見事に崩壊した大聖堂を、は恨めしげな眼差しで見上げる。

一体誰が、何の目的で、これほど見事に大聖堂を破壊したのだろうか。―――自分にまったく関係がないのならば、いっそ清々しいくらいだと笑えたのだけれど。

生憎とは無関係ではない。―――非常に残念な事ではあるが。

「アンジュって子、ここにいたんだよね」

「・・・らしいがな」

ポツリと問いかければ、これまた簡潔な言葉が返ってくる。

「でも、多分ここにはいないよね」

「・・・だろうな」

むしろいつ完全に崩壊するかも解らないこの中で生活する度胸がある人間など、そうはいないだろう。―――は絶対に御免だ。

「だったら、その聖女アンジュって子は一体どこに消えたのよ」

「・・・さぁな」

痛み出したこめかみを押さえつつ問いかけるも、そんな事リカルドが知っているはずもなく。

またもやあっさりと返ってきた他人事のような簡素な答えに、は重い重いため息を吐き出した。

 

 

聖女アンジュは、異能者捕縛適応法により軍に連行されたらしい。

町中を回ってそんな情報を手に入れたリカルドとは、その聖女が連行されたであろう軍の施設・ナーオス基地の前に立っていた。

町からいくらか離れたところに建つその建物は、妙に静かである種の異様な雰囲気を放っている。

こんな事でもなければ絶対に近づきたくない場所である。

「それにしても皮肉なものよね。異能者にしろなんにしろ、アンジュって子は聖女って呼ばれるほどたくさんの人を救ったっていうのに、その彼女の危機に誰も手を貸してくれなかったなんて」

「・・・・・・」

「どれだけ恩があっても、異能者は結局異能者のまま。ほんと、嫌になるわよね」

ナーオス基地を見上げて苦々しげに呟くを横目に、リカルドは僅かに眉を寄せる。

が言いたい事もよく解る。

けれど今はそんな感傷に浸っている場合ではないのだ。

そして何より、聖女の事を思うなら一刻も早く助け出してやるのが先決だろう。―――最も、助け出された先に何が待っているのかなど、リカルドには知りようもないけれど。

アルベールがアンジュを手に入れ何をしたいのかは解らない。

彼の様子と依頼の手口からいって、彼が彼女を求める理由は契約の際がぼやいていたような色めいたものではないのだろう。

勿論とてそれが解らないほど鈍くはない。―――だからこそ、苦々しい面持ちなのだろうが。

「・・・創世力ってなんなのかしらね?」

「・・・さぁな」

契約の際、2人が転生者だと知った彼が口にした問い。

勿論2人には心当たりもなく、アルベールの方もあっさりとそれを信じた為、創世力というものが具体的にどういうものであるのかなど察しようもなかったけれど。

ここに捕らえられた聖女は、それが何かを知っているのだろうか。

だとするならば、彼女の不運さに思わず同情してしまう。―――信者や町の人に裏切られ、異能者として囚われた挙句、あの何を考えているのか解らないアルベールの元へと引き渡される彼女に。

それでも依頼を引き受けた以上、どれほど同情の念を抱いたとしてもはそれを実行する他ない。

「・・・ほんと、嫌な仕事」

隣に立つリカルドに聞こえないほど小さな声で呟いたは、一呼吸置いて決意を固めると重い足を踏み出した。

 

 

それなりの広さを有するナーオス基地。

ここでたった1人の、顔も知らない少女を見つけ出すのは容易ではない。

その苦労を想像してひっそりとため息を吐きつつリカルドの後を歩いていたは、ふいに響いた複数の足音に気付き顔を上げた。

まさか兵士がもう嗅ぎつけてきたのだろうか?

