忍の奴が親に言われて見合いをしてから、早3ヶ月。

見合いから帰って来た忍に、婚約者が出来たと言われてから3ヶ月。

そして・・・その『婚約者』に会ったのも、見合いから3ヶ月目。

未だ熱さが残る緑林寮に、彼女は突然やってきた。

 

呆れた笑顔

 

ピンポンパンポン、と軽快な音がスピーカーから聞こえて来た。

でもそれは早々珍しいことでもなかったから、そのまま見ていたお笑い番組の再放送に意識を戻す。

どうでも良いけど、日曜はあんま面白いテレビやってないよな・・・なんて思いながら。

俺と同室の忍は、さっきから机に向かって黙々と何かの作業をしていた。

何やってんのか気にはなったけど、こういう暇な時間にあいつがやってることって言えば大抵ロクな事じゃない事は分かっていたから、あえて関わらないようにする。

そんな退屈な日曜日だったんだ、今日は。

そんな退屈な日曜日だったハズなんだ、今日は。

『お〜い、手塚!お前にお客が来てるぞ!!』

突然スピーカーから誰かの大音量の声が飛び出してきて、思わずベットから身体を起こした。

ああ、そういえば今日はおばさん(管理人)留守なんだったっけ?

多分ちょうど入り口付近にいた奴の誰かが、対応に出たんだろう。

・・・つーか、なんでそんなに慌ててるわけ?

スピーカーの向こうから聞こえる声は、尋常じゃないほど興奮してる・・・っていうか、慌ててる?・・・ような感じ。

今も切られてないスピーカーから、『マジで!?』とか『嘘!!』なんて声が漏れてきてる。

これは・・・何か事件か!?

暇を持て余していた俺が、その放送に興味を持って立ち上がったのと、呼ばれた張本人である忍が椅子から立ち上がったのと同時だった。

「・・・何故お前が付いて来る?」

「まぁまぁ、良いじゃねぇか!硬い事言うなよ!!」

廊下に出た忍に呆れたような顔を向けられたが、それはそれ・・・慣れというやつだ。

忍自身も『お客』というのに心当たりがないんだろう―――見るからに訝しげな表情を浮かべつつも、早足で玄関に向かった。

「お、忍!お前、あんな可愛い子、どこで見つけたんだよ!!」

玄関に辿り着くと、そこは何故か人だかりの山が出来ていて・・・。

あんな可愛い子?―――ってことは、忍の『お客』ってのは女の子なのか?

俄然興味を引かれて、どんな子かと人ごみを掻き分けて覗き込んだ。

そこには女の子に飢えてる奴らが騒いでもおかしくないほどの美少女が・・・。

・・・って、あれ?

瞬間、隣の忍が驚いたのが分かったけど、今の俺はそんな忍をからかってやるほど思考の余裕がなかった。

「・・・何故貴女がここ・・・」

!?」

忍が女の子・・・にそう声をかけたと同時に、俺は思わず彼女の名前を呼んでいた。

バッと向けられる視線を気にする余裕もなく、ただ呆然とを見る。

「・・・知り合いなのか、光流?」

いつもとは違う忍の声色にも、今の俺は気づかずに。

何がなにやら分からずに、俺は無表情で佇むを見ていた。

そこにいたのは・・・俺の知る、その人だった。

 

 

