それは穏やかな日のことだった。

空には雲ひとつない青空が広がり、白い鳥が南を目指して飛んでいるのが見える。

そんな平和そのものの風景が、一瞬で失われてしまうなんて。

西岐に住む人々は、微塵も思っていなかったに違いない。

破壊の足音は・・・―――すぐそこまで、迫っていた。

 

迫り来る

 

本格的な殷との戦争を前に、周(西岐)では着実に準備が整えられていた。

食料・木材・石材の確保に、豊邑城壁と武力の強化。

にわかに騒がしくなり、さすがのもいつものように昼寝など・・・。

「くぅ・・・」

訂正。―――変わらず昼寝に没頭していた。

「って、!これから忙しくなるのに、寝てる場合じゃないさっ!!」

「う〜、うるさ〜い・・・」

見かねた天化がの耳元で叫ぶと、は小さく身じろぎ迷惑そうに目を開いた。

「なによ、天化。なにか用?」

「『何か用?』じゃないさ。みんな働いてるんだから、も手伝いくらいするさ!」

呆れたようにそう言われ、言い返そうと口を開いたその時。

ドガァァァァァァン!!

2人がいる場所からそう遠くない所で、突如破壊音が響いた。

「「なに(さっ)!!??」」

城壁の辺りに土煙が立ち上り何が起こっているのかは分からなかったが、城壁が何者かによって破壊されている事だけは分かった。

「あんた武王の護衛任されてたんでしょ?早く行った方がいいんじゃないの?」

「・・・・・・任されたって・・・あーたが強制的にそうしたさ!」

「・・・天化」

「すぐ行くさっ!」

慌てて踵を返す天化を見送り、傍らに控えているに視線を向けた。

「何が起こってるのか、千里眼で確認して」

『聞仲が来たんじゃないのか?』

「あれは聞仲なんかじゃ絶対にない。いいからさっさと確認する」

強い口調で言われ、は慌てて言葉に従った。

呆れるほど律儀で真面目な聞仲が、周の民を傷つけるあんな攻撃をしてくるはずがない。

絶対的とも言える確信をもって、は再び城壁に目をやった。

土煙の合間からチラチラと見える大きな物体に気付くと同時に、が口を開く。

『確かに聞仲じゃない』

「それで?」

そんなことは分かってるとばかりに先を促すをチラリと見て、は言いにくそうに口ごもりつつも告げた。

『あれは多分・・・魔家四将だ』

の言葉を待ち望んだかのように、ちょうどいいタイミングで土煙の合間から姿を現した魚のような物体を目に映し、は思わずため息をついた。

 

 