咄嗟に腰の剣へと手を伸ばし、いつでも抜けるよう身構えたは、しかし突如目の前に現れた者たちを見て思わず唖然と立ち尽くした。

「・・・!」

「お、お前は・・・!」

先頭を走っていた2人の少年の内1人が息を呑み、もう1人が忌々しそうに表情を歪める。

しかし表情を歪めた少年はそのままの面持ちで数秒考えた末、少しだけ口の端を引き攣らせながら隣に立つ少年へと視線を向けた。

「・・・なんだっけ、名前」

「確か、リカルドって呼ばれてた」

覚えてなかったのかよ、という突っ込みはこの際その辺に放置するとして。

目の前に立つ西の戦場で会った黒尽くめの傭兵の名を知ったスパーダは、今度は憎々しげにリカルドを睨み上げた。

「テメェ!をどこへやった!!」

どうやらスパーダの立つ位置からは、ちょうどリカルドが壁となっての姿は見えないらしい。

真っ先に聞くのはそれなの?と若干呆れつつ、それでも妙にくすぐったい思いも抱きながら、はリカルドの背中からひょっこりと顔を出して笑った。

「はいは〜い。私ならここにいますよ」

「またガキか。いつから戦場はガキの遊園地になったのやら」

ひらひらと手を振りながら声をかければ、頭上からリカルドの呆れた声が降ってくる。

また厄介な事になったとでも思っているのだろう。―――まぁ、その感想は間違ってはいないだろうが。

それでもこれ以上無駄なやり取りをするつもりはないらしく、リカルドはすぐさま意識を切り替えるとその場にいた2人の少女へと視線を向けて。

「まぁ、いい。アンジュという女を探している。知らんか?」

「はぁ!?なんであんたに教えないと・・・」

「私がアンジュです」

2人の内、西の戦場で見た赤い髪の少女ではない方・・・―――青い髪の穏やかな雰囲気を纏っている少女が、イリアの反抗とは対照的に何の躊躇いもなく名乗り出た。

それに思わず目を丸くするも、は柔らかい笑顔を浮かべるアンジュへにっこりと微笑みかける。

「あら、美人さん」

思ったままを口にすれば、アンジュは照れた様子もなく笑顔を返してくる。―――どうやら見た目とは違い、一筋縄ではいかないタイプらしい。

そんな2人のやり取りなどさらりとスルーして、リカルドは早速依頼を遂行するべくアンジュへと向き直った。

「俺はリカルドという。君の身柄を確保するように依頼を受けているんだが」

「生憎、連れがおります。ご一緒してもよろしいかしら?」

あっさりと切り返されるも、リカルドはにやりと人の悪い笑みを浮かべて。

「悪いがエスコート出来るのは君だけだ。他のガキの面倒までは見られない」

「あら、残念ですね。でしたら、お断りします」

しかしこちらも負けてはいないのか、リカルドの申し出をあっさりと退けたアンジュの顔から笑みは消えない。

そんな2人の攻防戦を見ていたスパーダが、勝ち誇ったかのように笑みを浮かべた。

「だとよっ!消えな、おっさん!」

「ま、普通はそうよね」

けれどアンジュの返答は予想通りといえば予想通りであり、リカルドももまったく動じる事はない。

むしろ当然の反応だとそう思った。

誰だって突然見知らぬ男女2人組が身柄を確保するよう依頼を受けてきたなんて言い現れれば、怪しいと思うに違いない。―――その当人であるがそう思うのだから、まさしく当然の成り行きだ。

