「・・・おや?」

「ご無沙汰しています、ハルトマンさん」

ナーオスの町に戻り、スパーダの案内で一軒の家へと向かったは、出迎えてくれたハルトマンに深々と頭を下げた。

 

 

ナーオスの町で一時休憩した後、新たに転生者の情報を集めるため、一行はレグヌムへと戻ってきていた。

しかし王のお膝元、そして異能者捕縛適応法が実施されている現在、町の警備はかなり厳しい。

加えて1度捕まっているスパーダ・ルカ・イリア・は、脱走の汚名も着せられている。―――よもや大手を振って街の中を歩ける立場にはない。

そんな中、ひとまず腰を落ち着けるため、一行はかつてスパーダが隠れ家として使っていたというマンホールへと足を向け、そうして改めて何組かに分かれて情報収集をするべく町へと繰り出したのだ。

ルカとコーダ、イリアとアンジュ、そしてスパーダとリカルドと

ともかくしっかりと情報を手に入れなければならないと、はあまりやる気の見えない2人を連れて、担当である工場地帯を回っていたのだけれど。

「あの男とは親しかったのか?」

ふいにリカルドに声をかけられて、は目を丸くしつつ振り返った。

「あの男って、ハルトマンさんの事?親しかったっていうか・・・―――命の恩人、みたいな?」

行く当てもなく、ただ路地裏に座り込んでいたを見つけ、生きる意味と手段を与えてくれたのはハルトマンだった。

彼がいなければ、は今こうして生きていないかもしれない。―――そう思うほど、あの時のは世の中すべてに絶望していたのだ。

そんな風に過去に思いを馳せるの隣で、スパーダはしたり顔で頷く。

「そうそう。俺がと会ったのも、ハルトマンがいたからだもんな」

「そうね。ハルトマンさんがいなかったら、スパーダと出会う事なんてなかっただろうし」

スパーダの言葉に、は躊躇いなく頷いた。―――まさしく、その通りだったからだ。

いくら不良でも、スパーダはあの名門ベルフォルマ家の人間なのだ。

たとえが孤児ではなかったとしても、接点などなかったに違いない。

それほど、貴族と一般市民の間には大きな隔たりがあるのだ。―――なにせ、一般人は立ち入ることさえ禁止されている貴族街さえある。

けれどそんなの同意に、リカルドはムッツリと黙り込む。

勿論それを見逃すではなく、そんなリカルドの様子に気付いた彼女は不思議そうに首を傾げながらリカルドの顔を覗き込んだ。

「・・・どうしたの、リカルド」

「いや、別に」

けれど彼から返ってくるのは、そんな素っ気無い返答だけ。

これはもしかして・・・と、ありえないと思いながらも浮かんだ考えをが口にする前に、それはスパーダの口から飛び出した。

「なんだよ、おっさん。もしかして妬いてんのか?」

「馬鹿も休み休み言え」

「なっ!馬鹿ってなんだよ、馬鹿って!!」

「あーもう、喧嘩しないでよ。そして騒がないでよ、見つかっちゃうから」

当然ながらあっさりとリカルドにあしらわれたスパーダが激昂して声を上げたのを認めて、はげんなりしたようにそう諭す。

そんな直球に言ったって、認めるわけないじゃない。

勿論そんな助言など口にするつもりはない。―――したらしたで、リカルドから反論がないわけがないのだ。

そして今ここでそんな言い合いをしている暇も余裕もない。

はここでまた軍に捕まる気もなければ、騒ぎに巻き込まれたいわけでもない。―――それはスパーダとて同じだろうが。

だからこそはスパーダの気を逸らす為、口を開く。

勿論、レグヌムに戻ってきてからずっと気になっていた事でもあったのだけれど。

「それにしてもスパーダ。あなたあんなところを隠れ家にしてるなんて・・・―――家には戻ってないの?」

あんなところ、というのは勿論件のマンホールの事である。

元々人が住む為に作られたものではないのだから当然だが、人が生活するには大変不便であり、また衛生上も褒められたものではない。

スパーダには立派な家もあるのだから、何もあんなところに住む必要はないと思うのだけれど・・・―――そんな思いを込めたの言葉に、しかしスパーダは心底嫌そうに顔を顰めてみせた。

