ものすごい勢いをつけて、ハスタが地面を転がる。

ライフルを構えたまま、リカルドは冷たくハスタを見下ろした。

「観念するんだな」

さすがの彼も、リカルドとの2人を相手にするのは荷が重かったらしい。―――もっとも、そうと知って勝負を挑んできたのは彼の方なのだけれど。

「ちょっと待ってくれよ〜、リカルド氏。こうなったら、あれだ。もうアレするしかないよね。ん〜、でもあれって言われてもなぁ〜」

「うるさい。その無駄口を叩く口を今すぐ閉じさせてやる」

何とか時間を稼ごうという作戦なのだろうが、そんなものはリカルドには通用しないらしい。

ずいぶんと気の短い男だと頭の隅で思いながら、は抜き身のままの剣を肩に担いだ。

確かに厄介で不可解な男ではあるが、は最後の最後の部分でハスタを嫌いにはなれない。―――面倒臭いし迷惑な男だと思っていても、どうしても見限る事が出来ないのだ。

それが彼女が持つ面倒見の良さから来るものなのかは解らないが、こんな状況でも見逃してやればいいとさえ思っている。

しかしそれがリカルドに通用するわけもなく、彼は何の躊躇いもなく銃口をハスタへと向けた。

ちょうど、そんな時だった。―――明らかに不利だったハスタに、異変が訪れたのは。

こんな様子をも・・・そしてリカルドも知っている。

今までに何度か見た・・・―――これは、『覚醒』だ。

「ちょっとちょっと!まさかハスタって転生者なの!?」

「・・・さぁな。だが、奴の身体能力を考えれば不思議ではない」

慌てたように振り返るを他所に、まったく動じた様子もなくリカルドはさらりとそう答える。

確かにハスタほどの身体能力がただの人間に備わっているかといえば難しいところだけれど・・・。―――ついでに言うならば、ハスタの気性も常人とはかけ離れていたが。

「・・・あんた、ヒュプノスだろ?」

不意にハスタの声が聞こえ、2人は同時に振り返った。

視線の先には、少し苦しそうではあるけれど楽しげな笑みを浮かべたハスタの姿。

どうやら彼はリカルドの前世も知っているらしい。―――知り合いなのかどうなのかはリカルドでなければ解らないが、もしかするとリカルドは前世でも人間関係に苦しんでいたのかもしれない。

そんな場違いなほどのんびりとした感想を抱くの目の端に、ハスタの動きが飛び込んでくる。

それに反応して抜き身の剣を振り上げたに、ハスタの槍が襲い掛かった。

「・・・あっぶな!」

「あ〜らら、止められちった」

今にも自身に突き刺さりそうなハスタの槍を目前に目を瞠るを他所に、ハスタは至極楽しげに笑う。

そうしてじっとを見つめていたかと思うと、不意にその瞳を僅かに細めた。

「そんでもって、はもしかして〜・・・」

そこまで告げて意味ありげに言葉を切ったハスタを見返して、は不審げに眉を寄せる。

彼は自分を知っているのだろうか?―――否、自分ではなく、自分の前世を。

言葉なくそう問い掛けるの眼差しを受け止めて、ハスタはもう一度意味ありげにニヤリと口角を上げた。

「や〜っぱり、の白いコートをみてると第一次欲求が刺激されるなぁ〜。その白いコートを君の血で染めたら、それは綺麗なんだろうな〜」

「うっわ、悪趣味!―――リカルド、早くコイツの脳天ぶち抜いちゃって!!」

ゾワリと肌が粟立つのを感じ、は盛大に頬を引き攣らせながら背後でライフルを構えるリカルドへとそう声を上げる。

そんな事でハスタが簡単にやられるとは思えなかったが・・・。

しかしハスタはのその要求にも怯む事無く、意地の悪い笑みを浮かべたままへと手を伸ばした。―――そうして強引にの腕を掴み、乱暴に引き寄せる。

「ちょっ・・・!!」

意識がリカルドの方へ向かっていたは、それに抵抗することも出来ず、引かれるままにハスタの方へと倒れこんだ。

油断をしていた。

先ほどそれなりに痛めつけたハスタに、そんな力が残っているとは思っていなかった。

何より、にはハスタの命を奪う気がなかったのだ。―――だからこれは完全なる、自身の油断が招いたことだ。

瞬時にそう理解し、は襲うだろう痛みに身体を強張らせる。

運が良ければ助かるかもしれない。

そんな悲壮な思いを抱いていたは、しかし予想していなかった衝撃に思わず目を丸くした。

ちゅ。

耳元で、軽いリップノイズが響く。

視界を遮るのは、ハスタのピンク色の髪。

時が止まったかのようなその中で、自分が何をされたのかをが察したのは、彼がの手を離して踵を返した時だった。

「・・・ハスタ!!」

「それでは名残惜しいデスガこれにて失礼。マタお会いできる日を心カラお待ちしてますピョン」

声を荒げた時にはもう遅かった。

軽い口調で別れの挨拶を済ませたハスタは、驚くほど早い逃げ足でその場を去っていく。

それを呆然と見送ったは、無意識に自分の頬へと手を当てた。

まだ、ハスタの唇の感触が残っているような気がする。

「・・・う〜」

それを乱暴に手の甲でこすりながら、は鋭い目つきで勢いよく振り返った。

「リカルド!」

「なんだ?」

「なんですぐに撃たなかったの!おかげでハスタにセクハラされちゃったじゃない!!」

「お前がアイツに捕まるからだろうが。お前もろとも打ち抜いても良かったならそうしたがな」

ライフルを肩に担ぎながら平然とそう告げるリカルドに、はグッと口を噤む。

まさしくその通りなのだろう。―――そう思えてしまうから、もうそれ以上文句をいう事は出来ない。

だからといって、このやり場のない怒りをどうすればいいというのか。

「・・・リカルド!さっさと終わらせて美味しいものでも食べに行こう!もう、今日は食べまくってやるんだから!!」

どうやら怒りの矛先を食に向けたらしい。

そうしてぷりぷりと怒るを横目に、リカルドはため息を吐き出した。―――付き合わされる身としては、それなりの覚悟をしておかなければならないかもしれない。

そう考えながら、リカルドは厄介な置き土産をしていったハスタの去った方向へと視線を向け、握り締めたライフルに更に力を込める。

「・・・この借りはいつか返してやるさ」

「なにか言った、リカルド!?」

「・・・なにも」

今もまだ憤慨した様子でこちらを見やるに素っ気無くそう答え、リカルドは早くと声を掛けるに促されるように足を踏み出した。

 

 

厄介な置き土産

 


なんだかんだ言って、ハスタに振り回されてたり。

作成日 2008.2.4

更新日 2008.5.9

 

戻る