目の前には、石が敷き詰められた一本の道。

無意識にその道を辿って顔を上げれば、その先にはそれなりに大きな・・・―――けれど古びた立派な建物がひとつ。

周囲を見回せば、道沿いに並んだ露店と、その奥にはどこにでもありそうな民家が。

振り返ればこちらもすらりと伸びた道の先に、おそらくは門の役割なのだろう赤い鳥居のようなものが見えた。

すれ違う人たちは、道の真ん中で立ち尽くす男など興味もないのか、チラリとも視線を寄越さない。

僅かな疎外感と居心地の悪さを感じながら、彼は訝しげに眉を寄せて。

「・・・どこだ、ここは?」

気がつけば、太公望は見知らぬ地で立ち尽くしていた。

 

鏡花水月

〜古の巫女

 

太公望の小さな呟きでさえ、すれ違う人たちは欠片も拾ってはくれようとはしない。

そんな完全に孤立した立場に立たされた太公望は、深くため息を吐き出しながら改めて周囲を見回した。

見覚えがない場所。

どこかの町だろうか?―――それほど特徴的な何かが見つからない為、どこかで見た事があると言えばそう思えなくもないが。

それにしたって、自分は何故こんなところに立ち尽くしているのだろうか?

そんな当然といえば当然の疑問にも、残念ながら答えは返って来ない。

気がつけばここにいたのだ。―――不思議なことに。

それでも現状を把握する事が重要だろうとすぐに気持ちを切り替えた太公望は、とりあえず近くにいた人に現在地を尋ねようとそう思ったのだけれど。

「すまんが、この村はなんという名前の・・・」

しかしそう問いかけた太公望に、声を掛けられた男は最後まで彼の言葉を聞く事無く立ち去っていく。

それに思わず呆気に取られた太公望は、去っていく男の背中を呆然と見送った。

随分と余所者に厳しい村なのだろうか?

ふいにそんな疑問が脳裏を過ぎる。―――実際にそういう村は少なくはない。

けれどその考えはすぐに却下された。

余所者に厳しい村ならば尚の事、こうして立つ太公望に視線のひとつも寄越さない方が不自然だ。

どこかからこっそり窺われているような視線も気配も感じない。

彼らにとってまるで自分は存在していないかのようだと、冗談みたいな事を本気で思えてしまうほど、村人たちの太公望への無関心さは自然そのものだった。

「・・・ううむ」

その現実に思わず唸り声を上げてしまうけれど、やはりいつまでもこうして突っ立っていても仕方がない。

こうなれば手当たり次第に声をかけてみるしかないだろうと、太公望がやや強引に村人を呼び止めるべく手を伸ばしたその時だった。

スルリ、と音もなく己の手から逃れる人。

否、逃れたのではない。―――言葉通り、間違いなく村人は太公望の手をすり抜けたのだ。

それに再び呆然と己の手を見やった太公望は、この時漸く理解した。

これは現実ではない、と。

思えば自分は太上老君の夢の中で、ほぼ強制的に太極図を扱う為の特訓を受けていたのだ。

それを考えれば、この世界も夢である可能性は極めて高い。

いや、現状を考えると夢の世界そのもので間違いはないのだろう。

その結論を下し、太公望は納得したように小さく頷く。

問題はこの場所が一体どういう場所で、そしてどうして自分がこの場所にいるのかだ。

これまでの流れから推測すると、太公望をこの場所へ飛ばしたのは間違いなく太上老君だろう。

もしかしてこの場所も1つの特訓ステージなのかとも思うが、それにしては何も起こらない。―――あのジャングルのようなステージでは、これ以上ないほど命の危険を感じたのにだ。