魔家四将と太公望たちの戦闘が開始した。

その場所から少し離れた目に付かない場所に座り込み、聞こえてくる音にも耳を貸さず、の報告だけを聞いていた。

武成王が大きな魚型の宝貝に攻撃を仕掛けたが、傷一つ与えられなかった事。

武王が魔家四将に捕まってしまった事。

そして―――、

『天化のやつがヤラれた。かなりヤバイ状態だぜ』

「・・・天化が?」

は少しだけ眉根を寄せ、手を顎にやって考え込んだ。

その間にも、魚型の宝貝・花孤貂は周の民を飲み込んでいく。

『太公望たちもとりあえず抵抗を止めて、おとなしく人質と一緒にいるみたいだぜ。まぁ、この状況と人数で何ができるわけでもないから、賢明と言えば賢明だが・・・』

そのの言葉に小さく息を吐いて、ゆっくりと立ち上がった。

『・・・どうした?』

「とりあえず天化を助けに行くわ」

『お前が・・・?』

どこかからかいを含んだその口調に、はため息を吐いた。

「・・・天化はここで失うには惜しい人材だもの。助けて恩でも売っておくわよ」

実に言い訳がましい。―――と、はそう思った。

なんだかんだ言っていても、は冷酷にはなりきれない。

だからこそ人と距離を置いて、傍観者に徹している。

しかし周に来れば人と関わらないわけにはいかず、割合よく一緒にいた天化を放っては置けない。

簡単に言えば、情が移ってしまったのだ。

もちろんは先ほどのセリフでが納得してくれているとは思っていないが、とりあえずはも何も言わずに天化のところへ向かう。

魔家四将たちは戦いの場を変えていたので、天化は屋根の上に放置状態。

気付かれないように密かに屋根の上に降りて、キズを確かめる。

『かなりヒデェな・・・』

の呟きを無視して、はとりあえず血を止めるために持っていたタオルを傷口に当てた。

こんな事をしていても傷が治るわけではない。

今の天化の状態から見ても、早く治療を施さないと危ないという事は見て取れた。

、悪いけど天化をつれて崑崙山に・・・」

『断る』

の言葉を遮って、はきっぱりと答えた。

「・・・

『俺はお前以外を背に乗せるつもりはない。これは俺のプライドに関わる』

「なら、コウ天犬を貸しましょう」

2人(1人と一匹)が押し問答をしていると、屋根の影からそんな声が聞こえる。

揃って顔を上げると、そこには随分と久しぶりに見る顔があった。

「お久しぶりです、師叔」

「・・・楊ゼン?」

死にかけている人間を目の前にしているとは思えないほど朗らかな笑顔を浮かべた楊ゼンが、にっこりと挨拶した。

「この間(象レースの時)会ったじゃない」

「何を言っているんですか?あの時僕は仙人界にいましたよ?」

「・・・・・・どうあっても認めたくないのね?あの下手な演技を・・・」

「天化くんを早く仙人界に連れて行かないと!!」

のツッコミを聞かなかったフリをした楊ゼンは、慌てて天化をコウ天犬に乗せ、その後ろ姿を見送った。

「さてと、僕は太公望師叔のところへ行くことにします。師叔も怪我をしたみたいですし」

「・・・聞け」

師叔も巻き込まれたくないんでしたら、早くどこかに身を隠した方が良いと思いますよ?」

どうあっても楊ゼンはのツッコミを聞く気がないらしい。

これ以上ツッコんでも無駄だと判断したのか、それとも楊ゼンの言う事に一理あると判断したのか、は諦めての背に乗った。

「僕の本当の実力、ちゃんと見ていてくださいね?」

「ハイハイ。ま、ガンバッテ」

心のこもっていない応援を送ったは、踵を返した楊ゼンを見送ってその場から姿を消した。

 

 

