外の空気が少し熱気を帯びてきた、そんな初夏のある平日。

俺が暮らすグリーンウッドに、一本の電話が掛かって来た。

 

見知らぬ

 

「よ〜お、電話誰からだったんだ?」

部屋に戻ると同室の光流が、雑誌を片手に俺にそう声をかけてきた。

「ああ、家からだ」

それに簡単に答えて、机の椅子に座る。

机の上には途中になったままの課題。―――さっさと片付けてしまおうと教科書を開いたのだが、さっきの電話でその気が萎えてしまった。

期限はまだ先だし、明日にでも片付ける事にしようと教科書を閉じた時、再び光流から質問が投げかけられる。

「へぇ、家からなんて珍しいな。何の用だったんだ?」

視線を向ければ興味深げにこちらを見る光流の顔。

「面倒な事を押し付けられてな」

やはり簡潔にそう答えを返す。―――が、これで諦めるような奴ではない。

寧ろより興味を引かれたようで、先ほどまで読んでいた雑誌を放り出すと、覗き込むように俺の顔を見上げる。

「面倒事ってどんな?」

「そんな事を聞いてどうする?」

「単なる興味だよ、興味」

そう言い聞かせるように呟いて笑う光流に、思わずため息が零れた。

こいつははぐらかせばはぐらかすほど、しつこく聞いてくるんだろう。―――この3年間の付き合いで、それくらいは学んでいる。

まぁ別に隠すほどの事ではないんだ。

ただそれを聞いたときの光流の反応が容易に想像できて、少し面倒なだけ。

未だに興味津々と言った面持ちで俺を見る光流に視線を向けて、ため息混じりに先ほどの電話の内容を簡単に説明した。

「親から見合いを勧められてね」

「見合い!?」

俺の言葉に驚いたのか大きな声を上げて・・・その直後、ニヤリと口角を上げる。

ああ、やっぱり予想通りの反応だ・・・なんて呑気にそう思う。

「へぇ・・・まぁお前んとこ金持ちだし、見合いくらいおかしくないか。ふ〜ん、見合いねぇ・・・」

「・・・なんだ?」

「いや、まさかお前が見合いに行こうと思うなんて思ってもなかったからさ」

何かを含むようにニヤニヤと笑みを浮かべる光流を見て、おそらく明日には・・・いや、今日中にはこの事が広まってしまうんだろうなとぼんやりと思う。

「それで?」

「・・・それで、とは?」

満面の笑みを浮かべて手を差し出してくる光流に、いつもと変わらない表情で聞き返すと、奴は焦れたように手をパタパタと振る。

「だから、見合い写真!」

ああ、なるほど。―――その手は見合い写真を寄越せということか。

「・・・ねぇの?」

「期待に答えられなくて悪かったな」

微動だにしない俺に不思議そうに首を傾げて・・・写真がないと分かるとがっくりと肩を落とした。

「俺の見合い相手がそんなに見たいか?お前が見合いをするわけじゃないだろう?」

したいのなら代わってやっても構わないんだがな。

そう言うと、光流は「そりゃそうだけどさ〜」なんてぼやきつつ、先ほど投げ出した雑誌を手に取った。

「でもお前が見合いをする気になったなんて珍しいだろ?だからよっぽどの美人か知り合いなのかと思ってな〜」

なるほど。

俺が普段どういう目で見られているのか少し気になる発言だが・・・まぁ一理ある。

俺だって好き好んで見合いをしたいわけじゃない。

ただ既に今回を除いて12回見合いするのを断っているし、ここらで一度でも両親の言う事を聞いておかないと、強硬手段に出られそうな気がしたからだ。

まぁ、強硬手段に出られても何とかできる自信はあるが、骨が折れる事には違いない。

今ここで見合いをしておくか、それとも後で何とかするか。

どちらにしても面倒な事に違いがないのなら、前者を取っておいた方がまだマシだろう。

一日拘束されるのは御免だが、一緒に食事をしてそれだけで済むのなら簡単で良い。

だから今回は見合いを引き受けた。

チラリと光流に視線を向けると、奴はもう興味が殺がれたのか再び熱心に雑誌を読みふけっている。

光流は見合い相手の事を気にしていたようだが、そんな事は俺にとってはどうでもいい事だ。―――どうせ断るのだから、相手が誰でも関係がない。

せめてキャーキャーやかましい相手ではないことを願いつつ、俺は机の上に立てかけていたハードカバーに手を伸ばした。

 

 

見合い当日。

俺は前日に送られてきたスーツを着て、指定された高級ホテルにやってきた。

普段着る事のないスーツだが、着慣れていないことはないので違和感はない。

そのままロビーに顔を出すと、そこには既に両親がいた。

2人が揃っているなんて珍しいと思う。―――この忙しい2人が揃って顔を出すほど、今回の相手は大物だということか?