勿論命の危険を感じないのは結構な事だが、何も起こらないというのも次の行動を決めかねてしまうのも事実だった。

「・・・さて、どうするかのぅ」

困り果てて、太公望が思わずポツリとそう零したその時だった。

「どいて!どいてください!!」

ふいに通りに悲鳴のような声が響き、太公望は弾かれたように振り返る。

視線の先には、血相を変えた男女と、木と布で出来た簡素な担架のようなものに乗せられた子供。

大怪我をしているのか、彼らが通った後には僅かな血が残っている。

「大変だ!早く巫女姫様の所へ!!」

村人の誰かのそう叫ぶ声に、他の者たちも慌てて道を譲り、ある者は助けるように担架へ手を伸ばす。

そうしてその慌しい一団は太公望の目の前を足早に通り過ぎ、そうしてこの場所に立って初めて目に映した道の先にある大きな建物へと向かって行った。

その騒動を見送って、太公望は僅かに首を傾げる。

「・・・巫女姫様?」

気になるワードではあるが、残念ながら答えてくれる者はいない。―――声が届かないのだから、当然といえば当然の事なのだけれど。

「・・・ふむ、行ってみるか。ここで突っ立ってても仕方ないしのぅ」

暫くの逡巡の後、そう結論を下した太公望は、誰に言うでもなく呟いて先ほどの一団の後を追うように道の先にある建物へと足を向けた。

どうせ誰も自分が見えないのだ。―――咎められる事もない。

そんな気楽さと、そうして僅かな不安を抱きつつ、太公望はまっすぐに伸びる道の先を見据えて足を踏み出した。

 

 

