傭兵といえども、始終その身を拘束されているわけではない。

ちょっとした空時間。―――食事を取るついでに街へ出てきたは、少し用事があるというリカルドを置いて先に食堂へ向かった。

彼が何を注文するのか解らないため自分の分だけ注文を終え、早く料理が運ばれてこないかと胸を躍らせながらその時を待つ。

誰かと取る食事がこんなにも美味しいものだという事を、はリカルドに拾われて久しぶりに実感した。―――それを知ってしまった今となっては、1人での食事は味気ないけれど。

料理と共に、早くリカルドが来ないかと辺りを見回したその時、妙に聞き慣れた・・・―――けれど待っていた人物とは違う声が掛かり、反射的にの眉間に皺が寄った。

「ねぇねぇ、。ボクも一緒していいかい?ええ、勿論いいですよ。さぁすが、優しいネェ。そんなにボクの事を想ってくれてたな〜んて。いいだろう、ボクはその想いを全力を持って受け止めよう!」

「いや、私まだ何も言ってないんだけど。―――っていうか、勝手に妄想するな。そして勝手に座るな」

料理と共にやってきたピンクの髪をした青年を前に、の頬は盛大に引き攣る。

慌てて抗議の声を上げるが、その人物は最初から聞く耳など持っているはずもなく、いつもの食えない笑みを浮かべたまま彼女の前の椅子に座った。

個人的に興味深い奴だとも思うし、好きか嫌いかと問われれば好きとは絶対にいえないまでも、即答で嫌いとも言えない微妙な相手ではあるのだけれど・・・―――問題は、コイツがいるとロクな事がないという事だ。

