさが取れた太公望は、不思議そうに首を傾げた。

そんな太公望に、四不象は照れた様子で。

『フン!オメーまだ王天君のダニに寄生されてるんだろ?サービスでとってやったぜ!』

「・・・・・・かたじけない、スープー」

めったにないほどの太公望の素直な言葉に、顔を赤くした四不象。

それを一部始終見ていた楊ゼンがクスリと小さく笑う。

「楊ゼン!!・・・・・・・・そ、そんなことより、楊ゼン。勝ち目のねぇ戦いだぜ?オメーも行くのか?」

必死に話を逸らそうとする四不象に再び笑みが零れた楊ゼンだったが、ふと表情を真面目なものに変えて。

「ここまできたら、最後まで付き合いたいんだ。行きましょう、太公望師叔!」

声に力を込めて。

例え勝ち目がなくとも、最後まで全力を尽くす。

そう心に決めて、楊ゼンは太公望に小さく微笑みかけた。

 

 

強烈な揺れに何とか耐え抜いた崑崙山・玉虚宮で。

崑崙山の仙人・道士の一部と共に、元始天尊は自身の千里眼で戦いを見守っていた。

「十二仙が・・・・・・全滅した」

震える声でそう告げる元始天尊に、竜吉公主は言葉もなくただ目を見開く。

ざわめく仙人たちに視線を向けて。

動揺する心をなんとか宥めてから、竜吉公主は静かに口を開いた。

「・・・・・・では、聞仲は?」

「ここに向かっておる」

キッパリと返って来た返事は、予想していたとはいえ絶望的な言葉だった。

十二仙が封神された以上、聞仲を相手に戦える仙人はいないに等しい。

太公望・楊ゼンは今崑崙山にはおらず、ナタクもただいま修理中。

かくいう自分も、崑崙山を動かしたことによってほとんど力は残っていないのだ。

「白鶴、治療室におる太乙らにもこれを伝え、注意を喚起せよ。竜吉公主は残る仙道をここに集めてくれ!!」

元始天尊の指示が飛ぶ中、公主は窺うように問いかけた。

「聞仲には誰があたるのじゃ・・・?」

「わしが行く!」

そのよどみのない返事に、公主は少しだけ目を細めた。

元始天尊とて、無理をしていい立場ではない。

彼は額に埋め込んだ宝貝で、常に封神フィールドを張っている。―――彼が倒れれば、魂魄を封神台に封じる術がなくなってしまうのだ。

こんな時にがいれば・・・と心の中で密かに思う。

こんな事を本人に言えば、きっと『私は便利屋じゃないのよ?』と皮肉の1つも返ってくるのだろう。

なんとも場違いなことを思い、公主が思わず苦笑をもらしたその時。

ゆっくりときしむ音を立てて、広間のドアが開いた。

そこに立っていたのは、普賢真人の自爆を直接受けて傷だらけになっている聞仲。

聞仲は礼儀にのっとり、部屋の中央に立つ元始天尊の前で片膝をつき深く頭を下げた。

「貴方が崑崙山の教主、元始天尊ですね?」

「いかにも」

「では・・・・・・殷のために消えていただく」

伏せていた顔を少しだけ上げて、聞仲はニヤリと笑った。

「痴れ者めが・・・!!」

元始天尊は強く歯を噛み締め、吐き捨てるようにそう声を上げた。

「『殷のため』と言えば何をしても良いと思うてか!?おぬしのしている事はただの虐殺じゃ!」

「貴方にそれを言われる筋合いはない。太公望を使い同じ事を行っているのは貴方だろう?」

聞仲は腰にかけてあった禁鞭に手をやる。

「そう・・・殷を滅ぼし周を興そうとする流れの元凶こそ、あなただ!貴方だけは決して逃すわけにはいかないっ!!」

冷たい目で元始天尊を睨みつけ、禁鞭の鞭を振るわせる。

「ふん、おぬしのしている事は『殷のため』ではなく『おぬし自身のため』じゃろうが!」

聞仲は国家の政を何でも自分の思うとおりにやってきた。