誰かの屋敷なのだろうと思い足を踏み入れたそこは、どうやら屋敷などというものではなかったのだと、その場に立った太公望はそう思った。

確かに他と比べればこじんまりしているが、この場所は間違いなく城だと確信する。

生活感のない空気と漂う独特の雰囲気が、それを如実に語っていた。

そうして太公望は理解する。

小さな集落だと思われたここは、小さな国であったのだろうと。

本当にこじんまりとしているし、国民もそれほど多いわけではない。

周囲を森と山で囲まれたそこは、まるで隠れ里のようにひっそりと存在していた。

「・・・不思議なところだのぅ」

きょろきょろと物珍しそうに周囲を見回して、太公望はそう独りごちる。

置かれている調度品の類を見ても、そう豊かな国ではないのだろう。

その代わりに、宗教色が強いのかもしれない。―――あまり見た事のない文様が描かれた壷やら何に使うのか解らない道具の数々に、思わずため息が漏れた。

そうして太公望は、床に残った血の後を追うように、ひとつの部屋へと足を踏み入れる。

そこはどうやら大広間のような場所らしい。

他とは違い若干広い部屋の真ん中で、先ほど運ばれていた子供が担架ごと床に降ろされていた。

その周囲では両親と思われる男女と、先ほど通りで手伝いの為に付いていった男たち。

そしてこの城で働いているのだろう女たちが、心配そうに子供の顔を覗き込んでいる。

「巫女姫様がいらっしゃいました!」

女の誰かがそう叫ぶと同時に、子供の周囲でおろおろとしていた者たちが慌ててその場に跪く。

そうしてその頭を床に押し付けるようにして出迎える者たちの前に、1人の女が現れた。

太公望が立つ入り口とは違う奥の方から姿を現した女は、深くベールを被っているので顔は確認出来ない。

それでもその女が、女というよりは所謂少女であるというのだけは解った。

ずるずると裾の長い着物を引きずるように歩く少女は、子供の前で立ち止まると静かにその場に跪く。

両親の懇願するような眼差しを受けながらも、少女は動じた様子なく大怪我を負った子供へとその手を伸ばした。

それと同時に淡い光が周囲を包む。

一体何事かと思わず目を瞠った太公望の目の前で、信じられない出来事が起こった。

静かに光が収まった頃、大怪我を負って動く事も出来なかった子供がゆっくりと身を起こしたのだ。

遠目から見ても、怪我をしている様子はない。

着ている服に付いた血が、微かにその名残を残しているだけ。

そのあまりの光景に言葉もなく立ち尽くす太公望の前で、子供の無事を確認した両親が涙ながらに口を開いた。

「ありがとうございます!ありがとうございます、巫女姫様!!」

「さすが巫女姫様だ!あれだけの傷をいとも簡単に治してしまわれるとは!!」

口々に上がる賞賛の声を聞きながら、太公望は夢でも見ているのではないかという思いで視線の先の少女を見つめる。―――いや、まさしく夢を見ているのだけれど。

一体これはどういう事なのか。

本当にただの夢なのかそうではないのか、太公望には判断が出来ない。

それをするだけの材料が決定的に足りない。

人が人の傷を治すなど、聞いた事がないのだ。―――否、どんな高位の仙人にだってそんな真似は出来ないというのに。

「さぁ、みなさん。巫女姫様はお疲れです。あちらに部屋を用意してあります。そちらへどうぞ」

女の一言に、周囲の男たちは素直に立ち上がり退席する。

「ありがとう、巫女姫様!!」

すっかり元気になった子供も笑顔でそう言い残し、しっかりと自分の足で歩いて去っていく。

まるで下手な芝居を見ているような気分で、太公望はそれを見送った。―――まさか夢の中で謀られているなど考えられないけれど。

そうして広間に残ったのは、件の巫女姫と太公望と・・・そして静寂だけ。

未だに目の前の出来事が信じられずに動けない太公望は、そのあまりの静寂に思わず息を潜める。

自分の姿が相手には見えない事も、自分の声が相手に届かない事も承知の上で。

けれど次の瞬間、巫女姫の視線が自分の方を向いた気がして、太公望はドキリと心臓を跳ねさせた。

それは偶然だろうか。

ベールに阻まれた巫女姫の視線が刺さるようで、太公望は思わず後ずさる。

しかしそんな緊迫した空気を破ったのは、それをもたらした巫女姫の方だった。

「また来たのね、お客人」

凛とした声で告げられた言葉に、太公望は大きく目を見開く。

まさか彼女には自分の姿が見えているのだろうか?―――そんな彼の思いは、しかし次の瞬間いとも簡単に切り捨てられた。

「毎回覗き見は趣味が悪いわよ、お客人。こちらからは見えないと思うと、余計に気分が悪いわ」

どうやら彼女は太公望の姿が見えているわけではないらしい。

おそらくその気配を察しているのだろう。―――とてつもなく鋭い勘を持っている少女だと、太公望は思わず感心した。

「・・・まぁ、こちらからは見えないからこそ気楽なのかもしれないけどね」

そう言葉を付け足して、少女は徐にベールを剥ぎ取った。

サラリ、と長い黒髪が流れ落ち、その整った相貌が晒される。

「・・・あ!」

「こうして顔を晒す事もできるわけだし」

あー、すっきりした。とそう告げる少女を前に、太公望はあんぐりと口を開けたまま固まった。

見慣れた顔が、そこにある。

否、見慣れたものよりも幾分か幼いものではあるけれど。

「・・・

呆然と零れ落ちた太公望の呟きは、残念ながら少女の耳には届かなかった。

 

 

これは一体どういう事なのだろうかと、太公望は混乱する脳を必死に回転させる。

目の前の少女は、間違いなくだ。

太公望が道士になってから50年以上経つが、その間ずっと一緒にいたのだ。―――今更彼女を見間違えたりはしない自信はある。

しかし今目の前にいる少女のような格好をしたなど見た事がないのも事実。

だとすれば、これはの夢なのか。

そしてこれがの夢なのだとすれば、きっとただの夢ではないのだろう。―――これだけはっきりとした世界観を持っているという事は、これはの過去なのかもしれないと太公望はそう思った。

