戦場で、女が倒れていた。

兵士の大半が男であり、女の身で戦いに向かう者は少ない事から、戦場で女を見る事自体は多少珍しくはあるものの、目の前の光景はそれほど珍しいものではない。

もしかすると、明日は我が身かもしれない。―――もちろん、そう簡単にやられるつもりは毛頭なかったけれど。

自分の足元で倒れたまま動かない女を見下ろして、リカルドは無感情でそう思った。

本来ならば目にも留まらないその姿。

倒れた者に用はなく、彼がその目に映すのは生きている者のみ。

だというのに、何故その女が目に留まったのか。―――ふとそんな事を思いつつも、それほど重要な事ではないとリカルドは踵を返す。

その時だった。

「・・・?」

不意に引っ張られた足元。

訝しげに視線をやれば、先ほどまで意識のなかった女がうっすらと目を開き、その震える手で彼のズボンの裾を握り締めている。

相手は自分の雇い主の敵に当たる国の戦士。

こんな状態になってまでまだ戦うのかと、リカルドが薄く目を細めたその時。

「・・・こ・・・して」

薄く開かれた口元から、掠れた小さな声が紡ぎだされる。

まるで挑むような眼差しを向け、力が入らないだろう腕に精一杯の力を込めて、女は何も言わないリカルドに向かいもう一度同じ言葉を口にした。

「・・・ころ・・・して」

切れ切れに紡がれる悲壮な言葉。

彼女が一体何を思ってその言葉を紡ぐのか、リカルドは知らないし、また興味もない。―――けれど・・・。

たったそれだけを告げて再び気を失った女の傍へしゃがみこみ、リカルドは傷だらけの身体へと手を伸ばした。

「・・・出血が酷いな」

誰に言うでもなく呟いて、女の服を引き裂くと、一番出血が酷い肩の止血の為に肩を縛る。

完全に気を失っているのだろう。―――呻く事もしない女の簡単な治療を終えたリカルドは、そのまま何も言わずに女の身体を抱き上げた。

戦う身には細すぎる身体。

一体彼女がどうして戦場に狩り出されたのか、戦況を聞いていれば嫌というほど理解できた。―――おそらく彼女は、異能者と呼ばれる者なのだろう。

人には在らざる力を持ったせいで、こうして本来ならば縁のなかったはずの戦場に放り出されたのだ。

哀れといえばそうかもしれない。

同情もしよう。―――ただ、それでこの先彼の行動が変わるわけではないけれど。

自分にはまったく関係がなく、そして縁がなかったはずの女。

同情で死にかけた相手を助けるほどお人よしでもないだろう彼が、何故こうして女へ治療を施し、あまつ連れ帰ろうとしているのか。―――本当のところ、リカルドにもよく理解出来てはいなかったけれど。

『殺して』と呟いた女の目は、それでも生気に満ち溢れていた。

『死』を願いながらも、女の目には確かに『生』に対する渇望があった。―――そんな風に、見えたから。

「少し揺れるぞ」

おそらくは聞こえていないだろう事を理解しながらもそう声を掛けた後、リカルドは女を肩に担いだまま本陣に戻るべく足を踏み出した。

 

                モノクロームの街の中、  

君だけはを持っていた

 

 


彼と彼女の出逢い。

作成日 2007.12.18

更新日 2007.12.21

 

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