帝国海軍少尉・大神一郎が、帝国歌劇団・花組と運命の出会いを果たしていたその裏で。

もう1つの物語が、始まろうとしていた。

時は太正―――花咲き乱れる帝都で。

加山雄一・・・彼の物語は、今幕を開けた。

 

もう1つの始まり

 

『帝国海軍所属、加山雄一殿。貴殿に特殊任務として、帝国華撃団隠密部隊・月組の隊長に任命する』

俺の元にこの通知が来たのは、今から一週間ほど前。

ずいぶん急なその話に驚きはしたものの、内心喜びは隠せなかった。

帝都の平和のために、具体的に出来る事がある。

しかも自分はその、隊長なのだ。

同じく俺の親友である大神は、帝国華撃団・花組の隊長に任命されたと聞いた。

その仕事は、あいつにとてもよく似合っていると俺は思う。

あいつは光がとても似合う奴だから―――そしてその期待に十分に答えられる奴だと、知っているから。

そして俺は俺で、自分に課せられた使命を全うしてみせる。

闇で動き、相手の情報を集め操作する―――自分で言うのもなんだが、それは俺にとても似合っているように思えた。

もう一度、渡された書状を開いてその文字を目で追う。

確かにここで待ち合わせだと書いてある事を確認すると、それを懐にしまって何をするでもなく傍らの桜の木に背中を預けた。

約束の時間はもう少し。

話によれば、月組で副隊長をしている人物が今日迎えに来てくれるという。

どんな人物なのか想像もつかないが・・・まぁ、ここで待っていればあっちから声をかけてくれるだろうと呑気にもそう思う。

大体において、俺は後ろ向きな考えが嫌いだ―――できる限りポジティブに。

現状はともかく、前向きに考え気持ちだけでも明るくしておけば、困難な状況にも立ち向かっていけると思っているからだ。

それを言うなら、大神だってかなり前向きな男だがな。

ぼんやりと舞い散る桜を見るともなしに眺めて。

どれほどの時間が経っただろうか?

一向に現れないお迎えに、俺は少しづつ苛立ってくるのを感じた。

持っていた懐中時計に目をやれば、既に約束の時間から30分も過ぎている。

「・・・なにやってんだ、お迎えとやらは?」

思わず呟いたその時。

ヒタリ―――と首筋に当たる冷たい感触に、思わず身を強張らせた。

振り返らなくとも分かる―――自分の首筋に当てられているのが、なんなのか。

「ちょ・・・ちょっと〜?」

俺の首筋にある小ぶりのナイフが、太陽の光を浴びてキラリと光る。

つーか、何で俺こんなことされてるわけ?

俺、何か悪い事でもしたか??

どうしてこんな事をされているのか、それをしているのが誰なのか、検討もつかない俺は、何もできずにただ体を強張らせて相手の反応を待った。

と、次の瞬間―――小さくため息を吐く音が聞こえ、俺の首筋に当てられていたナイフは俺を傷つける事もなく離された。

こめかみを伝う冷たい汗と、バクバクと煩い心臓の音を何とか押さえつけて振り返ると、そこには1人の少女の姿。

腰の辺りまで伸びた黒いサラサラの髪と、それと同じ色の黒い瞳。

肌は透き通るように白く、まるで人の手によって作られたかのような整った顔立ち。

凛とした雰囲気を放つその美少女は、俺に視線を向けると手に持っていたナイフを懐に直して、再びため息を吐いた。

どうやらこの子が、俺にナイフを突きつけていた張本人のようだ。

何でそんなことをしたのか問い詰めようと口を開きかけたその時、俺よりも早くその少女が口を開いた。

「注意力が散漫です。私がいつから貴方の背後にいたのか・・・気付きませんでしたか?」

どこか非難を含んだその口調に、俺は思わず乾いた笑みを浮かべる。

「・・・・・・ちなみにいつから?」

「約束の時間からです」

きっぱりと冷たい口調で言い放ったその少女の言葉に、思わず首を傾げる。

『約束の時間』と、彼女は今言ったのか?

