「あなたに使えるかどうかわからないけど、私が持ってても使わないからあげるよ。―――スーパー宝貝・太極図を」

「ス、スーパー宝貝・・・?」

目の前に現れ出た真っ黒の板を見上げて、太公望が呆然と呟く。

何かくれとは言ったが、まさかスーパー宝貝が出てくるとは思ってもいなかった。

そんなあまりにも突然の出来事に対処できていない太公望に向けて、黒い板から剥がれ落ちた文字やら絵やらが降り注ぐ。

それらは太公望の身体を渦巻くようにして舞い、そうして一瞬の内に溶けるようにしてその姿を消した。

 

鏡花水月

の中の世界〜

 

「なっ、何をした!?」

「大丈夫だよ、太極図をあなた用にカスタマイズしただけだから。―――さぁ、あなたの宝貝を見てみて」

言われるがまま宝貝を取り出せば、棒のような打神鞭の先に丸い何かが付いている。

そのあまりの形状に驚きの声を上げる太公望をそのままに、老子は淡々とした口調で言葉を続ける。

「さぁ、これで打神鞭は太極図にアップグレードされた」

「アップグレード・・・?」

そうは言われても、何が変わったのかが解らない太公望は訝しげに問いかける。―――まぁ、見た目が変わったのは一目で解ったけれど。

けれどそれを問いかける前に、太公望は己の身に起きる不思議な感覚に目を瞠った。

急速に襲い掛かる疲労感、脱力感。

それが何であるかを、太公望は知っている。―――彼も一応は仙道なのだから。

「ち、力が吸われる・・・。本当にスーパー宝貝になったのか?」

最早立っていられず、ガクリとその場に膝をつくと、己の手にある打神鞭へと視線を向ける。

持っているだけでこれほど力を消耗するなんて・・・―――それを考えれば、打神鞭がスーパー宝貝にアップグレードされたというのも頷けるけれど。

しかしこの状態は歓迎出来ない。

確かに武器がパワーアップしたのは事実だが、今の自分にはそれを使いこなせない。

持っているだけでこれほどまでに負担が掛かってしまっては、戦うどころの話ではないのだから。

耐え切れずにその場に倒れこんだ太公望を見下ろして、老子は表情ひとつ変えずにさらりと言い放った。

「太極図は使いようによっては最も弱い宝貝だけど、スーパー宝貝が束になったより強くもなる相反性を持つ。―――早速練習してみて」

そう言った老子の背後から現れたのは、虫のような身体をした四不象ほどはある大きさのロボット。

それへチラリと視線を送って、老子は僅かに目を細めた。

「彼の名は『特訓くん』。全てのスーパー宝貝の能力を備えている」

じゃあ、おやすみ。

言うだけ言って早速眠りに入った老子の前で、特訓くんと呼ばれたロボットは早速やる気満々の様子で太公望と向き合う。

そうしてその顔の部分に趙公明の姿を映し出した特訓くんは、何の躊躇いもなくその攻撃を繰り出した。

『宝貝・金蛟剪!』

「ぎゃあぁあぁぁ!!」

まさしく趙公明が使用していたであろう大技を食らい、太公望は成す術なく吹き飛ばされる。

けれどそのままやられている太公望ではなかった。

咄嗟に飛び起き驚くほどの速さで老子に駆け寄ると、そのまま締め上げる勢いで彼の胸倉を掴み上げる。

「待たんかい、ボケェ!こっちは力吸われて倒れとろうが!!」

「・・・なに?」

「寝とったな・・・」

太公望の怒声にハッとしたように目を開けた老子に、呆れたように肩を落とす。

なんだか怒っているこちらが馬鹿みたいに思えるから堪らない。

「こんな太極図などいらん。この特訓くんをくれ!!」

「やだなぁ、この子は夢の住人だよ」

突然無茶な事を言い出す太公望に、老子は笑ってみせる。―――確かに特訓くんがいれば百人力なのは間違いないけれど、彼はいわば幻のような存在である。

そんな老子の言葉に、ハッと我に返った太公望は呆れたように肩を竦めた。

「そうだ、夢の中の特訓などムダムダ。わしは起きる!」

「そんな事ないよ。スーパー宝貝を使うコツは、まず使えるという自信をつける事だ。それにはこういうイメージトレーニングが最も効果的って事さ」

追いかけるように掛けられた言葉に、太公望は疑いの眼差しを彼へと向ける。

「んな事ゆーても、わしはこれがどんなものなのかも知らぬのだぞ!」

