「俺ぁさみしいぜ、聞仲・・・。昔のオメーはいなくなっちまったんだな?」

目の前には、長い時を共に過ごした盟友。

一体、いつから道が別ってしまったのだろう。

一緒に笑いあった。

喧嘩もしたし、言い合いなんてしょっちゅうだったけれど。

けれど、楽しかった。

もう失ってしまったあの日々は、今でも鮮明に脳裏に甦る。

だから、暴走してしまった彼を止めるのは、きっと自分の役目なのだろう。

「ならば、せめて・・・・・・俺がテメーを殺す!!」

どこか虚ろな眼差しで自分を見つめる聞仲を見返して、飛虎は強く拳を握り締めた。

 

切れない

 

『行くぜ!聞仲!!』

武器も持たず拳を握り締めて向かってくる飛虎を一瞥して、聞仲は彼に向けて禁鞭を放った。

『バカな男だ。身体の頑健さのみがとりえの天然道士ごときが、この私と戦えるものか!』

何のためらいもなく振るわれる禁鞭の鞭は、風を切って飛虎へと向かっていった。

次々に襲い掛かる強烈な攻撃に飛虎は何度もその場に崩れ落ちそうになるが、その度に気力を振り絞り、ただ聞仲目掛けて駆けて行く。

『きくかよっ!!』

まるで自分に言い聞かせるようにそう叫び、目前にまで迫った聞仲目掛けて拳を振り上げるが、後一歩というところで上手く避けられ、さらに再び攻撃を浴びせられてしまう。

『・・・ぐっ!!』

「オヤジ!!」

「お父さん!!」

背後からの聞仲の攻撃を堪えきる事が出来ず、飛虎はとうとう地面に叩きつけられた。

「ちくしょう!あの聞太師には勝てっこねぇさ!!」

「お父さん!お父さん!!」

天祥が飛虎と聞仲の戦いを映し出している四角い物体を強く叩くが、そんなものはお構いなしにそれはただ2人の戦いを映し続けている。

「武成王・・・」

太公望は、亜空間の中にいる飛虎を見た。

膝をつき、立ち上がることさえ出来ず、ボロボロになった身体を何とか支えている飛虎。

「楊ゼン!!」

そんな飛虎の姿に耐え切れず、太公望は勢い良く傍らに立っている楊ゼンに声をかけた。

「王天君に変化し、紅水陣を解除せよ!!」

「なるほど!」

言われた言葉の意味を一瞬で理解し、楊ゼンは感心したように声を上げた。

王天君は『この紅水陣は、本人にしか解除できない』と言った。

ならば本物と同じに変化できる楊ゼンならば、彼が作り出した亜空間といえども解除できない事はないだろう。

楊ゼンは素早く王天君に姿を変え、四角い物体に張り付いている天化と天祥を押しのけて、それに手を当てた。―――しかし・・・。

「・・・・・・これは?」

「どっ、どうした?」

「これは無理ですね・・・」

四角い物体に手を当てたまま、王天君の姿をした楊ゼンはポツリと呟いた。

「この紅水陣は王天君自体が空間になっているものです。だから解除できるのも本人だけなのですが・・・」

そんなことは分かっていると言いたげな太公望に、楊ゼンは元の姿に戻り言いにくそうな表情を浮かべて。

「この王天君は前に会った王天君ではない。違う王天君です・・・」

「なにっ!?」

言われた言葉の意味が理解できず、太公望は小さく首を傾げた。

答えを求めるように元始天尊に視線を向けるが、彼は黙ったまま何も答えてくれない。

そして太公望は、チラリとに視線を向けた。

元始天尊と同じように黙って太公望たちの行動を見ていたは、1つため息を吐いて。

何か言いたげに口を開くが、少しの沈黙の後、やはり何も言わずに再び飛虎と聞仲の戦いに意識を向けた。

紅水陣の中では、飛虎と聞仲はお互いにらみ合っている。

『半死の割にはしつこいな、武成王』

『へっ!そっちこそ・・・』

飛虎は苦笑ぎみにそう言い返すが、やはり限界が近いのか。―――いつもの覇気は感じられない。

『ここでお前と本気で戦うつもりはない。人間界に戻った後、兵を使って堂々と戦いたいのだ』

『うるせぇよ・・・』

飛虎の限界を察した聞仲は、荒い息を何とか整え毅然と言い放つが、それも飛虎の放った一言で呆気なく遮られた。

飛虎は言う。―――『オメーを一発ぶん殴らにゃあ気がすまねぇ』と。

『殴る?私を?』

そんなことができると思っているのか?