彼の知るよりも幾分か幼い面持ちと、今よりも少しだけ高い声。

よくよく観察すれば、雰囲気も彼の知る彼女とは少し違っていた。―――目の前にいる少女は、と比べるといくらか警戒心が薄い気がする。

まるで風のように相手を翻弄する彼女とは違う。

考え方や口調は大人びているが、あまり擦れていないような気がした。―――勿論そんな事を現在の彼女に言えばただではすまないだろうが。

そんなある意味失礼な事を心の内で呟いたその時、ただの声だけが響いていた広間に誰かの靴音が響いた。

それに思わず視線を向けると、そこには年配の女が立っている。

おそらくはこの城の中でもそれなりの立場にいるものなのだろう。―――そう思わせるほどの気配を放つその女は、広間の真ん中に立つを見据えて心配そうに首を傾げた。

「姫様、お加減はいかがですか?」

「大丈夫よ」

「ですが、顔色が・・・」

女の問いにあっさりと答えただが、しかし女はそれだけでは納得しないらしい。

僅かにとの距離を縮めた女が顔を覗き込むようにしてそう言えば、は若干苦々しい面持ちでため息を吐いた。

「・・・大丈夫、少し休めば回復するわ」

言われて同じようにの顔色を窺えば、確かに少し顔色が悪い。

色白の肌が更に白く見えて、何故か太公望の背筋に悪寒が走った。

まるで今にも消えてしまいそうなほど儚く見えたからかもしれない。―――それは彼の知るとは掛け離れていたからだ。

「・・・やはり、このような事は控えるべきでは」

少しの躊躇いの後、女が囁くような声でそう呟いた。

それは本当に小さな声ではあったけれど、彼女らの他には誰もいない広間では驚くほどはっきりと耳に届く。

そうしてその言葉を拾い上げたは、呆れたような面持ちで女を見やった。

「今更何言ってるの。それが巫女姫の役目なんでしょう?」

「それは・・・!」

「巫女姫は代々短命だ、なんて。そりゃ当然よね、こんな事続けてたら」

言って、己の右手を持ち上げて見つめる。

少し離れた場所に立つ太公望の目にも、その手は微かに震えているように見えた。

どうやら力が入らないらしい。

震えを隠すようにグッと握った拳も、見るからに弱々しく頼りない。

「でも、やるしかない。この力を持っているのは、もう私しかいないんだもの」

そうして自分に言い聞かせるようにそう呟いたの瞳は、やはりいつもとは違って見えた。

いつものやる気のないものとも、修行中に見せる厳しいものでもない。

決意に満ちた・・・―――それでもどこか悲壮感を漂わせるようなその色を太公望は知らない。

そんなを前に、女が痛々しげな面持ちで言い募るように口を開いた。

「だからこそ、姫には御身を大切にしていただかなければ!貴女様が倒れれば、この国は滅んだも同然なのですから!!」

「そうは言ったって、怪我人を目の前に連れて来られちゃ無視するわけにもいかないでしょう?―――現に今日だってそうだったわけだしね」

チラリと視線をやった先には、先ほど少年が横たわっていた場所。

今は僅かに血が残っている。―――それが妙に生々しくて、だからこそ太公望はこれがただの夢だとはどうしても思えなかった。

そうして何も言えなくなった女をチラリと見やった後、はその視線を太公望の方へと向けて。

「馬鹿みたいよね、自分の命を削って他人を助けるなんて。―――そうは思わない、お客人?」

囁くような声に、太公望は思わず目を見開く。

一体、の身に何が起こっているのだろう。

気になる事はいくつもあった。

ここは一体何処なのか。

何故、彼女は巫女姫と呼ばれているのか。

先ほど彼女から発せられた光はなんなのか。

どうして子供の怪我があっさりと治ってしまったのか。

女がに向ける心配も、彼女のいう『この力』とはなんなのかも。

そして・・・。

『馬鹿みたいよね、自分の命を削って他人を助けるなんて』

その言葉の、真意は?

いくつもいくつも疑問を投げ掛けても、当然ながら答えなど返ってこない。

結局自分はの事を何ひとつ知らない。

それにもどかしさを感じながら、太公望が拳を握り締めた時だった。

一陣の風が吹きぬけ、熱風が頬を撫でていく。

それにハッと我に返った太公望は、目の前の光景に大きく目を見開いた。

 

 