幼少の王に自分の思想を刷り込む事によって。

「すなわちそれは『支配』じゃ!支配とは人を自分の色に染めるという事じゃからのう!」

「・・・・・・」

「おぬしは確かに純粋じゃよ、聞仲」

しかし結果は、妲己同様に裏から殷を操る忌むべき存在となっている。

「己の思想で人間界を統治する、真の支配者・・・それがおぬしの正体じゃ!」

強い口調で言い切る元始天尊。

「言いたい放題だな・・・」

そんな彼に、聞仲は自嘲気味に笑った。

「だが何と言われようとも私は殷を守り続ける!それが人間たちのためでもあるのだ!現に妲己が現れるまで人間界の当地は上手くいっていたではないか!?私なら未来永劫にわたって人間界を幸せにできる!我が子、殷の旗の下で・・・!!」

「・・・幸せか」

聞仲が作った安全な箱庭の中で得られる永久の平和。

確かにそれでも人間は幸福を感じるだろう。

「じゃが、わしはそれを幸福と認めたくない!!」

そう言い放った瞬間、元始天尊の長い鬚がざわりと逆立った。

広間にぴりぴりとした空気が広がっていく。

「交渉は決裂じゃ!」

 

 

『むぅ・・・?』

太公望と楊ゼンを乗せて崑崙山に向かっていた四不象は、急に重さを感じてその場で止まった。

もう少しで崑崙山につくというのに、何か見えない空気に邪魔されているような感覚を覚える。

「・・・どうした、スープー?」

『なんか・・・先に進めねぇ・・・』

不思議に思い上空を見上げれば、崑崙山がグニャリと揺れた。

まるで粘土のように、ゆらゆらと姿を変えていく。

「あ・・・あれは元始天尊様の宝貝・・・」

「盤古幡!!」

宝貝にはスーパー宝貝と呼ばれる、他の宝貝とは比べ物にならないほどの力を秘めた宝貝が7つある。

申公豹の持つ雷公鞭を頂点に、趙公明の金蛟剪・太上老君の太極図・妲己の傾世元穰・聞仲の禁鞭・通天教主の六魂幡・元始天尊の盤古幡。

元始天尊の持つ盤古幡は、その所有者以外が使うと1分と持たずに力を吸い取られて死んでしまうといういわくつきのもの。

その力は重力を操る事ができる。

おそらく今崑崙山では、元始天尊が盤古幡を使い・・・―――そしてその重力の余波が四不象にまで及び、これ以上高く飛ぶことが出来なくなっているのだろう。

「今、崑崙山ではスーパー宝貝同士が戦っているのですね?」

「うむ。しばし崑崙山には入れぬか・・・。状況が変わり次第突入しよう!」

太公望は崑崙山を見上げ、いつもよりも少しだけ重く感じる身体に思わずため息をついた。

 

 

『何とか間に合ったようだな・・・』

瓦礫の中で、は呆然と立ち尽くしていた。

そんなに覆い被さるようにして、は安堵の息をつく。

「・・・

『怪我はないか?』

心配そうな声色ではそう尋ね、そしてブルブルと身体を震わせて自分の背にのしかかっている瓦礫を振るい落とした。

ポタリ・・・と血が一滴、地面に滴り落ちる。

それを眉間に皺を寄せて見ていたは、ソッと傷口に手を伸ばした。

すると一瞬の内にその傷口は姿を消し・・・。

「・・・・・・っ」

立ちくらみを感じたはその手で頭を抑え、近くにあった岩の上に腰を下ろした。

『・・・大丈夫か?』

「ええ・・・、大丈夫」

同じようにの傍に腰を下ろしたに、は簡単な返事を返して。

そのままゆっくりと目を閉じた。

不思議なほど、何の音も聞こえてこない。

少し遠いところで、鳥の鳴く声が聞こえた気がした。

閉じた時と同じようにゆっくりと目を開けると、眼前に広がるのは青い空で。

なんて平和な風景なんだろう?

