緩やかな眠りの中でまどろんでいた女は、しかし鋭い痛みに意識を浮上させた。

目に映るのは、お世辞にも綺麗だとは言えない布の天井。

おそらくはテントの中だとは思うが、自分がどうしてそこにいるのかが理解できない。

一体何があったんだっけ・・・?―――そう思考を巡らせていた時、ふと衣擦れの音が聞こえて女は慌ててそちらへ視線を向けた。

「・・・気付いたか」

声を掛けてきたのは、長身の男。

長い黒髪を1つに縛り、額には一本の傷がある、ひげを生やした、どこか顔色の悪い・・・。

この男の顔を、彼女は知っていた。

「・・・ど・・・して?」

声を出そうとして、上手く出ない事に気付き眉間に皺を寄せる。

それに気付いたリカルドは、ゆったりとした足取りで簡易ベットに近づき、呆然と自分を見上げる女の額へと手を当てた。

「熱はだいぶ下がったようだな。まぁ、生命力はありそうだからな」

何気に失礼な事を言うリカルドをジト目で睨みあげつつ、女は感じ始めた痛みを逃すべく大きく息を吐き出した。

「・・・あなた、誰?」

「リカルドだ。傭兵をやっている」

「・・・傭兵?ああ、そっか。傭兵が投入されたって話、聞いた事がある」

とはいえ、正規兵ではない彼女にそれほどの情報が回ってくるはずもなく、兵士たちの立ち話で聞いた程度だが。

「・・・お前は?」

「私は、

と名乗った女は、じっと自分を見つめるリカルドの視線から逃れるように目を伏せた。

流れで戦場に狩り出され、多くの傷を負って、もう駄目かと思ったというのに、どうして自分は敵国の傭兵と自己紹介なぞしているのだろうか。

どうして・・・自分は今もこうして生き続けているのだろう?

「・・・ねぇ、リカルド」

「なんだ?」

「あの時・・・ううん、なんでもない」

あの時自分が言った言葉が聞こえていたのかどうかなど、今更聞いても仕方がない。

そう思い緩く首を横に振ったを見据えて、リカルドは小さく息を吐き出すとベットに背を向けた。

「殺せと願ったお前をどうして連れてきたのか、と聞きたいのか?」

「・・・やっぱ、聞こえてたんだ」

あの時のリカルドの僅かに驚いた面持ちは、今でもの記憶には残っている。

間違いなく聞こえていたのだろう。

そう思えるのに、では何故自分は今も生きているのだろうか?

失礼だと解っているが、目の前の男が傷ついた者を見境なく助けるような人物には思えない。

相手が女だからという理由で意見を変えるような者ではないだろう事も。―――まぁ、その辺は直感でしかないけれど。

「・・・どうしてお前を助けたのかなど、俺の方が知りたいくらいだ」

おそらくは心底そう思っているだろうリカルドの声色に、は思わず目を見開いて。

いや、それこそ私の方が知りたいんだけど・・・と心の中で独りごちてから、逃げるようにテントを出て行った男の後姿を思い出し、は小さく噴出す。

「・・・痛っ!つー・・・」

笑ったせいで鋭く痛んだ肩の傷を押さえつつ、それでもは口元に小さく笑みを浮かべて。

これから自分がどうなるのかなんて、それこそ今のには想像がつかないけれど。

それでも、自分の人生はまだまだ捨てたものではないかもしれないとそう思えた。

異能と呼ばれる力を持って生まれ、そのせいで捕まり、戦場に狩り出されて・・・そうして死にかけた自分が言うセリフではないだろうが。

何度も笑みを零し、その度に痛む傷に眉を顰めて。

そうして泣き出しそうな面持ちで枕に顔を押し付けたは、そんな姿を見られないようにと深くシーツを被る。

どうして泣きたくなるのか。

自分に突きつけられた現実を嘆いているのか、こうして生きている事に本当は安堵しているのか。

それとも、自分でも理解の出来ない行動を取ってしまった男から伸ばされた手を嬉しく思っているのか。

それは、自身にも解らなかったけれど。

 

 

差し出されたそのには、一片の打算もなく

 


理解不能なその感情は。

作成日 2007.12.18

更新日 2007.12.25

 

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