夜明けと共に、それは海の中から姿を現した。

要塞とか、もうそんなレベルじゃない。

それはまるで、大きな1つの大陸。

「・・・なんてこった」

聖魔城が、復活した。

 

明日へ架ける

 

ずいぶんと本部には戻ってなかったから、俺は一度体勢を立て直すためにもと月組本部へと向かった。

正直言って、身体はもうくたくただった。

しかし休んでいられる時間なんてない。

今出来る精一杯の事を。―――そうでなければ、きっと俺たちに未来なんてないだろうから。

これほど追い詰められたのは、今まで生きて来た中で初めてだと思った。

先が見えない不安が、いつも心の底に存在している。

いつも前向きに・・・が信条の俺でも、暗い影が脳裏を掠めるのを消せはしなかった。

大きく溜息を吐きつつ、休憩室のドアを開ける。

「あ、隊長」

そこには連絡係になったがいた。―――俺を見て、ホッと息をついたように見える。

「どうした、。元気がないじゃないか!」

せめて気持ちだけでも明るくと思ってそう声をかけると、は困ったような悲しそうな笑みを微かに浮かべる。

「隊長は・・・元気ですね」

「何を言ってる!それが俺の良い所だろう?」

茶化すように言うと、は懸命に笑おうと頬の筋肉を動かすけれど、お世辞にもそれは笑顔とは言えないような顔だった。

気持ちは痛いほどよく解る。

俺だって、態度ほど元気なわけじゃないんだから。

「凄いですよね、隊長は。こんなに絶望的な状況でも、そうやって人に気を遣ってあげられるんだから・・・」

とうとう笑う事を諦めたのか、は暗い表情で俯き呟く。

それに言葉を返そうと思ったけれど、生憎と良い言葉が頭に浮かんでは来なかった。

「あたし・・・何も出来なくて。凄く怖くて、動き出せない。情報を集めることが怖い。もしかしたら・・・もうどうにもならないって答えを突きつけられるような気がして」

「・・・

「だからこんな風に『連絡係』なんて位置に収まって・・・ただ逃げてるだけなんだって解ってるけど・・・だけど、あたし」

そこで言葉を切って、はただテーブルの上に散らばった紙を眺めていた。

そこには今まで月組が集めた数々の情報がある。―――その中に、希望を見出せるような情報はどれだけあるんだろうか?

俺は踵を返してに背を向けた。

背後で戸惑ったような気配を感じる。―――俺はそのまま振り返らずに、おそらくはこちらを見ているであろうに声を掛けた。

「心配するな、。きっと希望はある」

「・・・隊長」

何かを言いたそうに・・・けれど言葉の続かないに手を振って、俺は再び月組本部を出た。

 

 

駆けずり回って情報を集める。

集まってくる情報なんて、大したものじゃない。―――それが解っていても、俺は立ち止まる事が出来なかった。

海岸通りに出ると、目の前に聖魔城が迫っている。

圧倒的な存在。

これを沈めなければ、きっとこの国は終わる。

この国だけじゃなくて、他の国も遅かれ早かれ滅びる事になるんだろう。

どうしてこんなものが存在するのだろうか。

こんなものさえなければ、苦しむ事もないというのに。

「隊長!」

唐突に声を掛けられ振り返ると、そこには息を切らしたが立っていた。

顔色が悪い。―――疲れの滲んだその顔は、けれど何でもないというように、いつもの無表情で保たれている。

最近では別行動を取っていたので、酷く久しぶりに会う気がした。

「どうした!?」

慌てて駆け寄って、の肩に手を置く。

何かあったんだろうか?―――俺の知らないところで、何か。

は深く息を吐き出して呼吸を整えると、真正面から俺を見据えて口を開いた。

「ミカサが、発進します」

キッパリと告げられた言葉に、俺は言葉を発することさえ出来ずに次の言葉を待った。

「花組が、これからについて各自で話し合いをしました。その間様々な葛藤があったようですが、結果として・・・命を掛けて葵叉丹に挑むと」

「・・・そうか」

溜息と一緒に、ただその返事だけを返した。

それ以外に言葉が浮かんでこなかった。―――聖魔城に乗り込むという事が、どれほど覚悟がいることなのかは想像がついたから。

「花組は・・・翔鯨丸で出動しました。後を追って、米田司令もミカサで聖魔城に向かうとの事です。月組は街に降りた降魔の排除と、市民を安全な場所に誘導するよう指示を受けています」