そんなボロボロの身体で。

再び向かってくる飛虎を見つめながら、聞仲はポツリと呟く。

けれど飛虎の方に諦めるつもりはないらしい。―――それを認めて、聞仲は諦めたように唇を噛んだ。

『そうか、ならば仕方ないな・・・』

小さくそう呟いた聞仲は禁鞭の柄を強く握り締め、それを振るおうと腕を動かす。―――ちょうどその時だった。

向かってくる飛虎の決死の表情が目に飛び込んできた。

さっきからずっと見てきたはずのその顔から、何故か目が離せずに。

『この馬鹿やろうっ!!』

目前に迫り、そう叫んだ飛虎の顔が・・・―――昔の彼の顔と重なった。

 

 

聞仲と黄飛虎の出会いは、今から約20年ほど前。

きっかけは王都・朝歌の郊外で、霊獣が暴れていた事件だった。

一般の兵では手に負えず、このまま放っておく事は殷のためにならないと判断した聞仲は、急ぎその場に急行した。

その霊獣が暴れている理由など知ろうともせずに、それを排除しようと禁鞭を振るっていたその時。

「この大馬鹿やろう!!」

何の前触れもなくその場に飛び込んできた若い青年は、いきなり聞仲に向かいそう叫ぶといとも簡単に彼を殴り飛ばした。

「事情も聞かずに殺すアホがいっかよ!あぁ、太師!!」

物凄い形相でそう叫んだその青年の顔を、聞仲は呆然と見つめ返した。

彼が言うには、霊獣の子供が朝歌の悪ガキに南の森から連れてこられていたそうだ―――だから母親は怒り、朝歌を襲った。

聞いてみれば、何て馬鹿らしい事件なのだろう。

霊獣はただ当たり前の事で怒っていただけだったのだ。

「一国の太師が力任せじゃいけねぇよ。肝に命じときな!」

その青年はからかうような笑みを浮かべてそう言った。

その事件の後、名前も名乗らずに去っていった青年のことを、聞仲は調べさせた。

青年の名前は黄飛虎。―――朝歌では名門の黄家の長男だ。

その後黄飛虎は軍に入り、数多くの武功を立て自力で最高位の武成王にまで上りつめた。

だが宮廷内では、太師・聞仲との衝突が絶えなかったらしい。

衝突を繰り返しながら、それでもお互いを認め合い感化しあう2人。

そしていつしか、お互いに最も信頼し合える友となった。

この2人が将来敵対しあい、戦うなんて・・・―――誰が予想しただろうか?

 

 

『この馬鹿やろうっ!!』

迫り来る飛虎を避けようともせず、聞仲はそのまま殴り倒された。

地面に転がった聞仲はユルユルと起き上がり、しかし立ち上がろうともせずにその場で呆然と座り込んでいる。

まるで何かが抜け落ちてしまったかのような聞仲が我に返ったのは、自分を殴り飛ばした飛虎が崩れ落ちた時だった。

全てを溶かす紅い雨はさらに勢いを増し、容赦なく2人の上から降り注ぐ。

「ああっ!雨が強くなったよ、天化兄様!!お父さんが溶けちゃうよ!!」

天祥の必死の叫びに焦りを隠せない様子の天化は、太公望に視線を向けた。

「スース!十二仙は何やってるさっ!十二仙なら何とかできるはずさ!!」

天化のその言葉に、太公望は声を詰まらせた。

そして深く息を吐くと、静かな声で一言。

「・・・・・・もう、おらぬ」

「・・・・・・っ!!」

予想外のその言葉に、天化は大きく目を見開く。

太公望のその態度で、その言葉で、十二仙がどうなったのかを察した天化は、真っ白になった頭の中で響く疑問を何とか声に出した。

「じゃあ・・・道徳コーチは・・・?」

「十二仙の内、十仙の死は確認済みだよ。現時点で生き残っているのは太乙様のみ。道行様は行方不明だ・・・」

太公望の代わりに口を開いたのは楊ゼン。

次々と告げられていく信じがたい事実に、天化は言葉もなく立ち尽くした。

「道徳様は最後に、これをキミにと・・・」

楊ゼンは道徳から預かった宝貝を、天化へと差し出した。

最後の最後に、彼が楊ゼンへ託した天化の宝貝。

それを握り締めて、行き場のない悔しさをもてあます天化に、太公望は何も言えずにいた。

「じゃあ、は!?って強いんでしょ?だったらお父さんを助け出せないの!?」

頼みの綱だった十二仙がもういない事を知り、天祥はその矛先をへと向けた。

すがるようなその目を見返し、しかしは深く息を吐くと首を横に振った。

「どうして!?」

絶望の色を隠せない天祥から視線を逸らし、は静かな口調でポツリと呟く。

「亜空間を壊すのは、そう難しくはないの。だけど・・・それをした時の武成王の無事は保証できない。内側からならなんとかなるかもしれないけど、ここからだと多分・・・彼もろとも吹き飛ばしてしまう」