ともかく、彼女が何をしにここへ来たのかはさておき、いつまでも玄関で話をしているわけには行かない。

いや、別に立ち話をするくらいなら構わないんだが、流石にこうギャラリーが多いと落ち着いて話も出来ないだろうと気を利かせて、俺はと忍を連れて寮を出た。

管理人のおばさんがいないとしても、中に連れ込むわけにも行かない。

バレなければオッケーだけど、アレだけのギャラリーがいてバレないわけがない。―――口止めしたって、あいつら結局はぽろっと口を滑らすに違いないだろうからな。

とりあえず近くの公園に避難した俺たちは、そこで改めて突然やってきたへと向き合った。

俺と一緒の中学に通っていた、いわゆる・・・まぁ、有名人といえばいいのか。

大企業のお嬢様だというのにも関わらず、何でが普通の公立の中学に入ったのかは俺の知るところじゃないが、見ての通り美人だし、成績は良いし、運動神経だって抜群。

それなのにお高く留まってるところがない気さくな態度で、男女共に人気があった。

お世辞にも優等生とはいえなかった俺だが、は気にする事無く良い友人関係を気付いていたと思う。―――まぁ、それだけで終わらなかったってのも確かだけど。

「久しぶり、光流くん。まさかこんなところで会うなんて思ってなかったけど」

「ああ、ほんとに。まさか・・・」

『忍の婚約者』ってのが、だとは夢にも思わなかった。

まぁ、2人の家柄を考えればまったくないってわけでもないだろうケド、実際にこういう展開になると、世の中は意外と狭いもんだとつくづく思う。

「・・・光流」

不意に名前を呼ばれて視線を向けると、いつの間にか蚊帳の外に追いやられてた忍が面白くなさそうな表情で俺を睨んでた。―――見た目には解りにくいけど、長い付き合いの俺には解る。

無言で説明を促されている事に気付いた俺は、俺との関係を簡単にだが説明してやった。

中学時代の同級生だった、と。

それだけで忍が納得するとは思ってなかった。―――案の定、今もまだ不審そうな視線を俺に向けている。

多分忍は、俺との仲睦まじげな様子を見て疑ってるんだろう。―――俺との仲ってやつを。

まぁ、奴の勘は間違ってない。

確かに俺とは、ただの同級生じゃなかった。

でも忍が勘ぐるような仲だったわけでもない。

中学の時に告白して、振られた相手なんだ。―――は。

もっとも、そんな事を素直に話してやるほど俺は親切じゃなかったけど。

たまには悩めばいいんだ。

いつも澄ました顔してるんだから、たまには慌てればいい。―――それがの事に関してだと思えば、俺としては面白いからかいの種になってくれるんだから。

俺がそれ以上話す気がないと察したんだろう。

忍はジロリと俺を睨みつけた後、すぐさまへと視線を戻した。

「それで・・・。貴女は一体何をしにここへ?」

どうやら追求は諦めたらしい。―――いや、諦めたっていうよりは、後回しにしたって方が正しいだろうケド。

そんな忍の問い掛けに、は無表情を装ったまま手に持っていた紙袋を無言で差し出した。

忍はそれを受け取って中身を覗き込む。

「・・・これは?」

「・・・お土産です、夏休みに旅行に行った時の」

素っ気無いの言葉に、俺は思わず目を丸くした。

がこんな話し方をするところなんて、俺は見た事がない。

いつもニコニコと笑顔を浮かべて、柔らかい声でおしゃべりをするしか俺は知らなかったから。―――こうやって話をするは、ガラリと雰囲気が変わるんだなぁと思わず感心した。

「・・・へぇ。わざわざお土産を買ってきてくれたんですか」

「私ではなく、母が。どうしても持っていけと煩かったもので」

声色と言葉に、渋々といった色を滲ませながらそう答える。

昔のを知っている身としては、あまりの態度の違いに、そんなにも忍との婚約が嫌なのか・・・と一瞬思考を巡らせて・・・―――だけど必ずしもそうじゃないかもしれないと、俺は考えを改めた。

確かには優しくて、人を傷つけるような事はしないけど。

嫌だと思った事は、何が何でも断るやつだ。―――そこの辺りの頑固さは、ほんとに呆れ返るほど。

そんなが、心底嫌だと思っている見合いを享受するだろうか?

