「・・・ついてないわね」

目の前の光景に、は思わずそう零した。

 

 

それはそれほど難しい任務ではなかった。

最近怪現象が起きている地域があるとの情報に、当然ながらまずはファインダーがその現場の調査に向かった。

その調査の結果、イノセンスがある確立が高いとの結論が出た為、その確認の為にが派遣されたのだ。

ファインダーたちの調査のおかげと、現地のサポーターの協力のおかげで、イノセンスがどんなものであるのか、そしてどの辺りにあるのかの目星はついている。

ただその周辺に数体のAKUMAの姿が見られた事から、エクソシストであるが派遣されたのだ。

だからそれは、それほど難しい任務ではなかった。

その筈だった。

だというのに・・・。

「・・・ついてないわね」

目の前の光景に、は思わずそう零す。

簡単な任務だと聞いて出て来たというのに、蓋を開けてみればこれだとは・・・。

目の前には無数のAKUMA。

かつては町であったそこは、もう既に壊滅状態である。

既に先行していたファインダーと現地サポーターのおかげで、町の住人たちのほとんどが避難を完了している事は不幸中の幸いといっていいだろう。

後はこのAKUMAの群れを何とかして、この地にあるだろうイノセンスを回収すればいいだけだ。

最も、この状況ではそれが一番難しいのだけれど。

「エクソシスト様、今教団に連絡を取りました!すぐに援軍を送ってくださるとの事です!!」

「・・・ありがとう」

慌てた様子で駆け寄りながら声を上げた歳若いファインダーに礼を告げつつ、は気付かれないほど小さくため息を吐き出す。

確かにこの状況を知れば、教団は援軍を送ってはくれるだろう。

ただ今の状況がそれで好転するわけではない事も事実だ。

今から教団を出発したエクソシストがこの地に到着するまでに、一体どれほどの時間が掛かるのか。

教団からそれほど離れた場所ではないとはいえ、どう見積もっても数時間は掛かるだろう。

果たしてそれまで持ちこたえられるかどうか・・・。

「・・・ほんと、ついてない」

もう1度小さく呟いて・・・―――そうして気合を入れなおすと、自分を心配そうに見つめる歳若いファインダーへと振り返りにっこりと微笑んだ。

「とりあえず援軍が来るまで頑張るから、貴方たちは少し離れたところに避難していてね」

「し、しかし!我々だけが逃げるわけにはいきません!エクソシスト様をお守りするのも、我等ファインダーの役目ですから!!」

おそらくはそう叩き込まれたのだろう。―――震える身体を必死に押さえ込みながらそう告げるファインダーを見返して、は思わず苦笑を浮かべる。

「私のイノセンスは広範囲にわたる攻撃が得意なの。でもちょっとコントロールが難しいから、近くにいると巻き込まれる可能性もあるわ」

「・・・え?」

「だから少し離れていて欲しいの。―――心配しないで、私は1対1よりも対大勢の方が力を発揮するタイプだから、これくらいの数は想定範囲内だわ」

の言葉に、ファインダーの瞳が揺れる。

迷っているのだ。―――の言葉を信じてこの場を去っていいのかどうか。

「さ、さっさと終わらせて帰りましょう。援軍の到着を待つ必要もないかもね」

おどけたようにそう言ってファインダーの背中を押してやれば、それに促されるままにファインダーは何度もこちらを振り返りながら、言われた通りに他のファインダーやサポーターを先導しつつ少し離れた場所へと駆け出した。

それを見送って、は本日何度目かのため息を吐き出す。

先ほどの言葉は嘘ではない。

対1人も苦手なわけではないが、は対大勢の戦いも得意だ。

むしろ纏めて吹き飛ばす方がにとっては都合がいい。―――短時間で済めば、それだけ体力の消耗も少ないのだから。

けれどそれには限度があるという事も、はよく知っている。

そして現状が、その限度を遥かに上回っているのだという事も。

「・・・ま、やれるだけやってみようか」

自分の背後にいるファインダーやサポーターの姿を横目に、決意新たにそう呟いて。

戦う術を持たない彼らの命は自分に掛かっているのだという事を、強く心に刻んで。

「・・・イノセンス、発動」

の静かな声と共に、戦いの幕は開けた。

 

 

「・・・!!」

自分の名前を呼ぶ声に、はうっすらと目を開けた。

最初に視界に飛び込んできたのは、同じエクソシストで比較的仲良くしている少女の泣き顔。

それにどうしたのかと眉を寄せたに安堵したらしい少女は、すぐさま身を翻し「みんなを呼んでくる!」と慌しくも部屋を飛び出していった。

咄嗟に声をかけようとするも、そのあまりの勢いに思わず口を噤んでしまったは、既にその場にはいない少女の泣き顔を思い出し、困ったように息をついた。

一体、何がどうなっているのか。

現状がまったく理解出来ないは困り果てたと言わんばかりに深いため息をつく。

「・・・なんなのよ、一体」

思わずそう呟いたその時だった。

「おお、目覚めたか。もう駄目かと思ったぞ」

聞き慣れた・・・―――けれどにとっては決して安心出来ない声が聞こえてそちらへと視線を向ければ、そこには現在エクソシストの指揮を取る男の姿があった。

という事は、ここは勿論教団本部なのだろう。

そこまで考えたは、ふいに大量の記憶が脳裏に甦り、思わず眉間に皺を寄せた。

任務に出て、大量のAKUMAに遭遇したこと。

たくさんのファインダーやサポーターを守りながらも戦う決意を固めたこと。

そして、イノセンスを発動させたこと。

次々に甦る記憶に、は細く息を吐き出す。

その後は、どうなった?