「・・・あのー」

「それに海軍の制服を着てくるなんてどういうつもりですか?目立ちすぎです。月組は隠密部隊なのだということを、貴方には理解していただきたいものです」

俺の言葉を遮って言葉を投げかけてくる少女に、俺は思わず苦笑する。

すると、『へらへらと笑わない』と一喝された。

「・・・えーっと・・・、もしかして君・・・?」

とりあえずそうだという確信もなかったため、俺は目の前に立つ少女に向かって小さく首を傾げた―――すると少女は諦めたようにため息を零して。

「帝国華撃団・月組、と申します。これだけ話をしているのですから、早くに察していただきたかったです」

「あはは・・・いやぁ・・・そうじゃないかな〜とは思ったんだけどな。いまいち確信が持てなくてな〜」

「その慎重さは認めます」

言い訳を少しだけ含ませて言った言葉に、しかしと名乗った少女は意外な言葉を述べた。

それに気を良くした俺は、勢いに乗って自己紹介をする。

「俺は加山雄一。これから一緒に頑張ろうな?」

そう言って差し出した手は、けれど少女に握られる事はなく。

「貴方の名前は聞かなくとも知っています」

やはり冷たい視線で一瞥され、空しく宙を彷徨った。

誤魔化すようにその手で軽く頭をかいて、ため息混じりに少女を盗み見た。

口調や目つきもそうだが、どことなく冷たい感じがする。

というよりも・・・寧ろ俺を拒否してる感じか?

なんでだ?別に歓迎しろとまでは言わないけど、初対面の人間にここまで拒否されるほど俺は酷い人間じゃないぞ??

それともこの少女は、誰に対してもこんな感じなんだろうか?

「何をジロジロと・・・」

俺の視線に気付いてか、くんは不信そうな目つきで俺を睨んでくる。

なんか・・・ここまで露骨に嫌がられると、俺が変な事してるみたいじゃねぇか。

「では、加山さん。月組本部へ案内します」

くんは俺の目を見ようともせずに、1人ですたすたと歩き出した。

困ったな・・・しょっぱなからこれで、本当にこれから大丈夫なのか、俺?

そんなことを思っていると、くんは少し先で立ち止まり、ゆっくりとした動作で俺の方を振り返る。

その瞬間、少し強めの風が吹き乱れ―――今だ満開に咲き誇る桜の花びらと、くんの艶やかな黒髪を弄ぶように舞い上がらせた。

それがあんまりにも幻想的で。

まるで一枚の絵を見ているような、そんな気分になった。

その光景の中に溶け込んでいるくんには、さっき感じたような冷たさはどこにもない。

「・・・何をしているんですか?」

煩く乱れる髪を押さえつけて、睨むように俺を見るくんに俺はにっこりと微笑みかける―――すると彼女は眉間に皺を寄せて、小さく首を傾げた。

その動作がさっきまでの彼女らしくなく、どこか幼さを感じさせて。

「いやいや、なんでもないさ。さぁ、いざ行こう、くん!!」

景気良く声をかければ、再び眉間に皺が寄る。

それは、あれか?―――馴れ馴れしく名前を呼ぶなって事か??

そうは言ってもなー、もう呼んじゃったし。

それにこれから毎日一緒に仕事をするって言うのに、遠慮して相手に気を使うなんて俺にはできそうにないし?

多分俺が何をやっても、この子は嫌そうな顔をするんだろうから。

この際、気にしないことにしよう。

さっきまでとは違い、意気揚揚と歩き出した俺にチラリと視線を向けてくるのが分かって、どこか楽しい気分になる。

「なぁ、くん。君は今年でいくつになる?」

「女性に年齢を聞くのは、マナー違反だと思いますが?」

「まぁ、そう冷たい事言うな。俺と君の仲だろう?」

「・・・・・・(無視)」

「じゃあ、君の出身ってどこなんだい?」

「・・・・・・・」

「趣味とかは?」

「プライベートについては、一切を黙秘します」

「つれないなぁ〜、くんは〜」

続く桜並木を並んで歩きながら、そんな他愛もない話をする。

「私のことが知りたいならば、ご自分で調べたらどうです?仮にも月組の隊長なんですから・・・」

仮にも、が余計だが・・・まぁ、いいだろう。

俺をその気にさせたのは君なんだからな?

すべてを暴かれたとしても、文句はナシだぞ??

出会ってから数十分―――俺はくんが、どんなに嫌がっても最後には返事を返してくれる律儀な性格をしている事を知った。

 

 

そして月組本部へ到着する少し前。

俺を先導するくんが、俺に向かっていった衝撃的なその言葉。

「私は貴方を月組の隊長と認めたわけではありませんから、あしからず・・・」

いい度胸だ!

絶対に、俺を君に認めさせてやるからな!

覚悟してろよ、くん!!

 

 

◆どうでもいい戯言◆

加山さんの口調が分かりません。

いや・・・ふざけてる時とかはともかく、普段どんな口調なのかとか・・・。

かなり偽物チックですが、彼は間違いなく加山さんということで(オイ)

そして主人公がかなり冷たい。

うちの主人公たちは、みんなこんな性格ばかり・・・(何故だ)

そして平気で太正には使われていなかっただろう言葉を使っているのは、気にしない方向で・・・。

作成日 2004.2.13

更新日 2007.9.13

 

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