西岐の上空に浮かぶ影が1つ。

「なにやら面白そうな事をしているみたいですね」

『象レース・・・とかいうの、やるみたいだよ?』

「象・・・ですか?」

何かを考え込むように手を顎にやり小さく唸っていたその人物は、何かを思いついたのかニヤリと笑みを浮かべた。

『・・・また何か企んでるんでしょ?ホントに暇人だよね、申公豹って・・・』

呆れたようにため息混じりに、黒点虎はそう呟いた。

 

申公豹の密やかな

〜こうして戦いの火蓋は切って落とされた〜

 

「俺っちこんなの見たことねぇさ・・・」

天化は目の前でのんびりと戯れる大きな生き物・・・―――象を見上げ、呆然と呟いた。

「そうね、私も実物見るのは初めて・・・」

は『象』のこと知ってたさ?」

「本で読んだことはあるけど・・・、まさかこんなに大きいとはね・・・」

世の中ってまだ知らないことがたくさんあるのね・・・と感心したように呟いたは、怯む様子もなく象に手を差し伸べた。

「ちょっ!?、危ないさっ!!」

「大丈夫ですよ。象はおとなしい生き物ですから・・・」

象に餌をやっていた周公旦は、慌てる天化にそう告げた。

それでも未だに傍で眺めるだけの天化とは違い、は背中に乗ったりと思いのままに象と戯れている。

(すごい順応能力さ・・・)

呆れたような、感心したような、恐ろしいような複雑な思いを胸に抱きつつ、ついには象の上で昼寝を始めてしまったを見て、天化は深いため息を吐いた。

 

 

翌日、『象レース』を始めるとのたまった太公望が、姫発や武吉たちとレースの準備に勤しむ中、は飽きもせずに日課の昼寝を楽しんでいた。

いや、楽しむハズだった。

「・・・何の用?申公豹」

「おや?気付かれてしまいましたか?」

目を閉じ寝転がったままの状態で自分の顔を覗き込む申公豹に声をかけると、当の彼は悪びれた様子なくいつも通りの言葉を口にした。

「実は、面白い事を思いつきまして・・・」

その言葉に胡散くさ気に目を開き、じっと申公豹の顔を眺める。

にっこりと笑顔を浮かべた申公豹を目に写し、は諦めたように体を起こした。

こういう場合の彼は無視しても引き下がる事がない。

寧ろ無視すれば勝手に話を進められる事になるだろう。

そしてそんな場合は必ずと言っていいほど、碌な事がないのだ。

それを身に染みて分かっているは、多少面倒くさいと思いながらも話を聞こうと体勢を整えた。

「数日後に『象レース』というのが開かれるそうなんですが・・・ご存知ですか?」

「知らないわけないでしょ?こんなに大騒ぎしてるのに・・・」

憮然とした表情でそう答えると、「それならば話は早い!」と返ってくる。

「なんなのよ?」

「その『象レース』、どうやら賭け事のようなものみたいなんですが・・・」

「・・・・・・」

「私たちも賭けをしてみませんか?」

「してみません」

申公豹の提案をきっぱりと跳ね除け、再び寝転んだ

しかしそれで怯むような人物では勿論なく、寧ろが断る意味が解らないとばかりに不思議そうな表情を浮かべて、小さく首を傾げて見せる。

「どうしてです?面白そうじゃありませんか!」

「賭け事はしない。興味ないし・・・っていうか賭け事は人生だけで十分」

自分の人生を賭け事だとあっさりと言い切る

「何言ってるんですか。普段寝てばっかりで何もしてないくせに・・・」

「うっ!!」

の言動に対して、申公豹も負けじと言い返す。

そう言われてしまえば、としても反論できない。

普段からサボってばかりいるのは、紛れもない事実なのだから・・・。

言葉に詰まったに、さらに追い討ちをかけるように申公豹は言葉を続ける。

「それで賭けるモノについてですが・・・」

「私、やらないって言ってるんだけど?」

「お金は別に要らないですし、お互い自分の身体を賭けるというのはどうですか?」

「人の発言無視して勝手に話進めないで。っていうか身体ってなに。あんた、私に一体何させる気なの」

何を言ってもどんどん話を進めていく申公豹。

それに大しては、なす術もなく無駄と知りつつも突っ込みを入れた。

「身体というのはですね?勝った方が負けた方のお願いを1つだけ聞くということです」

「それってもう決定事項なの?私の主張は?」

「認められません」

あっさりと言い切った申公豹の言葉に、はがっくりと地面に手を付き項垂れる。

普段はここまで強行に物事を進める人ではない申公豹が、こうも譲らないという事は何を言っても諦めてはくれないだろうとは思った。

そしてそうするからには、申公豹にはに対して何か『お願い』があるのだ。

何かとてつもなく嫌な予感が、を襲う。

というか、この状況で嫌な予感以外に抱けるものがあるだろうか。

ひしひしと威圧感がに降りかかり、ふと視線を上げると嬉しそうに微笑んでいる申公豹の顔が・・・。

こうなった場合、が取れる行動は2つ。

死に物狂いで逃げるか、それとも賭けに乗って勝つかだ。

死に物狂いで逃げる。―――申公豹相手にそれができるだろうか?