確かに大企業ともなれば、俺たち一般市民には縁のない政略結婚なんてのもあるのかもしれない。

でもの親父さんは、これでもかってほど娘を溺愛してる。

それに加えて、の親父さんの会社が危ないなんて事もなさそうだ。―――押しも押されぬ大企業なんだから。

だとすれば、そこまで強引に政略結婚する必要もないだろう。

が本気で嫌だといえば、親父さんはこの見合いを白紙に戻すに違いない。―――たとえどんな手を使ったとしても。

「旅行へはどこへ・・・?」

「お答えする必要はないと思います」

「・・・八橋、ですか。これはまた定番な」

「嫌だったら、返してください!何も無理にとは言いません」

「嫌だなんて一言も言ってないでしょう?」

「そう聞こえました」

「それは貴女の勝手な受け取り方であって、必ずしもそれが私の本心とは限りませんよ」

ポンポンと飛び交うトゲのある会話に、傍で聞いていた俺は僅かに頬を引き攣らせる。

なんだっては、こうも喧嘩腰なんだ?

忍にしたって、いつもなら当たり障りなく接するくせに、に対してだけは挑発的だし。

「あー・・・お前らなぁ。もうちょっと落ち着いて・・・」

「光流くんは黙ってて!」

可愛い声でピシャリと言い放たれ、俺は成す術もなく「はい」と素直に頷く。

昔からには逆らえないんだよな。―――惚れた弱味といえばそうなんだろうが。

今となってはいい友人とはいえ、こればっかりは変わらないらしい。

そんな事を思って思わず苦笑を漏らしたその時、僅かに忍の目が細められた事に俺は気付いた。

「・・・彼とは随分と仲が良いようですね」

「それは・・・もちろん。大切な友人ですから」

「へぇ・・・友人、ですか」

「・・・なんですか、その顔は。何か言いたい事があるならはっきり言ってください」

「申し訳ありません。この顔は生まれつきなもので」

さらりと返され、はムッと眉を寄せる。

どう考えたって、口喧嘩でが忍に敵うわけないのに。

だって、相手はあの忍だぞ?

良くも悪くもまっすぐなが、腹の中真っ黒に染まってるような奴に勝てるわけないじゃねーか。

そう、が口喧嘩で忍に勝てるとは思わない。

俺だってアイツを言い負かすなんて無理だろう。―――だけど、長年の付き合いって奴は、俺にある事を気付かせてくれた。

「おーい、。ちょっとこっち来い」

険悪な雰囲気で忍を睨みつけるへと声を掛けて手招きすると、俺を見たはきょとんと目を丸くして首を傾げる。

それが小動物みたいで可愛い。

「・・・どうしたの、光流くん」

今の今まで忍と睨み合っていたのがウソみたいに、は呼ばれるままに俺のところへ歩み寄った。―――その向こうで忍が冷たい視線を俺に向けているのを何とか無視して、俺はコソリとへと耳打ちした。

