「・・・寒っ!」

冷たい風に身を晒しながら、ざくざくと積もりに積もった雪を踏みしめる。

思っていたよりも街中は活気に満ちており、普段のならば目を輝かせて探索に出かけるところなのだろうが、生憎と寒さの為にそんな余裕はなさそうだ。

そもそも、リカルドとが北国・テノスに来たのは、観光目的ではないのだが。

「・・・ここだな」

身を縮込ませながら進む中、ふとリカルドが足を止めてある建物を見上げる。―――それに釣られて顔を上げたは、目の前に聳え立つ豪邸を見つめて感嘆のため息を吐き出した。

「うっわー、すごいお屋敷」

元々が勤めていた屋敷がレグヌムでも有名なベルフォルマ家であり、レグヌムにはたくさんの貴族たちが住んでいる為、大きなお屋敷など見慣れていると思っていたが、そういった大きなお屋敷が少ないテノスではかなりの存在感を放っている。

「それにしたって、こんな大きなお屋敷に住んでる貴族さまが、私たちみたいな柄の良いとはいえない傭兵に何の御用ですかね」

「さぁな。行けば解るさ」

リカルドの言う通りだと簡単に結論付けて、はさっさと先へ進むリカルドの後を追うように駆け出した。―――正直、すぐにでも温かい場所に行きたい気分なのだ。

そうして意外にあっさりと通された応接間に、その青年はいた。

「やぁ、初めまして。僕はアルベール=グランディオーザと申します」

想像していたよりも若く、そして想像していたよりも柔らかい雰囲気。

「リカルド=ソルダートだ」

です。よろしく」

顔を合わせるなり名を名乗ったアルベールに対し、リカルドともまた礼に乗っ取り名を名乗る。―――そんな中、思わず目を瞠り振り返ったリカルドを目の端に映し、は小さく噴出した。

「・・・どうかしましたか?」

「いいえ、なにも」

変わらずやんわりと笑みを浮かべて首を傾げるアルベールに微笑みかけ、は勧められるままにソファーに腰を下ろした。―――それに釣られて腰を下ろすリカルドは、なんとなく納得のいかないと言わんばかりの表情を浮かべている。

「・・・どういう心境の変化だ?」

「なにが?」

「お前のファミリーネームなど初めて聞いたぞ」

小声で伝えられる非難めいた言葉に、はもう一度小さく笑みを零した。

「だって、別に隠す必要ないしね。―――リカルドも、もうすっかり私を名前で呼ぶ癖ついたみたいだし」

そう言って笑いかければ、リカルドは苦虫を噛み潰したような顔をする。

もともと、には己のファミリーネームを隠しておかなければならない理由などなかったのだ。

それでもリカルドに告げなかったのは、名前で呼んで欲しいからに過ぎない。―――それが成った今は、別段気にする事でもなかった。

今まで名乗らなかったのは、名乗るだけの機会がなかった以外の理由はない。

「なんだか楽しそうですけど、そろそろ本題に入っていいですか?」

こそこそと話し合う2人を見やり、アルベールがにこやかな表情を崩す事無くそう申し出る。

それに二つ返事を返したは、未だに憮然とした表情を浮かべるリカルドを小突いてアルベールの口から語られる依頼について耳を傾けた。

「君たちには、アンジュ=セレーナという女性を連れてきて欲しいのです。聖都ナーオスの聖女と呼ばれているそうですよ」

「・・・ナーオスの聖女。―――聞いた事がある」

何でも怪我や病気を治したりなど、様々な奇跡を起こせるのだという。

そういえば私も聞いた事あるなぁ・・・と思いつつ、それでも脳裏に浮かんだ疑問に小さく首を傾げて見せた。

「それで、その聖女とあなたってどういう関係?」

知り合いならば、わざわざ傭兵を雇って連れてくるなどという手段をとらずとも良いのではないかとそう思う。―――軍の指揮官である彼にはたくさんの部下がいるのだから。

それとも個人的な事なのだろうか?

怪我を治すという噂もあることだし、もしかするとそっち関係なのかもしれない。

そうは思えど、目の前の青年に焦った様子など微塵も感じられなかった。

だとすれば、一体何の為に聖女を求めるのだろうか?

