「いらっしゃいませ〜」

ウェイトレスの明るい声と共に足を踏み入れた店内には、食欲をそそる美味しそうな匂いに満ちていた。

それに満足げに笑みを浮かべたを横目に、リカルドは小さく息を吐く。―――ご機嫌取りの為の食事には違いないが、まさかこんな場所に連れて来られるとは。

店はなかなか感じが良く、お値段もお手ごろ。

客層も別に女性ばかりが目立つわけではなく、比較的入りやすい店だと言えるだろう。

それでも何故リカルドが渋っているのかといえば、この店は彼の持つ雰囲気とはかけ離れているからだ。―――悪く言えば、浮いてしまっている。

それでもリカルドがの要求を拒めなかったのは、何もご機嫌取りだけが理由ではない。

この店に来たいとそう言った彼女の笑顔を、曇らせたくなかったからだ。―――そんな事は自分の柄ではないので、絶対に口にはしないが。

自分たちを出迎えたウェイトレスに案内され席に着いたは、早速手渡されたメニューを嬉しそうに受け取って。

しかし一向にメニューに手を出そうとしないリカルドを見やって、は訝しげに眉を寄せた。

「リカルド、メニュー見ないの?」

「お前と同じものでいい」

「え〜!?どうせなら違うの注文しようよ!その方が色々食べれてお徳でしょ?」

「・・・なら好きなものを注文すればいい」

腕を組んで素っ気無くそう言えば、はすぐさまコロッと笑顔を浮かべて「そう?じゃあ、これとこれ。どっちも食べてみたかったんだよね〜」と機嫌良く笑う。

リカルドは彼女にバレないよう微かに口角を上げる。―――まるで子供のようだ、と。

注文を終えたは、食事が来るのを今か今かと待ちながら、ふと我に返ったように目の前に座るリカルドを見やる。

そうしてフムと納得したように頷いた彼女に気付いて、リカルドは訝しげに眉を寄せた。

「・・・なんだ?」

「なんかね、こうやって誰かと向かい合ってご飯食べるのって、ものすごく久しぶりな気がしたの」

そう言って、照れたように笑うを見やって、リカルドは気付かれない程度に眉を上げた。

傭兵として戦争に参加するリカルドと共にいるは、食事を他の傭兵仲間に混じって取っている。

その点で言えば、こうして2人だけで食事を取るのは久しぶりなのだろう。

しかし彼女の言い方は、それだけではないように聞こえる。

そういえば・・・と、リカルドは今更ながらに思った。―――自分は、の事を何も知らないと。

彼女がどこで生まれ、どういう風に育ったのか。

彼女の両親はどうしたのか。―――戻りたいとは思わないのか。

もっとも、彼女がどうして戦争に参加したのかだけは解っている。

その理由を察すれば、彼女が家へ帰りたいと思っていても帰れないだろうという事も。

しかしあの『契約』を持ち出した時のを思えば、帰りたい家があるようにも思えなかった。

それらが気にならないわけではない。

いっそ率直に聞いてみればいいのかもしれない。―――もしかするとは、リカルドが考えているよりもあっさりと、その理由を話してくれるかも・・・。

それでもそうしないのは、彼女自身の口から話して欲しいと思うからか。

おしゃべりな彼女が語らない事を、無理やり聞き出したりはしたくなかった。

「お待たせしました〜」

不意に訪れた沈黙を破るように、ウェイトレスが料理を持ってテーブルを訪れる。

それに目を輝かせたを見て、今はこのままでいいとそう思う。―――今までの自分とは無関係だったこの穏やかで優しい雰囲気が、それでも彼は嫌いではなかったから。

「いただきま〜す!」

ナイフとフォークを持って元気よく声を上げたは、早速料理に手をつける。

そうしてそれを頬張りながら「美味しい!」と歓声を上げる彼女を見て、やはり子供のようだと感想を抱きながら、リカルドも料理に手を伸ばした。

そうして和やかな空気のまま食事が続く中、リカルドはふと気づく。

「・・・おい」

「なに〜?」

「さっきから俺の皿にピーマンを避けるのは止めろ」

「・・・えー?」

バレていないとでも思っていたのか。

今もまたフォークに突き刺したピーマンをリカルドの皿へ避けるところだったは、心底嫌そうにそれを見つめて抗議の声を上げた。

「だって、嫌いなんだもん。苦いし」

そんなところまで子供のようにならなくてもいいのではないかと心の中で独りごちながら、リカルドは盛大にため息を吐き出す。

「好き嫌い言わず食え」

「・・・嫌」

「我が侭を言うな」

「嫌なものは、嫌!」

プイと顔を逸らし頬を膨らませるを見やって、さてどうしたものかと呆れ交じりにリカルドが目を伏せたその時。

目の前に突き出されたピーマンを見て顔を上げたリカルドは、の顔に浮かぶ満面の笑みに僅かに表情を引き攣らせた。―――彼女がこういう表情をする時は、大抵良からぬ事を考えている時なのだと彼は知っている。

「じゃあ、こうしよう。リカルドが『あ〜ん』ってやってくれたら食べるよ」

さらりと告げられた言葉に、リカルドは瞬時に固まった。

一体何を言い出すのかと見やれば、は勝ち誇った笑みを浮かべている。

「ほらほら、食べさせたいんでしょ?だったら『あ〜ん』ってしてよ。この大勢の人がいる中で、もしかすると顔見知りがいたりして・・・。そんな人に見られたらあらぬ誤解を受けそうだけど」

心底楽しそうに笑うを見返して、リカルドは悔しいような可笑しいような複雑な心境で僅かに口角を上げる。

出来ないと思っているからこそ、そういう行動に出るのだろう。

しかしそれを顔見知りに見られて恥ずかしいのは、何もリカルドだけではない。―――それは自分だって同じだという事に、果たして彼女は気付いているのか。

「・・・いいだろう」

が目の前に突き出したフォークを奪い取り、反対にそれをの眼前へと突きつけて。

「ほら、口を開けろ。そんなに言うなら食べさせてやる」

「・・・・・・」

誰の目から見ても解るほど楽しんでいるだろうリカルドの顔を、は唖然と見返した。

まさか、こんな展開になるとは思ってもいなかった。

「ほら、口を開けろと言っている」

目の前で揺れるフォークを見つめて、の眉間に深い皺が刻まれた。

「・・・リカルドって、結構恥ずかしい人だったんだ」

「恥ずかしいのはお互い様だ」

「・・・訂正。リカルドってかなりの負けず嫌いだよね」

ため息混じりにそう呟いて、は意を決したように口を開く。

この勝負、リカルドという人間の底を読みきれなかった自分の負けだと。

パクリ、との口へと消えるピーマン。

それを満足げに見つめるリカルドと、嫌いな野菜と敗北を噛み締めながら苦い表情を浮かべる

そんな2人の様子の一部始終を見ていたウェイトレスは、微笑ましげに頬を緩めた。

 

 

君が居ることで、

僕は心の均衡を保っていられる

 


傍から見れば、ただの迷惑なバカップル。

作成日 2007.12.20

更新日 2008.2.29

 

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