勿論、それであっさりと引くわけにはいかない事も事実だけれど。

「教えてやる、ガキ。いい大人は出来ない仕事を引き受けたりはしないもんだ。―――そして、子供の我が侭を厳しく躾けるのも、大人の役割さ」

「この前は見過ごしてくれたじゃない!今回はダメなの?」

「いいか、ガキ。前にも言ったが、俺は仕事中だ。アンジュを連れて行くという契約を結んでいるもんでな。―――契約には逆らえんだろ?ん?」

つくづく仕事熱心な男である。

どちらかといえば悪役に見えるであろうリカルドは、縋るような面持ちで声を上げるルカへとあっさりそう返す。

まぁ、アンジュ側から見てもこちら側から見ても、リカルドが悪役なのは間違いないが。

けれどリカルドの言い分を素直に聞き入れる気は当然ないらしく、血気盛んなスパーダはすぐさま剣を抜いて構えると鋭い眼差しでリカルドを睨み据えた。

「どうあっても連れて行くってのか!だったら・・・俺たちを倒してからだ!」

「フン、力ずくが望みか?あまり趣味ではないが、たまには趣向を変えるのもいいだろう」

どうやらリカルドの方も、一戦交えるのに異論はないらしい。

勿論それが手っ取り早い方法だとは解っている。―――向こう側だとて、そう簡単にアンジュを引き渡したりはしないだろう。

しかし、思っていた以上に面倒な事になったとは小さく息をつく。

けれどそれ以上に面倒事はまだ残っていたという事を、はスパーダの言葉で思い知った。

「ちょうどいい機会だ!も返してもらうぜ!!」

「ちょっと、スパーダ・・・!」

まだ諦めてなかったのか、と目を丸くしてスパーダを見やる。

西の戦場で、一緒には行けないとはっきり言ったはずだというのに。

勿論とてスパーダが嫌いになったのではない。

嫌いになったのではないが、今のはリカルドと共にいる事を選んだのだ。―――己の命をかけてまで。

更にややこしい事になったとは眉間に皺を寄せて、さてどう説得しようかと頭を悩ませたその時だった。

「では、こうしましょう」

ふいに凛とした声がその場に響く。

それにハッと我に返り声の主へと視線を移すと、話題の渦中にいながらも若干置いてけぼりになっていた感のあるアンジュが、静かにリカルドの前へと歩み出た。

そんな彼女の行動を、リカルドは自分に従う気になったのだと思ったらしい。

「いい覚悟だ。手荒には扱わない」

にやりと口角を上げ、そして彼女を捕らえる為に手を伸ばしかけたリカルドを遮るように、アンジュははっきりとした口調で告げた。

「違います。こちらを・・・」

「・・・!!」

「こちらを差し上げます。いかがでしょう?」

そうして差し出されたアンジュの手のひらにある物を認めて、リカルドは思わず息を呑む。

それに一体何事なのかと首を伸ばしてアンジュの手のひらを覗き込んだは、リカルドと同じように驚きに目を丸くした。

「わお」

そこには、見たこともないほど綺麗な輝きを放つ宝石があった。

ネックレスの一部にはめ込まれているそれは、そこらで見かけるものと比べても随分大きい。―――そしてその宝石を縁取るプラチナも、どうやって作るのかと感心するほど細かい細工が施されていた。

一目見て、それがとんでもなく高価なものだと解る。

それを惜しげもなく差し出されたリカルドは、呆気に取られた後思わず笑い声を零して。

「ははは!これは素晴らしい物だな。違約金を払っても十分な釣りが出る」

「では、その釣り分で契約を。私の護衛をお願い致します。足りなければ手付けとさせてください」

「いいだろう」

にっこりと微笑むアンジュに向かい、リカルドは至極あっさりと頷いた。

「え、そんなあっさり?いいの、リカルド?」

契約はどうした、契約は。

契約に重きを置く男じゃなかったのか、あんたは。

そんなの内心の突っ込みを、おそらくは正しく読み取っているのだろう。―――リカルドは決してと視線を合わせる事無く彼女の台詞をさらりとスルーして。

そうして徐にアンジュへと意識を戻すと、どことなく楽しそうな面持ちで口を開く。

「・・・しかし、何故雇う気になった?」

「さらわれては困ります。それだけです」

それは至極真っ当で、偽らざる本音のように思えた。

たったそれだけの為にあれほど高価なネックレスを差し出すのかと半ば呆気に取られつつ・・・―――けれど物の価値など人それぞれだとあっさりと納得して、は感心したようにアンジュを見つめる。

どうやら最初に抱いた、一筋縄ではいかないタイプだというイメージは間違っていないらしい。

「みんな、構わないよね?」

そうして円満にリカルドとの交渉を終えたアンジュは、この時漸く仲間の方へと振り返り確認を取った。―――確認ではあるものの、それは反論を許さない響きがあったが。

「あー、ホントに信用できんのか?」

「自称、仕事熱心だからねぇ」

「でも、契約に入ってないからって僕らを見逃してくれたよ?」

「・・・じゃあ、ま、いっか」

ルカとイリアとスパーダ、3人は顔を突き合わせてどこか胡散臭げにリカルドを見やりながら相談を始めるが、もう既に話は纏まっている為、これ以上引っ掻き回すのも面倒臭いと思ったに違いない。

最初の頃の勢いなどすっかり消えうせて、半ば投げやりにそう頷いた3人を見て、リカルドとアンジュは満足そうに笑う。

「採用決定だな。・・・では、どこへ向かうのだ?」

この時点で置いてきぼりをくっているのは自分だけなのだという事を、は漸く察した。

別に新たに結ばれた契約に不満があるわけでも、スパーダたちと行動を共にするのが嫌なわけでもないのだけれど・・・―――それでもどこか素直に納得できない気分になるのは何故なのか。