「ようやく来たか、忍」

父さんがニコリともせずにそう言いながら、座っていたソファーから立ち上がった。

「時間通りだと思いますが?」

「だが、もう相手のお嬢さんはお待ちになっているぞ」

ささやかながらも言い返せば、そんな返事が返ってくる。

まぁこちらのそんな言い分が通るとは最初から思っていない。

小さくため息を零して、促されるままその『相手のお嬢さん』に視線を向けた。

父さんの向かいの席に、その少女はいた。

淡い桃色の振袖に身を包んだ、どこか儚い雰囲気を漂わせるその少女。

流れるような漆黒の髪と、憂いを帯びたような伏せ目がちな瞳、ふっくらとした唇。

光流に言わせれば、間違いなく『美少女』の類に属されるだろう風貌。

物静かなその様は、まるで日本人形のようだ。

俺の視線に気付いたのか、その少女はゆっくりと顔を上げ立ち上がると、俺の前に歩み出て小さく会釈した。

「初めまして、と申します」

「手塚忍です。今日はよろしくお願いします」

愛想笑いを貼り付けて、自己紹介を返す。

という少女はそれに何の反応も見せず、ただ無表情でもう一度頭を下げた。

流石に良いとこのお嬢様だ。―――着物を着ていても身のこなしが良い。

「さぁ、こんなところではなんだ。あちらで食事でもしながら話そうじゃないか」

おそらくはさんの父親だろう男が、にこやかな笑みを浮かべつつホテルの奥にあるレストランに向かい歩き出す。

それを眺めながら、さんに向かい自然と手を差し出すと。

「結構です。1人で歩けますから・・・」

冷たい言葉と視線でそれを拒否された。

スタスタと先に歩き出したさんを目に映しながら、俺は少しばかり彼女に興味が湧いたのを自覚した。

面白い人物だ・・・と。

 

 

食事が終われば、見合いには定番の『後は若いお二人で・・・』という言葉で庭に追い出される。

このホテルでは頻繁に見合いが行われているのだろうか?

そう思わせるほど隅々まで手の入った立派な庭園を歩く。―――しばらく歩くとベンチが備え付けられており、やっぱりここは見合いの頻度が多いんだなとぼんやりと思った。

できるだけ早く終わらせたいという思いもあったが、ただ歩くのもなんなのでそのベンチに座る事にする。

先ほどから俺の一歩後ろをついてくるさんを促して、2人並んで座ると途端に空気が重くなった気がした。

食事の最中から彼女はずっと無言だったが、食べるなり歩くなりしている方が空気がまぎれるのだと言う事を自覚する。

辺りには人がいないのか、ただどこかで水の流れる音や木々のざわめきだけがその場を支配していた。

さんは学校はどちらに?」

「・・・・・・」

「見合いは初めてですか?」

「・・・・・・」

「その着物、とてもよくお似合いですね」

「・・・・・・」

とりあえず沈黙を破ろうと声を掛けてみるが、返事は1つも返ってこない。

こういう時は普段の光流を凄いと思ってしまう。

きっとあいつなら、彼女相手でも会話を弾ませることができるんだろう。

別に会話を弾ませたいと思っているわけではないが、この重い空気を何とかしたいとは思っている。

どうやら彼女も俺と同じように、今回の見合いに乗り気ではないんだろう。―――それでもここに来た以上は、それなりに振舞うのが礼儀というものではないか?