けれども視線を少し変えるだけで、その目に映るものは瓦礫の山に姿を変える。

「・・・間に、合わなかった」

ポツリと・・・―――誰に言うでもなくは呟いた。

間に合わなかった。

戦う決意をした彼女が戦地に辿りつく前に、多くの者が失われた。

全ての十二仙と親しかったわけではないけれど、それでも長い時を一緒に過ごしてきた仲間でもあって。

「決断が・・・遅かったのよね。どうせ同じ結論を出すなら、最初から戦えばよかったのに・・・。そうしたら、結果も変わったかも知れないのに・・・」

驕りだと、そう思う。

そんなことを思うこと自体、命を賭けてまで戦った彼らに失礼だと。

それでも自分を責めてしまうのも、事実で。

「こんな所で何をしているんですか?」

不意に聞こえた声に、は上空へ視線を向けた。

「・・・また来たの?」

そこに佇む申公豹に向かい、感情のこもっていない声で呟く。

「折角会いに来ているのに『また来た』とはなんですか」

の物言いに不愉快そうに表情を歪めた申公豹だが、すぐにいつも通りの飄々とした顔を取り戻して。

「それで?こんな所で何をしているんですか・・・?」

「・・・・・・」

「久しぶりに楽しい戦いが見れると思ったのに。貴方は肝心な時に迷子になんて・・・」

「・・・悪かったわね」

やはり感情のこもっていない声で簡潔にそう答え、は申公豹から視線を逸らした。

言われなくとも分かっていた。

別に申公豹を楽しませるために戦うわけではないが、肝心な時に迷子になるなんて・・・という彼の言葉は間違いではないからだ。

自分の不甲斐なさに、思わず笑いたくなるほどに。

「・・・聞仲は生きていますよ?」

からかうような声色で、申公豹は言った。

「・・・知ってるわ」

「彼は崑崙山へ向かいました。ただいま元始天尊と戦闘中です」

「・・・そう」

「太公望たちも崑崙山へ向かっています。まぁ、今は戦いの余波で入れないようですが・・・」

「・・・・・・そう」

は面倒臭そうにただ返事を返していく。

手で前髪をクシャリと握り、そうして深いため息をつく。

そんな彼女に申公豹は意味ありげな視線を向けて。

「・・・王天君。彼もまた死んではいませんよ?」

申公豹の言葉にはゆっくりと顔を上げ、視線を合わすと一言。

「・・・知ってるわ」

きっぱりとそう、言った。

「やっぱり知っていたんですね・・・」

感心したように呟く申公豹から再び視線を逸らし、は俯いて地面を睨みつけた。

彼女が捕らえられた、王天君が作り出したはずの亜空間。

しかしその亜空間は、王天君が封神されたというのに消えることはなかった。

具体的にいつ封神されたのかは分からないが、おそらく聞仲がに会いに来た時には既に封神されていたと予想される。

聞仲は崑崙十二仙よりも先に、十天君・・・―――いや、王天君の封神を望んでいただろうから。

どうやって王天君が生き延びているのか、それは流石に分からなかったが・・・。

「・・・そうね」

は思いっきり深呼吸をし顔を上げると、少しだけ笑みを浮かべた。

「私にはまだやるべき事が残ってる。王奕と・・・元始天尊との確執を終わらせなくちゃ。そうでなければ・・・聞仲と決別した意味がないわ」

「その通りです。そして聞仲や王天君相手に派手な宝貝対決を見せてください。なんなら元始天尊相手でも構いません」

悪戯っぽく笑う申公豹に、は苦笑した。

そしてフワリとの背に飛び乗ると、後ろ手に申公豹に向かい軽く手を振る。

「・・・あんたも相当なお人よしね、申公豹」

「楽しみを倍にするための作業の一貫ですよ」

「・・・ありがとう」

「・・・・・・どういたしまして」

そしては、崑崙山に向けて飛び立った。

 

 