これまでにないほどマトモな事を言っているが、果たしてそれを信じてもいいのだろうか。

そんな思いが顔に出ていたのだろう、老子はなるほどとひとつ頷いて。

「あ、ごめん。そうだった。君はまだ若いんだったね。―――では、初心者用の特訓ステージへジャーンプ」

言うや否や、荒野に囲まれていた周囲が突如密林へと姿を変える。

それに何事かと周囲を窺う間もなく、太公望は突然巨大な恐竜に襲われた。

「ぎゃああぁぁぁぁぁ!!」

大きな悲鳴を上げて逃げ回る太公望。

それを悠然と見守る太上老君。

先に根を上げたのは、当然ながら太公望の方だった。

「どないせぇっちゅーのだー!!」

彼の心からの叫びが周囲に響き渡る。

けれど老子は大して気にした様子もなく、欠伸交じりにさらりと応えた。

「太極図を使えばなんとかなるよ」

「なるかい、ボケェ!!」

あっさりと何でもない事のように告げられた言葉に、太公望は反射的に突っ込んだ。―――けれど・・・。

「あ、危ない」

「ギャー!!」

一瞬気を老子に向けたその刹那、太公望はさらわれるように恐竜に引っ張り上げられる。

それさえも気にした様子なく、老子は周囲に響き渡る太公望の悲鳴を聞きながら微かに口角を上げた。

「なんとかならなかったら、あなたもそこまでの人って事だね」

小さく小さく呟かれた言葉は、言葉通り生死の境をさまよっている太公望には届く事もなく。

「ギャァアアアァァア!!」

冗談のような太公望の悲鳴に掻き消された。

 

 

太公望が不貞寝を始めてから、3ヶ月の時が流れていた。

その間、一向に目覚める様子のない太公望の傍らで、四不象は心配そうに己の主を見守り続ける。

そんな主従を少し離れたところから眺めていたは、ふいに上がったの声に視線をそちらへと向けた。

「・・・どうしたの、

『いや、まぁ大した事じゃねーんだけどさ』

そう前置きをして、は先ほど己の千里眼が捕らえた映像をへ伝えるべく口を開く。―――特に頼まれていなくとも、千里眼で様子を窺う癖が出来てしまっているらしい。

『もうすぐ周の軍勢がメンチ城へ到着しそうだぜ』

周が殷に向けて進軍を開始してから、それなりの時間が経っている。

の報告通りだとすれば、進軍は順調なのだろう。―――もっとも、彼の言葉を疑っているわけではないけれど。

「・・・メンチ城、ね」

そこまで考えて、は自身の持つ情報を確認し小さく呟く。

メンチ城の現在の城主は誰だったかと記憶を探り、そうして浮上したひとつの名前に僅かに眉を上げる。

メンチ城の城主の名前は、確か張奎と言っただろうか?

「彼は随分と聞仲に心酔していたようだから、ちょっと厄介かもね」

『なんだ、知ってるのか?』

「まさか」

意外そうなの問いを、はあっさりと否定する。

は直接、張奎に会った事はない。

けれど名前は何度か聞いた事があるのだ。―――それは勿論、彼の上司からなのだけれど。

真面目な男だと、そう褒めていたのを思い出し苦笑を浮かべた。

真面目な男だからこそ厄介なのだと、はそう思う。

聞仲を失った彼の胸中は如何なるものか。

それによって、今後の状況も変わってくるというものだ。

最もすぐ目の前に迫った周軍を相手に、妲己が何の手も打たないなどという事は有り得ない事も承知の上で。

どう見積もっても厄介な事になりそうな現状だが、しかしその周軍の軍師である男は未だ眠り続けたまま。

よくもまぁこれだけ眠り続けられるものだといっそ感心しながら、はチラリと太公望へと視線を向けた。

昏々と眠り続ける太公望。

おそらくは・・・否、間違いなく夢の中で何かが起こっているのだろう。

色々と掴みどころは無いが、一応は老子を信用しているとしては、それほど心配はしていないけれど。

「・・・ま、ちょっと様子でも見に行ってみようかな」

それでも、この状況に飽きてきたのも事実。

『・・・は?』

「おやすみ〜」

の小さな呟きに間の抜けた声を上げたをそのままに、一方的にそう言い放つと驚きの速さで眠りに落ちる。

『おい、・・・?』

慌てて問いかけても、既に眠りについている彼女から返事が返ってくる事は無く。

『・・・相変わらず寝つきの良い事で』

そんな主を見つめながら、は呆れとため息を混ぜて小さくポツリと呟いた。

 