何もない場所に、彼は立っていた。

いや、何もないという言葉が適切ではないのだろう。

瓦礫と化した建物の残骸。

火を放たれたのだろう、焼け焦げた木材がそこらに無造作に転がっている。

立ちのぼる黒煙が、妙にリアルだ。―――まるでその焦げ臭い匂いさえ感じられそうで、太公望は思わず眉間に皺を寄せた。

グルリと周囲を見回せば、先ほどまであった町の様子は一変している。

本当に、何もない。

がいただろうあの城も、炎に巻かれたのか僅かな残骸を残すだけだ。

一体、何があったのか。

そんな思いを胸に、どこかに生き残っている人がいるかもしれないと太公望は足を踏み出した。―――見つけたって、助ける術などない事を知っていながら。

そうして歩き出した太公望は、すぐに人の姿を見つける事が出来た。

「・・・

瓦礫の中に、彼女は1人立っていた。

着ている服は煤でかなり汚れてはいるものの、目立った怪我はないようだ。―――それにホッと安堵した太公望は、しかし彼女の足元を見つめて思わずその場に立ち尽くす。

彼女の足元には、まだ幼い子供が横たわっていた。

遠目から見ても、既に命が失われているだろう事は理解できる。

そんな子供を見下ろして身動きひとつしないにかけてやる言葉さえ見つからず、太公望はまるで足元が縫い付けられたかのように身動きひとつ出来なかった。

「・・・また、来たの」

ふいにポツリとの口から漏れた言葉に、太公望は思わず肩を揺らす。

そうだ、彼女は自分の気配を読めるのだ。

それに気付いた太公望は、しかしその直後、彼女の言葉が自分に掛けられたものではない事を察した。

ジャリ、と砂を踏む音がする。

それに弾かれたように振り返った太公望の目には、意外な・・・―――けれどこちらも見知った姿が映し出された。

「・・・元始天尊、様?」

彼を呼ぶその声が、問いかけるようなものになってしまったのは何故なのか。

その皺が刻まれた顔も、長く伸びた白い髭も見慣れたものだというのに、彼の瞳の色だけは見覚えのないもののように思えて、太公望は言葉もなくジッと彼を見つめる。

けれど当然ながら太公望の姿は見えていないだろう元始天尊は、そんな彼に視線を向ける事無くを見据えた。

「何しに来たの?」

静寂を破るように、の静かな声がその場に響いた。

その感情を押し殺したような声を、太公望は知らない。―――いつだって自信に満ち溢れているように思えたの声とは、あまりにも違うもののように思えた。

「おぬしが無事でよかった」

ジッとを見据えていた元始天尊が、静かな声でそう呟いた。

しかしその言葉を聞いたは、まるで親の敵を見るような鋭い眼差しで元始天尊を睨みつける。

「・・・シレッとした顔をして、よくもそんな事が言えるわね」

喉の奥から搾り出すようなその声に、太公望は僅かに心臓を跳ねさせた。

憎しみの篭った声と、眼差し。

けれどそれらを向けられたはずの元始天尊は、少しも怯んだ様子などなく表情ひとつ変えずに口を開いた。

「わしに怒りをぶつける事でおぬしの気が晴れるならそうするがよい。だが、現実は変わらぬ」

冷たくすら聞こえる声色で、淡々とそう告げて。

「間違えるでない。国を滅ぼしたのはワシではないぞ」

そうして最後に付け加えられた言葉に、の眼差しが更に鋭くなっていくのを太公望はまるで他人事のように見つめていた。

「でも、あなたはこの国を見捨てたのよ。こうなる事を、あなたは知っていたでしょう?」

「ワシは人間界の出来事には手を出さぬ。おぬしだけ特別にというわけにはいかん」

正論とも思える言葉に、は悔しげに唇を噛み締める。

と元始天尊、現在の2人の関係は太公望には解らないが、仙人の在り方を考えれば元始天尊の言葉は正しいもののように思える。

だからこそもそれ以上言葉を口にしないのか、元始天尊から視線を逸らしてただ一言吐き捨てるように呟いた。

「・・・帰って」

全てを拒絶するような強い声色。

しかし元始天尊はそれにも動じず、またその要求に従う様子もなく、その場に立ったままの背中へ向かい口を開いた。

「何もないここに残ってどうするつもりじゃ?」

「あなたには関係ないわ」

背中を向けたは、チラリとも振り返らない。

何もかもがなくなった地。

もうこの場所で生きていく事さえ難しいだろう。―――現状を見る限り、生き残りはいないように思えた。

それでもはこの地を離れる気はないのだと、その口調から簡単に想像がついた。

けれど、元始天尊はそんなへ向けて更に言葉を投げ掛ける。

「ワシと共に来い、。ここで無駄に命を捨ててどうする?命をかけておぬしを守った者たちに出来る事は、生きる事だけじゃろうて」

「うるさい!!」

振り絞るような怒声が響き渡る。

彼女の怒鳴り声など初めて聞いたと、太公望はただただ呆然とその場に立ち尽くした。

こんなにも感情が露わになっているなど、本当にただの1度も見た事がなかったから。

そんな頑ななの様子にひとつため息を落とした元始天尊は、右手をゆるりと上げて。

「・・・仕方ないのぅ」

そう呟くや否や、気丈にも立っていたがその場に崩れるように倒れこんだ。

慌てて太公望が駆け寄ってみれば、どうやら意識を失っているらしい。―――静かに上下する胸元を見てホッと安堵し、視線をその原因であるだろう元始天尊へと向ける。

逆光になっていて、彼の表情がよく解らない。

「おぬしにも、いずれ解る時がくる」

ただただ、静かな声が誰もいないその場に響き渡った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

主人公の過去暴露編、その1です。

かなり無理がある設定ですか?そうですか。

ちょっとやりすぎたかなと、今更ながらに思います。

でもここまで連載が進むと、もう変更が聞かないというか。

過去の私よ、どうしてくれよう。(笑)

作成日 2011.5.15

更新日 2011.11.6

 

戻る