の報告を聞きながら、俺はもう一度聖魔城へと視線を向けた。

そこにはさっきは見えなかった小さな黒い点がある。―――多分あれが、花組を乗せた翔鯨丸なんだろうと、ぼんやりとした頭で思う。

「しっかりしてください、隊長。貴方は月組の隊長でしょう?」

挑発するようなその口調に、俺はに視線を戻す。

「そう言うお前は、月組の副隊長だな」

「そうです」

「お前も、しっかりしないとな」

「そうです」

「なら、何でそんな泣きそうな顔してるんだ?」

俺の言葉に、が驚きに目を見開く。

そしてサッと俯くと、何かを振り切るようにして俺の背中を向けた。

「隊長は意地が悪いです」

「そうか?」

「そうです。一生懸命考えないようにしているのに・・・」

「・・・・・・」

「こういう時は・・・知らないフリをしていてください」

搾り出すように言ったその言葉は、ほんの少し震えていた。

普段からあまり弱味など見せないのこんな姿を見ていると・・・―――不謹慎だとは思いつつも少し・・・ほんの少しだけ嬉しくもなった。

きっとが弱音を吐くのは、俺の前でだけだろうから。

そう自惚れてしまうから・・・―――だから俺は、強くなろうと思える。

「不安になるのは当然のことだろ?誰だって・・・俺だって、こんな馬鹿でかい最終兵器とやらを見せ付けられれば、不安にもなるさ」

「それでも、私は認められません。不安だと・・・そう口にすれば、私は動けなくなってしまいます」

「・・・がか!?」

驚いたように問い返すと、少しだけ不機嫌そうな声が返って来る。

「私は、それほど神経図太くありません」

その遣り取りがあんまりにもこの状況に似つかわしくなくて。

漂う雰囲気が、あんまりにもいつも通りだったから・・・俺は思わず吹き出してしまった。

そんな俺に、はチラリと顔だけで振り返ると、恨めしそうに俺を見る。

それでもまだ笑い続ける俺に呆れたような表情を浮かべて、ゆっくりと聖魔城に視線を移した。

「心配ありません。花組が出動したのですから、きっと戦いは終わります。今までもそうだったんですから・・・」

まるで自分に言い聞かせるような言葉に、だけど俺も笑みを消して無言で頷く。

「一郎がいるんだから、きっと大丈夫。彼は絶対に期待を裏切らないから・・・」

少しだけ声のトーンを抑えて呟いたその言葉は、しっかりと俺の耳にも届いていた。

無条件に近いほど、大神に向けられる信頼。

それは幼馴染としての感情なんだろうか?

それとも、1人の男としての・・・。

こんな時だというのに、そんな事を考えるなんて・・・―――俺は自分で思っているよりも、意外に図太い神経を持っているようだ。

「俺も期待は裏切らない男だぞ?」

思わずそう呟けば、がキョトンとした顔で俺を見詰める。

しまった・・・と口を抑えてみても、今更だと冷静にそんな事を思う。

どんな反応が返って来るのかと思っていると、不意にが微かな笑みを浮かべた。

「知ってます」

あっさりと返ってきた言葉は、すんなりと俺の心に染み込んで。

温かい何かが、胸の中に広がっていくような気がした。

そうやっては、俺に言い知れない不思議な力を与えるんだ。

それも多分、無意識で。―――性質が悪いな、と思わず苦笑した。

「隊長。私の期待を裏切らない為にも、しっかりと働いてくださいね」

そう念を押されて思わずがっくりと肩を落とせば、クスクスと笑みが降ってくる。

それがとても心地良いから、俺も一緒になって笑った。

「さぁ、行きましょう」

「そうだな、行くか」

そう促して先を歩くの後を追いながら、空に飛び立ったミカサを目に焼き付ける。

きっと、大丈夫。

俺たちには、輝く未来が待っている筈なんだから。

「置いて行きますよ、隊長!!」

急かす声に釣られるように、俺は未来を手に入れるために走り出した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

かなりやけっぱちな話。

書く予定はなかったんですけれど、これ飛ばして戦いが終わった後の話に行くと、今までの流れはなんだったのかと自分突っ込みが入りそうだったので、急遽作成しました。

なので凄く話が支離滅裂な感じ(←今に始まった事じゃないけど)

作成日 2004.8.5

更新日 2007.10.29

 

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