できない事もないだろうが・・・しかし、逃げ切れる確率は50%あるかないか。

それに、それはそれで面倒くさい。

仮にも『最強の道士』と謳われているほどの人物なのだ。

かなり骨が折れるだろうし、運が悪く捕まってしまった場合のことを考えると・・・。

「・・・わかった。やるわよ・・・」

素直に後者を選んだ方がいい。

力なく承諾したに、傍観者に徹していた黒点虎が声をかけた。

ちゃん、ご愁傷様・・・』

「そう思うんなら止めなさいよ」

にとっての運命の日、『象レース』開催日はすぐそこ。

 

 

象レース開催の日、西岐は普段よりも活気に溢れていた。

それは申公豹とて同じ事だったが、対するは暗い顔で・・・。

「さて、ようやく開催ですか。楽しみですねぇ・・・」

「そうですね」

、もうちょっと楽しそうな顔をしたらどうですか?」

「そう思うんなら賭け事チャラにしてちょうだい」

「却下です」

ああ、そう。―――と力なく呟いて、はもう逃げられないのだという事をようやく、本当にようやく認めた。

「この日をどんなに待ちわびた事か・・・」

「あんた、私に何をさせるつもりなの?」

「・・・聞きたいですか?」

にっこりと笑う申公豹。

笑顔のはずなのに、この背筋を伝う冷たいものはなんだろう?と思いつつも、ゆっくりとした動作で首を横に振った。

『聞かぬが花』という言葉を、今まさに思い出したのだ。

「さて、誰に賭けましょうか・・・?」

どこから手に入れてきたのか、レース表を手に思案する申公豹。

「そうですね・・・。私はゼッケン6番の四不象くんに賭けましょう。はどうします?」

「私は・・・」

申公豹から手渡されたレース表を見て、

「・・・武吉に賭けるわ」

以外にもあっさりと決めた。

「武吉くんですか?彼は人気が高いので配当金は安いですよ?」

配当金なんて関係ないだろ!!と、はしたり顔で口を開く申公豹に向かい心の中で突っ込む。

どんなに人気が高かろうが配当金が安かろうが、今のには関係ない。

負けないことが、今一番重要なことなのだ。

普段はいたって冷静で、慌てることなどほとんどないだが、今はその片鱗もない。

負ける時の事を考えているギャンブラーは決して勝てない。―――という格言も忘却の彼方だ。

「さて、始まりますよ・・・」

面白いという感情を隠そうともせずに、申公豹がレース場を指さす。

変な緊張感に包まれる中、軽い破裂音と同時にレースはスタートした。

最初に飛び出したのは、が賭けた武吉が乗る象。

象使いのバイトをしていたという経験は伊達ではないのか、他を引き離しての好スタート。

「よし、そのまま頑張れ!!」

思わず声が漏れる。

すると申公豹は傍らでレースを観戦していた黒点虎によじ登り、何を思ったのかレース場上空へと移動した。

何をする気だ?と様子を窺っていると、申公豹は宝貝・雷公鞭を取り出し。

ピシャァァン!!!

発動させた。

モチロン本気を出していない事はにも分かっていたが、申公豹の生み出した雷は武吉の乗る象の進路上に落ち、

「ちょっ、象さん!?落ち着いてくださいっ!!」

走るのをやめたわけではないが、明らかに怯えていて先ほどまでのスピードはない。

「四不象くん、頑張ってください」

「へ?・・・あ、はい・・・。頑張るっス!!」

突然現れた申公豹に突然励ましの言葉を掛けられた四不象は、訳がわからず首を傾げるが、とりあえず頑張ろうと象を走らせる。

「ちょっと、あんた!なんなんだよ、一体!!」

「よく分からんが、いいぞ!その勢いでゴールを目指すのだ、スープー!!」

姫発が怒りの言葉を、そして太公望が喜びの声を上げる。

そしては・・・モチロン黙って見ているわけもなく。

「・・・やってくれるじゃない」

申公豹に賞賛の言葉を送りつつ、自らもにまたがり宝貝を構えた。

シャァァァァァ!!

