風に乗って。

春の暖かい、緩やかな風に運ばれて。

唄が、聞こえた。

 

 

その日、半屋工は暇を持て余していた。

珍しく放課後まで学校に残り(授業を受けたかどうかは別として)夕方頃に学校を出た後は、家に帰る気にもなれずにぶらぶらと当てもなく歩き回る。

普段なら道を歩けば喧嘩を吹っ掛けられるほどだというのに、今日に限ってはそれもない。

「・・・ちっ」

脈絡もなく舌打ちをして、髪の短い頭を乱暴に掻く。

イライラした。

何に対してなのか、それすら解らなかったけれど。

久しぶりの穏やかとも言える今日に関してか、それとも何もする事がない事に関してなのか・・・―――もしかすると、喧嘩と称したストレス発散をしていないからかもしれない。

近くにあった自販機で飲物を買い、それを一気に飲み干す。

春とはいえまだ冷える夜に、冷たい飲物はムカムカする身体を静めてくれる気がした。

「・・・・・・帰るか」

ポツリと呟いて、空になった空き缶をゴミ箱に投げ捨てる。

家に帰る気にもやはりなれないが、このまま当てもなく歩き続けていてもイライラが募るばかりのような気がした。

今まで誰も喧嘩を売っては来なかったのだから、今からそれを望んでも叶うかどうかも怪しい。

短く息を吐き出して、自宅へ向かうべく踵を返した。

数歩歩いて・・・そしてふと立ち止まる。

「・・・・・・?」

何かが聞こえた気がした。

どうにも気になって耳を凝らすと、やはり聞こえてくる。

それは最初に耳に届いた音とは違うものだったけれど、今確かに半屋の耳に聞こえてくるのは・・・。

「・・・唄?」

キョロキョロと辺りを見回す。

周りに人はいない。―――更に視線を巡らせると、寂れた公園が目に止まった。

そこからだろうか?

唄は今もなお、風に乗って聞こえてくる。

少し高い澄んだ声。

所々途切れては、また同じフレーズを繰り返し・・・。

まるでその唄に絡め取られるように、その場に立ち尽くす半屋。

「・・・ちっ」

もう一度舌打ちをして、半屋はその公園へと足を向けた。

普段ならば絶対にしないだろう、その行動も。

無視出来ないほど、その唄が気になったのも。

すべては今日、イライラが募るほど暇を持て余していたから。

半屋はそう自分に言い訳をしながら、決して広くはない公園の中を進む。

足元のジャリを鳴らして歩いていた半屋は、ふと目に飛び込んできた光景に足を止めた。

ブランコや滑り台が申し訳程度に置かれた、小さい広場。

そこに1人の少女が立っていた。

空を見上げて、半屋の耳に届いたあの唄を口ずさんでいる。

外灯の灯りに照らされる顔は青白くさえ見えて、まるで生きている人間ではないような錯覚さえ覚えた。

「・・・うぅ」

誰かのうめき声で、半屋はハッと我に返る。―――少女の側には数人の男が転がっていた。

「てめぇ・・・」

傷だらけで転がっていた男の1人が、苦し紛れに悪態をつきつつ少女の足元に手を伸ばす。

すると少女は視線を空から男に移し、無表情のまま自分に伸ばされた男の手を踏みつけた。

「ぐあぁ!」

「触らないで」

少女の口から出た声は、唄っている時よりも幾分低い。

悲鳴を上げる男を気にもせず、少女は呆然と目の前の光景を見詰めていた半屋にゆっくりと視線を向けた。

「貴方もこいつの仲間?」

「・・・あぁ?違ぇよ」

突然声を掛けられて少し戸惑いながらも、半屋はしっかりと否定した。

すると少女は「・・・あっそ」とこれまた気にした様子なく、再び空を見上げる。

訪れた沈黙に、半屋は所在無げに転がる男たちに視線を向けた。

ここから去れば良いだけなのだが、わざわざここまで来て帰るのも何となく癪だった。

「これ、お前がやったのか?」

思わず声をかけていた。―――自分からこんな風に人に関わろうとするのは、半屋にとっては至極珍しい事だ。

すると少女は面倒臭そうに半屋に視線を戻す。

サラリと、少女の艶やかな黒髪が肩から零れ落ちた。

「違うよ」

「・・・嘘つくな」

飄々と説得力の無い言葉を吐く少女に、半屋は思わず突っ込む。

すると少女は無表情だった顔を少しだけ緩ませた。

「信じないなら、わざわざ聞くまでもないでしょう?」

正論と言えば正論なその言葉に、半屋は僅かに眉を顰めた。

それを見て、少女は微かに口角を上げる。

「絡んできたから返り討ちにした」

さっきは否定したのにも関わらず、今度はあっさりと認める。

少女が何を考えているのか解らない。

そう思った半屋は、それに簡単な相槌を打って転がる男たちを一瞥した。

「これだけの人数を、お前1人でか?」

問い掛けられ、少女は視線を半屋から男たちに移す。

その目は酷く冷たい。

「人数は関係ない。どれだけ数がいても、雑魚は雑魚だもの」

例えこの男たちが雑魚と呼ばれる程の実力の持ち主だったとしても、数が揃えばそれなりに厄介だということを、やはり喧嘩に明け暮れている半屋は知っている。

それでも少女に怪我はなく、だからこそその言葉には頷く他はない。

そんなことを思いながら少女を観察していると、半屋はある事に気付いた。―――薄暗い中、外灯の光だけが頼りのこの場所ではあるが、見間違う筈もない。

「お前・・・明稜の生徒か?」

見慣れた制服。―――それは女子と男子の違いはあるが、自分が着ているものと同じ学校のものだ。

「そうだよ」

「何年だ」

「2年」

「2年?」

返って来た言葉に、半屋は思わず疑問の声を上げる。

自分と同じ2年?