「そんな・・・」

言葉もなく、天祥は再び飛虎と聞仲に目を向けた。

聞仲は一歩も動けずに、ただ倒れたまま動かない飛虎をぼんやりと見つめている。

そんな聞仲に、飛虎は倒れたままゆっくりと手を伸ばし。

『聞仲よぉ・・・。目ぇ・・・・・・覚ませよ・・・』

震える手で聞仲の身体を掴むと、ゆっくりと彼の前で立ち上がった。

『もう、俺とお前の殷は・・・なくなっちまったんだ・・・。もう、ねぇんだよ・・・』

諭すような優しい声で。

けれど何よりも強いその声で告げる飛虎を見返して、聞仲はユルユルと首を横に振った。

『・・・違う』

彼からは想像できないほど弱々しいその声。

『私がいる限り、殷はなくならない。何度でも甦る!!』

飛虎から視線を外し、誰にともなく言葉を連ねる聞仲に、飛虎は柔らかい笑みを浮かべた。

『裏切り者のお前にそれを言われる筋合いはない。私を止める権利などないのだ。私を止められるのは私の味方だけなのだ・・・』

聞仲は辛そうに表情を歪めて、目の前に立つ飛虎に向かい叫ぶ。

『だから飛虎!無駄な事はやめてここから出ろ!お前は私の敵だろう!?』

聞こえてくる聞仲の悲痛な叫びに、は思わず耳を塞ぎたくなった。

彼にとって、心から信頼できる人物はそれほど多くはなくて。

けれどその数少ない人物の何人が、彼の元に残ったのだろう。

唯一無二の親友の飛虎は、彼の元を去り西岐に。

そして自身も、太公望を取り彼と敵対する道を選んだ。

“いなくならないで!!”

不意に聞き覚えのある声が、頭の中に響いた。

今、聞仲が抱いている思いが、痛いほど伝わってきて。

『やっともとのツラに戻ったな、聞仲・・・・・・』

静かな・・・静かなその声に、は我に返り飛虎に目をやった。

飛虎の身体から、うっすらと淡い光が放たれている。

『だ・・・だめだ・・・、飛虎。行くな・・・・・・』

何が起こっているのかを理解し呆然とする聞仲の言葉を遮って、飛虎の強く大きな声が亜空間内に響き渡った。

『太公望どの!!後は任せたぜ!!!』

その声を合図に、飛虎の魂魄は空高く舞い上がった。

瞬間的に聞仲が手を伸ばすが、届くはずもなく。

飛虎の魂魄は亜空間を飛び出して、封神台へと向かっていった。

「うわぁぁぁぁ!お父さんが!お父さんが!!」

「・・・オヤジ」

天祥の泣き声と天化の震える身体を、はぼんやりと眺めていた。

空の彼方へ消えていく魂魄に向かい、太公望が深く頭を下げて。

結局、どうあがいてもこんな結末にしかならないのだろうか?

一体何人の大切な人を失えば、この戦いは終わるのだろう。

亜空間の中では茫然自失状態の聞仲に、必死に声をかける黒麒麟がいる。

自らの身体を犠牲にして、それでも聞仲を守っていた。

『ククク、終わったな・・・聞仲』

しばらくの後、ただ雨の音以外何もしなかった亜空間の中に、王天君の声が響いた。

『あんたはもう終わりだ。強固な意志が崩れたあんたなんざ怖かねぇ。やっぱあんたもただの人間だったって事だ!!』

王天君の勝ち誇ったような言葉に、聞仲が意識を取り戻した。

手当たり次第に禁鞭で攻撃を仕掛け、それは亜空間の中に現れた王天君を・・・―――そして亜空間自体を吹き飛ばす。

強烈な光と巻き起こる土煙の中、通常空間に戻ってきた聞仲は黒麒麟の背に横たわり。

黒麒麟は聞仲を背に乗せたまま、ふらりと空に舞い上がりその場から逃走した。

「いけない!聞仲にとどめをささないとっ!!」

急ぎ聞仲を追おうと身を翻した楊ゼンを、は無言でそれを止めた。

聞仲の攻撃を受けた王天君の魂魄が飛虎の後を追うように空へ舞い上がり。

そんな中、太公望が静かに言った。

「じきに金鰲島は落ちる。辛いであろうが脱出の準備を・・・」

四不象の背に乗りこんだ太公望に、楊ゼンが問い掛ける。

「・・・師叔は?」

「後始末をつける」

太公望は空へ舞い上がり、少し離れたところを飛ぶ黒麒麟に視線を向けてきっぱりと告げた。

「もう終わらせねばならぬのだ・・・」

聞仲の後を追い飛んでいく太公望の背中を見送ったは、自身もの背に飛び乗り静かな声で彼に声をかける。

「2人の後を追ってちょうだい・・・」

長い長い仙界大戦が、ようやく終わろうとしていた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

この回の聞仲と飛虎はちょっと・・・というか、かなり切ないです。

この切なさが私の文章では伝わらないだろう事が辛いですが。(笑)

次で仙界大戦編は終わりそうです。

早くあの人を出したいなぁ。(余韻は何処へ)

作成日 2004.1.8

更新日 2009.5.1

 

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