「・・・え?」

俺の耳打ちに、は驚いたように顔を上げて、目を丸くしながら俺を見る。

それに頷き返してやれば、は困ったような・・・今もまだ信じられないような面持ちでチラリと忍へと視線を向けた。

「・・・なんですか?」

不機嫌度もかなり上昇した忍の声に、は半信半疑の様子で視線を泳がせて。

それでも意を決したように忍の下へと近づくと、探るように忍の顔を凝視した。

「・・・本当なのかしら?」

「だから、何がですか?」

自分の知らないところで話が進んでいるという状況が、どうやらお気に召さないらしい。

ジロリと睨みつける忍を見上げて、はポツリと呟いた。

「私と光流くんの関係が、そんなに気になるんですか?」

「・・・は?」

「やきもちを焼いている、とか・・・?」

今もまだ疑い半分でそう問い掛けるに思わず目を見開いた忍は、しかしすぐさま俺に視線を向けて。

「光流、何を馬鹿な事を言ってる」

「だ〜って、ほんとの事だろーが。さっきから不機嫌そうな顔しちゃって」

「暑さで頭がやられたか。良い病院を紹介してやろう」

「結構。お前こそその良い病院とやらで、自白剤でももらってきたらどうだ?ちょっとでも素直になれるようにってな」

からかうようにそう言い放てば、恐ろしいほどの眼差しで睨み返された。

これは後で地獄を見るだろうけど、忍をからかえる絶好の機会を逃す手はない。―――蓮川辺りでもいけにえにすれば、最低限自分の身は守れるだろうし。

そう頭の中で今後の対策を練っていたその時、不意に軽やかな笑い声がその場に響いて、俺と忍は同時にそちらへと視線を向けた。

そこにはさっきまで無表情を装っていたが、耐えかねたように笑い声を零してる。

くすくすと、まるで鈴が鳴るような可愛い笑い声。

これこそが、俺の知っているの姿だと思った。

「・・・何か可笑しいですか?」

笑われた事が不本意なんだろう。―――僅かに表情を顰めた忍のその問いに、しかしは困ったように微笑んで。

「ええ。手塚さんっていつも無表情で、冷たい人なのかと思っていましたけど」

「・・・けど?」

「意外に、歳相応なところもあるんですね」

妙につぼに入ったらしい。

そう言い終わると、はまたくすくすと笑みを零す。

それに不本意そうな表情をしつつも・・・―――だけど今度は、忍もそれを咎めようとはしなかった。

不本意でも、の笑い顔が見れた事が嬉しいんだろう。

絶対に認めないだろうケド、そうだろうと思う。―――だって今の忍の目は、滅多に見れない柔らかなものに変わってたから。

一通り笑い終えたは、目尻に浮かんだ涙を拭い、すっと忍を見返して。

「じゃあ、私はこれで失礼します」

素っ気無くそう言い放って、何事もなかったかのようにクルリと踵を返した。

言葉を返す事もなく、忍はそれを見送って・・・―――だけどは数歩進んだ後、首だけで振り返ってもう一度小さく微笑んだ。

「私、今でもお見合いは認めたくないけれど・・・」

「・・・・・・?」

「あなたと恋愛してもいい、って少し思ったわ。―――それじゃあね、忍くん」

にっこりと微笑んで、は今度こそ振り返らずにその場を去った。

それを呆然と見送る忍を横目に、俺は忍び笑いを漏らす。

は嫌だと思ったら、はっきりそう言うタイプだ。

だから結局のところ見合いを断っていないという事は、忍の事が嫌いなわけではないんだろう。

まぁ、好きとも言えなかったかもしれないけど。―――さっきまでは。

「よかったなぁ、忍」

「・・・・・・」

ポンポンと軽く肩を叩けば、無言で睨みつけられた。

なんだよ、全部俺のおかげだろ?

お前がやきもち焼いてるって教えてやったのも、多分名前で呼んで欲しいと思ってるって教えてやった事も。

おかげで事態は良い方向へ転がって、しかも名前まで呼んでもらったんだから。

「・・・帰るぞ」

「はいよ」

自分には分が悪いと判断したのか、忍はそれ以上何か言う事もなく先頭を切って寮へと足を向けた。

それに素直に返事を返して・・・―――だけど改めて、感心する。

あの忍を、ここまで負かしてしまえるに。

そして・・・―――恋愛には程遠いところにいたを、引きずりこんでしまえた忍にも。

『ごめんね、光流くん。私、そういうのよく解らなくて』

誰もいない教室というベタなシチュエーションでの失恋を思い出して、思わず苦笑する。

それもまた、良い思い出だ。

この俺を振った女が忍とくっつくってのはちょっと癪だけど、これから楽しませてもらえるならお釣りが来るってもんだ。

後は今後、この有効な手札をどう活用するかって所だけど・・・。

無言で前を歩く忍の背中を見つめて、俺はこれから楽しくなりそうだと密かに笑みを零した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ここはグリーンウッド、第2弾です。

まだ書くか。という突っ込みが入りそうですが。(笑)

そして相変わらず忍の口調がわかりません。

それに加えて、今回は光流視点。随分と思い切った事をしたものだと、自分で自分が信じられませんが。

作成日 2008.3.2

更新日 2008.8.4

 

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