2年ということは、少なくとも丸一年は明稜に在籍している筈だ。

けれど半屋はこの少女のことを知らない。―――もちろん見たことも一度もない。

そう指摘すると、「明稜がどれだけ広いと思ってるの?」とあっさり返された。

確かにそうだ。

明稜は様々な科があるマンモス校なのだ。

生徒の数も半端ではないし、同じ学年だからと言って会ったことがあるとは限らない。

けれどこれだけ存在感がある少女が、果たして注目されずに済むだろうか?

半屋の目から見ても、少女は綺麗な顔をしていると思う。

それに加えて、この破天荒さ。―――そして尋常ではない強さ。

他の生徒ならまだしも、あの明稜帝が黙っているだろうかと半屋は思う。

「・・・名前は?」

「私の事が気になるの?」

問い掛けた半屋に、少女は薄く笑みを浮かべて問い返す。

「なっ!!」

それに思わず声を荒げた半屋は、あまりにも『らしくない』自分の行動に気付いて気まずさに視線を逸らした。

自分は一体、どうしたと言うのだろうか?

他人を・・・しかも今初めて会った相手に関わろうとするなんて。

自分でも理解できない自分の行動に頭を悩ませている半屋を眺めて、少女が小さく声を立てて笑った。

「・・・何が可笑しい?」

「いえ・・・ごめんなさい、失礼だったわね」

睨む半屋に怯える様子なく、少女はまだ笑いを含みながらも謝罪の言葉を口にする。

それでも何とか笑いを飲み込むと、先ほどの冷たいものとは違う笑みを浮かべて口を開いた。

よ。よろしく、半屋工くん」

「お前・・・なんで」

「有名だもの。明稜四天王は」

そう言って笑みを零すと、無造作に地面に転がっていた鞄を拾い上げて、軽く鞄を叩きながらついた砂を落とす。

そして再び唄を口ずさみながら、おもむろに踵を返した。

「お、おい!」

自分に背中を向けてこの場を去ろうとする少女・・・―――に向かい、半屋は慌てて声をかけた。

「まだ、何か?」

男に向けていたものよりは和らいでいるとはいえ、やはり冷たい口調で返事を返して振り返ったに、半屋は無意識の内に口を開いていた。

「その唄は?」

何故か気になっていた、の口ずさんでいる唄。

自分がここに来るキッカケにもなったそれ。

それを聞いてどうするのかなんて半屋は考えていない。―――ただ気になった。

それはその唄そのものに関してなのか。

それともが口ずさんでいるからなのかは、やはり解らなかったけれど。

問い掛ける半屋を眺めて、は薄い笑みを浮かべた。

「また会えたら、教えてあげる」

「・・・また?」

「そう、また」

軽い口調で半屋の言葉を繰り返す。

「またって何時だよ」

「さあ?でもまぁ、同じ学校なんだし、何時かは会えるんじゃない?」

の言葉に、半屋は目を丸くする。

それは単なるはぐらかしなのか。

それとも、また会いたいと言っているのか。

の言葉や態度は曖昧で、半屋には酷く理解しがたい。

「同じ学校つっても、会えるとは限らねぇだろ?」

半屋の言う通り、同じ学校だからといって会えるとは限らない。

今まで丸1年同じ学校に通っていたのに、一度も会った事などないのだ。―――まぁ、それは半屋が学校をサボる事が多かった事も原因の一つかもしれないが。

そこまで考えて、不意に思う。

今の自分の発言を振り返って。

まるで自分が、またに会いたいと暗に言っているようではないか。

思わず顔に血が上り、顔を隠すように手で口を抑える。

しかしはそれを気にした様子なく、再び半屋に背を向けた。

「知りたかったら、私を見つけてよ」

唄うようにその言葉を残し、ヒラヒラと後ろ手に手を振っては公園を出て行く。

その後ろ姿を見送り、半屋は本日何回目かの舌打ちをした。

調子が狂う。

いつもの自分が乱される。

けれどそれを不快に思っていないことに、半屋は気付いていた。

まるで幻のように現れて消えた少女。

彼女が存在していた証は、公園に転がる男たちだけ。

・・・か」

不規則に鳴る心臓の音を聞きながら、半屋は少女の名前を呟いた。

苛つき、戸惑い、不可解な想いを抱いた不思議な夜。

の唄う唄が、今もまだ半屋の頭の中に流れていた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

お前は誰だ!?(←人に言われる前に自分で言ってみたり)

偽物です。

寧ろ、本物がどんなだか思い出せません(致命的)

しかも何気に続いてたりします。(またか)

いえ、単品でも大丈夫だと思いますが、一応続きも考えてます。

またよければ見てやってください。

作成日 2004.7.20

更新日 2008.2.26

 

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