 

そして現実と同じ頃、再び太公望の夢の中に戻ってきた太上老君は、周囲の様子を観察しながらポツリと小さく呟いた。

「静かになったね」

老子の言う通り、騒いでいた恐竜たちは穏やかに生活を営み、荒れていた空は凪ぎ、怒りを噴き出していた火山も落ち着いている。

まるで同じ場所とは思えない光景だが、その理由を彼は知っている。

そんな中、ふいに重々しい足音が響き渡り、老子は何気なくそちらへと視線を向ける。

そこには一匹の恐竜が・・・―――こちらに歩み寄ってきた恐竜は、穏やかな眼差しのまま、口に咥えていた太公望を老子の前へと転がし、そうして何事もなかったかのようにその場を去っていく。

そうして無言でジッと地面に転がったままの太公望を見つめていた老子は、そのあどけない寝顔を晒す彼に僅かに目を細めて。

「宝貝を手懐けたか。集中した後だ、夢の中の夢の中で深く深く休むがいい。―――怠けた後には、また戦いが待っているのだから」

相手には届かないだろうと解っていながらもそう告げた老子は、踵を返し太公望に背を向けて歩き出す。

ちょうど、その時だった。

「・・・

自分のよく知る名前が聞こえて、老子は思わず立ち止まった。

夢さえも見る事無く深い眠りについているのだろうと思ったが、どうやら彼は何かの夢を見ているらしい。

なんとなく引き返して太公望の表情を覗き込めば、そこには先ほどとは違う険しい表情が浮かんでいる。

「・・・

まるでうわ言のように吐き出されるその名前に、老子は軽く眉を寄せた。

「何か心配事かい?」

問いかけるけれど、当然ながら答えなど返ってはこない。

それでも彼の胸中はなんとなく察する事が出来た。―――何せ彼はという人物をよく理解しているのだから。

彼女は、何も話さない。

問われても、きっとのらりくらりと上手く交わし続けるだろう。

だって彼女の過去は、彼女にとって楽しいものではないのだから。

それを知りたいと思うのは当然の事なのかもしれないと老子は思う。―――大切に想えば想うほど、特別になればなるほど、相手の心が見えなければ不安にもなるだろう。

けれど、彼女は何も話さないのだ。

否、話せないと言った方が正しいのかもしれないけれど。

「・・・仕方ないね」

自分と太公望以外誰もいない空間で、それでもまるで誰かに聞かせるかのようにそう呟いた老子は、パチンと小さく指を鳴らして。

「知りたいならば見てくればいいよ。それが一番早いしね」

そう告げて、クルリと踵を返す。

そうして今度こそその場を去ろうとした彼は、しかし目の前に立つ女の姿に再びその足を止めた。

一体いつからそこにいたのだろうか。

突然の登場に思わず軽く眉を上げた老子をまっすぐに見つめて、は悪戯っ子のように小さく笑った。

「お久しぶり、老子」

「ああ、久しぶりだね。ちょくちょくこうして会ってるから、あんまり久しぶりには思えないけど」

笑うにつられるように、老子も微かに笑みを零す。

彼のこんな笑顔を引き出せるのは、世界広しといえど一体何人いるだろうか?―――もっとも、にとってあまり自覚はないのだけれど。

「それで、首尾の方は・・・?」

老子をまっすぐに見つめて、は意味ありげにニヤリと口角を上げる。

その笑みに僅かに目を細めて、老子は深く深くため息を吐き出した。

「上々なんじゃないの?君にとってはね。―――安眠妨害された僕としてはうんざりだけど」

返ってきた答えに満足そうに微笑んで、その視線を眠る太公望へと向ける。

その後を追うように同じく太公望へと視線をやった老子は、再びチラリとを見やって微かに首を傾げて見せた。

「君は彼に何を望んでいるんだい?」

「それはもちろん、強くなる事よ。心も身体もね」

さらりとそう答えて、はどこかへと視線を飛ばす。

自分が何を相手に戦っているのか、彼はまだ知らないだろう。

封神計画の本当の意味も。

それでも・・・今はまだ知らなくとも、もうそれから逃れる事は出来ないのだ。―――封神計画を受けた、その時から。

そんなの心の中を読んだのか、老子は意外だと言わんばかりに軽く眉を上げて。

「君が封神計画に乗り気だったなんて知らなかったよ。計画にも、それが伴うリスクについても・・・―――そして歴史の道標でさえ、君は興味がないのだと思っていたから」

「興味はないわ、今でもね。それでも太公望には死なれちゃ困るのよ」