「うわぁー、今のすごかったねぇ!!」

「危機一髪ってやつさ・・・」

かろうじて残っている金鰲島の残骸の一角に、黄親子はいた。

何の前触れもなくいきなり金鰲島が崩れ始め、その直後に巨大な爆発があった。

どうやら爆発はすぐ近くで起こったのではないので、それほどの被害を受けずに済んだというわけだ。

しかしつい先ほどまで行動を共にしていた雲霄三姉妹の姿はどこにもなく。

「・・・どうやら三姉妹とははぐれちまったみたいさ」

天化は困ったようにそう呟くと、咥えていた煙草を投げ捨てた。

正直なところ、雲霄三姉妹とはぐれたからといっても、それほど困る事はない。

彼女たちが雑魚妖怪仙人にやられるとはとても思えないし、自分たちだって三姉妹がいなければ危険だというわけではない。

行動を共にしていたのは、まぁ・・・成り行き上といった所だ。

「それにしてもスゲェ壊れっぷりだなぁ・・・。太公望殿たちは大丈夫か?」

「大丈夫だって!たいこーぼーってしぶといし!」

誉めてるのかそうでないのか分かりづらいフォローをする天祥の頭を、飛虎は苦笑しながらガシガシと撫でた。

そんな微笑ましい光景を、天化はただ笑みを浮かべて眺めていて。

ふと崑崙山があるだろう方向へと目を向けた、その時。

空中に四角い何かが現れた。

それはモニターのようで・・・―――しかしモニターではなくて。

「・・・なんだ?」

不思議に思い、目を凝らしてその四角い物体を見つめていると、その場所に1人の少年が映し出された。

尖った耳をして、アクセサリーをジャラジャラとつけた不健康そうな少年。

『キサマが武成王・黄飛虎だな?』

その少年は、ニヤリと笑みを浮かべる。

「・・・なんだ。オヤジの知り合いか?」

「んなわけねーだろ、ボケ息子!」

少しだけ肩の力を抜いてそう聞けば、呆れたような表情を浮かべた飛虎に即答された。

その合間に四角い物体に映っていた少年はゆっくりとそこから這い出してきて。

『大事な景品だ。丁重におもてなししてやるぜ!』

強い力で飛虎を引きずり込み、そして驚いて反撃が遅れた天化と天祥をも引きずり込んで。

その四角い物体は、不健康そうな少年と共にその場から姿を消した。

 

 