ともかくも、ここで自分が文句を言っても仕方がない事は解っていたし、元々強引にリカルドについているに、彼の契約に関して文句を言う権利があるとは思えない。

ここは素直に納得するべきだと己に言い聞かせたその時、先ほどのリカルドの問いに考え込んでいたスパーダが軽い口調で口を開いた。

「とりあえず、ナーオスの町に戻らねぇ?」

「賛成ね。1番近い所だし」

「ルカ?他に意見ある?」

「そうだね。別に・・・」

「賛成ね。早速向かいましょ」

さくさくと決定される次の目的地に、は諦めたようにため息を吐く。―――そんな彼女の度肝を抜く発言がこの後飛び出すなど、まったく予想する事もなく。

「じゃ、またハルトマンのところに厄介になるか」

まるで何でもない事のようにあっさりとそう告げるスパーダに、は思わず声を上げた。

「ナーオスにハルトマンさんがいるの?」

「ああ、そうなんだよ。ナーオスで隠居生活送ってるらしいぜ。俺もこの間まで全然知らなかったんだけどさ」

少しだけ眉間に皺を寄せて・・・―――けれど嬉しさを隠しきれていない様子のスパーダを見て、は小さく苦笑を漏らす。

ハルトマンが倒れたのをきっかけに、はベルフォルマ家を出る事になったのだけれど。

ずっと彼がその後どうなったのか気になっていたが、残念ながらがベルフォルマ家を出てからはそれを知る方法などなかった。―――けれどどうやらこれで心の引っ掛かりがひとつ消えたようだ。

そうして話は纏まったと全員で出口に向かう中、は少しだけ軽くなった気分のまま、隣を歩くリカルドを見上げて。

けれどまっすぐに前を向いて歩くリカルドの顔を見ていると、途端に何故か気分が沈むのを自覚して、は困ったように眉を寄せた。

本当ならば、アンジュを誘拐してでも連れて行くはずだった。

それがアルベールと交わした契約だったからだ。

しかし今自分たちは、彼女を連れ去る事無く、こうして共に歩いている。―――なるべく平和的に物事を進めたいと常に思っているとしては、その事自体は歓迎すべきことなのだけれど。

「契約に重きを置くんじゃなかったの?」

「・・・黙って歩け」

前を歩くスパーダたちに聞こえないようポツリと小さく呟けば、リカルドはチラリともこちらを見る事無く素っ気無くそう答える。

自分の身長は平均的な高さではあるが、リカルドの身長は平均よりもかなり高い。

それ故にこうして見上げればそれなりの距離があるのはいつもの事だと言うのに、今はそれがとてつもなく遠く見えるのは何故なのだろう。

「ネックレスに釣られたの?それとも思ってた以上に美人だった聖女に釣られたのかな?」

どこか茶化したようにそう声をかけると、リカルドは僅かに眉間に皺を寄せてこちらを見る。―――その質問にどんな答えを期待しているのかなど、自身も解らないまま。

の顔を見て、リカルドは眉間の皺を僅かに深くした。

そんなリカルドの顔を見上げながら、自分は一体今どんな表情をしているのだろうとが拳を握り締めたその時だった。

「・・・お前は今回の依頼に乗り気じゃなかったんじゃないのか?何が不満だ」

「何がって・・・」

逆に問いかけられ、は思わず言葉を濁す。

そう、確かに乗り気ではなかった。

だからこの流れは、にとっては喜ぶべき事で、不満に思うようなものではないはずだ。―――もとより、アルベールに義理も情もないのだから。

それでも心の中にもやもやとした言い知れないものがあるのも事実で。

どう答えたものかと困ったように眉を寄せるを見下ろしていたリカルドは、僅かにため息を吐いて視線を前方へと戻しながら呟いた。

「もっと手放しで喜ぶかと思ったがな」

その掻き消えそうなほど小さな呟きは、もしかするとへ聞かせる為のものではなかったのかもしれない。

そう思うほど、それは本当に小さな声で。

けれどしっかりとそれを拾い上げたは、目を大きく見開くと困ったように視線を泳がせた。

「・・・まさか、私の為・・・なんて訳ないわよね」

「・・・馬鹿も休み休み言え」

自分でもどこか信じられないような面持ちでそう呟いたの言葉に被るように、リカルドはすかさず言い返す。

けれどは見てしまった。

少し足を速めたリカルドの耳が、僅かに赤くなっている様を。

「・・・・・・」

思わず絶句してしまったは、けれど次の瞬間やんわりと頬を緩めて。

たったこれだけの事で先ほど感じたもやもやが消えているのを自覚すると、なんとも現金なものだと呆れもしたけれど。

リカルドのほんのり染まった耳を見つめながら、小さく笑みを零す。

それは言葉よりも雄弁に、彼の気持ちを語っている気がした。

 

新しい依頼主


なんだかんだ言って、リカルドは主人公に甘いと良い。(という妄想)

あっさりとアルベールとの契約を破棄してアンジュに乗り換えたリカルドに突っ込んだのは私です。(笑)

作成日 2010.10.6

更新日 2010.11.7

 

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