太公望は痛む傷を抑え、楊ゼンたちの戦いを見守っていた。

「武吉、キズは大丈夫か?」

「・・・はい、なんとか。痛いですけど・・・」

それはそうだろう。―――太公望を庇って魔家四将の攻撃を受けた武吉の怪我は、太公望とは比べ物にならないほど酷い。

足には無数の傷があり、そこから血が流れ出している。

魔家四将のことは楊ゼンたちに任せるにして、なんとか武吉の手当てだけでもと身体を動かそうとしたその時。

「ずいぶんと面白い体勢ね、太公望」

冷ややかな声が耳に響いた。

いつの間にそこにいたのか、からかうような笑みを浮かべたがこちらに向かい歩いてくる。

冷や汗が太公望の頬を伝った。

ついこの間、絶対に死なないと約束したばかりなのに、今まさに危ない状態に陥っている。

武吉が身を犠牲にして助けてくれなければ、もっと酷いキズを負っていたことだろう。

今度は一体どんなお仕置きをされるのだろうか?―――太公望は脳裏を過ぎる様々なお仕置きの数々に、1人涙する。

の教育は、思ったよりも行き届いているようだ。

そんな太公望の様子を見て思いっきりため息を吐いたは、何も言わずに武吉のキズの手当てを始めた。

「すいません、さん。ありがとうございます・・・」

「礼なら隣にいるバカ道士に言わせなさい。この怪我はあなたのせいじゃないんだから」

「・・・うむ、すまんな、

素直に礼を述べてくる太公望を一瞥し、は作業を続けた。

誰も言葉を発さず、ただ楊ゼンたちが戦う爆音だけが聞こえてくる。

しかしその沈黙がそれほど重いものではないと気付いている太公望は、気付かれないように安堵の息をついた。

『・・・

沈黙を破るように口を開いたのは、だった。

「・・・どうかした?」

いつもとどこか様子の違うに、たちは首を傾げた。

の視線の先を辿ると、遥か向こうに黒い点のようなものが見える。

「・・・もしかして、あれ?」

『・・・妖怪仙人だ』

と太公望は思わず顔を見合わせた。

「こちらに向かっておるのは、魔家四将だけではなかったのか?」

「・・・違ったみたいね」

脱力したように答える

反対に太公望は少し焦りを覚えた。

今いる戦力では、魔家四将の相手をするだけで精一杯だ。

こちらに向かっている妖怪仙人たちは、魔家四将とは比べ物にならないほどの弱者だろうが、それでも数が揃えばそれなりに厄介で・・・。

「・・・

「面倒くさい」

太公望が何を言いたいのかは分かっているのだろう。―――少しだけ嫌そうに顔を歪めて、それでも一応は反論してみる。

「・・・おぬししかおらんのだ」

それはとて、十分に承知している。

だがは、よほどのことがない限り手は貸さないと勝手に決めているのだ。

「・・・!」

さん、お願いします!!」

2人はすがるようにを見て・・・―――武吉の方は絶対に意味が分かっていないとは思ったが、それでもその一生懸命さを無下にする事も出来ず。

「・・・この貸しは高くつくからね」

諦めのため息を吐きつつ、に乗って妖怪仙人と思われる黒い点に向かい飛んでいった。

「・・・あの?さんはどこに行ったんですか??」

やはり分かっていなかった武吉は、安堵の色を浮かべる太公望におそるおそる問いかけた。

「うむ。あの妖怪仙人たちを退治しに行ってくれたのだ」

さん、1人でですかっ!?」

武吉が驚きの声を上げたのも分かる。

ここから見ていても、妖怪仙人の数は決して少なくない。―――どう見積もっても20はいるだろう。

しかし太公望は慌てる様子なく、寧ろ楽しそうに笑った。

「心配ない。あやつにかかればあれしきの数、どうって事はないからのう・・・」

それだけの強さを持っているのだ。―――もっと進んで手を貸してくれれば、この戦いも格段に楽になるだろう。

しかし太公望も、それはするべきでないと思っていた。

確かには強い。―――あの申公豹と比べても遜色はないだろう。

に全てを任せれば、他の者が傷つく事も封神されることもない。

しかしそれでは他の者の成長は望めないだろう。

それが分かっているからこそ、太公望はを頼らない。―――そしても簡単に力を貸そうとしないのだ。

「・・・お師匠さま?」

「武吉よ、わしらにはわしらにできる精一杯の事をしよう」

「はいっ!!」

武吉の明るい声が響いたのと同時に、が去った方向から多数の魂魄が空に飛んだ。

 

 

「ずいぶんと派手にやりましたね、

多数の妖怪仙人を封神台に送った直後、背後から声をかける人物が一人。

「・・・またあんたか」

「神出鬼没は私の信条ですから・・・」

ずいぶん迷惑な信条だ。―――と思いながらも、言ったら言ったで面倒な事になると判断したは、そのまま何も答えずに近くの岩場に腰掛けた。

「おや?戻らないんですか??」

「私の役目はもう終わったの。後は本人たちに任せる。っていうか、それくらいやってもらわないとね・・・」

「それは確かに・・・」

クスクスと笑みをこぼしながら、申公豹も並ぶようにの隣に腰掛けた。

「ずいぶんと面白いことになってきましたね」

「面倒くさいことの間違いでしょ?」

「そりゃあなたにとってはそうでしょうね」

淡々と言葉を交し合う2人。

申公豹はふと空を見上げた。

今起こっている状況からでは考えられないほど、穏やかな天気だ。

相変わらず実況の解説をにさせ、それを静かに聞いている

そんなに視線を向けて、申公豹は苦笑した。

「あなたも不器用な人ですね・・・」

 

 

◆どうでもいい戯言◆

なんてヘボなお話に・・・すみません(汗)

やっぱり難しいです、封神演義は。

あんまり戦いばかりはつまらないですし(私が)、主人公からませるのも大変なのでかなりはしょっちゃったんですが、訳のわからない事に!!

ただ主人公ってかなり強いんだよ〜というところを書きたかっただけ(コラ)

そして原作『老賢人に幕が下り』を見事にすっとばしてしまいました。

だって主人公、位置的に絡むのがむずかしいんだよ!!

 

更新日 2007.10.8

 

 

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