「どうやらまだ混乱しているようだな。無理もない、1ヶ月間も眠り続けていたのだからな」

「1ヶ月も・・・?」

男の言葉に、は何気なく自分の身体を確認する。

なるほど、確かに負っただろう傷は全て消えている。

おそらくはその眠っていた1ヶ月の間に癒えたのだろう。

「・・・あのAKUMAの大群はどうなったの?」

「なんだ、それも覚えてないのか?お前が1人で全て倒したんじゃないか」

「・・・私が、1人で?」

「さすがとしか言いようがないな。お前でなければ、こうして生きて帰る事など出来なかったろう」

満足げに笑う男をぼんやりと見上げて、は無感情に相槌を打った。

よく覚えてはいないけれど、とにかく自分はAKUMAを殲滅する事に成功したらしい。

まさしく男が言うように奇跡だとしか思えない。

もしくは火事場のなんとやら、か。―――人間窮地に陥ると、意外な力が発揮されるのだろう。

「・・・そう、よかった。じゃあ、みんな無事だったんだ」

「・・・みんな?」

「そうよ、あの場所にいたでしょう?たくさんのファインダーやサポーターが」

ふいに脳裏に甦ったのは、不安そうな眼差しをした歳若いファインダー。

これが初めての任務だと言っていた。

初めての任務があれだなんて、トラウマになってやめてしまわないかが心配だけれど。

しかしのそんな言葉に、男は何でもない顔でさらりとその現実を口にした。

「ああ、彼らなら全滅したよ」

「・・・え?」

あっさりと事実だけを告げるその言葉に、は一瞬何を言われたのか解らず目を丸くした。

しかし男はそんなの様子など気付く気配もなく、そのまま更に言葉を続ける。

「まぁ、仕方がないといえば仕方がないだろう。彼らには戦う術がない。それだけ命を落とす危険も高いのだからね」

「・・・そんな」

「しかし心配することはない。ファインダーやサポーターの代わりはいくらでもいる。しかしエクソシストの代わりはそうはいないんだ。―――お前が無事に戻ってくれて本当によかった」

心からの無事を喜んでいるだろう男の顔を呆然と見つめながら、しかしは恐怖にも似た思いに思わず肩を震わせた。

「・・・私、疲れたわ。少し眠りたいから、席を外してくれる?」

「ああ、それはすまないね。ではまた後で様子を見に来るとしよう」

ベットに潜り込み、頭からブランケットを被ったに、男は快く応じて部屋を出て行く。

部屋の外からは、を心配して駆けつけてくれたエクソシストの仲間たちの声が聞こえるが、男が面会は後でと取り成してくれているらしい。

それをどこか遠くで聞きながら、はギュッと目を閉じた。

先ほどは思い出せなかった光景が、今では鮮明に甦る。

たくさんのAKUMAを前に、そのイノセンスの特性故に意識を失いかけた

危ういところで彼女を助けてくれたのは、彼らだった。

自分の身を危険に晒し、AKUMAを引きつけ、その隙にを逃がそうとする。

エクソシストでもない彼らには、戦う術などないというのに。

その光景に何とか意識を奮い立たせて、は再びイノセンスを発動した。

エクソシストの心に反応して、彼女のイノセンスはそれまでにない力を発揮する。

そうして彼女は助かったのだ。―――未だかつてないその力で、その場にいたAKUMAを全て破壊して。

けれどその後には、一体何が残っていた?

「・・・・・・っ!」

強く唇を噛み締めて、ギュッと目を閉じる。

AKUMAの残骸が転がる大地。

その場に倒れたたくさんの人。

声をかけても、返事など返ってこない。

ただ空しく響く己の声に、一体どれほどの絶望を抱いたのだろう。

『エクソシスト様!俺、実は今日が初めての任務なんです!』

そう言って照れたように・・・―――そして少し緊張した面持ちで笑っていた歳若いファインダーの少年の声も、もう二度と聞く事はない。

「・・・なんなのよ」

掠れる声で呟いて、は強く拳を握り締める。

『ファインダーやサポーターの代わりはいくらでもいる。しかしエクソシストの代わりはそうはいないんだ。』

先ほどの男の言葉が甦る。

涙は出てこなかった。

泣く権利など自分にはないと、は知っていたからだ。

『俺、精一杯頑張りますから!』

だっては、あの歳若いファインダーの少年の名前すら知らない。

あの男のようにファインダーやサポーターを代わりの利く存在だなんて思った事はなかったけれど、それでも深く関わらないようにしていたのも事実だ。

ファインダーの入れ替わりは早い。

以前会った者にまた会える保証などない。―――それほど危険な職業なのだ、ファインダーというのは。

だから深く関わらない。

深く関われば関わるほど、辛い思いをする事を心のどこかで知っていたからだ。

男の言葉で漸く自分の気持ちに気付いたは、目の前が真っ暗になった気がした。

胸がムカムカする。

込み上げてくる吐き気を何とか抑えながら、は全てのものを遮断するかのように深くブランケットを被った。

「・・・馬鹿みたい」

くぐもった己の声が、1番滑稽に聞こえた。

 

の重さに違いはあるんだ

(そんな事ないなんて否定していても、結局はそれに甘んじてる自分に反吐が出そうだ)


D.Gray-man。

いつか書きたいと思っているジャンル。(お試しな感じで)

気がつけばDグレキャラが1人も出てないという致命的ミス。