元始天尊が手に持つ黒い球体。―――宝貝・盤古幡は、次々と分裂していった。

既に部屋の中に埋め尽くされるほどの数に増えたそれは、空中を漂い。

聞仲はチラリと動かなくなった禁鞭に目をやった。

「禁鞭の動きを封じた。5G(5倍の力)を与えたからのう・・・」

「何だと!?」

「単純計算で5Gでは100キロのものが500キロにもなる。おぬしの身体にもその負荷を与えてやろうぞ!!」

元始天尊は黒い物体をさらに分裂させて。

「重力十倍!!」

その掛け声と共に、辺りの重力がさらに増す。

広間の床は砕け、聞仲もまたその身体にかかる負荷に耐えられずに床に伏した。

「なっ・・・なんという宝貝だ・・・」

『聞仲様っ!!』

「手出しは無用だ、黒麒麟!」

広間の外から様子を窺っていた黒麒麟に厳しい口調でそう叫んだ聞仲は、それでも何とか身体を起こして再び禁鞭を握り締めた。

「フォーフォーフォー、まだ動けるか!殺すには惜しい才能よのう、聞仲!じゃがおぬしはそう余裕を持っていられる敵ではない。容赦はせぬぞ!!」

響く笑い声に不快感を感じた聞仲は、強く元始天尊を睨みつける。

しかし辺りにかかる重力のせいか、彼の姿もまた歪んで見えただけだった。

「重力百倍!!」

再び増した先ほどよりも重い力に、成す術もなく床に押し付けられる。

広間の柱が、天井が・・・―――崩れていくのを横目に、しかし聞仲は力を振り絞り禁鞭を元始天尊に向けて放った。

それは元始天尊に当たる事はなかったが、広間を半壊させるには十分で。

「負けぬ・・・」

「・・・・・・っ!」

「負けは許されぬ!殷は私が守る!!」

もう既にボロボロになってしまっている身体を引きずり、それでも聞仲は立ち上がると再び元始天尊の前に立ちふさがった。

「や・・・やむを得ん!出力アップじゃ!!」

「ダメじゃ、元始天尊!!」

戦いを静かに見守っていた竜吉公主は、その選択に思わず声を上げた。

これ以上出力を上げれば、封神台どころか彼の体の方が危ない。

しかし元始天尊は未だ戦う意思が衰えぬ聞仲に目をやり、ユルユルと首を横に振った。

「竜吉公主よ。自滅を恐れていては聞仲は倒せぬ!危険は承知の上じゃ!!」

空中に漂う黒い物体を掲げ、元始天尊は高らかに告げた。

「行くぞ、聞仲!盤古幡最大出力・・・・・・重力千倍!!」

黒い塊が、聞仲目掛けて落下した。

それは広間だけではなく、辺り一帯を巻き込んで。

「いけない!重力の『場』が重さを増してブラックホール化している!離脱するぞ!!」

竜吉公主はその場にいた仙道を連れて、急ぎ広間を飛び出した。

聞仲の居た辺りは渦を巻いて、周りの瓦礫を吸い込み消していく。

そんな中で聞仲は己にかかる今までにない負荷に、何とか耐えようとしていた。

『聞仲様っ!!』

「やったかっ!?」

黒麒麟と元始天尊の声が、その場に不思議な響きを放つ。

「う・・・うおおおおおおおおおおおっ!!」

全てを吹き飛ばすかのような勢いで、聞仲は雄叫びを上げた。

その瞬間、解き放たれたかのように今まで動きの鈍かった禁鞭は素早く辺りを攻撃し始め。

その攻撃は元始天尊のみならず、逃げ遅れた仙道たちをも巻き込んで、次々と魂魄を飛ばしていった。

 

 

崑崙山の半分ほどが吹き飛ぶその衝撃の後。

瓦礫の中から元始天尊を見つけた白鶴は、慌てて彼の元へと駆け寄った。

酷い怪我をしているようだが、命に別状はなさそうだ。

それに少しだけ安堵の息を吐いて。

しかし次の瞬間、白鶴は同じように元始天尊の傍にいた竜吉公主と共に絶望を味わう事となった。

瓦礫の中に、聞仲はいた。

血を流し、ボロボロになりながらもしっかりと両足で立って。

そして既に起き上がることさえ出来なくなった元始天尊に視線を向けて、彼はニヤリと口角を上げた。

「ここまでだな、元始天尊」

「なっ・・・何ということじゃ・・・」

成す術もなく、既に力尽きている公主は、ようやく聞こえるほどの掠れる声で呆然と呟く。

「これで崑崙は落ちた!!」

勝利を確信し、止めを刺そうと聞仲が禁鞭を振るったその時。

『ククククク・・・』

不意に耳障りな笑い声が聞こえた。

それと同時に聞仲の四方には四角い物体が姿を現し、禁鞭の攻撃を無効化していく。

『お疲れ様だったな、聞仲』

一瞬、何が起こったのか分からなかった。

その声が聞こえた次の瞬間、聞仲は呆然と目を見開いた。

目の前にいるのは、ずいぶんと前に別れを告げた友で。

「・・・・・・聞仲!?」

「・・・・・・飛虎?」

おそらく飛虎も現状を理解していないのだろう。―――不思議そうな表情を浮かべている。

その彼の後ろに、先ほどの四角い物体が再び姿を現し。

「ククククク・・・。感動のご対面だ」

その四角い物体から姿を現したのは。

少し前に楊ゼンに封神されたはずの、王天君その人だった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

これは申公豹ドリームではありません。(笑)

そして戦闘モノでもありません。(というよりこの文で戦闘モノとは言えない)

いつになったら主人公と太公望を逢わせられるのか。

たぶん次くらいには・・・いける・・・かな?(オイ)

早く仙界大戦を終わらせて、次に行きたいものです。

これが終われば、ちょっとはギャグを入れられるかも・・・。

作成日 2003.12.26

更新日 2009.2.27

 

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