そんな疑問を浮かべたを見返して、アルベールは浮かべていた笑みを更に深くして。

「そうですねぇ。残念ですが、まだ何の関係もありませんよ」

「・・・はぁ」

「だからあなたたちにお願いしてるんです。彼女を連れてきて欲しい、と」

そうして念を押された言葉の裏に秘められた意味に、2人が気づかないわけがなかった。

「それって、つまり・・・」

「抵抗すれば、無理やりにでもつれて来い・・・という事か」

「そういう事です」

あっさりと肯定され、は呆気に取られたようにアルベールを見返した。

この優しげな笑みを浮かべる青年の口から出た言葉とは思えない。―――いや、よくよく考えれば素性の知れない傭兵を屋敷に招き入れるような人物なのだ、一筋縄ではいかないに違いない。

何より、微笑んでいるはずのアルベールの目が笑っていない事に、はこの時漸く気付いた。

そうしてじっと注がれる視線を見返して、は呆れたようにため息を吐き出した。

「解んないな〜。あなたみたいに地位も名誉もお金も持ってる人が、なんで人攫いに手を染めるんだか」

「そうですか?」

相変わらず、アルベールの微笑みは崩れない。

「そうよ。あなたが一体どこでその聖女を見初めたのか知らないけど、そんな手荒な事しないで正式にお招きしたらいいじゃない。なんか適当に理由つけてさ」

「理由?」

「そ。以前ナーオスに滞在した時、あなたを一目見て忘れられなくなりました。一度お会いしていただけませんか?とか。あなた見た目も悪くないんだから、相手がよっぽど特殊な趣味してない限り断られる事ないと思うけど?」

つらつらと言葉を並べ立てるに、隣に座っていたリカルドは呆れたようにため息を吐き出す。

しかしリカルドとは反対に、アルベールは感心したように頷いた。

「あなたは思っていたよりもずいぶんとロマンティストなんですね」

微笑ましいと言わんばかりに笑みを浮かべつつそう告げるアルベールに、は盛大に頬を引きつらせた。

「なんかバカにされてる気分なんですけど」

「そんな事はありませんよ。素敵だなと思っただけです」

そうは言っても、今もまだ笑われていては言葉に説得力がない。

そんなアルベールを軽く睨みつけて不機嫌そうにそっぽを向いたを認めて、アルベールは改めてリカルドと向かい合い口を開いた。

「契約金はこれくらいでいかがでしょう?」

「・・・異論はない」

結局私の意見はスルーするわけ?と頭の片隅で思いながらも、リカルドに異論がないのならばこれ以上口を挟むつもりはない。

そうして着々と進められていく契約を軽く聞き流しながら、は豪華なシャンデリアを見上げて小さくため息を吐き出した。

正直言ってあまり気乗りする仕事ではないが、こうなれば仕方がない。

後はその聖女とやらが、美人である事を祈るだけだ。

どうせ人攫いの真似事をするのなら、相手は美人の方がいい。―――そっちの方が、断然絵になるのだから。

そんな勝手な事を考えながら、はもう一度深くため息を吐き出した。

 

 

「それではよろしくお願いします」

アルベールとリカルドの間で無事に契約が取り交わされた後、笑顔のアルベールに見送られて2人は立派なお屋敷を出た。

「・・・なんだかな〜」

さくさくと雪を踏みしめながら、薄暗くなった街を並んで歩く。

今日はこの街に泊まり、明日ナーオスに向けて出発する。

リカルドの指示に、はホッと安堵の息を吐き出した。―――流石のリカルドも、雪国で野宿をする気はないらしい。

もっとも、そんな事をすれば命の保障はないだろうが。

「・・・どうした。ずいぶんと不機嫌そうだな」

「そりゃ、まぁね。何の目的があるのか知らないけど、人攫いなんてさ。―――権力者のやる事は解んないな」

「・・・まぁ、アイツにはアイツの事情があるんだろう。俺には関係のない事だ」

「そりゃま、そうですけど」

素っ気無く言い返して、ははぁ・・・と息を吐く。

そうして白い息があたりに漂うのを目で追いつつ、その視線をチラリとリカルドへ向けた。

「やっぱ、あれかな?転生者関係、ってやつ」

「・・・どうだろうな」

「私たちも聞かれたもんね。転生者ですかーって」

そこの辺りは曖昧に誤魔化しておいたが、おそらく彼は解っているに違いない。

もっとも、自分たちが何の生まれ変わりなのかまでは解らないだろうが。

という事は、そのアンジュという聖女もまた転生者なのだろう。

アルベールは転生者を集め、何をしようとしているのか・・・。

それに彼の言いようからすると、転生者であれば誰でもいいわけでもなさそうだ。―――現にやリカルドは、彼にとってはそれほど重要ではないようだったから。

アンジュ=セレーナだけを目的とするなにか。

「・・・厄介な事に巻き込まれなきゃいいけど」

「そうだな」

リカルドの気のない返事に小さく笑みを零して、はまだ誰の足跡もついていない雪を思いっきり踏みしめた。

 

雪国の契約

 


厄介な依頼人。

作成日 2008.2.13

更新日 2008.11.26

 

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