「戻ってねーよ。必要ねーからな」

「・・・スパーダ」

己の言葉に痛ましそうな表情を浮かべるを横目に、スパーダは強く拳を握り締める。

ハルトマンとがいなくなった後、あの家にスパーダを縛り付けるものは何もなくなった。

そもそも、自分はあの家にいてもいなくても同じようなものなのだ。

それでもスパーダがあの家で生活してこれたのは、ハルトマンがいたから・・・―――そしてがいたからだというのに。

それなのに、ある時期を境に2人は突然姿を消した。

そしてそれが何故なのかも、スパーダは知っていたのだ。―――だからこそ、あの家には帰りたくないとそう思っている。

けれどそんな事など知らないは、普段の彼女とは違う少し遠慮がちな面持ちと声色で、スパーダの顔を覗き込みながら口を開いた。

「・・・お父様とは、お話は?」

「なんだよ、お前を追い出した張本人を庇うのか?」

「・・・!知ってたの?」

スパーダの言葉に、は驚愕に目を見開く。

知らないと思っていた。

そして、知られてはいけないとも。

だからこそは何も言わず、あの家を出たのだ。―――スパーダが円満に家族と暮らして行けるのならば、自分は恨まれても構わないと。

だというのに、スパーダは全てを知っていたのだ。

その事実に思わず眉を寄せたに、スパーダもまた僅かに目を伏せて口を開く。

「問いただした。―――悪かったな、

「別に私は構わないっていうか・・・」

「構わねぇわけねーだろ!」

「そりゃ、まったく構わなかったわけじゃないけど・・・―――でも、もう昔の事だから」

キッパリとそう言い切ったに、スパーダは僅かに傷ついた色を瞳に宿す。

「昔の事ね。俺にとっちゃ、全然昔の事なんかじゃねーけどな」

むしろそれが、スパーダと家族に決定的な亀裂を生み出したといっても過言ではない。

幼いスパーダにとって、何よりも大切だったもの。

口ではなんだかんだといいながらも、は決してスパーダを拒絶しなかった。

困った顔をしながらも、いつでもスパーダを受け入れてくれた。

稽古をサボっても、悪戯をしても、ちゃんと真っ向から叱ってくれた。

テストでいい点を取れば手放しに褒めてくれたし、寂しい時は何も言わずに一緒にいてくれた。

特別な事は何もないかもしれないが、スパーダにはそれだけでよかったのだ。―――それだけで、スパーダの心は救われた。

それなのに、彼の父親はそんな存在をスパーダから奪ったのだ。

それもこれ以上ない屈辱的な方法で。

「俺は許さねぇよ、お前をあんな風に追い出した親父をな」

「・・・スパーダ」

悔しさに滲んだ声でそう告げるスパーダを前に、は何を言っていいのか解らず困ったように口を噤んだ。

こんな風に思ってもらいたかったわけではない。

たとえ今は上手くいっていなかったとしても、スパーダにはちゃんと家族がいるのだ。―――独りで生きていかなくてはいけないとは違って。

だから少しでも歩み寄って欲しかった。

心から打ち解け合えなくとも、せめてスパーダの心の片隅にでも家族の存在を残したかった。

それがこんな形になるなんて、あの時のは想像もしていなかったというのに。

そしてその原因の一端が自分にあるという事に、はどう言葉をかけていいのか解らない。

そんな2人の気まずいような張り詰めた空気を破ったのは、これまで蚊帳の外に放り出されていたリカルドだった。

「無駄口はそのくらいにして、さっさと情報収集に入ったらどうだ?」

ふいに響いた突き放すような言葉に、スパーダが食いつくように声を上げる。

「なんだよ、無駄口って!」

「あんまりウロウロしていると見つかる危険性も高い。さっさと用を済ませる方が吉だと思うがな」

けれどリカルドはそんなスパーダの非難の声に耳を貸すつもりはないらしい。

あっさりとそう言い放ちグルリと辺りに視線を投げると、数人の町の人間が訝しげにこちらを窺っている様子に気付き、スパーダは気まずそうに眉間に皺を寄せた。

「・・・解ったよ」

ここでこれ以上言い合いをするのは得策ではないと判断したらしい。

そもそも自分たちは情報収集の為にここにいるのだ。―――肝心の情報も手に入れられてはいないし、ましてや軍に通報されては元も子もない。

渋々ながらも頷き、仕方がないとばかりに再び情報収集を始めたスパーダを横目に見やり、はホッと安堵の息を吐く。

そうして我関せずとばかりにどこかへと視線を投げているリカルドを見上げて、はやんわりと微笑んだ。

「・・・ありがと、リカルド」

「何がだ?」

すぐさま返ってくる声。

どこかへと視線を投げていても意識はこちらに向いている事を確信して、は気付かれないほど小さく笑う。―――どこまでいっても、素直ではない男だ。

「昔の事、当時はさておき今は気にしてないってのは本当だからさ。あんまり気にされるのも居心地悪いっていうか」

そこまで言って、言葉を切る。

そうしてチラリとスパーダに視線を向けて、いつになく穏やかな笑みを浮かべた。

「折角また会えたんだから、そんなの気にしないで一緒にいたいじゃない?」

また会えるなんて、思ってもいなかった。

長い間同じ町にいても、1度も遭遇した事などなかったのだ。

それがよりにもよって戦場で再会を果たすなど、考えもしなかった。―――そして今、再びこうして一緒に旅をする事になるとも。

そこに至るまでの経過を思えば手放しで喜べはしないけれど、それでも現状をそれなりに嬉しく思ったりもするから。

だから昔と同じにはなれなくても、あの頃のように穏やかな時間を過ごしたいとそう思う。

そんなの言葉に、けれどリカルドの返答はない。

不思議に思って視線を上げると、どこかムッツリとした様子で宙を睨みつけているリカルドと出くわし、は耐え切れないとばかりに勢いよく噴出した。

「あれ?リカルド、もしかして妬いてんの?」

からかうようにそう言えば、普段は変わらないリカルドの表情が僅かに驚きに染められる。

「・・・っ!馬鹿も休み休み」

「言えって言うんでしょ?はいはい、肝に銘じておきまーす」

そうして向けられた非難の言葉を遮って笑い、は既に情報収集を始めたスパーダの後を追うように一歩踏み出す。

背中から聞こえるリカルドの重いため息が、今は何よりも心地良かった。

 

 

彼女の過去と彼のやきもち

(あれ?もしかしてホントにやきもち?)

(真面目に聞き込みをしろ)


たまには妬いて欲しい、やきもち。(笑)

リカルドみたいな人が妬くやきもちって、ギャップがあっていい。(まんま趣味)

作成日 2010.11.7

更新日 2011.4.17

 

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