何度背後から襲い掛かられた事か。

勿論そう簡単にやられるような実力ではないし、ハスタの方も完全に本気というわけではないようなのだが・・・。

「おやおや?今日のメニューはなんですか?ちなみにボクは血も滴るようなステーキ。ステーキってステキ、なぁんて」

「親父ギャグかよ。―――だから勝手に座るなって言ってるでしょーがっ!」

料理から上るホカホカと美味しそうな湯気の向こうに見える人をおちょくったような笑みを浮かべる青年に向かい、はバシンとテーブルを叩いて抗議する。

自分1人ならばともかく、ここにはもうすぐ彼が来るのだ。―――落ち着かれては困る・・・。

「・・・何故ここにコイツがいる」

そう考えを巡らせたその時、またもや背後から聞き慣れた声が聞こえた。―――振り返らずとも解る、の待ち人の声だ。

それを耳にしたと同時に、は勢い良く振り返り、呆れたような表情を浮かべるリカルドを見上げて僅かに頬を膨らませた。

「あ、リカルド。ちょっと聞いてよ。こいつったら人の話も聞かないで勝手に座・・・って、ちょっとリカルドどこ行くの!ご飯は!?」

自分が言っても聞かないならばリカルドにどうにかしてもらおうと思い口を開いたは、しかしすぐさま踵を返したリカルドに気付いて声を上げる。

来たばかりだというのに、食事も取らずに・・・そして自分を置いてどこに行くというのか。

そんな思いを乗せて声を上げたに対し、リカルドはいつも通りの飄々とした面持ちで肩越しに振り返り一言。

「やめた。こいつがいると飯が不味くなる」

そうキッパリ言い捨てて、1人さっさと食堂を出て行った。

その背中を呆気にとられて見つめていたは、一拍の後に我に返ると強く拳を握り締めて、店主の迷惑そうな顔さえも見なかったことにしながら声を大にして叫ぶ。

「ちょっとー!私食べ始めたばっかりなんだけどー!!」

「おやおや、リカルド氏は変わり者だピョン」

「ピョンじゃないわよ、あんたのせいだよ」

どうやらリカルドは本気で戻ってくるつもりはないらしい。

すっかりリカルドの姿が見えなくなった入り口から視線を戻し、はさっさと食事を終えて立ち去ろうと心に決め、乱暴な仕草でフォークを握り締める。

この際お腹に入ればなんでもいい。―――多少消化に悪かろうと、ハスタとずっと向かい合っているよりはずっと胃に優しいはずだ。

そんなをじっと見つめていたハスタは、いつも通りの食えない笑みをヘラリと浮かべて、僅かに身を乗り出して口を開く。

「ちなみに、。キミってリカルド氏とどういうご関係?次の中から選んでください」

「自分から聞いといて答えを提示するわけ?」

パッと指を三本立ててそう言うハスタに、ハンバーグを口へと放り込みつつは抗議の声を上げる。―――そんなものに、ハスタが怯むわけがないとは解っていたが。

案の定ハスタは気にした様子もなく、いやに楽しそうに3本の指を一斉に折った。

「答えはずばり、その3。今暴かれる衝撃の事実!リカルド氏とキミは実は血を分けた兄妹だったぁ!」

「1と2はなんなの。しかも別に私とリカルドは兄妹じゃないし。っていうか衝撃も何もまるっきり嘘じゃない」

「あ、そのステーキここデスよぉ。血も滴るような生々しいステーキ」

「スルーかよ。っていうか、それって生々しいっていうかほとんど生なんですけど」

「あー、やっぱり生肉はいいよねぇ」

「とか言いながら、人のおかず取らないでよ」

あからさまに怯えた様子を見せるウェイトレスが運んできたステーキを頬張りつつ、更にその手を自分の皿へと伸ばすハスタを押しのけながら、はひたすら咀嚼を続ける。

さっさと食べ終えなければ。

そうでなければ、胃に負担が掛かりすぎる。―――せめて食事くらいは平穏に済ませたい。

それでもハスタの発言にいちいち突っ込みを入れている自分は律儀だと、はせめてそう自分を慰めた。

そうして漸く最後のひとかけらになったハンバーグにフォークをつきたてたその時、自分のステーキを食べもせずじっとを見つめていたハスタが唐突に口を開く。

。キミのその白いコートっていいよねぇ」

「なに、その急な話題転換」

あまりにも先ほどとの会話の関連性のなさに、ハンバーグを口元へと運びかけていたの手が思わず止まる。

今度は一体何なんだと訝しげに視線を向けると、ハスタは恍惚とした表情を浮かべて見せて。

「その真っ白なコートを見てると、第一次欲求を刺激されるよ」

「・・・なに、第一次欲求って」

「ん〜?食欲と海水浴と殺人欲。満たしてい〜い?」

にっこり、ともニヤリ、とも似つかない笑みを浮かべたハスタを見返して、はハンバーグの最後のひとかけらを口の中に放り込むと、まるで何事もなかったかのようにフォークを置き、そうしてナプキンで口元を丁寧に拭ってから颯爽と立ち上がった。

「ごちそうさまでした〜。あ、ハスタ。海水浴するならあっちに海があるから。足に重りでもつけて永遠に沈んでしまえ」

精一杯の笑みを返してそう言い放ったは、背中に突き刺さるハスタの視線を振り切るように食堂を出た。

こんなところでハスタと戦闘などごめんだ。―――こんなところでなくともごめんだが。

「・・・遅かったな」

早足で食堂を出た直後掛けられた声にふと顔を上げると、腕を組んで店の壁に背中を預けたままこちらを見やるリカルドが目に映る。

どうやらずっとここで待っていたらしい。―――そういうところは変に律儀なのだ、この男は。

自身の考えに思わず苦笑を漏らしつつ、は憮然とした表情を浮かべるリカルドを見返して。

「しょうがないでしょ。料理運ばれてきちゃったんだもん。食べなきゃ失礼よ」

そうじゃなかったら、だってさっさとリカルドの後を追っていた。

はっきり嫌いだといえない相手だとしても、ハスタは食事を共にするにはにとっては不適当な人間だ。

ほんの少しの抗議を乗せてそう言い返すと、苦々しい表情を浮かべたままリカルドは更に言葉を続ける。

「ずいぶんとハスタに気に入られたようだな」

言われた言葉に、は考え込むように僅かに首を傾げる。

あれが、気に入られている?―――まぁ、確かに嫌われてはいないのだろうが。

「やっぱあれかしら?私ってそんなに魅力的なのかしらね」

「・・・変な奴に好かれる魅力か。厄介なもんだな」

皮肉げにそう言って笑ったリカルドに、は憮然とした表情を浮かべつつもジロリと長身の彼を睨み上げる。

しかしその直後、ニヤリと口角を上げたは、なるほどと納得したように頷いて。

「そうよねぇ。戦場でリカルドに拾われるくらいだもの。よっぽど魅力的なのよ、私って」

「・・・俺を奴と一緒にするな」

「んじゃ、どこがどう違うのかきっちり説明してくださいよ、リカルドさん」

にっこりと笑顔を浮かべて言い返せば、リカルドは不機嫌そうな表情を浮かべたまま口を噤む。

リカルドとしては、自分とハスタを同系列に見られるのは心外もいいところだ。

しかしの言う通り、わざわざ戦場で倒れた者を・・・しかも敵国の者を連れ帰って治療し、あまつ傍に置くなど変わっていると言われても仕方がない。―――否、今まさにそう噂されている事を彼は知っている。

そしてその行動の意味さえも自分では理解出来ていないのだから、なおさら。

ムッツリと黙り込んだリカルドを見上げて勝利者の笑みを浮かべたは、固まった身体を伸ばすようにグッと両手を上へと突き出して。

そうして今もまだ憮然とした様子を見せるリカルドに向かって、軽い調子で声を掛けた。

「さ〜てと。お腹も満たされた事だし、時間もあるし買い物にでも行きましょうか」

「お前は満たされても俺は満たされん。食事を取り損ねたからな」

「お付き合いしましょうか、リカルドさん?きっちり奢っていただきますけど」

不機嫌そうにそう返すリカルドに、しかしは動じた様子もなくその手を差し出す。

のその余裕ぶりに多少の腹立たしさは感じるけれど、彼女のその申し出に異議はなかった。

それでも、余計な一言を添える事だけは忘れなかったが。

「まだ食べる気か」

「デザートは別腹別腹。さ、どこ行く〜?」

リカルドの嫌味もサラリと流してさっさと歩き出すを見つめて、リカルドは諦めたようにため息を吐きだす。

彼女と行動を共にするようになってから、調子を崩されてばかりだ。

どうしてあんな小娘に振り回されなければならないのか。

そうは思うのに、それを不愉快に思っていない自分も自覚していたから・・・。

「リカルド、行かないの〜?」

少し先で手を振るを見返して、リカルドは小さく笑みを浮かべる。

自分には縁遠かったはずの光景。

自分を呼ぶ声。

自分を待つ為だけにその足を止める少女。

そして、ただ自分に向けられる眼差しが何故か心地良く思えるから。

「・・・今、行く」

短くそう返事を返して、リカルドは黒いコートを翻しつつ一歩を踏み出した。

 

 

君がいなけりゃ、何の意味もない

 


この3人が意外と腐れ縁で仲良かったらいい。(妄想)

作成日 2008.1.3

更新日 2008.3.15

 

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