「うわぁ!!」

快調にトップを走っていた四不象は、突然襲ってきたカマイタチに思わず声を上げた。

当然当たらないように繰り出された攻撃ではあるが、乗り手にも象にも十分に恐怖を与えることができた。

「悪いわね、四不象」

「なっ、なんでこんな事するんっスか!?」

半泣きになりつつも、根性でレースを続行させていた四不象が声を上げる。

「邪魔をしないでください!四不象くんには1位になってもらわなければ困ります!!」

「それを言うならこっちだって、武吉に1位になってもらわないと困るわよ!!」

上空で行われる口論と、その煽りを受けて攻撃される地上の乗り手と象たち。

「へ〜、の宝貝って風を操るさ・・・」

「そんなことを言っとる場合か!?早く止めんととんでもないことになる!天化よ、あやつらを止めて来い!!」

のんびりと感心したように上空を見上げる天化に、太公望が慌てて声をかけた。

「無茶言うなさ!あの2人を相手にできるわけないさ!!」

「何を言っておる!おぬししかおらんであろうがっ!!」

「スースが行けばいいさ!!」

「わしはまだ命が惜しい!!」

低レベルな・・・しかしそれぞれの人生にとっては何よりも大事な口論が地上でも繰り広げられていた。

「も〜、太公望ちゃんったらん。早く止めないと大変な事になっちゃうわよん?」

いつまでたっても決着のつかない言い合いをしているのを見かねてか、レースクイーンをしていた妲己・・・―――もとい楊ゼンが間に入る。

「ならおぬしが止めて来い、楊ゼン!!」

「わらわは妲己よ〜ん?も〜、しょうがないわねん・・・」

太公望の言葉にきっちりと訂正をしてから、妲己の姿をした楊ゼンは複雑な面持ちで上空を見つめ、そして渋々ながらもと申公豹の元へ向かった。

「ねぇ、ちゃんに申公豹ちゃん。もうそろそろやめにしたらん?」

「うるさいですよ。あなたには関係ありません。引っ込んでてください」

あっさりと流す申公豹。

どうやら聞く耳持たぬらしい。

それじゃあ・・・と、標的をに変えてみる。

ちゃん、もうそろそろやめにしたらん?そんな事よりわらわとお話でもしましょうよん!!」

が妲己・・・―――楊ゼンの声にチラリと視線を向ける。

これは上手くいったか?と喜んだのも束の間。

「うるさいわよ、楊ゼン。これは私のプライドがかかってるんだから黙ってて。それよりも、妲己のあの人を小馬鹿にしたような口調や言い回しがまだまだ甘いわ。もう少し修練を積みなさい、楊ゼン」

そう冷たく言い放たれ、強いショックを受ける楊ゼン。

ちょうどのタイミングで、楊ゼンの背後に申公豹の放った雷が落ち、傍から見ていればなんともお約束な光景が出来上がっていた。

それに対してまでショックを受けた妲己(楊ゼン)は、力なく地面に手を付いた。

「・・・楊ゼン、哀れさ」

一部始終を見ていた天化が、ポツリと呟く。

そんなことをドタバタと繰り広げているうちに、レースは佳境を迎え・・・そして。

「そう言えば、象ってこんなにスピード出してて曲がれるのか??」

コーナー直前に、様々な障害にも負けず根性でトップ集団に食い込んでいた南宮?が首を傾げた。

「あはははは、そんなの無理に決まってるじゃないですか!!」

それに答えたのは象使いのバイトをしていた武吉。

爽やかな笑顔と共に吐き出された言葉は、南宮?にこれ以上ない恐怖と身の危険を与えた。

ズガーン!!

激しい破壊音と共に象たちはコースを飛び出し・・・。

「勝者3番、南宮?!!!」

レースの主催者である姫発が、高らかにそう告げた。

 

 

「結局、私たちのどちらも外れてしまいましたね・・・」

レースが終わり、多額の借金を抱えた太公望と姫発が書き置きを残して消えた後、近くの岩場に降りた申公豹は隣で疲れた表情を惜しみなくさらしているに向かいそう言った。

「・・・そうね」

「こうなってしまうと、とりあえず賭けはナシということになりますね」

「・・・そうね」

体力的にはともかく、精神的に疲労が溜まってしまったは、心の中で安堵しつつもそう答えるだけで精一杯だ。

「とりあえず今日は帰ります」

「そうしてくれるとありがたいわ・・・」

黒点虎によじ登る申公豹を見てそう言葉を返し、力なく地面に寝そべった。

「またこんな催しがあれば参加したいですね。その時まで『お願い』は取っておきましょう」

無表情のまま・・・けれどどこか楽しんでいるような雰囲気の申公豹を見て、は盛大に表情を歪ませて。

もう絶対にやらない。―――と固く心に誓って、小さくなる申公豹の影を見送った。

「・・・なんて最悪な一日だったのかしら」

その小さな呟きを聞いていたのはだけだったが、彼女の心中を察してか何も言わずに日課の枕になることにだけ徹した。

 

 

こうして象レースは幕を下ろした。

と申公豹の決着もつかぬまま・・・―――申公豹の『お願い』も謎のまま。

たった1名(楊ゼン)の何の罪もない青年の心に、深いキズを残して。

 

 

●おまけ●

 

「僕の演技力はまだまだ未熟なんだろうか・・・?」

数日後、未だにプライドが傷つけられたショックから抜け出せない楊ゼンが、大勢の人間に目撃された。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

どうにもギャグになりきれませんが。

申公豹がかなり好きなので、彼の出現率がかなり多くなっております。

一応相手役のはずの太公望がほとんど出てきてないのはどうしてだろう?

太公望も好きなのにな・・・(苦笑)

そして楊ゼンファンさん、ごめんなさい。

ちなみに、これって逆ハーなの?という疑問はナシで。

 

更新日 2007.9.22

 

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