「よーお、。怪我の具合はどうだー?」

「あー、うん。まぁまぁ・・・かな?」

リカルドに連れられて敵陣に来てから数日。

一応は捕虜という立場にあるだろう自分の元には、たくさんの者が顔を出した。

戦場という場所で、女は珍しいのかもしれない。

それでも友好的な態度を向けられるのは嫌な事ではなかった。―――誰だって、嫌な目で見られるのは避けたいだろう。

そんな中で、は気づいた事がある。

「・・・おい」

いつの間にかの世話係になっているリカルドが持ってきた食事を取っていた時、不意にそう声を掛けられは顔を上げた。

「・・・なに?人の事『おい』とか呼ばないでよ。私にはって名前があるんだから」

そう反論すれば、リカルドは一瞬口ごもった後、気まずげに視線を泳がせる。

「そういえば、まだお前の名前を聞いていなかったな」

「言ったよ、だってば」

「ファーストネームではなく、ファミリーネームの方だ」

キッパリと言い切られ、は僅かに眉を上げて手に持ったスプーンを弄ぶ。

そう、ここに来た数日間でが気付いた事。

リカルドは、相手をファーストネームでは呼ばない。

それが主義なのかどうなのかは、まだ彼と知り合って間もないには解らないが。

「いいじゃない、って名前は解ってるんだから」

「ファミリーネームを名乗れない理由でも?」

「う〜ん・・・まぁ、あるっちゃあ、あるけど」

そう言葉を濁したに、リカルドは探るような眼差しを向ける。

そんな目で見られてもどうしようもないんだけど・・・と心の中で独りごちて、はにっこりと笑顔を浮かべる。

どれほど探ったって、何も出てきやしない。

きっと彼が思っているような理由で、はファミリーネームを名乗らないわけではないから。

「リカルドってさ、相手をファミリーネームで呼ぶよね」

「・・・それが何か?」

「でも、私はファーストネームで呼ばれる方が好きなの。ほら、なんか親しくなった気がするでしょ?」

「・・・・・・」

ファミリーネームだと、どこかよそよそしい気がするのだ。―――いや、きっとその感覚は間違ってはいないだろうが。

「私、リカルドにはファーストネームで呼んでもらいたいの。だからファミリーネームは教えない」

「何を馬鹿な・・・」

「リカルドが私をファーストネームで呼ぶのに慣れて、もう他の呼び方に変える気にならなくなったら教えてあげる。―――ほら、楽しみが1つ増えたでしょう?」

そう言って悪戯っぽく微笑みかけると、リカルドは疲れ果てたようにため息を吐き出して頭を抱えた。

この一見冷たそうに見える男が、実は意外に押しに弱い事も知っているから。

勝利者の笑みを浮かべるを見返して、リカルドはもう一度大きくため息を吐き出した。

 

 

         暖かいそのは、

凍えた心をすっかり溶かしてしまった

 


押しに強い彼女と、押しに弱い彼の攻防戦。

 

作成日 2007.12.18

更新日 2008.1.5

 

 

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