リカルドに連れられて、が敵の本陣に来て一ヶ月。

戦争はまだまだ終わらない。―――が療養している間も、リカルドたちは何度も戦場へ身を投じた。

それでもがいつだって不安を感じなかったのは、リカルドは絶対に戻ってくるという確証のない確信を抱いていたからだ。

けれど・・・。

はゆっくりとベットから起き上がり、既にボロボロになってしまった服へ腕を通してから、取り上げられる事無くベットに立てかけられていた剣を腰に差す。

何故だか嫌な予感がした。

昔からこういう勘はよく当たるのだ。―――あまり嬉しい事ではないけれど。

見つかれば連れ戻される事は解っていたので、こっそりとテントを抜け出し、リカルドの傭兵仲間たちの噂話を頼りに戦場へと足を踏み出す。

二度と戻りたくないと思っていた場所。

けれど、いつか戻るだろうと思っていた場所でもある。

そうしてあちらこちらで戦いを繰り広げる兵士たちに見つからないよう合間を縫って足を進めたは、不意に彼の姿を目に映した。

ライフルを構えて、遠隔から敵を打ち抜くリカルドの姿。

それは初めて目の当たりにする光景ではあったが、なんとも鮮やかな手際は思わず見惚れてしまうほど。

その圧倒的ともいえる存在感を見つめていたは、しかし彼の背後にチラリと見えた人影にハッと我に返った。

嫌な予感はまだ消えない。―――否、むしろどんどん強くなる一方だ。

出来るだけ気付かれないようにリカルドの背後に回り込み、様子を窺う。

そうして漸く彼に手の届くところへ来たと思ったその時、リカルドの背後の茂みから1人の兵士が飛び出した。

向かう先はリカルド。

すぐにその兵士の存在に気付くが、前方にも敵がいる為に反撃に出られない。

そうして兵士の剣が振り下ろされたのとほぼ同時に、は気配を消したまま踏み出した右足に力を込めた。

「・・・っ!?」

ギィンと響いた硬質な音。

目の前には、小さな女の背中。

そうして、動きに合わせて揺れる漆黒の長い髪が視界の端に映った。

そのまま向かってきた兵士は女の剣の下へ伏し、リカルドが前方の敵を打ち抜いたと同時に、は柔らかな笑みと共に振り返る。

「大丈夫、リカルド?」

「お前・・・何故ここに?」

「ああ、怪我の具合はもう大丈夫よ。ほら、剣の腕も鈍ってないし」

「そんな事を聞いているわけではない」

キッパリと言い放ち、じっとを見据える。

この女と関わりを持ってから、一ヶ月。

意外と読めない相手だとは思っていたが、どうしてこの場所にいるのか。

しかしそんな彼の疑問に答えるつもりはないのか、は微笑みを崩さないまま、じっとリカルドを見返して。

「これで私はリカルドの命の恩人だよね?」

「・・・その前に、お前は誰のおかげで命拾いしたのかを忘れていないか?」

「忘れてないよ。だからこれでチャラだよね」

相変わらず読めない笑顔でそう言い切り、漸く抜き身の剣を鞘に収めたは、そのまま背の高いリカルドを見上げて更に深く微笑んだ。

「だからリカルド、私と契約しよう」

なにが『だから』なのか。

突然の物言いに眉間に皺を寄せるリカルドなどお構いなしに、は笑みを崩さない。

「・・・契約?」

「そう、契約。契約に重きを置く男なんでしょ、リカルドって」

一体誰から聞いたのか。―――まぁ、間違いではないが。

それはともかく、は一体自分と何の契約を結びたいというのだろうか。

彼女の心を探ろうにも、どうにも上手くいかない。

「・・・で、一体何の契約を結ぶと?」

「さぁすが!話が早いなぁ、リカルドは」

そう言って楽しそうに笑ったは、グイとリカルドの服の袖を引っ張り、極上の笑顔で言い放った。

「私を、リカルドの傍に置いて欲しい」

「・・・は?」

「ほら、私ってお買い得よ?見ての通り剣の腕もそこそこだし、なんと回復の術も多種多様に使えるし。どう?」

どう?と言われても・・・。

わざわざそれを契約として持ち出す理由が解らない。

確かには敵国の兵士であり、怪我が癒えれば彼女がどうなるかは微妙なところだ。

しかしそれだけの剣の腕前があり、しかも今ここにこうしているのならば、逃げ出せばいいだけの話だ。

なのに何故、彼女は自分の傍にいる事を望むのか・・・。

そして、そこにどんな目的が在るのか。

それでもそれを探る事が出来ない以上、相手に聞くしか方法はない。―――そう結論を下したリカルドは、皮肉を込め僅かに口角を上げて口を開いた。

「・・・それで?俺がそれを受けたとして、お前は代償に何を払う?」

「ほんとに話が早いなぁ、リカルドって」

感心したのか呆れたのか判断が難しい表情で笑ったは、もう一度グイとリカルドの服の袖を引っ張って。

「私が今持ってるものって、私自身しかないの。だから・・・―――私の命を、あなたに払うよ」

「・・・・・・お前」

「私の命を、リカルドにあげる」

変わらない微笑みをその口元に浮かべて、けれどはキッパリと言い切った。

「契約破棄したいなら、私の命を奪えばいいよ。だって私の命はリカルドにあげちゃったんだからね」

「・・・命を物のように扱うのは感心しないが?」

「だって、私が持つものの中で一番価値がありそうなものって、それくらいしかないもの」

なんでもない事のようにさらりと言い切って、はリカルドの服の袖から手を離した。

話を聞いても、の目的が解らない。

敵国の情報を手に入れたいのか。

しかし、無償で無理やり戦場に放り出された彼女に、そんな忠誠心があるとは思えない。

事実、彼女と過ごした一月の間、そんな雰囲気を感じた事は一度もなかった。

「・・・何故、そうまでして俺の傍に在る事を望む?」

言葉に出して言えば、なんと意味深な発言だろうか。

けれどが望む事はその通りであるのだから仕方ない。

そんなリカルドを見上げて、は先ほどまで浮かべていたものとは違う笑みを浮かべた。―――そう、それはあえて言うならば、どこか悲哀に満ちた・・・。

「もう、ひとりになるのは嫌なの」

ポツリと零れた言葉に、リカルドは微かに目を見開く。

「もう、独りぼっちは嫌なの。だから・・・傍にいるのがリカルドならいいなと思ったのよ。―――私の望みとは違う、私に新しい生を与えてくれたリカルドならって」

は、あの時自分は一度死んだのだと思っている。

あの戦場で、は一度死んだ。

そうして新たな命を与えたのは、間違いなく目の前にいる男で。

そんな男とこれからも生きていけたならいいと、そう思ったのだ。

たとえそれが戦場でも、彼と一緒なら楽しいだろうと。

やんわりと微笑むを見下ろして、リカルドは僅かに眉間に皺を寄せる。

「だから、私と『契約』しよう」

そう言って差し出された細い小さな手を、リカルドは躊躇いがちに・・・けれどしっかりと強く握り返した。

 

 

生きる理由を与えて、生きる意味を教えて

 

 


一緒にいるための、『理由』

作成日 2007.12.18

更新日 2008.1.22

 

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