この世界がどうなろうと、歴史がどんな道を歩もうとも、にはそれほど興味はない。

ただ彼女が唯一願うこと。―――それは、太公望の生そのもの。

改めて垣間見えた彼女の願いに、老子はそれは楽しそうに笑った。

「・・・君が、ねぇ。変われば変わるものだね、人は」

だから面白いとそう独りごちて、眠り続ける太公望を見つめる。

何にも興味を持たず、流れに身を任せてただ生きていたにその意味を与えたのは太公望だ。

なんとなく、その理由も解る気がした。―――少し接しただけではあるが、面白い男だと彼自身もそう思ったのだから。

「それで・・・?」

ふいに投げかけられた問いに、ぼんやりとそんな事を考えていた老子は、視線を声の方へと向ける。

目の前には、冷たい笑みを浮かべるの姿があった。

「それで、って?」

「太公望はどこへ行ったの?」

何の問い掛けなのかと問い返すと、再び問いが返ってくる。

この不毛な会話を肩を竦める事で一蹴した老子は、わざとらしくその視線を太公望へと戻して。

「何を言ってるの、目の前にいるじゃない」

当然の事とでも言うようにそう告げれば、目の前のの笑顔が僅かに引き攣る。

その意味するところを察して、老子は気付かれないほど小さく笑った。

「では質問を変えるわ。―――太公望を誰の夢に導いたの?」

解ってるくせに、とは言わずに笑みを深めると、は浮かべていた笑みを引っ込めて呆れたようにため息を吐く。

「・・・余計な事をするのね」

「だって、頑張った人間にはご褒美が必要でしょう?」

シレッとそう告げれば、は嫌そうに表情を歪める。

その常にない表情の変化を楽しみながら、老子は更に言葉を続けた。

「だって、君は話したくても自分では話せないでしょう?」

何を、とは言わずにそう言えば、は挑むように老子を見返す。

余計な事だとは解っている。

太公望がそれを知る必要がない事も、またが必要以上にそれを知られたくはないと思っている理由も承知していた。

それでも彼がその余計な事をしたのは、全て彼女を解放する為だ。

もうその必要もないしがらみに、それでも自ら雁字搦めになっている彼女自身から彼女を解放するために。

そんな事を言えば、それこそ余計な事をと言うのだろうが。

まったく悪びれた様子のない老子を見返して、どうせこれ以上何を言っても無駄だと判断したのか・・・―――それでもそのまましてやられたままは悔しいのか、嫌味交じりに言葉を吐き出した。

「面倒臭がりのあなたにしては随分と親切じゃない。―――どういう心境の変化?」

「僕はどうも君に甘いらしいから」

「・・・誰からの言葉?」

「申公豹だよ、勿論」

瞬時に脳裏に浮かぶ冗談のようなピエロ姿の男に、は思わず舌打ちしたい気分になった。

こんなところまで彼の影は迫っている。

きっと彼から逃れる事は不可能に近いのだろう、と嫌な予想を立てては疲れたように息を吐く。―――そんな事は、彼と出会ったその時に諦めた事には違いないけれど。

「・・・う・・・ん」

その時、ふいに太公望が小さな唸り声を上げた。

顔を覗き込めば、その眉間には僅かに皺が寄っている。

何の夢を見ているのか、それを推測するのはにとっては容易い。

「・・・本当に、余計な事をするんだから」

もう1度小さく独りごちて、は魘される太公望に背中を向けた。

「・・・帰るわ」

「え、もうかい?」

意外だとばかりに問い返す老子を視線だけで見やって、は皮肉げに口角を上げた。―――もしかすると、それは彼女のささやかな仕返しだったのかもしれない。

「ここじゃ、ゆっくり眠れそうにないもの」

さらりとそう言い残して、ひらひらと手を振りながらは静かに姿を消す。

その残像を見つめて、老子は深々とため息を吐いた。

「このままじゃ、寝不足になっちゃうかも・・・」

小さく呟いた己の声に、自業自得よと笑う声が聞こえた気がした。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

老子の口調が解りません。

なんかこう、フランクな感じっていうかノンビリした感じを心がけたんですが、それがあってるのかどうかも・・・。(致命的)

待ちに待った老子のとの接触なのになぁ。(笑)

作成日 2011.5.7

更新日 2011.8.28

 

戻る