さんにバレないよう小さくため息を零して、腕時計に目をやる。

庭に出てからまだそれほど時間は経っていない。―――今戻ったところで、すぐに解放してもらえるとも思えなかった。

いくらここの空気が重いとはいっても、戻って両親の仕事の話を聞かされるよりは何倍もマシだ。

そう判断を下して、再びさんの方へ顔を向けた。

訝しげな表情を隠そうともせず俺を見返してくるさんに、にっこりと微笑みかける。

「しかし見合いの相手がこんなに綺麗な人だとは思いもしませんでした。僕は幸せ者なのかもしれませんね」

営業用スマイルで歯の浮くようなセリフを吐く。

このお嬢さんはどういう反応を示すだろうかと思いながら顔を窺うと、さんは見るからに表情を歪ませて俺を睨み返した。

「心にも想っていないことは、おっしゃらない方がよろしいと思いますが・・・?」

へぇ・・・今までにない反応を示すんだな。

そんな事を思いながら、さらに笑みを深くする。

「僕の心が読めるんですか?それは凄い特技をお持ちだ」

言葉に嫌味を込めて告げると、さんはさらに眉をひそめる。

そこまであからさまに嫌悪を示さなくてもいいんじゃないかと思いながら、向けられる瞳の強さに引きつけられた。

確かな意思が宿る、強い光を放つ瞳。

俺の心を見透かすような・・・綺麗で澄んだ・・・。

「作り笑いも必要ありません。胡散臭くてとても不愉快です」

「時にはそれも必要ですよ?貴女のように思っていることをすぐに顔に出していては、この世の中を渡っていけるとは思えませんね」

変わらず笑みを浮かべて言葉を返せば、さらに強く睨みつけられる。

怒った顔が綺麗だと思える人間は、そう多くない。

そんな彼女に、俺は言い知れぬ興味を引かれた。

もっと話をしてみたいと思った。

もっとその強い眼差しを向けて欲しいと、そう思った。

その気持ちがなんなのか、俺にはまだわからなかったけれど・・・それでもこれは間違いなく執着だった。

俺にしては珍しい。―――どんな感情であれ、人に執着するなんて。

「私が世の中を渡っていけるかどうかなんて、貴方には関係ないでしょう?」

相変わらず冷たい口調でそう言葉を放つさんを見据えて、少しだけ口角を上げた。

「いえ・・・まぁ、その心配も必要ないのかもしれませんね」

「・・・・・・?」

突然話をさらりと交わされ、意味が分からず怪訝そうな表情を浮かべるさんに向かい、意味ありげに口を開く。

「貴女は私と結婚するんでしょう?」

あっさりとそう告げれば、彼女は驚きに目を見開いた。

見合いとはそういうことなんだろう?

目でそう伝えれば、冷静さを取り戻したさんはキッパリと言い切る。

「私は認めた覚えがありませんが・・・?」

ああ、そうだろうな。

それは君の態度を見ていれば分かるさ。

俺も見合いを受け入れるつもりなんてなかったし?―――ここに来るまでは。

「僕が嫌いですか?」

少し口調を和らげて聞いてみる。

返ってくる言葉は安易に想像はついたが、それでも彼女の口からはっきりと気持ちを聞いておいたほうが後々やりやすい。

しかしさんは、俺が想像していた答えとは違う言葉を告げた。

「・・・・・・分かりません」

小さく・・・本当に小さく呟かれた言葉。

目が合うとすぐに視線を逸らされ・・・けれど彼女の微妙な表情の変化はすぐに気付いた。

先ほどまでの嫌悪感丸出しな顔はそこにはない。―――だた困惑したような、どうしていいのか分からないといった表情を浮かべている。

「・・・分からないとは?」

「・・・・・・言葉のままです。確かにお見合いは私の望むものではありませんが・・・―――ほとんど初対面の貴方を嫌いかどうかなんて・・・」

本当に彼女は素直な性格をしているのだろうと思った。

駆け引きなんて出来ないんだろう。―――見合いが嫌ならば、嫌いだと言っておけば簡単だというのに。

小さく笑みが零れるのを自覚した。

ゆっくりと立ち上がって、さんの正面に回る。―――そしてソッと彼女の手を取って、軽く手の甲に唇を落とした。

「なっ!?」

驚き慌てて手を引こうとする彼女の手を握り締めて、やんわりと微笑む。

「なら、これから好きになればいい」

「・・・・・・は?」

ポカンと口を開くさんに、俺にしては珍しく何の含みもない笑みを送った。

「ぜひ、僕とお付き合いをしてくれませんか?」

「ちょっ!一体何を・・・!」

「言葉の通りですよ。僕はこのお見合い、正式に受けようと思います」

あっけに取られ呆然とするさんを引き起こし、手を握ったままどこまでも続いていそうな庭を歩き出す。

未だに驚き言葉の出てこないさんをホテルのロビーにまで連れ帰って、今さっき彼女に言った言葉と同じ事を両親に伝えた。

もちろん俺の両親は大喜びだったし、それはさんの両親も同じで。

彼女が反論する前に、すっかりと話はまとまってしまっていた。

本当はこんなやり方、好きじゃないんだがね。―――こうでもしないと、君は絶対に拒否するだろう?

俺はもう少し、君の事が知りたいとそう思った。

今までめったにお目にかかった事がないほど、俺を引きつける力を持った少女。

もっと話をしてみたいと思った。

もっとその強い眼差しを向けて欲しいと、そう思った。

その目を独占できたら、どんな気分になるだろうか?

君の目が、俺だけを映したとしたら?

「これからよろしく、さん」

そう軽く声をかけると、キツイ目で睨みつけられた。

今はそれで十分だ。

いつかもっと別の表情も見せてもらうがね。

 

 

外の空気が少し熱気を帯びてきた、そんな初夏のある休日。

俺は気乗りのしない見合いで、婚約者を1人手に入れた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

グリーンウッドです(これ知ってる人いるかなぁ?)

そして忍が偽物風味です。忍の喋り方ってどんなだったかな?(オイ)

本当はスカちゃんとか瞬とか出したかったけど、収集つかなくなりそうだったので(そして長くなりそうだったので)今回は断念です(←今回!?)

そして何気に続いてたり・・・。

作成日 2004.4.26

更新日 2008.3.7

 

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